データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第58代第1次池田(昭和35.7.19〜35.12.8)
[国会回次] 第36回(臨時会)
[演説者] 小坂善太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1960/10/21
[参議院演説年月日] 1960/10/21
[全文]

 第三十六回臨時国会の開会に際しまして、外交方針に関する政府の所信を明らかにいたします。

 私は、今回コンゴ問題に関する国連緊急特別総会及び第十五回国連通常総会に出席いたしまして、わが国の国連外交に関する基本方針について所信を明らかにいたしまするとともに、多くの国々の代表とも懇談いたしまして、短時日でありまするが、国連の実際の動きを体験いたしました。

 この体験から得ました私の結論は、アフリカの多数の新独立国の加盟を契機といたしまして、国連が今や重要な時期に際会しておるということであります。そもそも、これらの新加盟国を含みまして発展途上にある諸国の真の願望は、東西両陣営の対立にわずらわされることなく、自由と平和のうちにその独立の実をあげ、もって国民生活の繁栄と幸福を期することにあると信ずるのでありまするが、これらの諸国は、このような民族的願望の達成にあたりまして、国連の役割に期待するところきわめて大であると考えられるのであります。従いまして、すべての国連の加盟国は、国連が世界平和維持のための唯一の機構としてますますその権威を高め、かつ、その機能を強化いたしまして、国連本来の機能を達成し得るよう、着実に、かつ建設的な支持と協力を与えねばならないのであります。私は、今次総会におきまして、わが国がこのような考え方で国連の事業に参加するものであることを明らかにいたしまして、その立場から、アフリカの問題、国際緊張緩和の問題、軍縮問題、特に核実験中止の問題並びに大気圏外の平和利用について所信を述べたのであります。特に緊張緩和につきましては、今次総会が、非難と宣伝の場に堕することなく、建設的な討議の場として役立ち、それによって東西交渉のために友好的な雰囲気を醸成すべきことを強調いたしたのであります。

 しかるに、今次国連総会におきましては、東西巨頭会談の流会後再び激化いたしました東西対立の情勢を反映いたしまして、新加盟国をめぐりまして自己の勢力の拡張をはかるために、本来国際協調の場であるべき国際連合を扇動と非難の舞台と化するがごとき、国連憲章の精神にも沿わざるごとき言動が見られましたことは、まことに遺憾でありました。

 過去においても国連は幾多の試練に際会いたしましたが、そのつど世界の公正な世論の支持のもとにこの試練に耐え抜き、着実な発展を続けて参りました。私は、今次国連総会における表面的な動きにもかかわりませず、結局は健全なる良識が矯激なる言動を押えまして、国連が平和維持機構として、より有効な、より大きな役割を果たし得るようになることを期待いたすものであります。わが国といたしましては、このため、国連の政治、経済、社会の各分野におきまする具体的活動に対し、人と資金とを通じ、応分な、かつ、実質的な寄与を行なっていく所存でございます。これはまた、すべての国連加盟国が平和のため当然負うべき義務であると信ずるのであります。

 私は、国連総会に出席の機会に、ワシントン及びオタワを訪れまして、アメリカ及びカナダ両国の首脳と親しく会談いたしました。これらの会談におきましては、世界の情勢その他共通の関心事項について忌憚のない意見の交換を行ないまして、今後の外交施策上まことに有益であったのであります。特にハーター国務長官との会談におきましては、わが政府の今後に処する所信と決意を披瀝いたしまして、わが国に対する理解の増進と信用の回復に貢献し得たと考えておるのであります。

 政府といたしましては、今後、安全保障の分野においてのみならず、その基礎をなす政治、経済、文化、科学等、あらゆる分野におきまして日米両国の協力関係をますます緊密ならしめて参る所存であります。

 さらに、主要西欧諸国との関係につきましても、政治的信条を同じくする自由主義陣営の一員といたしまして、わが国とこれら諸国との友好協力関係の促進をはかるべきことは言うまでもありません。特に、近年西欧諸国が相互の緊密な協力のもとに世界政治上きわめて重要な役割を果たしております今日、わが国といたしましては、これら諸国との提携をますます強化いたしまして、政治、経済、文化の面におきまして緊密な協力を進め、相ともに世界の平和と繁栄のために努力して参りたい所存であります。その意味におきましても、かねてからの懸案でありましたイギリスのわが国に対する戦前請求権の問題が今般円満な解決を見るに至りましたことは、今後の日英友好関係の促進上きわめて意義深いものであると存ずるのであります。戦後わが国は、わが憲法の理念にのっとりまして、政治信条を同じくする自由主義国家群と緊密に協力しつつ、わが国の平和と安全を確保し、経済の飛躍的な発展と一般国民の福祉の向上に大きな成果をおさめて参ったのであります。このような成果は、自由世界の一員といたしまして、わが国の基本的立場に負うところがきわめて大きいのであります。

