データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第40代東條英機内閣(昭和16.10.18〜昭和19.7.22)
[国会回次] (帝国)第77回(臨時会)
[演説者] 東郷茂徳外務大臣
[演説種別] 国務大臣の演説
[衆議院演説年月日] 1941/11/17
[貴族院演説年月日]
[全文]

不肖今囘圖ラズモ帝國ノ外政擔當ノ重責ヲ負フコトト相成リマシテ、本日茲ニ帝國政府ノ外交方針ニ付キ、聊カ所見ヲ申述ブルノ機會ヲ得マシタコトハ、私ノ最モ欣幸トスル所デアリマス

帝國ハ東亞新秩序建設ノ爲ノ征戰ニ從事スルコト既ニ四年ヲ閲シ、擧國一致時艱ノ克服ニ邁進シツツアルノデアリマス、私ハ先ヅ御稜威ノ下ニ前線ニ奮闘スル我ガ陸海軍將兵ノ武運長久ヲ祈願スルト共ニ、幾多ノ尊キ英靈ニ對シ敬弔ノ意ヲ表スルモノデアリマス

帝國ノ對外國策ノ基本方針ガ、東亞ノ天地ニ正義ニ立脚スル平和ヲ確立シ、以テ世界人類ノ福祉増進ニ寄與セントスルニ存スルコトハ、更メテ多言ヲ要セヌ所デアリマス、帝國ガ明治維新以來駸々乎トシテ國運ノ伸張ヲ成シ遂ゲマシタノモ、實ニ此ノ大義ニ立脚セル不斷ノ努力ノ賜ニ外ナリマセヌ、顧ミマスルニ過去七十餘年間・・・・・・

〔發言スル者アリ〕

○議長(小山松壽君) 靜粛ニ願ヒマス

○國務大臣(東郷茂徳君)(續)帝國ハ幾度カ國難ヲ打開シテ參リマシタ、就中日露ノ戰役ハ東亞ノ平和ニ對スル障碍ヲ排除セントスル擧國決死ノ大事業デアリ、爾來帝國ハ東亞ニ於ケル安定勢力トシテノ歩武ヲ進メテ來タノデアリマスルガ、今ヤ東亞ノ天地ニ、正義ニ基ク新秩序ヲ確立シ、以テ世界ノ平和ニ貢獻セントスルノ大業ニ邁進シツツアルノデアリマス、幸ヒニシテ獨伊兩國ハ帝國ト其ノ意圖ヲ同ジウシ、曩ニ三國條約ノ成立ヲ見タノデアリマシテ、同條約ガ過去一箇年餘ノ期間ニ於キマシテモ、既ニ其ノ使命タル東亞及ビ歐洲ノ新秩序ノ建設、及ビ戰爭ノ擴大防止ニ對シ、大ナル貢獻ヲナシ來リマシタコトハ御承知ノ通リデアリマス

滿洲帝國ハ建國以來國礎益々固キヲ加ヘ、同國ヲ承認致シマシタ國ハ既ニ十三箇國ノ多キニ達シ、其ノ國際的地位モ日ヲ逐ウテ向上シ、國運隆盛ニ赴キツツアリマス、支那ニ於キマシテハ帝國ハ重慶政權屈服ノ爲メ、武力戰ヲ敢行シツツアルノデアリマスルガ、帝國ト中華民國トノ提携ニ依リ、東亞ノ安定ヲ確保シ、以テ共榮ノ實ヲ擧ゲントスルハ、支那事變ニ處スル帝國ノ根本方針デアリマス、帝國ト國民政府トノ間ニハ、曩ニ日華間ノ新關係ヲ律スル基本條約ノ成立ヲ見タノデアリマスルガ、帝國政府ハ此ノ上トモ同政府ノ強化ニ協力スル決心デアリマス

