データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第57代第2次岸(昭和33.6.12〜35.7.19)
[国会回次] 第34回(常会)
[演説者] 藤山愛一郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1960/2/1
[参議院演説年月日] 1960/2/2
[全文]

 第三十四回通常国会の開会に際し、外交方針に関する政府の所信を明らかにいたします。

 最近における米ソ両国首脳の会談以来、東西間の緊張緩和のための努力の道が開かれましたことは、世界平和を念願とするわが国といたしましても、衷心歓迎するところであります。一歩を誤れば人類は滅亡のほかない今日、平和の保障なくしては、われわれは絶えざる不安におびえるほかないのでありまして、核兵器の唯一の被害者たるわが国外交の基調は、あくまでも絶対の平和を求めることにあるのであります。しかし、現在なお欧州におけるベルリン問題を初め、アジア各地においても最近一連の憂慮すべき事態が発生しており、局地的な形においては、なお武力をさえも伴う紛争発生のおそれがあるというのが世界の現状であります。政府は、キャンプ・デービッドにおいて米ソ首脳間にあらためて確認されました「国際問題の平和的解決」という原則が今後あらゆる場合に誠実に履行されることを期待するものであります。

 さらに、近く東西両陣営の首脳会談が行なわれますが、これは、自由主義世界と共産主義世界が平和のうちに共存し得る共通の場を話し合いによって見出そうとする努力にほかならないのであります。しこうして、このような話し合いの空気は、人類の存亡にもかかわる科学兵器の異常な発達を背景としてかもし出されたものでありまして、これがいわゆる現段階における「雪解け」の実情であります。この「雪解け」をなるべくすみやかに実現するためには、一枚岩といわれる共産主義諸国の強固な体制に備え、民主主義諸国が共通の政治的信条に基づきその結束を固めて共産側との話し合いに臨むことが肝要でありまして、かかる態度をもって忍耐強い交渉を行なうことにより初めて公正かつ合理的な解決策を見出し得るものと信ずるのであります。

 われわれは、世界の平和維持機構としての国際連合によって世界各国の安全が十分に保障される日の参りますことを希望するものであります。しかしながら、今日、国連の安全保障の機能にもなお限界がありますことは、何人もこれを認めざるを得ないのでありまして、理想はともかくとし、現在国の安全をあげて国連に託することは遺憾ながらできない実情にあります。従って、個々の国家が、国連憲章の目的と原則に従い、そのワク内においてこれに協力しつつ、同時に、これを補う措置として、政治的にも経済的にも共通の基盤に立つ国との間に集団安全保障の道を講じますことが、その平和と自由を守りますために最も現実的であり、また妥当な道であると確信するものであります。今回政府が署名いたしました日米新安全保障条約も、ひとえにかかる趣旨によるもので、しかも、現在東西両陣営の諸国が締結している各種の安全保障条約に比較いたしますれば、新条約がもっぱら平和を目的とする最も控え目な防衛的性格のものであることは、きわめて明瞭であります。

 新条約の基本的性格は、あくまでも国連憲章を基礎とし、国連の安全保障機能を補うことを目的とするものでありまして、国連憲章が否認しております侵略行為が発生しました場合のほかは、いかなる意味におきましても本条約による防衛措置が発動されることはないのであります。換言いたしますれば、本条約は、日米両国が国連憲章の目的と原則に従ってのみ行動することを明らかにしたものでありまして、この意味で、もっぱら平和と自由を擁護するための条約にほかならないのであります。従って、極東の平和と安全のために米軍が防衛措置をとることを余儀なくされます場合にも、当然、侵略行為の発生が前提とされているものでありまして、そのための自衛措置は直ちに国連に通報され、国連の平和及び安全の回復維持の措置にゆだねらるべきことを明確にいたしておるのであります。すなわち、事前協議を待つまでもなく、国連憲章に違反した行動は、条約上の義務として、元来あり得ないのであります。

 しかるに、共産主義陣営におきましては、純粋に防御的であり、かつ平和的であるこの安全保障体制を目して、戦争発生の脅威を増大するものであると非難を加えており、特にソ連政府は、一月二十七日付覚書をもって、本条約の調印に藉口して、わが北方領土の引き渡しに関する約束をほごにせんとするがごとき態度を示して参ったのであります。

