[内閣名] 第53代第2次鳩山(昭和30.3.19〜30.11.22)
[国会回次] 第22回(特別会)
[演説者] 重光葵外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1955/4/25
[参議院演説年月日] 1955/4/25
[全文]
ここに政府の外交方針についていささか所信を申し述べますことは、私のすこぶる光栄に存ずる次第でございます。
最近の国際情勢は、前国会において申し述べまして以来少しも改善を見ておりません。世界情勢の緊張は依然として緩和されない状態でございます。欧州においては、パリ諸協定の批准手続が完了した結果、西ドイツの再軍備は始められ、西欧連盟は結成いたされましたが、ソ連は二月政変によって軽工業主義から重工業主義に移行して、力には力をもってする政策に転換をして以来、いわゆる共産勢力の平和攻勢は様相を変えて、ために国際関係は緊張の度を増してきたと判断せざるを得ないのであります。
しかしながら、第三次世界大戦は、人類のために何としても阻止しなければならないのであります。日本の現在の地位よりしても、国際平和のために最善の努力を尽すことがその義務でなければならないと思うのであります。日本がソ連等との間に戦争状態の終結を期し国交を正常化せんと企てておるのも、この趣旨にほかならぬのであります。日ソ交渉は不日ロンドンにおいて開かれる手はずに相なっております。さらに、中国が二つに分れて、台湾海峡を差しはさんで国民政府と中共政府と相争っておることは東亜の安定と平和を害するものであって、事態はすでに重要なる国際紛争となっておりますので、日本としては、かかる紛争は一日もすみやかに、武力によらず話合いによって平和裏に解決せんことを祈るものであります。
日本は、いかなる国といえども、相手国がこれを欲するにおいては、武力を排し、紛争を平和的手段によって解決することを約束する用意があるのであります。いな、かかる国際慣習を確立することが平和を確保するゆえんであると信ずるのであります。これは、わが平和憲法においてもすでに明らかにされておる主義であるのみならず、国際連合憲章の趣旨と完全に一致するものであって、すでにアジア・アフリカ会議においてわが全権が明確に世界に向って声明したところであります。この主義を基礎として初めて国際間において国交は樹立せられ、友好関係は増進し、通商貿易は進展するのであります。繰り返して申しますが、平和外交を推進して各国との間に理解と好意とを交換して一般平和の基礎となし、この基盤の上に経済外交を促進して貿易立国の基を開かんとするのがわれわれの方針でございます。
米国初め民主主義諸国との協力関係がわが外交国策の基調であるということはしばしば声明したところでありまして、これによってわが平和政策を展開する基礎を得るのであります。日本は平和条約によって民主陣営内における自主独立の民主主義国家として出発したのであって、同じ主義の米国とは安全保障条約によって共同防衛の立場に立っておる次第であります。日米の根本利害はここに完全に一致し、両国の協力関係はきわめて緊密であるのであります。しかしながら、占領行政時代の残淆が多少とも残っている今日、幾多の困難が両国の間に存在することもまた否定することはできません。これが共産活動の乗ずるところとなるのであって、なかんずく防衛問題がその目標と相なっております。米国は日本が防衛上今日安固であるとは決して判断いたしておりません。そこで、日本においてみずから防衛力を安保条約の趣旨に従って増強せんことを希望しているわけでありますが、この点は日本の経済力と調整を要するものがあるのでありまして、防衛分担金減額の問題について最近双方の間に合意が成立いたしましたことは、日米共同声明によって発表いたされた通りであります。日米の間に見解の相違を見ることがあり得るのでありますが、その調整を不可能ならしめるものは一つも存在いたしておりません。独立後すでに三年、日米の基本的協力関係を一そうつちかうために、さらに大小の事項について冷静な判断によって合理的な調整をはかることが必要となるのは、これまた当然であると思うのであります。単に防衛の問題だけでなく、日本が自立経済を確立するためにも、また海外において経済発展を遂げるためにも、米国との協力がいかに貴重であるかは申すまでもないことであって、いたずらに当面の感情にとらわれ、日米の基本関係に災いするがごとき言動は有害無益なことと言わなければならぬのであります。
われわれはアジアに対する平和外交を重要視いたします。何となれば、日本はアジアの一国であり、解放されたアジア諸国と親善関係を結ぶことは日本の宿願であったからであります。それのみならず、近隣アジア諸国との経済通商関係は今日日本の死活問題とまで相なっているのであります。すでに国交の樹立せられている諸国との関係はきわめて順調であり、特に中近東諸国とわが国との通商貿易は年々飛躍的に発展している状況でありますが、いまだ国交の開かれざる国々につきましては、まず賠償問題の解決をはかることが必要と相なっておるのであります。
