データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第54代第3次鳩山(昭和30.11.22〜31.12.23)
[国会回次] 第24回(常会)
[演説者] 重光葵外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1956/1/30
[参議院演説年月日] 1956/1/30
[全文]

 第二十四回通常国会の開会に当りまして、最近の国際情勢の動向とわが外交の諸問題とについていささか所見を申し述べますことは、私の最も光栄とするところであります。

 昨年十月ゼネバに開かれた外務大臣会議が事実上ソ連側と西欧側との間に物別れとなりまして以来、両者の緊張は不幸にして緩和されない形勢であります。

 欧州においては、安全保障の機構もドイツ統一の構想もすべてたな上げのまま、形勢は行き詰まりの状態でありますが、欧州以外の地域においては、ソ連の新たなる積極政策によって、形勢は著しく動いて参りました。すでに御承知の通り、ソ連は、エジプトに対して、武器供与の手段によってまずアラビア諸国の民族主義思想に投じ、さらに、首脳部は、インド、ビルマ、アフガン等いわゆる中立主義の諸国を歴訪して、また経済援助を提供して、西欧勢力の駆逐をはかっておるありさまであります。 かかる情勢のもとに、米国大統領は年頭教書をもってソ連に対抗する確固たる決意を表明し、英国首相もまた、これに呼応して、強く警告を発しておるのであります。米国議会に提出された新予算は、重工業中心のソ連の第六回五カ年計画に対するものであって、ともに、軍備、なかんずく原子兵器に力を入れていることが注目されます。ここにおいて、せっかくゼネバ首脳者会談によって原水爆による戦争は不可能であるという印象を与えて世界の神経を沈静せしめた効果は減殺されんとしておることは、まことに遺憾と思うところであります。 以上のごとき形勢に対し、緊張の緩和を希望する声は世界の識者の間に高くなるものと観察せられるので、関係国の平和に対する努力は結局実を結ぶこととは思われますが、かかる深刻なる情勢はわが国内外諸般の問題に対し直接複雑なる影響を与えるものでありますから、その推移に対しては特別の注意を払うの必要のあることはいうまでもありません。しかして、これに対処するためには、わが国の置かれたる国際的地位を十分に自覚し、いやしくも国家の進路について誤解を与え、信を友邦に失い、または他国の侮りを受けるがごときことなきを期せねばなりません。自由民主の日本の建設は自由民主諸国との協力によってのみなし遂げ得るのであって、政府が、自主独立の外交を進めるに当って、あえて米国との緊密なる協力をもって国策の基調といたしているゆえんのものは全くこのためであるのであります。

 米国とは、国防についてのみならず、全面的に協力関係にあるのであります。この協力関係は、わが国が独立の完成をなすためにも、国際的地位を高めていくためにも基礎的の重要事でありますから、よく相互の間に理解を深くし、密接なる連絡のもとに必要なる措置を講ずるの要があるのであります。私が政府を代表して昨年八月渡米して基本問題について米国政府との間に了解を遂げたのもこのためであるのであります。

 防衛問題はもとより日本自身の問題であり、日本において自衛上必要なる国防を備えることは、独立国家として当然のことであります。しかしながら、現代における国防は、単に武力のみをもって論ずるわけには参りません。国防を全うするためには、総合国力の向上をはかることが不可欠の要件であるとともに、国防は他国との連係においてのみこれを考うることができるのであります。

 米国とは日本は安全保障条約及びこれに基く行政協定によって共同防衛の関係にあるのであって、御承知の通り、日本が防衛力を漸増するに従って防衛分担金の支払いも減少することに相なっているのでありまして、今回、来年度の防衛費に関連して、防衛分担金軽減はもちろん、その将来の漸減方式についても両国政府の間に合意が成立し、来年度分担金は大幅に減少されるようになった次第でございます。

 国力の伸張に伴い、わが国の国際的地位は次第に向上しつつあるのでありまして、これがためには、アジアの新興諸国との親善に特に重きを置き、手近なところから実際的に施策を進めていく必要があると思うのであります。アジア、アフリカにおける民族主義の実現は第二次世界戦争の最も貴重なる所産でありまして、その国際上の重要性は近来とみに比重を増しつつあり、現に国際連合においても二十三カ国のアジア、アフリカ国を算するに至っておるありさまであります。わが国といたしましては、これら諸国の発展を衷心よりこいねがうものでありまして、あるいはこれら諸国と親善友好の条約を結び、あるいは経済的に文化的に互いに協力して、もって平和外交を遂行することを方針としておるのであります。

