データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第54代第3次鳩山(昭和30.11.22〜31.12.23)
[国会回次] 第23回(臨時会)
[演説者] 重光葵外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1955/12/2
[参議院演説年月日] 1955/12/2
[全文]

 私は、わが対外関係についてその概要を申し述べんとするものでございます。

 これがためには、まず最近の国際情勢の動向についても言及するの要がございます。世界が共産陣営と自由民主陣営とに分れて激しく冷戦が続けられましたが、この形勢は本年7月ゼネバに開かれた米英仏ソの首脳者会談によって緩和せられ、原子爆弾による戦争は回避せられたかの観を呈し、全世界は一応安心をいたしたのでありますが、この会談においては、両陣営和解の基礎となる諸問題の処理はすべて次に来たるべき外相会議にゆだねられたのでありました。

 十月ゼネバに開かれた四国の外相会議におきまして取り上げられた問題は、第一にドイツの統一、欧州の安全保障、第二に軍備縮小、第三に東西の交流等の問題であったのでありますが、ソ連側と米英仏の三国側との間に、これについて何一つ意見の一致を見ることができませんでした。のみならず、根本的の対立が一そう明瞭となってきたので、その調和は少くとも当分はできないことであるとの結論に達したようでございます。

 現にヨーロッパにおける情勢は勢力の均衡によって大なる動揺はないようでございますが、中近東においては、イギリス側を主として、バグダッド会議において反共防衛態勢を固めんとしているのに対して、共産陣営は、エジプト等のアラビア諸国に働きかけて、さらにアジア諸地域にもその手を伸ばさんとする形勢があるのでございます。かようなソ連側の積極政策は、最近の原水爆の実験の報道と相待って、いたく自由民主陣営の神経を刺激しておるありさまであります。

 かくして、国際情勢は再び緊張を増してきたということは争われぬ形勢でございまして、この形勢がいつまで続くかということについては、今にわかに予断は許しません。しかし、各国ともこれに対処せざるを得ないような情勢と判断されるのであります。

 かかる情勢のもとに日本の政策及び進路がいかなるものであるかということについては、各国とも異常の注意を払っております。日本は、戦後十年にしてようやく再建の途上にあり、サンフランシスコ条約実施以来、自由民主陣営の一員として独立を完成し、新しき国家の建設を急がなければならぬ状態にあることは言うを待ちません。自由民主の国家としての日本を再建するためには、どうしても、自由民主主義諸国との協力関係を国策の基調として、その上に平和外交を推進することが必要でありまして、第三次鳩山内閣の方針もまたここに存するのでございます。

 この根本政策を進めるためには、わが国の立っておる立場、政府の政策について、諸外国、特に友好国に対して、誤解の余地のないように、明確にこれを了解せしめるの必要がございます。かようにしてこそ、初めてこれら諸国との協力関係が推進され得るのでございます。私が、過般鳩山総理の意向をもたらして渡米し、米国当局と忌憚なき意見の交換をなし、双方の理解を進め、さらに両国の協力関係を増進することに努めたのは、全く以上の趣旨に基くものでございます。その後引き続き、米国との間においては、常に密接なる連絡を保って、諸般の問題について協力をいたしておる次第でございます。

 わが平和外交を推進して世界の平和に貢献せんがためには、いやしくもいまだ国交の回復せられていない国との間の関係を正常化することに努むべきは、これまた当然のことで、ロンドンにおける日ソ間の交渉もこの見地において進められておることは、御承知の通りであります。交渉は去る六月一日から開始せられて、正式会談は回を重ねること十五回に及びましたが、ソ連の全権が九月国連総会に出席のためロンドンを離れましたために、わが全権も一時帰朝し、現在に至っております次第でございます。ソ連全権がロンドンに帰って交渉再開の準備ができるに至りますならば、さきに発表せられた日ソ共同声明の趣旨に従って、わが全権もロンドンに再任する用意があるのでございます。これまでの交渉の経過はすでに説明してきた通りでありますが、最も重要な問題は、抑留者引き揚げの問題、領土に関連をする諸問題がございます。引き揚げ問題については、わが方は当初から在ソ抑留邦人全部について即時送還方を熱心に要求して参ってきておる次第でございます。また、領土問題につきましては、歴史上常に日本の領土であった諸島の返還は当然これを主張しなければならぬという立場に立ってきております。しかし、これらの問題については、現在までのところ、まだ十分妥結を見るに至っておらぬ状況でございます。しかし、日ソ両国とも、本交渉においては現に第三国との間に有する関係を認め合って、また内政に干渉しないという基礎の上に平和条約を締結して国交の正常化をはからんとするという、これらの点に至っては意見の合致を見ておるのでございます。ゆえに、政府といたしましては、今後の交渉においては、国論の帰趨に従い、既定方針に基き、主張すべきはあくまで主張して、所期の目的達成に努めたいと思っている次第でございます。