支那事變ノ處理ト共ニ帝國ノ重大關心事ハ、北方及ビ南洋方面ニ存スルノデアリマス、曩ニ歐洲戰爭勃發致シマスルヤ、帝國ハ東亞全局ノ平和維持ノ見地ヨリ禍亂ノ東方ニ波及シ來ルコトヲ防止スル爲メ、凡ユル努力ヲ爲シ來ツタノデアリマスルガ、本年四月締結セラレマシタ日「ソ」中立條約モ亦右ノ方針ヨリ出デテ、北方ノ安全ヲ確保セントスルモノデアリマス、其ノ後「ドイツ」ト「ソヴィエト」聯邦トノ間ニ戰禍ノ發生ヲ見ルニ至リマシタケレドモ、政府ハ依然北方ノ安全ヲ確保セントスルノ態度ヲ堅持シ來レルモノデアリマシテ、畢竟我ガ方ニ於キマシテハ、北方ニ於テ平和ノ攪亂セラルルガ如キ素因構成セラレ、又ハ帝國ノ權益ガ脅威セラルルガ如キ事態ノ發生スルコトニ對シテハ、飽クマデ之ヲ防止セントスルモノデアリマス(拍手)

南方ニ關シマシテハ、帝國政府ハ曩ニ「タイ」佛印國境紛爭ノ調停ヲナシ、又佛印トノ間ニ政治的、經濟的緊密關係ヲ設定シ、次イデ佛印ヲ繞ル國際情勢ガ佛印ノ安全、延イテ東亞ノ靜謐、且又帝國ノ安全ニ重大ナル脅威ヲ及ボサントスルノ形勢ト相成リマスルヤ、之ニ對處センガ爲メ日・佛印共同防衞ニ關スル議定書ヲ締結シ、更ニ芳澤大使ヲ同地ニ派遣致シマシテ緊密ナ關係ノ増進ニ努メ、又「タイ」國トノ間ニモ經濟的關係ヲ緊密ニスルト共ニ、大使ヲ交換シテ兩國提携ヲ益々固クシテ居ルノデアリマス(拍手)然ルニ第三國側ヨリ、恰モ帝國ガ是等方面ニ侵略的意圖ヲ有スルガ如キ惡意ノ宣傳ガ行ハルルハ洵ニ心外トスル所デアリマシテ、私ハ東亞ニ位スル諸國、諸民族ガ能ク帝國ノ眞意ヲ了得シ、新秩序建設ノ爲メ帝國ト協力スルニ至ルコトヲ確信シテ疑ハザルモノデアリマス

〔發言スル者多シ〕

○議長(小山松壽君) 田淵君ニ御注意致シマス

○國務大臣(東郷茂徳君)(續) 以上ノ如ク帝國ハ一意支那事變處理ト、東亞ニ於ケル新秩序ノ確立ニ眞摯ナル努力ヲ傾注シテ居ルノデアリマスルガ、曩ニ述ベマシタ共同防衞ニ關スル議定書ニ基キ、本年夏我ガ軍ガ南部佛印ニ進駐シマスルヤ・・・・・・

〔「シツカリヤレ」「議長、退場々々」其ノ他發言スル者多シ)

○議長(小山松壽君) 田淵君ニ重ネテ御注意致シマス

○國務大臣(東郷茂徳君)(續) 英米兩國ハ右ヲ以テ自國領域ニ對スル脅威トナシ、兩國ニ於ケル我ガ資産ヲ凍結シ、以テ事實上經濟斷交ニ等シキ措置ニ出デ、英國各自治領植民地悉ク之ニ倣ヒ、蘭印亦之ニ和シタノデアリマスルガ、英米ハ更ニ濠洲、蘭印、重慶ヲ誘ツテ、對日包圍ノ態勢ヲモ執ルニ至リマシタ

斯クノ如クニシテ、帝國ヲ繰ル國際情勢ハ日一日ト緊迫ノ度ヲ加ヘ來ツタノデアリマスルガ、英米ノ我ガ方ニ對スル此ノ種壓迫ハ事重大デアリマシテ、帝國ノ生存ニモ甚大ナル影響アル次第デアリマス(拍手)

茲ニ各方面ノ注意ヲ願ヒタイノハ、斯カル情勢ナルニモ拘ラズ、從來帝國政府ガ太平洋、延イテハ世界全局ニ於ケル平和ヲ維持シ、最惡ノ事態ヲ囘避セントノ崇高ナル動機ヨリ、局面ノ打開ノ爲メ最善ノ努力ヲ傾注シ來レルコトデアリマス

