データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第16回(特別会)
[演説者] 岡崎勝男外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1953/6/16
[参議院演説年月日] 1953/6/16
[全文]

 最近における国際情勢に関連し、政府の外交方針について所信を明らかにしたいと存じます。

 近来国際間の情勢にある種の変化が現れていることは、御承知の通りであります。すなわち、ソ連の新政権成立以来特に活発化した平和攻勢と、これに対応する自由諸国の動向であります。平和攻勢の意図についての自由諸国内の見解は必ずしも一致しておりません。あるいはこれをソ連政権の内部的危機に由来する宥和政策なりとし、あるいはこれを自由主義陣営の断固たる態度と防衛体制の整備に直面せるための戦略的退却なりと断ずるのであります。従って、共産側の譲歩が事実をもって示されるまでは信頼し得ずとなす意見もあり、またこれを額面通りに受取って、個々の具体的問題を解決しつつ、全般的対ソ関係の調整に進むべしとなす意見もあります。いずれにするも、戦争の脅威と平和攻勢とを交互に用いて、自由国家群の混乱と経済の弱体化をはかり、あわせて軍備の強化を阻止せんとするのが、いわば共産陣営の常套手段とも言うべきものであります。それゆえ、自由諸国側も、現実の政策としては、一面、集団安全保障の体制に基く防備の努力をゆるめることなく、他面、具体的な案件については、できるだけ調整を試みんとする態度であります。もとより共産陣営の基本的な世界政策は容易にかわるものとは信じませんが、たとい一時にせよ、ソ連が合理的立場に立つことにより、両陣営間の緊張が緩和することは、はなはだ歓迎すべき次第であります。特に、朝鮮において休戦が成立し、再び平和が回復されるならば、まことに喜ばしきことであります。朝鮮問題の根本的解決には今後幾多の困難が予想されますが、この間、朝鮮の復興のため、わが国の協力を必要とするものについては、政府としても、でき得る限りの努力を惜しむものではありません。

 以上のような新たなる事態におきましても、政府の基本的外交政策については、今日何ら変更すべき理由はないのであります。われ\/は、今後とも国際連合と協力し、集団安全保障の理念のもとに、自由主義諸国との提携を強化し、アジアの平和維持、ひいては世界の平和維持に寄与せんとするものであります。特に政府がアジア諸国との親善関係をます\/緊密にせんと欲しておることは、すでにしばヾ/述べた通りでありますが、最近かかるアジア諸国との経済協力につき種々伝えられるところがありまするから、ここにその一般的な構想を申し述べたいと思います。

 元来、アジア諸国は、いずれも自国の経済発展についての計画を有しておりまするから、わが国としては、これら諸国自身の計画のわく内において、わが資本、技術等をもって協力し得るものがあれば、ぜひこれを実現したいと希望しております。アジア諸国の経済がゆたかになれば、いずれはわが国の必要とする資材の入手にも、また貿易の拡大にも利するところ大きいがためであります。従って、われ\/は、目前の利益にこだわることなく、さしあたりはアジア諸国自体の利益の増進に寄与し、やがてはこれがわが国の利益ともなることを期待しているのであります。われ\/は、自己のかってな計画をアジア諸国に押しつけんとするものではなく、最も謙虚な気持ちで善隣友好を具現いたしたいと念願しているのであります。従って、国連の技術援助計画や、その他各国の経済援助計画等とも、可能な限り提携して行きたいと思っております。また、この間にあって、われ\/は平和条約に規定されている賠償問題の解決を回避するがごとき考えはありません。すでにフィリピンとの間には、平和条約締結前といえども、中間賠償協定の調印を了し、今次国会の御承認を得るために、これを提出することにしております。仏印との間にも、ようやく賠償交渉の端緒が開かれんとしております。