 最近、わが国の一部におきましては、東西冷戦から逃避いたしまして、両陣営のいずれにもくみしないといういわゆる中立政策論や、わが国を非武装化し永久中立の制度をとるべし等の論が行なわれております。このような議論も同じく平和を希求する気持から出ているものが多いとは思われますが、遺憾ながら、これらの主張は、東西両勢力の対立関係を如実に反映し、政治的にも軍事的にもまことに不安定な極東に位するわが国の国際環境からいたしまして、わが国には中立維持の基礎条件が存在しないという客観的事実に対する認識を欠くものであります。また、同時に、わが国の平和と安全と繁栄を可能ならしめている基盤をくつがえすおそれがあるものであると考えるのであります。特に、狭い国土に九千万の人口を擁しつつ、高度の経済的、文化的水準を維持しつつ、さらにこれを向上せしめなければならないわが国にとりましては、自由世界との緊密な協力が絶対に必要なのであります。最近、わが国に対しまして、国内からも、国外からも中立政策をとるよう執拗な圧迫が加えられておりますが、これらの動きが最も警戒を要すべきものでありますことは、過去におきまして中立条約が一方的に廃棄せられました苦い経験や、あるいは共産主義陣営内において中立主義が全く認められていないという事実からいたしましても明白なことであるのであります。

 しかしながら、このような自由主義国家としてのわが国の基本的立場は、わが国と政治理念や社会体制を異にする諸国との友好関係を維持し、その増進をはかることとは決して矛盾するものではありません。政府といたしましては、わが国の基本的立場はあくまでこれを堅持しつつ、平和外交の本旨にのっとりまして、相互の立場の尊重と内政干渉{前2字ママ}の原則のもとに、今後ともこれら諸国との友好関係の維持増進に努める方針であります。特に中国大陸との関係につきましては、まず貿易その他の交流を通じまして逐次両者の関係が改善されますことは、もとより歓迎するところであります。

 わが国が、アジアの一国として、アジア諸国との友好善隣関係に特に留意いたさねばならないことは申すまでもありません。わが国といたしましては、これらの友邦との協力関係をさらに進めまして、その信頼をかち得るとともに、民族の繁栄と福祉を求めるアジア諸国の正当な声は、これを広く国際社会に反映せしめるよう努力する考えであります。

 韓国に新政府が成立いたしましたるを機会に、私は、去る九月六日韓国を訪問いたし、新政府樹立に対する日本国民の慶祝の気持ちを伝えますとともに、新政府の指導者とも親しく意見を交換して参りました。また、久しく中絶しておりました日韓全面会談の予備会談を本月末から開くことについても意見の一致を見まして、このようにして長い間閉ざされておりました日韓友好のとびらが漸次開かれる機運になって参りましたことは、御同慶の至りに存ずる次第でございます。日韓両国間の懸案解決への道は必ずしもたんたんたるものではないと思いますが、今回こそは、双方が親善と互譲の精神をもって交渉に当たり、すみやかに円満解決に達し得るように強く希望する次第であります。また、政治問題の解決と並びまして両国の経済交流を促進いたしますことは、両国国民双方にとりまして利益をもたらすものでありますから、政府といたしましては、この方面にも努力いたす考えであります。

 近年アフリカ諸国が相次いで独立を達成いたしましたが、これら諸国の動向が世界平和の将来に影響するところはきわめて大きいのであります。これらの新興諸国が今後国際社会の責任ある一員といたしまして世界の平和と繁栄に貢献するためには、政治的に、経済的に、社会的に、その基盤をすみやかに確立する必要があるのであります。わが国といたしましては、わが国が近代国家として成長して参りましたところの経験と知識を活用いたしまして、これらの諸国に対してあとう限りの協力をいたしたいと考えておるのであります。

 中南米諸国との関係につきましては、これらの諸国には現在わが同胞及び日系人約五十万人余が在住いたしまして、産業の各分野におきまして活発に活動いたしまして、これらの諸国の経済発展に大きな寄与をいたしておりますことは御承知の通りでありまするが、政府といたしましては、単に農業関係の労働力を送り出すということのみにとどまらず、技術及び経済企業協力と一体となった移住政策を推進いたしまして、これらの諸国との政治的、経済的関係の緊密化に資したいと考えておる次第でございます。

 次に、経済外交につきまして一言申し上げます。

 わが国の輸出が昨年三十四億六千万ドルに達しまして、前の年に比べて二割増加いたし、本年に入りましても、上期の実績は十八億五千万ドルに達しまして、前年の同期に比べまして、やはり二割方増加しておりまして、下期も同様順調に推移するものと見込まれております。このことは、国民生活の前途にまことに明るい希望を投げかけるものであると存ずるのであります。

 ただ、ここで、わが国の貿易の相手方について検討いたしてみまするに、昨年におきましては、輸出入とも、その約三分の一はアメリカ及びカナダであったのであります。しかも、昨年わが国の輸出が一昨年に比べまして二割方増加いたしましたのも、この両国に対する輸出の伸びに負うところが非常に大きかったのであります。しかしながら、このアメリカ及びカナダの市場に集中して輸出を伸ばすことは、相手国においても輸入制限運動その他の望ましくない動きを激化せしめるおそれがありますので、今後はこの両国に対しては特に秩序ある輸出に心がけねばならぬと思うのであります。

