データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第50代第4次吉田(昭和27.10.30〜28.5.21)
[国会回次] 第15回(特別会)
[演説者] 岡崎勝男外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1953/1/30
[参議院演説年月日] 1953/1/30
[全文]

 先般、本国会の冒頭、外交方針一般について所信を明らかにいたしました。すなわち、わが国の外交政策の基調は、国際連合と協力し、自由民主主義諸国と提携し、もって世界の平和と繁栄に寄与し、かつ自国の安全をはかるにある旨を申し述べたのであります。

 爾来、世界情勢を観察いたしますのに、世界戦争の危険は一応遠のいたかの感がありますが、共産陣営側の態度は依然として改まらず、われ\/としては、その脅威について、さらに明確に認識すべきものと考えるのであります。

 すなわち、いわゆる冷たい戦争は世界各地で行われておりますが、アジアの一部では、これが実際上の戦闘行為にさえ発展しております。共産主義の浸透戦術により、あるいは直接の武力行使により、結局力をもって圧服され、まったく自由を失う人々のあるのを見ることは、まことに忍びないところであります。

 欧州共産主義国中には、すでに、かかる圧力に反発する傾向も現われておりますことは、最近の相次ぐ粛清の事実より見ても推察にかたくないのでありますが、アジアにおきましては、事情は多少異なるのであります。多年、植民地とされ、帝国主義の犠牲となったと考える諸国が、この際完全なる独立を回復し、自国の資源は自国の利益のため開発せんと主張する等は、自然の勢いともいうべきであります。これは、元来民族的、国家的運動であって、共産主義とは関係ないわけでありますが、共産主義者は、ややもすれば、かかる運動がその革命方式と一体なるやによそおい、ほうはいたるアジアの独立運動が、あたかも共産主義の勃興であるかのごとく宣伝するに努めております。民衆の一部には、これに迷わされている者もありますが、われわれとしても、右は特に注意すべき点であると考えるのであります。

 わが国民が共産主義に同調しないことは、すでに明らかであり、従って、わが国が自由愛好国の一員たるべきことは当然の帰結であります。しかるに、いわゆる中立論なるものも世上に行われておりまして、わが国の進むべき方向につき、国民の一部に疑いを起さしめておる感がありますから、これに対し考察を加えたいと存じます。

 各共産主義国におきましては、その基礎がやや固まらんとするや、たちまち粛清が行われますことは、過去においても現在においてもまったく同様であります。当初は、いわゆる統一戦線あるいは人民戦線と称して各方面の分子を糾合いたしますが、漸次異分子を清算して、最後には完全に共産主義一色となるのであります。これは国民のすべてを「敵か味方か」に区別するやり方でありまして、中立または第三勢力のごとき存在を許さないのがその実情であります。かかる事情は、国家間においても同様であります。現在の世界情勢におきましては、国民の自由を守る国家か、自由を認めない国家か、究極においては漸次そのいずれかになってしまう大勢にあります。従って、中立論なるものは、抽象的な理論としては成り立ち得るのでありますが、現実の事態は、たといこちらが中立を唱えても、相手方はこれを認めないということになるのであります。このような切実なる事実に直面することをなさらず、あいまいなる中立論を唱えても、それは自己を偽瞞{前2文字目ママ}するにすぎずして、問題の解決とはならないのであります。もしそれ、国を共産主義の侵略に売り渡さんとして、中立を唱え、防備の不必要を説くがごときは、もとより論外であります。

 しかして、さらに考慮を要するのは、国家間の争いが単に当事国の利害にのみ関係する局地的のものである場合には、その紛争に巻き込まれず、局外に立つことも考えられるのでありますが、国際間における今日の争点は、共産陣営の侵略に対し、自由国家群が集団的自衛をなさんとすることに発しているのであって、その規模は世界全体に及び、争いの中心は二つの世界観の相違に根ざしているのであります。しかして、そのいずれに正義があるかは、おのずから明らかであります。

