[内閣名] 第30代齋藤實内閣(昭和7.5.26〜昭和9.7.8)
[国会回次] (帝国)第65回(通常会)
[演説者] 廣田弘毅国務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1934/01/23
[貴族院演説年月日]
[全文]
私ハ、咋年九月圖ラズモ外務ノ重責ヲ負フコトヽナリマシテ、今日茲ニ帝國ノ對外關係ニ付キ所見ヲ開陳スルヲ得ルハ、私ノ光榮トスル所デアリマス
滿洲事變及滿洲國問題ニ關シ、帝國ト國際聯盟トハ、東亞ニ於ケル平和維持ノ根本義ニ付キ、不幸ニシテ大ナル意見ノ相違ガアリマシタ爲メ、帝國政府ハ遂ニ昨年三月二十七日ヲ以テ脱退ヲ通告スルノ已ムヲ得ザルニ至ッタノデアリマス、此重大ナル決定ヲ致シマシタ際、畏クモ {前1文字ママ}天皇陛下ニハ詔書ヲ、煥發セラレマシテ、我ガ帝國ノ向フベキ進路ヲ明確ニ宣示遊バサレタノデアリマス、即チ「今次滿洲國ノ新興ニ當リ帝國ハ其ノ獨立ヲ尊重シ健全ナル發達ヲ促スヲ以テ東亞ノ禍根ヲ除キ世界ノ平和ヲ保ツノ基ナリト爲ス」ト宣ハセ給ヒ、更ニ「然リト雖國際平和ノ確立ハ朕常ニ之ヲ冀求シテ止マス是ヲ以テ平和各般ノ企圖ハ向後亦協力シテ渝ルナシ今ヤ聯盟ト手ヲ分チ帝國ノ所信ニ是レ從フト雖固ヨリ東亞ニ偏シテ友邦ノ誼ヲ疎カニスルモノニアラス愈信ヲ國際ニ篤クシ大義ヲ宇内ニ顯揚スルハ夙夜朕カ念トスル所ナリ」ト仰セラレテ居ルノデアリマス、我ガ國民ニシテ今後益々協力一致、以テ聖旨ニ副ヒ奉ルコトニ努力致シマスニ於キマシテハ、帝國ノ公明正大ナル態度ハ、必ズヤ世界隅々ニ徹底スルニ至リマシテ、帝國ノ前途ハ實ニ光輝ニ滿ツルコトヽ確信スルノデアリマス、私ト致シマシテモ我ガ對外關係ノ處理ニ當リマシテ、右聖旨ヲ體シ「世界平和ヲ念トシ外交手段ニ依リ我方針ノ貫徹ヲ圖ル」コトニ渾身ノ努力致シタイト思フノデアリマス
幸ニ帝國ト友好各國トノ關係ハ、聯盟脱退後ニ於キマシテモ、外交上ハ勿論、通商貿易上モ一層密接トナリマシテ、親善ヲ加ヘツヽアルコトハ同慶ノ至リデアリマス、今私ハ其内、帝國ト隣接ノ關係ヲ有シテ居リマス諸國ニ付キマシテ、最近ノ外交關係ヲ少シク述ベタイト思フノデアリマス
先ヅ帝國ト緊密且ツ特別ノ關係ニ在リマスル滿洲國ニ於キマシテハ、建國以來英邁ナル溥儀執政閣下初メ、同國政府當局ノ倦ムコトナキ努力ト、日滿議定書ノ精神ニ基ク帝國ノ全幅ノ援助トニ依リマシテ、著々ト其建設ノ歩ヲ進メ、諸般ノ施設漸次其緒ニ就キマシテ、殊ニ治安ノ維持、産業交通ノ發達、財政ノ確立及文教ノ進展等ニ付キマシテ、顯著ナル成績ヲ擧グルニ至リマシタノミナラズ、同國朝野ノ翹望スル帝政問題モ近ク實現セラレ、新興獨立國トシテノ國礎モ愈々固キヲ加フルノ運ビニ至ラントシテ居リマスコトハ、獨リ滿洲國ノ爲ノミナラズ、東洋ノ平和、延テ世界平和ノ爲ニ慶賀ニ堪ヘヌ次第デアリマス、吾人ハ今後共能ク聖旨ノ在ル所ヲ奉體致シマシテ、官民相携ヘテ同國發展ノ爲ニ極力寄與セネバナラヌト考ヘテ居ルノデアリマス