〔「シツカリセヨ」ト呼ビ其ノ他發言スル者多シ〕

○議長(小山松壽君) 田淵君−−田淵君ニ退場ヲ命ジマス

○國務大臣(東郷茂徳君)(續) 抑々支那事變勃發以來、日米關係ハ惡化ノ一路ヲ辿リ、逐次其ノ勢ヒヲ加へ來リ、之ヲ放置致シテ置キマスナラバ、勢ヒノ趨ク所最惡ノ事態ニ立至ルコトナキヲ保シ難キ情勢ト相成リマシタ(拍手)若シ斯クノ如キ事態トモナラバ、太平洋ヲ繞ル諸國ニ對シテノミナラズ、全世界人類ニ大ナル慘禍ヲ及ボスモノデアリマシテ、洵ニ寒心ニ堪ヘヌ所デアリマス、仍テ平和ヲ念トスル帝國ハ茲ニ思ヒヲ致シマシテ、本年四月以來米國政府トノ間ニ、日米問題ノ根本的調整ニ關スル話合ヲ行ヒ來ツタノデアリマスルガ、前内閣ニ於キマシテハ、本年夏以後ニ於ケル情勢ノ逼迫ニモ顧ミ、鋭意日米交渉ノ成立ニ努力致シマシタニ拘ラズ、彼我意見ノ一致ヲ見ルニ至ラナカツタノデアリマス

現内閣ニ於キマシテモ國際危局ヲ救濟シ、太平洋ノ平和ヲ維持センガ爲メ、右日米會談ヲ繼續スルニ決定シ、爾來交渉中デアリマス、隨テ其ノ内容ニ付テハ遺憾ナガラ今茲ニ詳細申上グル自由ヲ有シマセヌガ、若シ夫レ米國政府ガ帝國政府ト同樣、眞ニ世界ノ平和ヲ顧念スルト共ニ、帝國ノ自然的要求ト東亞ニ於ケル帝國ノ地位ヲ了解シ、且又東亞ニ於ケル事態ニ付キ現實ニ即スル考慮ヲ加ヘマスルニ於テハ、本件交渉ノ妥結モ決シテ不可能デハナイト考ヘル次第デアリマス(拍手)而モ彼我ノ見解ハ、過去半歳餘ニ亙ル話合ニ依リ概ネ明白トナツテ居リマスルノデ、技術的方面ヨリ見マスルモ、今後ノ交渉ニ長時間ヲ費スノ要ナキコトハ、米國側ニモ明カデアルト信ズルノデアリマス

事態斯クノ如クデアリマシテ、帝國政府ニ於テハ本交渉ノ成立ニ向ツテ、最善ノ努力ヲ傾注シテ居ル次第デアリマスルガ、我ガ方ノ協調的態度ニモ自ラ限度ガアリ(拍手)事苟クモ帝國ノ生存ヲ脅カシ、又ハ大國トシテノ權威ヲ毀損スルコトトナルガ如キ場合ニハ、飽クマデ毅然タル態度ヲ以テ之ヲ排除セネバナラヌコトハ勿論デアリマシテ、私ト致シマシテハ、此ノ點ニ付キマシテハ十分ノ決意ヲ以テ交渉ニ臨ンデ居ル次第デアリマス(拍手)

今ヤ帝國ハ未曾有ノ難局ニ遭逢シ、一致團結是ガ打開ニ邁進スルノ要アル次第デアリマス、元來軍事ト外交トハ一體デアリ、内政ト外交亦表裏ノ關係ニアルノデアリマスルガ、官民一致國家ノ總力ヲ擧ゲテ事ニ當ルノ要アルヲ痛感スルコト、今日程切實ナルモノハナイノデアリマス(拍手)以上率直ニ本大臣ノ所見ヲ披瀝致シマシテ、茲ニ一億同胞ノ支援ト協力トヲ切ニ冀望スルモノデアリマス(拍手)