データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第34代第1次近衞文麿内閣(昭和12.6.4〜昭和14.1.5)
[国会回次] (帝国)第71回(特別会)
[演説者] 廣田弘毅外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1937/7/27
[貴族院演説年月日]
[全文]

本日竝ニ帝國ノ對外關係ニ付キ所見ヲ開陳致シマスコトハ私ノ光榮トスル所デアリマス

抑々東亞ノ安定勢力タル地位ヲ確保シ、眞ノ世界平和ノ樹立ニ貢獻スルコトハ帝國ノ國是デアリマシテ、今更贅言ヲ要シナイノデアリマスガ、之ヲ遂行スルニ當リマシテハ、先ヅ日滿、支那、「ソ」聯邦間ノ關係ヲ考慮セナケレバナラヌト確信スルノデアリマス

最近支那ノ情勢ヲ通觀致シマスルニ、國内輿論ノ統一、國家意識昂揚ノ手段トシテ、我ガ帝國ヲ目標トスル所謂抗日ノ精神乃至運動ガ組織的ニ強化利用セラレ、右ニ起因スルモノト認メラルヽ不祥ナル事態ガ各方面ニ發生シツヽアリマスコトハ、帝國政府ノ甚ダ遺憾トスル所デアリマス、帝國政府ニ於キマシテハ、曩ニ成都事件ヲ契機ト致シマシテ、日支國交上ノ根本的障碍ヲ爲ス支那側ノ對日熊度ノ是正ヲ促シマシテ、國交改善ニ關スル同政府ノ誠意ヲ具體的問題ニ付テ表示センコトヲ求メタノデアリマスガ、御承知ノ通リ不幸其交渉ハ、支那側ノ反對ニ依ッテ停頓ノ已ムナキニ至ッタ次第デアリマス、其後ノ日支兩國ノ關係ハ率直ニ申シマスレバ、決シテ満足ナモノデハナカッタノデアリマス、東亞ニ於ケル帝國ノ根本方針ガ、日滿支三國間ノ融和提携ト、赤化勢力ノ東漸阻止トニ依リマシテ、東亞ノ安定ヲ實現セントスルニ在リマスコトハ、竝ニ改メテ申ス迄モアリマセヌ、隨テ帝國政府ト致シマシテハ、支那側ニ於テ一日モ速ニ此根本方針ニ付キ、十分ナル理解ト認識トヲ有スルニ至ランコトヲ切望スルモノデアリマス、然ルニ支那側ニ於キマシテハ右ノ如キ理解ト認識トヲ缺クノミナラズ、近來殊ニ抗日精神ノ昂揚甚ダシク、本月七日夜ノ蘆溝橋事件ノ勃發ノ如キモ其一ツノ結果ニ外ナラナイト存ズルノデアリマス

帝國政府ノ今次事變ニ對スル態度ハ、本月十一日聲明致シマシタ通リニ、現地解決事態不擴大ヲ方針トシテ居ルノデアリマス、隨テ帝國政府ハ一方現地ニ於テ和平解決ヲ圖ルト共ニ、他方南京ニ於テ支那側ガ速ニ時局收拾ノ爲善處スルヤウ努力ヲ盡シテ來タノデアリマス、私ハ支那側ニ於テ一日モ早ク眞ニ反省シ、本月十一日夜妥結ヲ見マシタ現地解決條件ニ依ッテ、是ガ誠實ナル實行ヲ切望スルモノデアリマス、以上帝國政府ノ態度ハ、在外帝國使臣ヲシテ各國政府ニ對シ詳細説明セシメテ置イタノデアリマスガ、各國政府ニ於テモ、此帝國ノ自重的態度ヲ十分諒解シテ居ルト存ズルノデアリマス、尚ホ帝國政府ニ於キマシテハ、南京政府ノ態度如何ニ依リマシテハ、支那一般民衆ニ對スル反響ハ樂觀ヲ許サナイモノガアリマシテ、突發的不祥事件ヲ起スヤウナ虞モ認メラレマスガ故ニ、支那側ノ中央及ビ地方當局ニ對シマシテ、排日行爲ノ取締及ビ我ガ在留民ノ保護ニ付キマシテ屡ヽ注意ヲ喚起シ、事態ノ推移ニ應ジテ我ガ在留民ノ保護ニ萬遺漏ナキヲ期シテ居ル次第デアリマス、要スルニ今次事變ノ解決ノ鍵ハ、一ニ支那側ノ出方如何ニ懸ッテ居ルノデアリマシテ、私ハ支那側ガ我方ノ希望ニ則應シ、速ニ時局ヲ取纏メルヤウ有效適切ナル措置ニ出デンコトヲ期待スルモノデアリマス