 この際、わが国が自由と正義にくみして、これに一臂の力を添えるにあらざれば、民主主義国家の結束は乱れ、世界平和の維持も困難となり、その結果、さらに災いはわが国自体にも及ぶのであります。いたずらに中立を唱えて現実を逃避し、尽すべき義務をも免れんとするがごときは、卑怯であるばかりでなく、遂には平和国家を維持せんとする精神的支柱をも失い、国民をしてその行くところに迷わしめる結果ともなるのであります。よろしくわれ\/は、堂々立って自由国家と提携し、その一員として世界平和の維持に尽すべきであると信ずるのであります。

 なお、自由なる独立国家としての一つの義務は、国民が可能な範囲において自国の安全をみずからの手によって守り、できるだけ他国の世話にならぬという点にあります。政府は、そのような見地から、今般保安庁経費を相当増加計上しておりますが、これは諸外国においても十分理解し、賛同せらるるものと信じて疑いません。

 なお、近来北海道上空において、外国軍用機による領空侵犯が行われたのでありますが、これは単に国際法上の不法行為であるにとどまらず、わが国の安全に重大な影響を及ぼすものでありますので、駐留米軍の協力を得て、これを排除するために必要と認められる措置をとることとしました。独立国として領空権を守ることは、いずれの国家にも認められているところでありまして、当然の措置をなしたにすぎません。各国においても、今後十分わが領空権を尊重せられるものと期待しております。

 以上のような観点よりする政府の自由国家群との提携、ないし国連協力の方針は、最近数箇月間においても漸次具体化されつつあります。

 その一つは、国連のわが国加盟資格承認であります。先般、政府の国連加入の申請が、安全保障理事会におけるソ連の拒否権行使により実現しなかった後、わが国の国連加盟資格承認決議案が、昨年十二月二十一日、国連本会議に提案され、賛成五十、反対五の圧倒的多数によって採択せられたのであります。すなわち、わが国が平和愛好国であり、かつ国連憲章に掲げる義務を履行する意思と能力を有するものであることを、国連加盟五十箇国が正式に認めたのでありまして、その政治的効果は少からざるものがあると信ずるのであります。

 その二つは、フィリピンとの間の賠償問題であります。わが国は、平和条約の規定に基き、誠意をもってこれを解決いたしたい意向でありますが、わが国の役務提供によってフィリピンの経済復興と産業開発に寄与し得る範囲は広大でありまして、フィリピン側でも、最近に至り、かかる事情を漸次了解するに至った模様であります。二月中には右に関する日比会談が開催され得るものと予想しております。なお、現在比島沿岸の沈船について調査を行っておりますが、今後沈船引揚げに関する話合いが妥結する場合は、その協定を国会に提出し、審議を願う考えでおります。またインドネシア、ビルマ、仏印三国とも、賠償問題解決についての具体的折衝に入りたいと希望いたしております。

 その三は、日韓関係であります。本年初め、クラーク大将の招待により、韓国李承晩大統領が非公式に来訪せられた際、総理大臣及び私は同大統領と話合う機会を得たのでありますが、日韓両国が懸案を解決し、善隣友好の関係を打立てる必要のあることについて意見の一致を見ました。政府といたしましては、すみやかに会談を再開し、互譲の精神によって問題を解決し、両国の国交を緊密にするとともに、ひいては朝鮮における国連の努力に一層協力し得るに至ることを希望するものであります。

 かかる時期にあたり、米国においてアイゼンハウァー大統領を主班とする新政府が発足いたしました。新大統領は、その就任演説におきまして、米国の今後進むべき指針として九原則を明らかにし、侵略者に対しては絶対に宥和妥協せず、盟邦を助けるとともに、その協力を期待し、またかかる協力の前提として、自由諸国の経済力、生産、貿易の発展に努力すること等の原則を述べたのであります。これによって、新大統領及び米国民の確固たる決意が宣明せられ、自由諸国の結束と協力はます\/緊密となるべきことは言をまちません。また、日本との平和条約等を通じ、東亜の事態についても深い認識と豊富な経験とを有するダレス氏が国務長官になられたことは、日米友好関係のためのみならず、東亜における諸問題の解決のため喜ばしいことと存じます。

