[内閣名] 第55代石橋(昭和31.12.23〜32.2.25)
[国会回次] 第26回(常会)
[演説者] 岸信介外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1957/2/4
[参議院演説年月日] 1957/2/4
[全文]
第二十六回国会の再開に臨んで、ここに外交問題に関する政府の所信を明らかにしたいと思います。
私は、まず第一に、外交に関する私の信念を率直に申し述べます。
私は一国の政治と外交とは表裏一体となって動くものでなければならぬと確信しております。世界情勢を無視した国内の政治があってはならないと同様に、国内の政治的現実を無視した外交もあってはならないのであります。強力な政治力と国民的理解によってささえられない外交は無力であります。また、経済外交や文化外交にしましても、国内の経済政策や文化政策と調和したものでない限り、無意味なものとなるのであります。このような意味において、私は、政治と外交の一体化をはかることをもって、私の責任と考えている次第であります。従って、私は、一方において、国民的要望は外国に対してこれを堂々と主張する所存でありますが、同時に、国民各位に対しても、日本の置かれている国際的立場を、率直に、かつ明確に述べて、その理解を得たいと思っております。かくして、私は、国民と国民とをつなぐ国民外交を行うことをもって私の抱負としているのであります。要するに、内に対しても、外に対しても、誠意をもって率直に所信を表明する考えであります。けだし、それが国際間の相互理解をもたらすゆえんと信ずるからであります。
私は、以上申し述べた心がまえのもとに、今後わが国外交の衝に当る所存でありますので、この点、まず御了解を得たいのであります。
次に、わが国外交の基礎条件たる世界の大勢を見まするに、中近東及び東欧における最近の事件によって、世界は再び緊張の度を加えたことは否定できない事実であります。これら事件が及ぼした影響はまことに大なるものがありまして、東西両陣営とも、目下その態勢立て直しのため、おのおの整備工作に力を入れておるのが実情であります。しかしながら、世界情勢の先行きを展望いたしまするに、今後ともなお幾多の波乱は免れぬでありましょうが、もはや、かつてのような尖鋭化した冷戦への復帰はまずあり得ないと思われます。けだし、ソ連といえども、一たん自由化した政策の動向を国の内外において全面的に逆転するようなことは、とうていできないと思われるからであります。この見地からすれば、世界情勢の底を流れる主流は、依然、緊張緩和、すなわち雪解けの方向に進みつつあると見るべきでありましょう。しかしながら、雪解けの時期は、えて、なだれの危険を伴うのであります。この意味において、私は、今日は国際情勢の前途に対し、あえて悲観する必要はありませんけれども、また厳重な警戒をゆるめてはならぬ時期であると心得ております。
かかる時期に際し、わが国が先般ソ連との国交を回復して東西の双方に対し窓を開くとともに、満場一致により待望の国際連合加盟を実現し、もっていよいよ活発な国際活動をなし得るに至ったことは、その意義まことに浅からぬものがあります。今後のわが国の外交は、まさに国連の尊重と民主自由諸国家との協調を車の両輪として運用せられるべきであります。すなわち、みずから国連憲章の条章を忠実に順守すべきはもちろん、常時、国連の権威向上と国連を通じての世界平和の確保のため、応分の寄与をなす心がまえが必要であります。
さらに、この際明確に申し述べておきたいことは、わが国の国是が民主的平和国家としての存立にある以上、わが国外交の基調を自由民主諸国との緊密な協調関係に置くことが、わが国の究極的な利益に合致するということでありまして、この点について、わが国のとるべき態度はきわめて明白であると信ずるのであります。
以上の如く、国連の尊重と自由民主諸国との協力を外交の基礎とするわが国としては、今後この立場に立って、世界の諸問題に関し積極的かつ建設的な意見の表明を行うことを期するものであります。このことは国際平和に寄与せんとする積極的な平和外交にほかならぬと信ずるのであります。
わが国は、国連加盟に伴い、国際連合という世界共通の広場を通じて、新たな発言の機会を与えられたのであります。しかして、原水爆実験の禁止実現への第一歩として、すでに実験の事前登録制の構想を沢田代表をして提案せしめ、国連総会において多大の支持を得たことは、御承知の通りであります。しかして、かかる建設的意見の表明は、国連の内外を問わず、今後積極的に行いたいと考えているものであります。
ハンガリー問題につきましては、私の前任者であり、かつ輝かしい外交経歴を持たれた、今はなき重光葵君が、国連総会におけるわが国加盟演説において、自由を求めるハンガリー国民の窮状に対し、日本国民の深い同情の意を表明いたしました。私もまた、同じく、心からの同情を寄せるとともに、ハンガリー問題に関する国連の決議を強く支持するものであります。
