データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第52代第1次鳩山(昭和29.12.10〜30.3.19)
[国会回次] 第21回(常会)
[演説者] 重光葵外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1955/1/22
[参議院演説年月日] 1955/1/22
[全文]

 現在の国際政局を概観いたしまするに、幸いにして一応平穏な様相を呈しております。しかしながら、米英等の民主陣営においては、これを共産陣営の戦術の転換による平和攻勢に基くものであると見て、これが対策に怠りがないのであります。すなわち、欧州方面においては、西ドイツの再軍備を認めて北大西洋軍事機構の強化をはかり、中近東方面においては、トルコ、パキスタン等の武力を充実し、またアジア方面においては、東南アジア防衛機構を樹立し、あわせて背後戦線の整備に努めております。かくのごとくして、力による平和の体制を築き、もって勢力の均衡を有利にすることによって、共産側を真の平和共存に誘導せんと努力しておるありさまであります。

 以上のごとき国際情勢のもとにおいて、わが国の地位は、現在なお遺憾ながら、いまだ十分確立せられるに至っておらないのであります。三年前日本はサンフランシスコ条約によって独立をかち得たのでありますが、これは主要民主諸国との平和が回復せられたのにとどまり、共産主義諸国との間には講和は成立せず、また戦後新たに独立したアジア諸国との国交もいまだに全般的には樹立せられておらぬのであります。その上、国際連合加入もまた今日まで実現に至らぬありさまでありますから、わが国が積極的に国際問題に貢献する地位に達するには、今後格段の努力を必要とする次第でございます。

 わが国際的地位の向上に最も必要なものは総合国力の涵養であることは言うまでもありませんが、いずれにしても、まず自主独立の精神を作興することがその前提であります。自主独立の完成こそはわが民族の悲願でありまして、われわれは敗戦の跡を一掃して自衛の体制を整え、経済の自立を実現し、社会不安を除去して、新日本の建設に努力を結集する決意を有するものであります。現内閣が米国との緊密なる協力関係をもって外交政策の基調としておるゆえんのものは、米国が日本のこの進路に対して深い理解を示すからにほかならないのであります。政府はこの政策を一そう推進せんと期するものでございます。本年初めビキニ補償問題が円満妥結に至ったことは、反米感情の原因になった懸案の一つを解決したものとして重要な意義を持つ次第であります。

 アジアは日本の郷土であります。アジア民族が往年の植民地主義から解放せられ、自由独立の天地に発展向上することは、日本の切にこいねがうところであります。共産、民主両陣営間の激甚なる闘争のうちにあって、アジアが国際政局において占める重要度は、とうてい昔日の談ではございません。現に、コロンボ・グループ諸国の提唱によって、近くアジア・アフリカ会議も招集せられる機運に相なっております。

 日本としては、東亜における責任を自覚し、アジアの平和と進歩とに寄与せねばならぬのであります。それには、アジア諸国との修交がいよいよ必要となって参ります。このため、当面幾多の障害を克服いたさなければなりません。賠償問題の解決はその主要なものでありまして、わが国の経済能力の許す限り、誠意をもって急速に処理いたしたい意向でございます。政府は、その方針のもとに、鋭意準備を進めておるのであります。ビルマとの賠償交渉が妥結し、同国とはすでに経済協力の段階に進んだことは欣快とするところであります。

 韓国との関係はすみやかに改善を要する次第でありまして、この際いたずらに過去の経緯に拘泥せず、大局的見地より両国において善処すべきものと思います。また、わが国の承認しておる国民政府が中共政権と抗争しておることは、東亜の安定から見てはなはだ不幸なことであるのでありますが、これは、世界情勢に重大なる変化の起らない限り、容易に解決し得るものとは思われません。従って、わが国としては、さしあたり現実の状況に応じて実際的に対処するのほかはないと考えるものであります。中国大陸との物資交易がわが国民生上必要なことは否定できぬのでありまして、国際義務に反せざる限り、これを促したい所存であります。