最近フィリピンのマグサイサイ大統領とわが鳩山総理とのあいさつ交換を機として賠償交渉再開の端緒を得ましたのは喜びにたえません。すなわち、先月下旬フィリピン側専門家団が着京いたしまして、わが国の専門家団と会議に入りました。この会議は将来における正式会議を成功に導くため準備をなすものでありますが、双方の善意と互譲とによりすみやかに公正妥当な協定の成立せんことを祈るものでございます。次いで、インドネシアとも同様、賠償交渉再開の日の一日も早きを期待しておる次第であります。なお、ビルマとの平和条約及び賠償経済協力協定は、最近東京においてその批准書が交換されまして、両国の国交が正式に樹立せられましたことは、重要な意義を持つものであると信じております。
また、過日タイ国のナラディッブ外務大臣が来朝いたしましたのを機会に、かねがね両国間の重要案件となっていた特別円問題も了解に達し、さらにまた、タイ国との間に文化協定が締結いたされました。日・タイ両国の伝統的な友好関係は、今回ピブン首相の国賓としての来朝によりまして、ますます緊密の度を加えるものと期待される次第でございます。
かくて、政府の所期するアジア善隣外交の発展は着実に歩みを進めておるのでありまして、一衣帯水の韓国との国交調整の交渉もすみやかに行われますよう、せっかく努力いたしておる次第でございます。
アジア各国に対しましては、以上のごとき個別的交渉の方法によるのほか、地域全般にわたる国際的協力もまたきわめて重要なることであるのであります。アジア地域の経済開発については、米国は援助をさらにふやす模様でありますが、これに関しわが国の貢献し得べき分野の多分に存することは御承知の通りであります。米国もコロンボ・プランの機構を活用するに異議なき模様でありまして、その準備として、インドの主唱によって五月七日より開かれるシムラ会議には、わが国も代表を派遣し、積極的に協力いたすことにいたしております。
次に、バンドンにおいて開かれたアジア・アフリカ会議は、この地域にある諸国の相互理解と親睦を主目的とした重大なる意義を持つ国際会議でありまして、政府は、本会議に対し特に高碕国務大臣を首班とする有力なる代表団を派遣し、わが平和外交の趣旨を広く徹底せしめるとともに、同地域内の経済協力及び文化交流について有意義なる提案をなさしめた次第であります。本会議が現に所期の目的を達成したことは慶賀にたえません。
世界経済の動向は、米国経済を中心とする好調が大体本年もなお続く見通しでおりますが、欧州において、経済自由化の進展にかかわらず、なお各地に輸入制限が続けられる傾向が現われておるので、今後の国際通商における競争はさらに激化されるものと考えます。かかる情勢に対処して、わが国としては、ジュネーヴにおいて行っているガット関税交渉のすみやかなる妥結をはかり、世界の主要貿易国との間に平等互恵の条件による通商発展の基礎を確立いたすことに一そう努力しておる次第であります。対アジア貿易については格段の配慮をなしておることは前に申し述べた通りでありますが、中共に対しても一そう貿易の増加を期して、必要なる手段をとっておる次第でございます。
移民政策は、直接間接人口問題解決の一助として、政府として最も力を注いでおるところでありますが、最近中南米諸国の日本移民受け入れ態度は著しく好転し、単にブラジルのみならず、アルゼンチン、パラグァイ、ボリビア及びドミニカその他の国々も好意的態度を示しておる状況であります。この情勢に即応して、できるだけ多くの移民送り出しをなすため、有効なる施策を行う方針でございます。
さて、現代は原子時代と相なっております。原水爆弾に対する恐怖のために原子力に対する科学的研究に目をおおってはならないのであって、国際連合も原子力の平和的利用に熱意を示し、国際的にその研究を推進しておるのでありまして、国際連合の計画には日本は進んで全面的に参画しておる次第であります。原子爆弾の最初の洗礼を受けた日本としては、原子力を人類の破滅に使用することを阻止し、これを平和的利用に専用する考案が国際的に発見せられんことを熱望してやまない次第でございます。
最後に、日本の国際的地位は今日なお十分安固なものとは言えないのであります。われわれは、つぶさに世界情勢を検討し、謙虚な態度をもって各国との友好関係を重んじ、国際信義を積み上げて国家の前途を開き、徐々に国の力を内外に対して築き上げることに努めなければならぬと信ずるものでございます。
あえて卑見を付加して御協力を願い、私の外交演説をこれで終ることにいたします。