スエズ問題につきましては、わが国は、一方において、海運国として他の運河利用国と同様の利害関係に立つのでありますが、同時に、エジプトの民族主義と経済問題についても、理解と同情を持つものであります。国連による多大の努力と、関係国の自制によって、この地域の事態が一応平静化した今日、さきに国連によって採択された六原則に基き、本件の根本的解決がはかられることを望むものであります。なお、東欧と中近東の事件を通じ、米国が終始一貫して武力行使を排し、国連中心主義を堅持して事態の収拾に当ったことは、国連の権威を高からしめたものでありまして、世界平和維持のため、その意義まことに深いものがあると存じます。
アメリカ合衆国との関係については、わが国とソ連との国交回復の結果、日米関係が冷却化するのではないかという危惧を抱く向きもありますが、私はこうした危惧の必要はないものと断言します。政府は、米国との協力をわが国外交の基調とするものであります。けだし、日米両国間には、政治、経済、防衛等の各面において、利害と目標とが大きく一致しているからであります。しかしながら、日米関係の現状を検討しまするとき、これをさらに合理的にして、かつ永続性ある友好関係とするためには、なすべき幾多のものが残されていることを感ずるのであります。政府は、アイゼンハワー大統領の第二期政権と現内閣とが相前後して発足したこの機会をとらえて、日米関係をより一そう強固なものとするため最善の努力を払う考えであります。これがためには、日米両国が、相手国の立場に立ってものを考えるという雅量と善意とが必要であり、また、共通の基盤に立つ友好国として、率直に、かつ誠意をもって話し合いを行うことが必要であります。私は、このような心がまえを持って、日米関係の調整と緊密化をはかりたいと考えておりますので、国民各位におかれても、日米関係の基本に思いをいたされ、おおらかな気持ちで政府の努力に協力されることを切望するものであります。
次に、わが国外交の基調として政府が重視しておりますことは、アジア隣邦諸国との関係の強化であります。わが国とアジア諸国とは、あらゆる面にわたり、きわめて密接なきずなによって結ばれていることは、今さら申すまでもないところでありまして、政府は、これら諸国との懸案を解決して、各国との友好協力の関係を一段と強化することを、ぜひ必要と考えております。わが国の国際連合及び国際社会における地位の向上も、かかる隣邦諸国との友好関係の強化なくしては、これを期し得ないと信ずるのであります。
これがためには、まず賠償問題等の解決が必要であります。幸い、ビルマ及びフィリピンとの間には、すでに賠償協定の締結を見ておりますが、政府は、これら賠償の円滑なる実施と並んで、未解決のインドネシア及びヴェトナム賠償の解決のため、今後一そう積極的な努力を払う所存であります。なお、カンボジア王国に続いてラオス王国が今般賠償請求権を放棄されたことに対しては、ここに衷心より感謝の意を表するものであります。また、いわゆる東南アジアに対する経済協力については、わが国はすでにコロンボ・プラン、米国の技術訓練計画等に参加協力しており、さらに賠償等に伴う経済協力を約しておるのでありますが、今後ますますこの計画を発展させたいと考えております。元来、経済協力については、民間企業がその主たる推進力となるべきものでありますが、現実的にはいろいろと制約もありますので、政府としても、これを助長するため、所要の国内措置を講じて、できるだけ便宜をはかりたいと考えております。
要するに、多年の念願たる独立をかち得た、これらアジア諸国が当面している最大の問題は、いかにしてその政治的な独立に経済的な裏づけをするかということであります。政府としては、この事情を十分理解して、これらの国々と経済上の交流をはかり、その国作りにできる限り協力し、もってアジア全域の福祉増進に貢献したい決意であります。
私は、これら諸国との相互理解を深め、かつ友好協力関係を増進する政府の熱意を具体的に表明するため、相互の都合のつく適当な機会に、これら諸国を歴訪したいと考えております。
アジア地域の中でも最も近い隣邦である韓国との国交が、いまだ正常化していないことは遺憾でありますが、特に八百名に上る同胞が引き続き韓国に抑留されている事態は、人道上の問題として、他の諸懸案と切り離して、早急に解決されるべきであると考え、昨年来これが釈放に努力しております。政府としては、この問題が解決すれば、引き続き他の諸懸案の討議に入る用意があるのであります。その際は公正かつ現実的に問題の解決をはかりたいと考えております。 わが国と中国大陸との間には、古来密接な関係があり、ことに経済的には相互依存の関係もありますので、政府としましては、自由主義諸国との協調を維持しながら、情勢の変化に応じて、輸出禁止の合理化をはかるとともに、右の協調のワク内において、できるだけ貿易の拡大をはかっていく考えであります。貿易以外の問題については、国際政治上いろいろ複雑な問題がありますので、政府はなお慎重に検討していきたいと思います。
