[内閣名] 第35代平沼騏一郎内閣(昭和14.1.5〜昭和14.8.30)
[国会回次] (帝国)第74回(通常会)
[演説者] 有田八郎外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1939/1/21
[貴族院演説年月日]
[全文]
時恰モ支那事變ヲ繞リ、我ガ國際關係ガ愈々複雜多岐トナラウトシマスル時ニ當リマシテ、茲ニ我ガ外交政策竝ニ對外情勢ノ全般ニ付キマシテ説明スル機會ヲ得マシタコトハ、私ノ最モ欣快トスル所デアリマス
帝國外交ガ國體ノ本義ニ立脚シ、帝國ノ道義的使命ノ達成ヲ以テ其ノ根幹ト爲シ、常ニ東亞諸民族ト協力提携シテ其ノ興隆ヲ圖リ、進ンデ世界ノ進運ニ貢獻セントスルモノデアリマスルコトハ、今更申スマデモアリマセヌ、彼ノ滿洲國ノ成立シマスルヤ、五族協和、日滿兩國ノ融合發展ヲ以テ、其ノ建國ノ理想トシ、帝國政府ハ日滿善隣不可分ノ基礎ニ立チ、同國ガ獨立國トシテ健全ナル發達ヲ爲スコトニ協力スルコトヲ國策ト爲シ來ツタノデアリマスルガ、兩國ノ斯ノ如キ理想ニ基ク協力提携ニ付キマシテモ、之ヲ以テ或ハ領土的野心ノ僞裝的發露デアルト爲シ、或ハ列國權益ノ殲滅排撃ヲ策スルモノデアルト致シマシテ、論難ヲ加フル者モ少クナカツタコトハ御承知ノ通リデアリマス、然ルニ建國僅ニ六年後ノ實績ヲ見マスルニ、國内ノ制度、秩序ハ著々トシテ確立セラレ、各種資源ノ開發ハ著シク促進セラレ、三千万民衆ハ其ノ業ニ安ンジ、國礎ハ益々鞏固ヲ加へ、之ヲ承認シタ國モ既ニ七箇國ニ及ンデ居ルノデアリマス、治安ノ確立、産業ノ勃興ニ連レ、列國ノ享受スル利益ハ著シク増進ヲ見ツツアルノデアリマシテ、對英及ビ對米貿易ノ如キモ、事變前ニ比較シテ顯著ナル増加ヲ示シテ居ルノデアリマス、是レ偏ニ滿洲國朝野一致ノ努カニ依ルハ勿論、帝國ガ其ノ道義的使命ニ即シ、一意同國ノ健全ナル發達ニ寄與協力シタル結果ニ外ナラナイノデアリマス
今次事變ニ對シマシテモ、帝國政府ノ根本方針ト決意トハ客年十一月三日ノ聲明ニ依リ中外ニ闡明セラレタル通リデアリマシテ、日本ノ冀求スル所ハ東亞永遠ノ安寧ヲ確保スベキ新ナル秩序ヲ建設スルニアルノデアリマス、此ノ新ナル秩序ノ建設トハ日滿支三國ガ、各自ノ獨立ヲ維持シ其ノ個性ヲ十分ニ生カシツツ、相携へテ、政治、經濟、文化ノ各般ニ亙リ積極的互助連環ノ關係ヲ樹立シ、以テ道義的基礎ニ立ツ新東亞ヲ建設セントスルコトニ外ナラナイノデアリマシテ、帝國政府ハ、斯ル新ナル秩序ノ建設コソ、日滿支三國ノ存立發展上絶對ニ必要デアルバカリデナク、又世界ノ眞ノ安寧平和ニ資スルモノデアルトノ堅キ信念ヲ有シテ居ルノデアリマス、更ニ同年十二月二十二日、帝國政府ハ支那ニ於ケル同憂具眼ノ士ト相携へ、東亞新秩序建設ヲ共同目的トシテ結合シ、相互ニ善隣友好、共同防共、經濟提携ノ實ヲ擧ゲントスルモノデアル趣旨ヲ聲明致シマスルト共ニ、帝國ノ支那ニ求ムル所ノモノガ區々タル領土ニアラズ、又戰費ノ賠償ニアラズシテ、帝國ハ支那ノ主權ヲ尊重スルハ固ヨリ、進ンデ、支那ノ濁立完成ノ爲ニ必要トスル治外法權ノ撤廢、租界ノ返還ニ關シテ積極的ナル考慮ヲ拂フニ吝カナラザルモノデアルト云フコトヲ表明致シマシタガ、是レ皆均シク帝國ノ道義ニ發足スル國策ヲ宣明シタモノデアリマス
最近一部方面ニ於キマシテ、帝國政府累次ノ説明ニモ拘ラズ、帝國ガ愈々支那ノ門戸ヲ閉鎖スルガ如キ誤解ヲ抱イテ居ル向ノアリマスルノハ、洵ニ遺憾ノ次第デアリマス、固ヨリ日滿支三國ノ互助連環ニ依リ新ナル東亞ノ建設ニ乗出シマスル以上、三國ノ國防及ビ經濟的自主達成ニ重大ナル影響ヲ及ボスベキ分野ニ於キマシテハ、或ル程度ノ制限乃至施設ヲ行フノ要アルコトハ當然デアリマスルガ、右ハ自ラ前述ノ目的ニ必要ナル限度ニ限ラルル次第デアリマシテ、斯ル措置ハ畢竟東亞ガ内ヲ治メ、世界經濟ノ一環トシテ進ンデ其ノ發展ニ寄與セントスルモノニ外ナラナイノデアリマス、隨ヒマシテ右措置以外ノ廣大ナル範圍ニ於キマシテハ、第三國ノ經濟的權益、第三國ノ平和的通商企業等ハ毫モ影響ヲ受クルコトガナイバカリデハナク、寧ロ進ンデ其ノ參加ヲモ觀迎セラルル次第デアリマスガ故ニ、全體トシテ第三國ノ經濟的活動ハ益々隆盛活溌トナルコトト信ズルノデアリマス
帝國政府ハ通商上ノ各種障碍ヲ除去シ、世界各國間ノ經濟的協力ヲ促進スルコトガ、世界人類ノ繁榮ト幸福トヲ齋ス所以デアルト信ジマシテ、從來是ガ爲努力ヲ續ケテ來タノデアリマシテ、今後モ此ノ方針ニ變リハナイノデアリマス、前ニ述ベマシタ如ク、日滿支互助連環ノ關係ニ於キマシテ、第三國ノ經濟的活動ノ制限ヲ、國防及ビ經濟的ノ自主達成ニ必要ナル最小限度ニ止メント致シマスルノモ、畢竟右ノ方針ニ基クモノデアリマス、私ハ關係列國ガ帝國ノ眞意ヲ認識シ、東亞ノ新ナル秩序ノ建設ニ積極的協力ヲ吝マザルベキヲ切望シ、且ツ期待スルモノデアリマス、尚ホ今次事變ニ際シマシテ、在支第三國人ノ個々ノ權益ニシテ損害ヲ受ケ、或ハ其ノ居住往來ヲ制限セラルルガ如キ事態ガ發生致シマシタノハ遺憾デアリマスガ、是等ハ軍事行動ノ必要ニ出デタ萬巳ムヲ得ナイ出來事デアリマシテ、關係國ニ於テモ事情ヲ諒トシ居ルモノト信ズルノデアリマス、是等ノ點ニ付テハ帝國政府トシテモ亦細心ノ注意ヲ怠ラナイノデアリマシテ、既ニ懸案トナレル諸案件ニ關シマシテハ、事情ノ許スモノ、又ハ調査完了ノモノヨリ逐次解決スルノ方針ヲ執リマシテ、現在マデニ圓滿解決ノ運ビトナツタ案件モ少クナイノデアリマス