 なお、現在日韓会談を東京で、また日濠漁業交渉をキャンベラで行っておりますが、これも、これら諸国との親善関係の増進に資せんとする意図であります。

 すでに申し述べましたように、東西両陣営の緊張がやや緩和するやに期待される情勢下におきましては、世界経済もある程度正常化に向かうことも予想されるのであります。従って、わが国としても、この際これに即応して、経済的自立の基礎を強化し、貿易規模の拡大をはかる必要は一層痛感されるのであります。自由なる貿易により通商規模の拡大をはかることは、単にわが国一国にとって必要なばかりでなく、世界全体の経済発展と生活水準向上のためにも欠くべからざることであります。しかるに、近時自由諸国家の一部においてすら、自国の国際収支の均衡の維持あるいは一部産業の保護のため関税障壁を設け、通商制限の措置をとって、縮小した規模における貿易の均衡をはからんとする試みも行われております。かかる措置は、率直に申して、自由主義諸国のよって立つ基本的な理念に反するものであり、視野の狭い政策と言わざるを得ません。われわれは、各国が互いに門戸を開き、より自由にその経済を発展せしめ得るような通商貿易の制度が世界に行わるべきことを強く要請するものであります。政府は、かかる観点から、国際通貨基金及び世界銀行に加盟し、また各種の国際経済機関へ参加し、さらに関税及び貿易に関する一般協定、すなわちガットへの加入に努力しております。また個々の国々との関係では、常に貿易の拡大及び多角的決済方法の利用等の方針で交渉を進めております。しかしながら、貿易関係の正常化には通商航海条約の締結を最も必要とするものであります。政府は、去る四月、米国との間に新通商航海条約を調印いたし、国会の御承認を得たいと存じ、これを提出しております。本条約は、日本商社の米国進出や従業員の渡米等を容易にするのはもちろん、わが輸出品にガット加盟国と同じ税率を適用することにより、わが国の通商活動を著しく有利にいたします。その他、現在在米邦人の大多数が従事している農業も既得権として尊重される結果、彼らの生活の基礎を安定するなど、幾多の利点を有しております。また、目下カナダ、イタリア、スペイン等とも新通商条約の締結交渉を行っておりますほか、アジア地域の諸国に対しても、その意向を照会中であります。

 次に、最近発生した各種案件につき、要旨を申し述べます。最近中共地区より一万五千に達する同胞が帰還し、さらに多数がこれに続く予定でありますことは、留守家族の方々とともに喜びにたえません。この帰還に際しては、政府の代表を忌避して、いわゆる人民管理の方式をわが国民に押しつけんとするやのきらいもありましたが、政府としては、これに拘泥することなく、同胞のすみやかなる帰還のみを念願して、必要の措置を講じて来たのであります。またその間、在留中国人の本土送還問題も生じており、国民政府は引揚船による送還には反対の意向を表示しております。国民政府の反対はもちろん理由のあることでありますが、もし同胞引揚げが中絶するがごときことあらば、人道上もゆゆしき問題でありまするから、政府としては、あらゆる解決策を講じ、引続き邦人の帰還に支障なからしめんといたしております。

 近来、共産圏との貿易、ことに中共貿易について、国内にも種々の要望があります。わが国が自由諸国の一員として立つことは、もとより明白でありますが、イデオロギーの相違はただちに貿易を拒否する理由とはならず、従って、共産圏との貿易といえども、これを阻害することは考えておりません。但し、中共貿易については、朝鮮の休戦が成立しても、国連決議の有効な限り、一定の制限措置は持続されます。また共産国家においては、一般に経済、文化、科学等あらゆる問題が常に共産主義と結びつけて考えられ、純然たる経済の問題として取扱われない傾きが多いのでありますから、われ\/が単純に経済だけ切り離し得ると考えるなら、そこに種々危険の伏在することも考慮しなければなりません。

 戦犯問題につきましては、アメリカ関係で、現在までにBC級六十五名が仮出所し、英国関係は十三名、フランスは三十八名全部に対し減刑が与えられました。さらにまた、マヌス島よりは二十二名が帰還し、フィリピンにおいては五名が独立記念日に釈放される由であります。これら諸国の配意は、まことに多とするところであります。A級の者についても、本年三月、関係八箇国との間に個別審査の話合いが成立し、すでに数名の赦免勧告書を提出しております。政府としては、今後とも戦犯問題の解決にあらゆる努力を払うつもりであります。また海外戦没者の遺骨処理については、前回に引続き、さらにアッツ島及びアラスカにそれヾ/人を派すことにいたしております。

 日米行政協定については、本年四月十四日、米国に対し刑事裁判管轄権の改正方を申し入れました。現在、米国においては、北大西洋条約協定批准の手続きをとりつつありますが、これがすみやかに完了することを強く期待しております。

 米国の相互安全保障法、いわゆるMSAに基く援助については、もしこれがわが国の自衛力増強のために有益であり、また国民の経済面に寄与するものであれば、これを受けることが望ましいとは考えますが、何分にも重要な問題でありますがゆえに、その内容及び関連する各般の事項につき十分検討し、遺憾のないように措置する考えであります。

 米国駐留軍に提供する施設等については、最近石川県内灘の例のごとく、種々の問題が生じていることは、率直に認めるものであります。もとより、外国の援助により国家を防衛するということは、民族感情からしても問題のあることは自然でありまするし、また関係地域の住民が種々の苦情を抱く事情もよく了解し得るところであります。ただ、これら施設等は、日米安全保障条約により、わが国として必要の限度においてこれを提供する条約上の義務を有するものであります。われ\/は、わが国の現状にかんがみ、この際、集団安全保障体制のもとに国の安全を確保せんと決意している次第であります。国民各位が本問題につき冷静妥当なる判断を下されるよう、衷心より希望してやみません。

 以上申し述べました通り、わが国をめぐる国際関係は複雑多岐でありますが、政府としては、常に各国と協力しつつこれに対処し、国際社会におけるわが国の地位の向上をはかるとともに、自立経済の達成に全力を尽す考えであります。議員諸君及び国民各位の深い理解と御支援とを期待してやみません。