 そのため、政府としては、わが国のコロンボ・プラン参加等を通じて、同地域に対する経済協力の体制を整えつつあるのでありますが、わが国の資本と技術とを活用して、アジア諸国の経済開発に貢献し、その生活水準の向上に協力することは、わが国の使命として、きわめて重要なものと考うるのでございます。他面、わが国は、いまだフィリピン、インドネシア等有力な諸国との間に賠償問題の解決を見ていないがために、国交の樹立に至らず、従って、これら諸国との経済関係を発展せしめる上に多大の支障を来たしておる状態でありますので、政府としては、この戦争の跡始末とも申すべき賠償問題の解決を一そう促進する所存であります。フィリピンとの間の交渉は今日なお鋭意続けられておるのでありますが、遠からず妥結を見ることを期待している次第でございます。

 韓国との国交が今日なお調整せられていないことは、東亜の全局より見ても遺憾しごくでありますから、わが国としては、すみやかに懸案を解決し国交調整の目的を達せんことを企図しているのでありまして、これがためには、サンフランシスコ条約の立案者である米国の公正なるあっせんをも期待している次第でございます。緊急に処理を要するものは抑留漁夫の帰還問題でありますが、いまだにその解決を見ず、関係者に対して真に同情にたえないのであります。この問題は、韓国側より大村収容所にある韓国人の釈放が引きかえに要求されているので、これに対しても、わが方は、実際的調整案を提出し、すみやかに妥結するよう努力しておる次第であります。

 国民政府を承認しているわが国が同時に中共を中国政府として承認し得ざるは言うを待たざるところでありますが、中共政権の現存する事実にかんがみ、国際義務に反せざる範囲内において中共地区との貿易の増加をはかる政府の方針は、これまでと変りはありません。なお、東亜の大局に重大なる関心を持つわが国といたしましては、台湾海峡の紛争がすみやかに国際的に取り上げられて、話し合いによって何らかの平和的解決方法が見出されるよう希望してやまぬものでございます。

 日ソ交渉は、去る一月十七日に四カ月ぶりで再開されたのであります。政府としては、既定の方針を堅持して、この交渉を続行するものでありまして、双方の主張が漸次調整せられ、すみやかに交渉の成立せんことをこいねがうものであります。平和条約締結の方法によって国交の正常化をはかることについては、交渉再開後においても双方の間に意見の一致を見ており、また、相手国の国際的立場についてはこれを問題とせざることについても了解が遂げられているのであって、この基礎の上に、平和条約の内容をなすべき諸問題について、現在故障なく折衝が続けられておる次第であります。重要問題は領土問題であります。わが方は、御承知の通り、歴史的に日本固有の領土である地域の返還を要求しているのであって、自余の地域の帰属は、サンフランシスコ平和条約の関係もあって、国際的に審議決定すべきものと主張しておる次第であります。なお、抑留者の引き揚げについては、人道上の見地より一日もすみやかにこれを解決すべきものであるという従来の主張を繰り返して、その実現に努力しておる次第であります。

 最近のわが国の貿易が著しい好調を示しておりますことは、わが国にとっての重要市場であるドル地域との貿易が目ざましい伸張を示していること、また、対スターリング地域の貿易も客年の日英貿易取りきめによってますます増加していることが大きな原因であると思うのでありますが、この貿易好調の趨勢を助長するため、今後も引き続き経済外交を極力推進せんとするものでありまして、これがためには、各国と個別的に貿易協定等必要なる交渉を行うはもちろん、広く国際的に経済交流を盛んならしむるよう努力する方針であります。

 他面、わが国の対外経済発展を安定した基礎の上に置くためには、でき得るだけ多くの国と通商航海条約を締結することが必要であります。現在わが国は十数カ国との間にこの種条約を締結しておりますが、本年はさらに多くの国々と通商航海条約を締結するよう一段の努力をなす考えであります。また、国際経済上の諸問題を国際機関を通じて解決していく一般的傾向にかんがみ、わが国もまた広く国際機構との協力を進めていく方針であります。

 右のほか、長期的にわが国の貿易の着実な伸張をはかるためには、経済を一そう合理化して商品の国際的競争力を高め、また、公正なる取引慣行を尊重し、貿易に対するわが国際信用を大ならしめることが肝要であることは申すまでもありません。さらに、国際的大勢にも対応して貿易の自由化に努力することが肝要と思うのであります。

 海外移住の問題は、経済外交の一端としてもきわめて重要であります。移住はもとより移住国の希望に従って行われなければならぬのでありますが、わが移住者は年々歓迎される傾向にありまして、これら移住者がその国々の繁栄に少からず貢献しておることは、われわれの喜びにたえないところであります。

 さて、終戦後十年にして世界の情勢は大なる変化を見ておりますが、さらに今後の十年はおそらく人類の平和か破滅かの決せられる時期であるとさえいわれております。私は、人類は破壊よりも建設の道を選ぶことを信ずるものであって、この信念の上に、われわれは、自由民主日本の建設に全力を尽くし、世界の平和と安定とに寄与せんとするものであります。国際情勢を大観するに、今日はわが国が力強き建設の道を進むため国民の総力をささぐべき時期であると言っても過言ではないと信ずる次第であります。

 いささか所信を加えて、私の外交演説を終ることといたします。