[内閣名] 第51代第5次吉田(昭和28.5.21〜29.12.10)
[国会回次] 第19回(常会)
[演説者] 岡崎勝男外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1954/1/27
[参議院演説年月日] 1954/1/27
[全文]
最近の国際情勢と、これに関連して政府の外交方針について申し上げます。
国際間の情勢を見まするに、昨年春から始まったソ連の平和攻勢が依然として現在までも続いておる点に従来と異なった特徴が見出されるのであります。これがため、一部には、右は単にスターリンの死に伴って表面化した内部的の困難の調整や自由主義諸国間の結束の切りくずし等の目的以外に何らか平和を希求する意図もあるやに考えられております。しかしながら、自由圏諸国においてはいち早く軍備縮小の声も起っておるのに反し、共産国家側からは、しば\/平和的な言説が繰返されているのみで、従来の厖大な軍備拡充の努力を軽減した証左はないのであります。従って、自由諸国側のこれに対する態度は、米国と英仏等との間に意見の調整等も行われた結果、結局自由諸国の結束並びに防衛態勢確立の政策はあくまでもこれを堅持しつつ、現実の対ソ政策にはある程度の弾力性を持たせ、ソ連の宥和的態度にこたえながら、国際的緊張の緩和に資せんとするもののごとくであります。かかる両者の基本的態度から考えまして、現に開催中の四国外相会議や、近く開催を予想される原子力会談あるいは朝鮮政治会議等についても、従来は困難であったこの種会議が一応開催され得る程度に国際緊張が緩和されて来たことも確かでありますが、同時に、具体的成果をあげるためには、今後よほどの努力が必要であることもまた事実であります。われ\/としても、この間の推移は十分注視すべきであると考えております。
以上のような国際情勢の一環として東亜の状況を観察いたしますれば、この方面における自由国家間の相互依存及び結束強化が今日ほど切実に要請されることはないにもかかわらず、また各国いずれもこれを希求しつつも、なお十分な成果をあげ得ていない実情にあります。しかるに、共産陣営におきましては、内部的な連繁と一定の計画のもとに、朝鮮及びインドシナにおいては、いわゆる代理戦争を敢行する一方、わが国その他の諸国においては、それヾ/の事情に応じ、再軍備反対または植民地化反対等のスローガンをもって輿論をあおり、統一戦線を結成せんとするかたわら、平和攻勢により自由諸国間の離間やその中立化、無防備化をはかり、場合によっては武装蜂起にまで持って行かんとする気配さえ示しております。東西両陣営の根本的対立と共産側の平和攻勢に基く輿論の動揺とを最も典型的に現わしているのが現在の東亜の情勢であるとも言えるのであります。
政府においては、かかる国際情勢に対処する外交方針として、まず一般的基本政策については、国際連合との協力並びに自由主義諸国、特に東南アジア諸国との提携を強化し、集団安全保障理念の実現を期し、もってわが国運の振興とアジア及び世界の平和促進に寄与せんとするものであります。
これを具体的に申し上げれば、その一は国際連合との協力の点であります。わが国は、これが一員となり、名実ともに協力の実をあげるよう、加盟に関する施策を続けて参りますが、他方、その実現を見るまでの間においても、国連の精神に即応して諸般の対外活動を規律するほか、経済関係等特定の付属機関または会議には極力参加する方針であります。
その二は自由主義諸国との提携強化でありますが、まず米国との関係が十分なる相互信頼と相互依存の域に達していることは欣快にたえないところでありまして、願わくば、かかる関係を他の自由主義諸国全般にも推し進めて行きたき意向であります。またわが国として特に重視するのは、近隣の自由諸国、特に東南アジア諸国との親善強化であります。東南アジア諸国とは年々親交を加えて来ておりますが、いまだ正式国交の回復せざる国々に対しては、まず賠償問題の公正なる解決をはかるとともに、これと並行して、国交未回復の現状においても、可能な限りの経済並びに文化の交流を進めて行く方針であります。韓国との国交打開につきましては、すでに御承知の通り、わが方の真摯誠実な努力にもかかわらず、三度まで日韓会談が不調に終ったまま現在に及んでいるのは遺憾の至りであります。ことに、いわゆる李承晩ラインの問題は、わが漁民に多大の損害を与えている現状にもかんがみ、政府といたしましては、引続き韓国側の反省を促すとともに、必要あらば米国等のあっせんを依頼してでも、一日も早く公正妥当な解決をはかりたき意向であります。
その三は集団安全保障理念の実現に関するものであります。国連との提携も、また特に日米安全保障条約のごときはこの方針の現われでありますが、昨年夏から開始されましたいわゆるMSA協定交渉が妥結いたしますれば、この関係において、さらに一歩を踏み出すこととなるわけであります。
次に、当面の政策として政府の最も重視するところは通商貿易の促進であります。わが国は本質的にその生存を外国貿易に依存せざるを得ないにもかかわらず、最近の対外収支は厖大な輸入超過となっており、かつこれを補填する貿易外収入は、大部分防衛分担金及び駐留軍の消費等米軍の国内駐留に関連するものと、いわゆる特需とであります。これは決して健全なる状態とは申されませんので、この際わが国としては、経済を建て直し、正常なる輸出によって正常なる輸入をまかない得るがごとき措置を講ずべき緊急の必要があるのであります。
輸出の増進については、世界のあらゆる地域を目標とすることは当然でありまして、そのため、今回も、緊縮せる予算中において、貿易上枢要なる地を選び、十の在外公館設置を予定しております。しかし、地理的及び歴史的関係よりして、近隣諸国、特に東南アジアの市場がわが国にとり最も重要なることもちろんでありますから、この方面に対する輸出増進策として次の諸点を推進する考えであります。