次ニ帝國政府ハ東亞ニ於ケル平和ノ維持ニ付キ、重大ナル責任ヲ感ジ、且ツ確固タル決意ヲ有スルモノデアリマスガ、是ガ爲ニハ先ヅ支那自體ノ安定ガ最モ肝要ナリト思フノデアリマス、隨ヒマシテ支那ガ速ニ其治安ト繁榮トヲ囘復シマスコトハ、帝國政府ノ衷心ヨリ希望スル所デアリマシテ、兩國ガ常ニ善隣互助ノ關係ヲ保チマシテ、以テ東亞ノ平和及發達ニ貢獻スルコトハ、當然ノ使命ト謂ハナケレバナラヌノデアリマス、然ルニ支那ノ政局ヲ見マスト、未ダ斯ノ如キ希望ヲ現實ニ現ハスニハ遠ザカッテ居ルヤウナ次第デアリマスノハ、誠ニ遺憾デアリマス、近來ニ至リマシテ支那政府ハ、其從前執リ來リマシタ抗日政策ノ非ナルヲ悟リマシテ、日支關係打開ノ方針ヲ決定シテ居ルヤノ情報モアリマスケレドモ、今日迄ノ所デハ、未ダ右情報ヲ裏書スベキ具體的ノ事實ハ認メ得ザル状態デアリマス、若シ支那ニシテ帝國ノ眞意ヲ諒解シ、誠意ヲ現實ニ示シテ參リマシタナラバ、帝國ト致シマシテモ之ニ順應シテ、十分好意的態度ヲ以テ之ニ報ユルニ吝ナラザル次第デアリマス、目下北支地方デハ、政務整理委員會ノ統制ノ下ニ、比較的平穩ナル状態ヲ維持シテ居リマスコトハ、誠ニ喜バシイコトデアリマス、帝國政府ト致シマシテハ、滿洲國ト同地方トノ接壤關係竝ニ北支停戰協定維持ノ見地等ニ顧ミマシテ、其治安維持ニ付キマシテハ、特別ノ關心ヲ持ッテ居ルモノデアリマシテ、苟モ同地方ノ治安ヲ亂スガ如キ事態ノ發現セザランコトヲ期待シテ居ルノデアリマス
又同時ニ支那ニ於ケル共産黨ノ活動及共産軍跳梁ノ状況ニ付キマシテハ、帝國政府トシテモ深甚ナル關心ヲ以テ注意ヲ拂ウテ居ル次第デアリマス、
帝國ト「ソ」聯邦トノ國交關係ヲ顧ミマスニ、大正十四年北京基本條約ノ成立以來、兩國ハ正常ナル接觸ヲ續ケテ來マシタ、滿洲事變發生ニ於キマシテモ、善タ相互ノ立場ヲ諒解シマシテ、其間難問題ノ發生ヲ見ナカッタノデアリマス、然ルニ近來「ソ」聯邦ノ我國ニ對シマスル態度ニハ、若干ノ變調ヲ呈シテ居ルヤノ觀ガアルノデアリマス、「ソ」聯邦ハ頻リニ新聞通信等ニ依リマシテ、内外ニ向ッテ我國ニ對スル非難ノ聲ヲ放ッテ居リマス、或ハ殊更事態ノ悪化ヲ吹聴シテ、其内治外交上ニ之ヲ利用スルヤウナ感ガアリマスノハ洵ニ意外ニ感ジ、且ツ遺憾トスル次第デアリマス、由來帝國政府ノ「ソ」聯邦ニ對シマスル公正ナル態度ト云フモノハ、滿洲事變ノ以前ト以後トヲ問ハズ、終始一貫シテ居ルノデアリマシテ、國體思想等ニ於キマシテハ、根本的ニ相容レザルモノガアルニ拘ラズ、常ニ善隣ノ關係ヲ持續シマシテ、且ツ平和手段ヲ以テ案件ノ解決ニ努