次ニ「ソ」聯邦トノ關係ハ政府ニ於キマシテ愼重考慮致シテ居ル所デアリマスガ、滿洲國ト「ソ」聯邦トノ國境方面ニ事件ガ依然トシテ發生シ、殊ニ最近黒龍江上ニ於ケル滿洲國領ノ島嶼ヲ、「ソ」聯邦ノ國境警備部隊ガ不法ニ侵入シ占據致シマシタ爲ニ、日滿部隊トノ間ニ衝突ヲ生ジ、一時險惡ナル事態トナリマシタガ、「ソ」聯邦ガ該方面ノ原状囘復ヲ約シ、茲ニ事態ノ收拾ヲ見マシタコトハ御承知ノ通リデアリマス、帝國トシマシテハ、滿「ソ」國境方面ニ事端ノ絶エナイ情勢ニ付キマシテハ、多大ノ關心ヲ有スルノデアリマス、惟フニ國境紛爭ヲ防止スル爲ニ實際的ナル方法ヲ講ズルコトガ肝要デアリマシテ、年來懸案トナッテ居リマスル國境劃定及ビ紛爭處理ノ二ツノ委員會ヲ設置シマシテ、國境方面ニ於ケル空氣ノ緩和ヲ圖ルナド、適當ノ措置ニ速ニ出ヅベキモノデアルト考ヘテ居ルノデアリマス、是ガ爲メ「ソ」聯邦ニ於テモ東亞平和ノ見地ヨリ虚心坦懐、我方ト協力ヲ爲スヤウ其猛省ヲ促サザルヲ得ナイノデアリマス

又政府ハ北洋ニ於ケル我ガ邦人ノ漁業ト北樺太ニ於ケル邦人ノ石油、石炭ニ關スル利權事業ガ、其正常ナル經營ノ保障セラルヽコトニ對シマシテハ、少ナカラザル關心ヲ持ッテ居ルモノデアリマシテ、條約ニ胚胎スル所ノ是等諸種ノ事業ガ、其實質ニ於テ有名無實トナルガ如キ事態ノ發生ハ斷ジテ之ヲ許容セザル方針デアリマス、之ヲ要スルニ日「ソ」ノ間ニハ尚ホ幾多解決ヲ要スル問題ガアリマスノデ、政府ハ是ガ爲メ十分努力致シタイト考ヘテ居リマス

英國トノ關係ニ於キマシテハ、先般英國皇帝皇后兩陛下ノ戴冠式ノ御擧行ニ當リマシテ、御名代秩父宮殿下竝ニ同妃殿下御參列ヲ遊バサレマシテ、兩國ノ傳統的交誼ヲ一層深メサセラレマシタコトハ、寔ニ感激ノ外ナイ所デアリマス、政府ハ從來ヨリ日英親善増進ヲ以テ不變ノ方針ト爲シ來ッタノデアリマスガ、最近兩國間ノ關係調整ノ爲ニ、彼我隔意ナキ話合ヲ行フコトニ付キマシテ意見ノ一致ヲ見マシタノデ、成ベク速ニ是ガ促進ヲ圖リタイト考ヘテ居リマス

日米兩國ノ關係ハ近來洵ニ良好デアリマシテ、益々親善ノ度ヲ加ヘツヽアルノデアリマス、先般我ガ經濟使節ハ渡米ノ際ニ、米國各方面ト隔意ナキ意見ノ交換ヲ行ヒマシテ、經濟上其他ニ於テ兩國ノ接近ニ寄與スル所ガ少クナカッタコトハ、私ノ欣快トスル所デアリマス帝國ハ客年獨逸トノ間ニ日獨防共協定ヲ締結致シマシタガ、政府ニ於キマシテハ、爾來同協定ノ有效ナル運用ニ意ヲ致シマスト共ニ、將來益々兩國ノ緊密ナル關係ヲ増進センコトヲ期シテ居ル次第デアリマス

次ニ通商關係ニ付テ見マスルニ、輸出ノ振興ガ我國生存ノ必須條件トモ言フベキ重要事デアリマシテ、殊ニ現下我國ノ經濟情勢ニ照シマシテ、收支ノ適合ヲ圖ル最モ重要ナル對策ノ一デアルコトハ周知ノ通リデアリマス、然ルニ諸國ノ現状ヲ見マスルニ、經濟上、財政上、其他諸種ノ事情ヨリ、我ガ輸出貿易ニ對シテ今尚ホ各種ノ障碍ヲ持續シツヽアル状態デアリマスルガ故ニ、政府ハ相手國ノソレ/\ノ事情ニ應ジ、或ハ其國ノ政府ト協定ヲ遂ゲ、或ハ彼我民間業者間ノ申合ヲ行ハシメマシテ、我ガ輸出貿易ノ圓滑ヲ企圖シテ居ルノデアリマス、幸ヒ今春以來我國ト印度、「ビルマ」、蘭領印度、「トルコ」等ノ諸國トノ通商交渉モ妥結ヲ見ルニ至リマシタコトハ、私ノ欣快トスル所デアリマス政府ハ今後トモ一層我ガ商權ノ維持發展ニ努メマスルト同時ニ、原料及ビ資源獲得ノ自由竝ニ國際通商ノ自由ヲ促進スルヤウ進ンデ萬般ノ努力ヲ致シタイト存ズルノデアリマス、近時國際通商自由囘復ノ傾向ガ稍々増進シツヽアリマスコトハ、喜ブベキ現象デアリマシテ、私ハ此傾向ヲ具體化スルガ如キ國際的ノ企圖ニ對シマシテハ、固ヨリ協力ヲ惜ムモノデハナイコトヲ表明シタイト存ジマス

以上述ベ來リマシタ通リ、帝國現時ノ國際關係ハ洵ニ多事多難デアリマス、此間ニ處シテ外交國策ノ有效ナル遂行ヲ期シマスル爲ニハ、克ク國際ノ情勢ヲ認識シテ、眞ニ擧國一致ノ實ヲ擧ゲルコトノ必要ヲ痛感スルノデアリマシテ、私ハ竝ニ諸君ノ御協力ト、御援助トヲ切ニ希望シテ已マナイ次第デアリマス(拍手)