 翻って思うに、わが国の経済は、八千五百万の人口がカリフォルニア一州よりも狭隘なる地域に密集しているという現実を前提としまして、雇用の増大にしても、国民生活の安定にしても、外国貿易の発展にまつところ最も大であります。よって、政府は、まず北米、中南米等のドル地域に対する輸出市場を拡大するとともに、輸入については非ドル地域に重点を移し、列国との間に、入国滞在、関税その他交易条件に関し、互恵平等の待遇を獲得することに努め、さらに今後一層多くの国と貿易及び支払いに関するとりきめを結び、貿易規模の拡大をはかりたき考えであります。昨年末、日伊間及び日芬間に貿易支払いとりきめを結びましたが、さらに英国との間に貿易量増大の方式について討議を開始するほか、中華民国及びパキスタンとも貿易協定締結について交渉中であります。また近く中近東のアラブ諸国に通商使節団を派遣し、これら地域との貿易増進の実際的措置を講ずる予定であります。日米通商航海条約も、近く妥結せられたる後、本国会に提出し得るものと期待しております。

 また、わが国は、アジア諸国とその社会、経済上の条件をひとしくする点が多く、従ってわが国の経験及び技術はアジア諸国の経済復興や産業開発に最も有益に利用し得るものと考えますが、各国の要請がある場合には、その計画に従って産業開発に積極的に協力いたしたいと考えます。

 しかして、世界の諸国、特にアジア諸国と緊密なる提携を進めるための前提条件として、技術あるいは文化に関する相互の理解が必要なることはもちろんでありまして、政府としましては、今後ともわが国の文化、技術あるいは社会一般に関する実情の対外啓発に努めるとともに、相手国との文化の交流を行う意向であります。近くインドに文化使節を派遣いたしますが、アジア諸国からの留学生についても、その受入れ体制を整備し、積極的に招致をはかる所存であります。

 邦人の海外移住につきましては、十二月二十八日、第一回アマゾン移民が出発いたしました。さらに、南米諸国によって許可されました来年度分約七百家族の計画移民の送出にあたっては、現地における実情を十分調査の上、確実な基礎に立ってこれを実施したいと考えます。また計画移民については、最近諸外国で行っているように、わが国においても、政府機関が責任をもって優秀な人々を選出し、これに十分なる教養を与え、準備を整えて海外に送り出すことといたしたく、このため関係機構を整備する考えでおります。

 次に、中国残留同胞の引揚げについて申し述べます。現在までソ連及び中共地区からの引揚げのみが完全には実施せられず、国民一般鶴首してこれを待ち望んでいたのであります。政府も、国連、国際赤十字、第三国等を通じ、鋭意引揚げに努力していたのでありますが、去る十二月一日の北京放送以来、ようやくその実現が期待されるに至ったのは、まことに喜びにたえません。すでに打合せのための代表一行は中国に参っておりますが、打合せ成立せば、ただちに高砂丸で輸送を開始し、また先方の事情が許せば、さらに数隻の船舶を用いて、数箇月内に全引揚者を帰国せしめ得る態勢を整えております。政府といたしましては、本件は純然たる人道問題として、引揚げの促進のみを念としておるのでありますが、中共側においても、同様に純然たる人道的立場から、わが同胞がすみやかに帰国できるよう考慮せられんことを、国民とともに希望いたすものであります。

 戦争裁判受刑者については、関係各国によって漸次同情的な措置がとられるに至りつつありますが、今後とも事態の改善のため努力いたしたいと存じます。

 本年におきましても、世界情勢には種々重大なる発展があるものと思われますが、政府は、以上述べました外交方針のもとに、国民及び国会の協力と支援を得て、強く外交施策を推進したく念願いたしております。