佛領印度支那其ノ他ヲ通ジマシテ、蒋政權側ニ齋ラサルル武器輸送ニ關シマシテハ、累次關係國ノ注意ヲ喚起シ來ツタ次第デアリマスガ、必要ナル場合ニハ帝國トシテ適當ナル措置ヲ執ル所存デアリマス、今ヤ廣東陷落、武漢三鎭ノ攻略ニ依ツテ支那事變ハ茲ニ新ナル段階ニ入リ、一面ニ於テハ抗日政權壞滅ノ手ヲ緩メザルト共ニ、他面積極的ニ建設ニ鋭意スベキコトトナツタノデアリマス
惟フニ蒋政權ハ今尚ホ所謂長期抗戰ヲ標榜シテ居リマスガ、既ニ僻陬ニ逃避シ純然タル一地方的存在ト化シテシマヒマシタルニ反シ、皇軍占據地域ニ於キマシテハ、反共親日ノ氣運ガ勃然トシテ起リツツアルノデアリマシテ、臨時、維新及ビ蒙彊各政權モ各々堅實ナル發展ヲ遂ゲ、著々民心ヲ收メテ居ルノデアリマス、更ニ昨年秋ニハ臨時、維新兩政府ノ間ニ聯合委員會ノ組織ヲモ見、漢口、廣東方面ニモ、地方政權樹立ノ氣運ヲ見ツツアル状態デアリマシテ、帝國政府トシテハ新中央政府ガ速ニ成立シ、我方ト協力シテ事變ノ收拾ヲ圖ルニ至ランコトヲ期待シテ居ル次第デアリマス、尚ホ最近所謂和平派首領ノ脱出事件等ガ起リマシタガ、帝國政府トシテハ其ノ成行ニ付キ注意ヲ拂ツテ居ルノデアリマス
帝國ハ曩ニ共産「インターナショナル」ノ破壞的活動ニ對抗スル爲、日獨防共協定ヲ締結シ、後更ニ伊太利國ノ加盟ヲ見タノデアリマスガ、此ノ共産「インターナョナル」ノ活動タルヤ、隱顯出沒誠ニ端睨スベカラザルモノガアルノデアリマシテ、歐羅巴ニ於テモ、亞細亞ニ於テモ、平和秩序ノ多少ナリトモ紊サレタルガ如キ事件ノ背後ニハ、必ズヤ彼等ノ活動ノ存スルコトヲ發見スルノデアリマス、彼ノ勃發以來既ニ三年ニ垂ントスル西班牙内亂ノ如キハ、其ノ最モ顯著ナル例デアリマスガ、彼等ノ常套手段ハ局部的問題ヲ導火線トシテ一般戰爭ヲ誘起シ、以テ世界ノ赤化ヲ圖ラントスルニアルノデアリマシテ、誠ニ彼等コソ秩序破壞、平和攪亂ノ元兇トモ言フベキデアリマス
東亞ニ於キマシテモ、今次事變以前ヨリ彼等ハ既ニ國民政府ニ働キ掛ケ、蒋ヲシテ抗日侮日ノ政策ヲ執ラシメテ居ツタノデアリマスガ、事變勃發後ハ急速度ニ其ノ魔手ヲ延バシ、遂ニ國民政府ノ軍事及ビ政治ノ中樞ニ割込ミ、軍政兩面ニ對スル領導的地位ヲ獲得シツツアルノデアリマス、而シテ所謂長期抗戰、遊撃戰術ナルモノハ、元來共産黨ノ建策ニ基クモノデアリマシテ、畢竟支那大衆ノ犠牲ニ於テ、出來ル限リ事變ノ解決ヲ遷延セシメ、以テ支那、延イテハ世界ノ赤化ヲ招來セントスル陰謀ニ外ナラナイノデアリマス