一般に共産圏諸国との関係においては、政府は、極端にイデオロギーにとらわれることなく、わが国の利益に合致する限り、個々の案件を現実的に処理していく考えであります。もちろん、共産圏諸国といっても、わが国に対する関係は各国によって事情を異にするので、これを一律に論ずるを得ないことは当然であります。
まず、ソヴィエト連邦につきましては、旧臘日ソ共同宣言の発効を見て、ここに両国間の国交が正常化されるに至りました。しかしながら、両国間には、なお、領土問題を決定する平和条約の締結を初め、引き揚げ、漁業、通商等、今後の解決に待つべき幾多の懸案が残っております。政府としては、ソ連とのこれら懸案の解決は、これを段階的に処理していくことを適当と考えております。すなわち、さしあたっては、大使館の設置、充実をはかり、抑留漁夫及び残留邦人で不明のものの調査と送還につき、ソ連側の協力を求め、さらに漁業問題については日ソ漁業委員会において妥当な解決をはかるなど、国交正常化に伴って必要な善後処置に努力を集中する考えであります。また、日ソ間の通商につきましては、慎重に各種の条件を検討し、双方にとって満足し得る方法により、かつ国際義務の範囲内においてその発展を講ずる考えでありますが、平和条約の交渉については、国際情勢の動向をもにらみ合せ、わが国にとり適当な時期と方法によってこれを進める考えであります。
ソ連以外の共産圏諸国のうち、東欧諸国については、日ソ国交が再開され、わが国の国連加盟も実現した今日、同じく国連の一員であるこれら諸国との国交を再開することは、わが国の国際関係を正常化するゆえんでありまして、政府は先般来せっかくポーランド及びチェコスロバキア両国と国交再開につき話し合いを進めており、近く妥結の見込みであります。
近時、わが国が、英連邦諸国、ラテン・アメリカ諸国、中近東、欧州及びアフリカの諸国と友好関係にあることは御同慶にたえませんが、政府は、これら諸国のそれぞれと個別にさらに交わりを厚くするため、今後とも最善を尽す考えであります。
次に、政府は、わが国の経済的発展と国民の繁栄をはかる見地から、経済外交の推進を特に重視するものであります。狭小な国土において、九千万国民の生計を維持、発展していく道は、国内的な分野だけでは不十分であり、国際的な基盤において解決されることを必要といたします。この意味において、経済外交はわが国にとりきわめて重要な意義を有するものであります。一般に、経済外交とは、貿易を初め、広く賠償、経済協力、海外移住などを含むものでありますが、その本質は、各国の繁栄に貢献しつつ、日本経済の発展を期することにあります。何となれば、一国経済の発展は、他国の繁栄なくしてはとうてい達成し得ないからであります。
貿易については、戦後わが国の国際社会復帰がおくれましたため、各種の不利な条件があります。政府としては、できるだけすみやかに、このような条件を是正して、わが国が貿易上公正かつ平等な立場に立つよう努力して参りたいと思います。さらに、経済外交の推進に当っては、わが国の産業経済の実情を知らしめるため、諸外国から経済指導者を招聘して、これらの国々と経済提携を進めていきたいと考えております。
しかしながら、ここに特に強調したいのは、経済外交の促進強化といっても、単に外交折衝のみによってこれを行い得るものではなくして、通商交渉にせよ、経済協力の問題にせよ、これに伴う十分なる国内体制が整っていることが最も肝要であります。従来とかく、経済外交を云々する際は、目を外にのみ向けるきらいがあったと思われますが、問題の一半は国内にあることを忘れてはならぬのであります。従って、いやしくも対外経済面に関係ある施策については、政府機関はもちろん、広く政界、財界も一致協力する体制を樹立することが必要であります。すなわち、経済外交の遂行に当っては、すでに申し述べた通り、特に外交と政治との一体化に基く総合的施策の要が痛感される次第であります。
なお、わが国の海外移住は、幸い、逐年増加の一途をたどっておりますが、政府としては、これが増大をはかるため、さらに特段の努力をいたしたいと思います。かくして、移住した同胞が移住先国でよくその国に同化し、その経済発展に寄与することを、私は心から願うものであります。
以上の諸政策を円滑に推進するためには、冒頭に述べた通り、国民の理解と支持が必要であると同時に、相手国の政府及び国民をして、わが国の立場や政策を十分理解せしむることがきわめて肝要であります。この見地から、政府は、対内啓発とともに、対外文化啓発活動を一そう盛んにしていく考えであります。
日ソ国交の正常化及び国連加盟の実現によって、わが国は今や戦後の外交上一転機を迎えたのであります。このときに当り、私は、わが国の国際的責任が一そう重大になったことに思いをいたし、世界の平和と繁栄に貢献する覚悟を新たにするものであります。
以上、いささか所信を述べ、ここに国民各位の一段の協力をお願いする次第であります。