メテ來タノデアリマス、特ニ滿洲國成立ノ後ニ於キマシテハ、直接境ヲ接スル日、滿、「ソ」三國間ニノ國交關係ヲ調整スルト云フコトガ、東亞平和ノ爲ニ極メテ必要デアルト云フ信念ニ基キマシテ、帝國政府ハ常ニ是ガ爲メ努力ヲ續ケテ居ル次第デアリマス、現ニ「ソ」聯邦側ノ宣傳ニ拘ラズ、我ガ日本軍ハ實際滿、{読点ママ}「ソ」國境ニ於キマシテ、何等新ナル軍事的施設ヲシテ居ラナイコトハ勿論、昨年六月以來北滿鐵道ノ讓渡交渉ニ付キマシテモ、帝國政府ガ此滿、「ソ」兩國ノ間ニ仲介斡旋ノ勞ヲ執リ來リマシタコトモ、亦右方針ヲ實行スルノ趣旨ニ外ナラナイノデアリマス、事態斯ノ如クデアリマシテ、「ソ」聯邦ニ於キマシテモ、必ズヤ遠カラズ我ガ誠意ヲ十分諒解スルニ至ルベキコトヲ確信シテ居ルノデアリマス、而シテ北滿鐵道讓渡ノ交渉ハ、不幸目下停頓ノ状態ニナッテハ居リマスガ、右交渉モ遠カラズ再開ニ至ランコトヲ冀望シテ居ル次第デアリマス
次ニ帝國ト北米合衆國トノ關係ヲ觀察致シマスルノニ、本來兩國ノ間ニハ、根本的ニ解決困難ナル問題ハ存在セズト言ヒ得ルノデアリマス、抑々帝國ハ米國ニ對シマシテ、常ニ衷心ヨリ善隣ノ關係ヲ希望シテ居ルノデアリマシテ、進ンデ事ヲ構ヘントスルガ加キコトノナイノハ勿論デアリマスガ、同時ニ米國ニ於キマシテモ、東亞ニ於ケル帝國ノ地位ヲ正當ニ諒解スルニ吝ナラザルコトヲ信ズルノデアリマス、唯滿洲事變發生以來、米國ノ對日輿論ハ一時悪化致シマシテ、爲ニ兩國民間ニ幾分感情ノ疎隔ヲ生ジタヤウナ觀ヲ呈シテ居リマシタガ、固ヨリ帝國ト致シマシテハ、東亞百年ノ平和ヲ樹立セントスル外ニ、何等他意ナイ次第デアリマスカラ、米國ニ於キマシテモ此複雜ニシテ特異ナル東洋ノ事態ヲ十分認識致シマシテ、我國ガ東亞平和ノ安定力デアルト云フ所以ヲ、諒解致シマシテ行キマシタナラバ、兩國間ノ感情ノ緊張ト云フモノモ、自ラ緩和セラレルダラウト信ジテ居ルノデアリマス、依テ彼我兩國ハ、其通商貿易上ノ重要ナル關係ニモ鑑ミマシテ、今後相互ニ益々諒解ヲ深メマシテ、歴史的親善關係ヲ増進シ、太平洋ヲ距テヽ居ル二大隣邦ノ間ニ、名實共ニ太平ノ氣ヲ漂ハスニ至ランコトヲ冀望シテ已マヌ次第デアリマス
又帝國ト英帝國トノ傳統的親交關係ハ、今日ト雖モ何等動搖致シマセヌ、洋ノ東西ニ於キマシテ類似ノ地理的位置ニ在ル此兩帝國ガ、世界各方面ニ於キマシテ、互ニ其立場ヲ理解シ、協力ヲ爲シテ行クト居フコトガ世界平和ノ爲ニ貢獻スル所以ダト思ッテ居ルノデアリマス、此意味ニ於キマシテ、英帝國トノ間ニ通商貿易ノ問題ニ付キマシテ、其利害ノ調節ヲ計リ、以テ更ニ兩國ノ親交關係ノ増進ヲ期セントスルノデアリマス、英帝國ノ重要ナル一員デアル印度トノ間ニ於キマシテハ、困難ナル通商問題ノ交渉ガ大體結了ヲ見ルヤウニナリマシタコトハ、雙方全局ノ爲ニ慶賀スベキコトヽ思ッテ居リマス