幸ニシテ日獨伊防共協定ノ威力ハ共産「インターナショナル」ノ破壞工作ヲ、歐羅巴ニ於ケルガ如ク、亞細亞ニ於テモ或ル程度ニ之ヲ喰ヒ止メ得テ居ルノデアリマスガ、吾人ハ過去ノ經驗ニ顧ミ、此ノ協定ヲ將來ニ於テ一層擴大強化スルコトガ、世界平和ノ保障ヲ一層強カラシムル所以デアルト信ジテ居ルノデアリマス、最近滿洲國及ビ洪牙利國ガ本協定ニ參加ノ決意ヲ表明致シマシタコトハ、防共陣營ノ擴大トシテ慶賀スル所デアリマス
對「ソ」關係ニ付キマシテハ、張鼓峯事件ニ際シ、非常ニ緊迫セル關係ニ置カレタノデアリマシタガ、日本側ノ適切ナル措置ニ依ツテ、大事ニ至ラズシテ濟ンダノデアリマス、北樺太ニ於ケル石油、石炭ニ對スル我ガ利權ノ不法壓迫ハ依然トシテ熄マズ、其ノ行使ヲシテ愈々困難ナラシムル状態ニ陷レテ居ルノデアリマス、又漁業問題ニ付キマシテハ、曩ニ案文ノ妥結ヲ見マシタル條約ノ成立ニ付キ、引續キ有ユル努力ヲ拂ヒマシタルニ拘ラズ、「ソ」聯邦側ニ於キマシテハ條約ト關聯ノナイ問題マデモ提起致シマシタル爲、交渉ハ今以テ纏ルニ至ラナイノデアリマス、一方暫定取極モ客年末ヲ以テ期限滿了トナリマスノデ、同取極ノ更新方ノ商議ニ移リマシタガ、之ニ付テモ、「ソ」聯邦側ハ幾多ノ無理ナ條件ヲ提起シテ讓ラナカツタ爲年内ニ妥結ヲ見ズ、仍テ「ソ」聯邦ニ對シ漁業ノ現状ニ變化ヲ來スガ如キ措置ヲ執ラザルヤウ申入レ、越年交渉ヲ繼續スルコトトシタ次第デアリマス、政府トシテハ「ソ」聯邦側ガ誠意ヲ以テ本交渉ニ當リ、結局取極成立ニ至ルベキコトヲ期待スルモノデアリマスガ、我ガ正當ナル既得ノ權益擁護ノ爲ニハ、固ヨリ適宜ノ措置ヲ講ズル覺悟デアリマス
惟フニ世界ノ恆久平和ナルモノハ、人類親和ノ道義的基礎ニ立脚シ、公正ナル均衡ヲ基調トシテコソ初メテ築キ得ラルルモノデアリマシテ、今日國際間不安動搖動搖ノ原因ハ素ヨリ複雜ナルモノガアリマスガ、要スルニ事實上不公正ナル現状ヲ其ノ儘維持センコトニ努メ、功利的精神ニヨリ新興勢力ノ發展向上ヲ阻碍セントスルコトガ、其ノ重大原因タルコトハ爭フベカラザル所デアリマス、帝國ノ企圖スル東亞新秩序ノ建設コソ、道義ヲ根幹トシ、國際正義ニ適フモノデアリマシテ、列國トノ關係ヲ眞ニ健全ナル基礎ノ上ニ益々親善ナラシメ、眞ノ世界平和ヲ招來スル所以デアルト信ズルノデアリマスルガ、之ニ對シテハ今尚ホ誤解ヲ抱イテ釋然タラザル者ガアルノデアリマスルカラ、此ノ國策ノ遂行ニ當リマシテハ、國民一般正ヲ履ンデ畏レザルノ覺悟ヲ必要トスルト信ズルノデアリマス(拍手)