 およそ、自国の安全保障問題は、それぞれの国が置かれている環境に従って国民自身が決定すべきところであり、本来他国の干渉を許さない性質の問題であります。しかも、新条約が、侵略行為が発生しない限り発動され得ないものであることは、前に申し述べた通りであります。さらに、昭和三十一年十月十九日の日ソ共同宣言において厳粛に行なった歯舞、色丹の引き渡しの約束を一方的に変更するがごときことは、申すまでもなく、国際法上断じて許されないところであります。国際約束が守られない限り、国際関係の緊張緩和はおろか、国際秩序の安定もあり得ません。政府としては、近く、この趣旨から、ソ連の反省を求めるため所要の措置をとる所存であります。

 現行条約も新条約と同様の基本的性格を有するものでありますが、講和成立当時の特殊な事態を背景として締結された関係上、必ずしも現在のわが国の地位と国民感情にそぐわぬ点があったのであります。よって、今回、これらの点をすべて改定した新条約を締結いたすことにより、現在の日米関係によりよく適合せしめるとともに、両国が真に対等の立場に立って緊密に協力し得る体制を整えた次第であります。

 条約改定の経緯及び内容等の詳細につきましては、別途、同条約の御審議を願う際に、その趣旨を御説明いたす所存であります。

 顧みまするに、今や、わが国は、敗戦とそれに続く占領の時代を経て十数年を経過いたしました。その間、当時の政府が、一部の国民の反対にもかかわらず、平和条約の早期締結を決意いたしましたゆえんのものは、すみやかに戦争状態を終結し、平和関係を樹立することによって、わが国の自由独立を回復し、その基礎の上にわが国の経済復興と繁栄の道を開くことが、わが国将来のために最も適切な措置であると、かたく信じたためであります。自来、わが国は、賠償問題の解決をはかりますとともに、共産主義諸国家をも含め、世界のほとんどすべての国とすでに国交を回復し、国際社会の有力なる一員としての地位を獲得いたしました。さらに、今回、日米全く対等の立場より新安保条約を締結することにより、従来存在した占領行政色を払拭し、ここに戦後処理の諸懸案をおおむね解決し得たのであります。政府は、この機会に、戦後の苦難の時代にあって、いわゆる単独講和の道を選んだ当時の政府の決断に敬意を表するとともに、今や世界平和への新たなる出発をなすべき時期であると考えるのであります。すなわち、今後のわが国外交上の課題は、世界平和の樹立に寄与しつつ、わが国民の繁栄と福祉を増進するため、建設的、前進的外交施策を自主的立場より展開することにあるのであります。今こそ、私は、当面のわが外交施策の重点として、次の三点を強調いたしたいのであります。

 第一は、平和のための外交の推進であります。すなわち、世界における緊張緩和の努力に対し、積極的に協力せんとするものであります。

 政府といたしましては、現在の東西両陣営間の話し合いの空気をのがすことなく、忍耐強い交渉により、第二次世界大戦後の欧州及び極東における重要な政治的諸懸案が解決に至ることを強く期待し、その解決のため、わが国として可能な限りの協力を惜しまないものであります。また、軍縮問題につきましては、科学兵器の発達とこれら兵器の持つおそるべき破壊力にかんがみ、核兵器を含む軍備全般についての規制、縮小が、世界のすべての国家にとっていよいよ緊急かつ重要な課題となっております。政府といたしましては、このような全面的軍縮についての交渉が進展し、有効な管理を伴う国際的軍縮計画について一日も早く合意が達成され、人類全体の願望にこたえる時期の到来するよう衷心より希望し、そのため、近く開催予定の十カ国軍縮委員会に対し、国連の内外において可能なあらゆる支持と協力を与える所存であります。なお、一昨年十月以来米英ソ三国間で交渉中の核実験中止協定は、全面的軍縮交渉の進展の試金石ともなるものでありますから、この協定の成立は、わが国従来の主張にもかんがみ、最も重視するものであります。

 第二は、善隣外交の推進であります。すなわち、わが国の外交方針として、世界のいずれの国ともよき隣人として平和の中に共存していこうとするものであります。

 右は、平和外交の趣旨よりしても当然のことであり、また、世界の緊張緩和を促進するためにも必要かつ望ましいところでありますが、これを達成するためには、各国とも互いに内政不干渉の原則を厳守する必要があるのであります。特に、わが国は、アジアの一国として、近隣のアジア諸国との友好関係を深めるため努力せねばならないのでありますが、あまりに近接しております地域相互の間には、とかく、誤解や、いわれのない不信感が生じがちなものであります。それだけに、このような地域相互の関係を改善いたしますためには、双方に十分な理解と努力が必要であります。