 冷たい戦争はなお激しく展開されておる情勢でありまして、軍事的に両陣営の勢力均衡が回復せられ、軍事戦線が次第に強化せられるにつれて、背後の戦線が重要視せられるのは当然であります。現に、共産勢力は、アジア、アフリカにおける民族主義の問題ないし生活程度向上の問題等を利用して、巧みに背後戦線の攪乱を試みておるのであります。アジアにおける民族独立は今日実現の緒についたと見るべきでありますが、経済開発、民主向上はこれからであります。この背後戦線において民主主義と共産主義の果していずれが終局の勝利を占めるかによって冷たい戦争の帰趨が定まると申しても差しつかえはありません。英国のコロンボ計画といい、アメリカの東南アジア開発計画といい、いずれもその着眼はひとしくここに存する次第であります。日本がアジアの一国として進んでアジア全般の問題に寄与することは、アジア地域の正常安定に資するのみでなく、わが国の経済的発展をつちかうゆえんであると信ずるのであります。

 共産民主両陣営が共存し得るかいなかの論争はしばらく別として、現実には両陣営は並存して生存競争を行なっておるのであります。共産陣営がサンフランシスコ平和条約の調印を拒否して以来、日本と共産諸国との間には、戦後十年を経た現在もなお戦争状態が継続しておる形と相なっております。これははなはだしく非現実的であり、かような変則的事態はすみやかに終息せんことを希望するものであります。ソ連との平和回復を言えば直ちに対米関係が悪化するかのように考えておるのは皮相の観察と申すべく、われわれはむしろ、日米協力を密接にし、わが国の国際的地位を強固にすることがかえって日ソの国交を調整する捷径であると信ずるものであります。

 いまだ返らざる島嶼及び未帰還同胞の運命は寸時もわれわれの念頭を去らぬ問題でありまして、機会あるごとに直接間接に関係国の注意を喚起しておりますが、米国との関係においては、沖縄及び小笠原群島の返還問題、特に小笠原島民の帰島につきましては、今後日米協力の実があがり、両国相互間の理解と信頼とが増進するにつれ、おのずから解決の日が近づくものと期待する次第でございます。

 また、ソ連との関係におきましては、領土問題につきましても、また抑留者帰還の問題につきましても、解決が今日まで思うように進展していない状況でありますが、他方中国大陸及びヴェトミン地区よりの邦人引き揚げが進行しておることは、われわれ同胞の喜びにたえないところであります。さらに、わが方不断の努力にかかわらず、今なお六百数十名の巣鴨残留者のあることを思いますれば、心事暗たんたらざるを得ません。戦後十年、もはや恩讐二つながら存しないはずであります。自由民主諸国の結束がきわめて肝要である今日、関係国の理解と同情とに訴え、1日もすみやかに本問題が解消せられんことを祈ってやまぬものであります。

 年々増大するわが国の人口圧力は、単に日本のみならず、世界の問題と考えるのであります。ために、移民については特に力を入れたい方針でありまして、受け入れ諸国の繁栄に貢献し得るがごとき移住者を、ただに農業方面のみならず、技術方面にも送り出したいと考えておりますが、これも人口問題の解決にはほど遠い感があります。最も肝要なことは、わが貿易の伸張であることは申すまでもありません。いまだガットにも正式加入を得ず、諸外国の差別的待遇についても必ずしも楽観を許さないものがあります。もとより、われわれは、経済難局の打開を期するに当り、いたずらに友邦の援助と同情とのみに依頼するものではありません。産業の合理化、製品の向上等、自力更生に努めると同時に、公正なる競争の原則を厳守するものでありますが、相手方たる友邦よりもまた公平の待遇を受けんことを要望するものであります。

 最後に、大量破壊兵器の発達によって、人類は今や共存か共滅かの岐路に直面しております。原爆の惨禍をつぶさに味わった唯一の国として、日本は世界を原爆戦争の悪夢から解放する使命をになっておると言うても差しつかえはありません。国際連合の提唱する原子力平和利用に関して日本が率先賛成したのはそのためであります。私は、世界が一日もすみやかに混迷を脱して真の共存が実現することを切に祈るものでございます。

 これを要するに、わが外交政策の要諦は、日本が現在置かれた国際環境のもとに、米国を初め自由民主主義国との協力を基調としつつ自主的平和外交を展開し、民族の復興と独立とを完成するとともに、進んで世界の平和及び人類の福祉に貢献せんことを期するものであります。これをもって私の外交演説を終ります。