第一は貿易上の障害の除去でありまして、たとえば、関税障壁を除き、輸入制限を緩和し、わが商社の進出を容易ならしむる等の施策であります。わが国のガット加入や英国との貿易協定締結等はこの点に大なる寄与をなすものと信じます。第二はわが商品のコスト引下げでありまして、この具体策は種々ありましょうが、現在の国際価格より見て、わが国が思い切ったコスト切下げをなす必要のあることは説明を要せぬところであります。しかしながら、東南アジア諸国は、戦後の経済回復いまだ十分ならず、購買力も自然限定されておりますので、第三に、まずこれら諸国がゆたかとなり、その購買力が増大することを期待いたします。このため、政府は、経済の許す範囲において賠償の支払いもあえて辞せず、また経済協力により資源開発等に資する機会あらば喜んでこれをなしたき考えであります。さらに、共産圏、ことに中共との貿易につきましても、わが基本方針、なかんずく国連または自由諸国との協力の方針に背馳しない範囲でこれが増進を期待しております。
以上の外交方針に立脚し、最近政府がとりつつある具体的施策につき概説いたしますと、まず諸国との国交回復の状況については、昨年中において国交を再開いたしました国は計八箇国に上り、これによりまして現在わが国との修交国は、総計五十五箇国を数うるに至りました。なお、この点に関連し、わが国は、国別の修交のみならず、国際的かつ多辺的規模において関係事項の処理をはかるため二十以上の国際機関に参加いたしております。
第二は日米相互援助協定であります。このいわゆるMSA交渉は逐次妥結に達し、現在僅少の細部調整を残すのみとなりました。余剰農産物の買付と、わが国防衛産業増進のため贈与並びに投資保証等、これから派生した二、三の案件についても、右とほぼ同様であります。また具体的な援助内容に関する交渉も、さほど時日を要せずしてまとまる見込みであります。
第三は東南アジア諸国との賠償問題であります。まず、フィリピンとの中間賠償協定に基く沈船引揚げ作業は近く実施の運びとなっております。インドネシア及びヴェトナムとの間にも同様の沈船引揚げ協定を交渉しました結果、インドネシアとの協定はすでに昨年末調印を了したので、本国会の御審議を仰ぐ予定であります。ビルマとの間においてはいまだ具体的成果を収めておりませんが、近く調査団の派遣や中間賠償交渉の開始が期待されております。なお、賠償問題に対する政府の方針は、単に相手国の損害の一部を償うというような消極面にとらわれず、前述いたしました基本方針に基いて本問題の妥当な解決をはかり、これにより関係国との親善関係を強化するとともに、これら諸国の経済回復に資すべしとの積極面に着眼いたし、賠償の内容も、役務のみでなく資本財による支払いも考慮せんとしているのであります。ただ、関係国においても、わが国の支払い能力にきわめて限りのあることは了解せられたいのであります。
第四にオーストラリアとの漁業紛争の件がありますが、これは同国がその国内立法に基いて公海上におけるわが漁業を一方的に制限せんとしたことに端を発したものであります。しかし、問題は公海における漁業の自由という国際法の原則に関するものである関係から、わが国としてはこれを国際司法裁判所に提訴して公正なる判決を求めることとなし、オーストラリアの同意を得て所要の準備を進めております。わが国が本問題に特に重大な関心を寄せているゆえんは、アラフラ海におけるわが国漁業の自由はすなわち一般的に公海における漁業の自由の原則に関連するものであり、漁業国たるわが国の利益に至大の影響を及ぼすからであります。
その五は移民問題であります。政府といたしましては、移民送出はわが人口問題解決の一助になるほか、移民が受入国の経済発展にも貢献する点を考慮し、できる限り多数の者を送出すべく努力しております。その結果、昨二十八年度における移民送出数は、ブラジルに二百五十七家族、千四百七十一名に上りましたが、本年度は、計画移民として、ブラジル向け約四千三百名、その他パラグアイ等への者を合し約五千名を見込んでおります。時たまたま本年はブラジル国サンパウロ市におきまして四百年祭が挙行されますので、わが国としてもこれに全面的に協力し、同国との伝統的な好友関係の促進に資したいと考えております。
最後に、引揚げ及で戦犯並びに領土の問題について申し上げます。
昨年中における引揚者は、中共及びソ連よりの者を合せて約二万七千余名に達したことはまことに幸いでありまして、関係者の努力を多とする次第であります。
戦犯問題については、昨年はマヌス島からの濠州関係者の内地送還を初め、フィリピン政府の好意的措置による同国関係者の全員釈放並びにフランス関係戦犯の大部分の釈放等を見たことは、まことに喜びにたえません。また関係国による仮出所の措置も漸次増加しつつありますが、いまなお巣鴨には七百九十八名の者が拘置されており、これら戦犯者及び留守家族の窮状はまことに胸を打つものがあります。政府といたしましては、この引揚げ並びに戦犯釈放は人道上の問題として、早期解決をはかるため一層の努力をいたす所存であります。
領土問題につき、昨年末奄美大島が復帰しましたことは御同慶の至りでありまして、米国政府の友好的態度を深く多とするものであります。しかし、領土については他にもなお解決すべき幾多の問題がありますので、政府としては国民の総意を体し十分善処する考えであります。
以上は政府の外交方針の大要でありますが、現在の国際情勢下、わが国の外交は今後ます\/多事かつ多難を加えて来るものと考えまするについては、同僚議員諸君並びに国民各位の深い御理解と一層の御支援とを期待してやまない次第であります。