 日本がアジアにおける民主国家として新興アジア諸国との間に正常国交の樹立をはかるということは、ひとり平和外交推進の見地より重要であるのみならず、日本の置かれた地理的条件よりして喫緊の事柄であると信じます。

 最も緊密な関係にあるべき日韓両国が依然として正式国交を樹立し得ない状況にあるのは、政府の最も遺憾とするところであります。わが国としては、すみやかに韓国との間の諸懸案を解決して、両国永遠の和親関係を樹立したい所存でありまして、韓国側においてもわが方の態度に同調せられんことを希望してやまぬものでございます。しかるに、最近、韓国軍事当局は、いわゆる李ラインを越える日本漁船はこれを砲撃撃沈することがあるべき旨の発表を行いました。政府は、この事実を重要視いたしまして、その真意の那辺にあるかということについて、目下韓国政府に照会中でございます。さらに、韓国側に不法抑留せられておる邦人漁夫の救出については、韓国側に対して終始厳重交渉中でございます。

 ビルマとの賠償問題はすでに解決をせられました。幸いに国交がそれで開かれましたが、今や賠償実施の問題が重要になって参りました。政府において極力努力の結果、賠償実施取りきめが本年十月に至って成立をいたしまして、直ちにその運用を見ておる次第でございます。さらに、国交を回復しなければならぬアジア諸国との間には、まず賠償問題の解決をはからなければならぬものがあります。

 フィリピンとの賠償問題につきましては、久しく内交渉の段階にありましたが、その結果、先方からあらためて提案がありましたので、わが方においても、この提案について慎重に検討いたしておる次第でございますが、日比両国が本問題未解決のために長く国交を回復することのできぬままに推移することは、アジア地域の平和確立のためまことに遺憾とするところでございます。政府といたしましては、すみやかにこれが妥結に努めて、その解決をはかりたいと考えておる次第でございます。このほか、インドネシア及びヴェトナムにつきましても、賠償問題の解決を必要とする次第でございます。

 昨年末にカンボジア国が賠償請求権を放棄してわが国に対する友情を示したことは、すでに御承知の通りでありますが、最近、同国は、さらに中立国におけるわが財産に対して権利を放棄する旨を表明いたしました。同国の示された再度の好意に対し、ここに深く謝意を表明いたす次第でございます。同国総理大臣ノロドム・シアヌーク殿下が近くわが国との親善協力関係を増進するために来朝することに相なっております。殿下を国賓として歓迎することに決定をいたしておる次第でございます。

 近時わが国の対外経済は著しい発展を遂げている次第でありまして、経済外交は政府の特に重きを置いているところでございます。貿易の拡大をもたらした要因の一つである世界経済の拡大傾向は、米国経済の繁栄を映じて、今後も持続するものと見られますが、他面、各市場における通商競争はますます激化の傾向にあると判断されるのであります。この間にあって、関係国と個別的に必要なる交渉を行うのほか、わが国が一般国際社会における公平平等な地位を回復するために、政府はこれまで最善の努力を尽して参ったのでございます。幸い、去る九月のガット加盟実現によって、今や、国際経済諸機関のすべてにおいて、日本は主要加盟国として活躍することができることと相なったのは、大なる進歩であると信じております。

 わが国の輸出が今後着実に伸びていくためには、相手国市場においてでき得る限り摩擦を生じないように一段の工夫が必要であって、そのため、わが商品と貿易のやり方について、国際的評価を高めるように各方面の努力がなお必要であると思うのであります。政府としては、ガット、国際通貨基金等の精神にのっとって、公正なる施策を進め、もってこれら諸国の危惧と疑惑とを除き、わが国に対する差別的待遇の留保を撤回せしめるよう鋭意交渉を進めておる次第でございます。

 なお、貿易自由化の動きにも対応して、各国との通商交渉において積極的に貿易を拡大することに努力しておるのでありますが、特にわが国の主要市場であるスターリング地域との関係におきましては、過般の日英貿易取りきめにより、今後貿易は大いに増加せられることになりました。そのほか、対ドル地域貿易につきましても、最近わが国の輸出は著しい伸張を示しておるのであります。他方、東南アジア、中近東、中南米等、わが国にとり特に重要な関係にある諸国との間におきましても貿易は伸展を示しておりますが、さらに、これらの地域に対しては、経済開発に協力する方針のもとに、相互の親善関係を一そう増進すべく努力をいたしておる次第でございます。

 以上をもって私の国会に対する報告を終ることといたします。