 政府は、この意味において、今日まで日韓交渉を忍耐強く続行して参ったのでありますが、今後とも、誠心誠意、両国関係の調整に努める方針であります。

 中共が大陸に政権を樹立して以来、相当の年月を経過し、経済建設その他の実績を積み重ねつつあることを事実として認めるにやぶさかなものではありません。また、国際政治の面におきましても、中共の問題が、軍縮その他に関連して次第に表面に出つつあることも、否定しがたいところであります。他面、中共の動向について各国の間にある種の不安が存することも、これまた事実であります。中国大陸は、それがわが国に近接し、古来わが国と深い関係にあったことは認めねばならないのでありますが、現在、両者間の関係の調整は、遺憾ながら満足ではないのであります。この問題は、元来、世界政治の流れの中で解決されねばならぬ多くの要素を含んでいるのでありますが、わが国独自の立場から、中共側の誤解を解き、現状の打開をはかることも必要と考えるのであります。わが国といたしましては、このような両面より中共大陸との関係を将来にわたって考慮していく必要があると思うのでありますが、私は、中共側においても、いたずらにおのれの身を高くする非妥協的態度をとることなく、この際、わが国の善隣外交の立場を正しく理解し、日中貿易の促進と善隣関係の樹立に資するよう、進んで現在の障害除去に努めることを特に希望するものであります。

 第三は、繁栄のための外交の推進であります。すなわち、低開発諸国に対する経済協力の推進と世界貿易拡大の問題であります。

 低開発諸国の多くは、独立後日なお浅く、強い民族意識に燃えております反面、経済的、社会的基盤はいまだ強固とは申しがたく、そのため政治的にも不安定な国が多いのでありますが、世界の真の平和と繁栄は、これら諸国の経済開発と生活水準の向上なくしては達成し得ないのであります。御承知の通り、わが国は、これら新興諸国に対し、従来とも、各種の経済ないし技術協力を行なって参ったのでありますが、最近、欧米の先進工業国がこれらの新興諸国の経済発展に一そうの協力を行ない、かつ、この協力に関し国際的調整をはからんとする機運が強まってきており、わが国としても、今後とも、国連を初め、いわゆる第二世銀等、種々の国際機関を活用し、また、適宜、先進工業国とも協調の上、わが国力の許します限り、東南アジア諸国を初めとする新興諸国の経済発展に貢献していく所存であります。現在、政府は、経済協力のための特別基金の活用を企画いたしておりますが、国会の御承認を得ました上は、その積極的運用をはかりたいと考えております。長い目で見ますれば、これこそ、わが国経済発展の基盤を確保するゆえんであり、また、世界平和の促進に積極的に寄与するものであると信ずるものであります。

 わが国の貿易は、近年著しく伸張し、戦後のわが国経済の復興と発展を著しく促進したのであります。しかしながら、わが国を取り巻く世界経済の潮流もまた最近きわめて急であり、特に欧州においては、域内貿易の自由化を掲げて、欧州経済共同体及び欧州自由貿易連合という二つの経済協力体制の成立を見たのであります。米国及びカナダもこれに無関心たり得ず、本年一月には、いわゆる大西洋経済会議が開催せられたのであります。わが国といたしましては、欧州の経済統合が域外諸国の差別をもたらすことのないよう、かねがね要望して参ったのでありますが、今後も、この点につき、米国、カナダその他の域外諸国と相携えて、大いにわが国の立場を強調して参りたいと存じております。他方、わが国といたしましても、欧州諸国にこれら自由化を望む以上は、戦後の過渡期に見られたごとき複雑な貿易及び為替の統制を続けることはもはや許されないのでありまして、今や貿易・為替の自由化は世界の大勢となっているのであります。そして、世界の諸国が相ともにこの貿易・為替の自由化を進めることにより初めて世界経済の長期的な安定と繁栄とが期待されるのでありまして、わが国の経済外交もこの線に沿って強力に推進して参りたいと存ずる次第であります。

 以上、本通常国会の冒頭にあたりまして、当面の外交問題に対する政府の所信を披瀝いたし、国民各位の御理解と御支援とを仰ぐ次第であります。