飜テ輓近世界ノ状勢ヲ通觀致シマスニ、政治上ノ不安、經濟上ノ動搖、思想上ノ混亂等ノ爲ニ、國際關係ハ動モスレバ平調ヲ失ハントスル感ガアリマシテ、世界各國民間ニ相互信頼ノ念ガ薄クナッタヤウニ考へラレマスノハ、洵ニ遺憾トスル所デアリマス、若シ各國ガ互ニ其誠意ヲ披瀝シマシテ、相互ノ立場ヲ正解シ、以テ萬邦協和ノ大精神ヲ發揮スルニ於キマシテハ、如何ナル問題ニ於キマシテモ、其解決ヲ計ルコトハ必シモ至難デハナイヤウニ思フノデアリマス、要ハ各國ガ、無用ナル猜疑排他ノ風ヲ改メマシテ、互ニ信頼協力ノ念ヲ益々高クスルニ在リト信ズルノデアリマス、然ルニ通商貿易ノ方面ニ於キマシテハ、之ニ對スル障碍ハ何等緩和ノ跡ヲ認メマセヌ、却テ増加スルノ傾向デアリマシテ、曩に開カレマシタ「ロンドン」經濟會議モ、遂ニ其所期ノ成果ヲ擧グルコトガナクシテ休會シタヤウナ次第デアリマス、而シテ近時我國ノ産業ハ著シク發達致シマシタ結果、對外貿易モ亦大ニ進展ヲ見ルニ至リマシタガ、諸外國中ニハ一般的通商制限ノ傾向ト相俟チマシテ、我ガ商品ノ海外進出ニ對シマシテ各種ノ障碍ヲ設クルモノガ續出スルヤウナ形勢デアリマスカラ、帝國政府ハ之ニ對シマシテ、鋭意機宜ノ對策ヲ講ジツヽアル次第デアリマス、他方國際間ノ理解ヲ進メマス爲ニハ、各國相互ニ其獨自ノ文化ヲ諒解セシムルコトガ與ッテ力アル譯デアリマスカラ、政府ハ此方面ニ於キマシテ、朝野相應ジ、内外ニ於ケル適切ナル施設ヲ爲サントスルモノデアリマス
以上説明申上ゲマシタ所ニ依リマシテモ、我ガ對外關係ハ現在ニ於キマシテモ、將又將來ニ於キマシテモ、種々多事デアルコトハ否マレマセヌ、併ナガラ凡ソ國勢ノ向上スル場合ニハ、其遭遇スベキ事端ト云フモノハ多々アルモノデアリマスカラ、我ガ國民ニシテ協力一致シ、如何ナル難局ニ遭遇シテモ、少シモ動ゼザル覺悟ト準備トヲ怠ラザルト同時ニ、冷靜ニ且ツ著實ニ「嚮フ所正ヲ履ミ行フ所中ヲ執リ」以テ事ニ當ッテ參リマシタナラバ、帝國ノ將來ニ付キマシテ何等不安ヲ感ズルノ要ガナイノミナラズ、前途寔ニ洋々タルモノデアルト思フノデアリマス(拍手)之ヲ要シマスルノニ、帝國ハ東亞ニ於ケル平和維持ノ唯一ノ礎ト致シマシテ、其全責任ヲ荷フモノデアリマスカラ、吾人ハ一日モ此意識ヲ忘レテハナラヌト思フノデアリマス(拍手)我ガ外交モ亦國防モ、固ヨリ帝國ノ有スル此重大ナル地位及責任ヨリ發スルモノデアリマシテ、我ガ國防ハ既ニ其性質自體ニ於キマシテ、全然防禦的デアリ、自衞的デアルト共ニ、我ガ外交モ亦帝國ノ使命ニ基ク正當且ツ合理的主張ヲ貫徹セント期スルモノデアリマス、我ガ帝國ノ此自然且ツ現實ノ地位ガ、世界各國ニ依リテモ明々白々ニ理解サレルデアラウト云フコトハ、當然ノコトデアルト私ハ信ジテ居ルノデアリマス(拍手)