 他方、ヨーロッパの最近の経済発展はまことに目ざましいものがありまして、これに伴いまして、わが国のヨーロッパに対する輸出も、本年上半期におきましては前年同期に比べまして五○%、5割方増加しておるのであります。この市場は、わが国にとりまして今後ますます有望なものとなるのではないかと存ずるのであります。ただ、ヨーロッパでは、最近、共同市場や自由貿易連合といった形で経済統合が非常に進んでおりまして、わが国といたしましては、これらの経済統合を形成する諸国が域外の第三国に対しましてもできるだけ自由な貿易政策をとることを強く希望いたしたいのであります。

 また、ヨーロッパ諸国とわが国との通商関係は現在必ずしも正常なものとは言いがたく、これらの諸国は、種々の理由をあげて、わが国からの輸入に対して差別的な制限を加えているのであります。いわゆるガット三十五条援用の問題も、これらのヨーロッパ諸国の日本に対する差別待遇の一つの現れであります。

 このような情勢にかんがみまして、政府といたしましては、今後、このヨーロッパ諸国の経済統合の動きを十分注視いたしまするとともに、現実の通商関係の改善のために大いに努力して参りたいと存ずるのであります。すでに本年七月署名を見ましたイギリスとの貿易取りきめにおきましても、わが国に対する差別待遇をできる限り撤廃せしめるように努力したのでありますが、さらに、これと並行いたしまして、数年来の懸案でありまする日英通商航海条約の締結についても、目下、鋭意努力を続けております。また、最近、ベネルックス三国、すなわちベルギー、オランダ及びルクセンブルグとの間に通商協定を締結いたしました結果、いわゆるインナー・シックス、欧州共同市場を形成いたしておりますこれら三国との通商関係も大いに改善されることが期待されるのであります。さらに、これを契機といたしましてフランスに対し、またイタリアに対し、通商関係の改善についてもこれを進めたい所存であります。また、オーストラリアとの通商協定も、過去三年間の実績はきわめて満足すべきものであったのでありますが、さらにこれを改定いたしまして、でき得れば同国のガット三十五条援用撤回が実現するような方向で、目下、同国政府と交渉中であります。

 ここで特に申し上げたいのは、わが国がアメリカ、カナダ、オーストラリアやヨーロッパ諸国といった先進国との貿易の拡大をはかるためには、わが国の側においても自由化を大いに促進する必要があるということであります。さらに、自由化は、わが国経済の国際的競争力を強め、また、消費者たる国民大衆の利益にもなるということを指摘したいのであります。

 次に、わが国の貿易の相手方として開発途上にある諸国の占める比重は非常に大きいのでありまして、昨年の実績を見ますると、アジア、アフリカ、中近東及び中南米向けの輸出はわが国の総輸出の半ばを占めており、これら諸国との経済関係の増進は一日もゆるがせにできないのであります。このためには、わが国との通商関係を安定した基礎の上に置くことが何よりも大切でありまして、政府といたしましては、これらの国との通商航海条約の締結に大いに努力をして参りたい所存であります。すでに本年八月マラヤとの間に通商航海条約とほぼ同様の内容を持つ通商協定が発効いたしまして、これに伴って、同国は、わが国に対するガット三十五条援用を撤回いたしたのであります。また、現に政府はフィリピンとの間に通商航海条約の締結を交渉中であり、さらに、近くインドネシアとの間にも通商航海条約の締結交渉を開始することになっております。

 しかしながら、これらの諸国との経済関係の緊密化をはかりますためには、単に通商関係の改善のみをもってしては足らないのであります。どうしてもこれらの諸国に対しましては経済的、技術的な援助を行なう必要があると存じます。

 わが国といたしましては、すでに世界銀行の増資に応じ、国際開発協会、いわゆる第二世銀に対しましても、近く加入の上、出資を行なう予定であるなど、国際機関を通ずる経済技術援助にはできる限り協力して参ったのでありまするが、さらに二国間の経済技術援助につきましても、総額十億ドルに上る賠償を誠実に実施して相手国の経済開発に協力しており、また、コロンボ・プラン等を通ずる技術協力も行なっておるのであります。ただ、最近の傾向といたしましては、わが国が加入しておりまする開発援助グループやインド及びパキスタン債権国会議における討議からもうかがえまするように、わが国が機械輸出のため行なっております短期及び中期の輸出信用供与だけでは、国際収支の慢性的な赤字に悩んでおりまするこれらの諸国の経済発展にとっては十分でないのでありまして、今後は、開発途上にある諸国、特に東南アジア諸国に対する経済協力を推進する見地に立ちまして、輸銀資金の積極的な活用や、前国会以来御審議を願っておりまする海外経済協力基金の利用等の方法について、できる限り長期の資金援助をこれらの諸国に与えることができまするよう努力する必要があると信ずるものであります。また、最近、世界の各方面におきましても技術援助が経済援助の効果的利用に寄与するところ大であるとの認識が高まっておりまするが、わが国といたしましては、この技術援助の面におきましても今後さらに積極的な貢献をいたして参りたいと思うのであります。この点に関連いたしまして、わが国はかねて国連が行なっておりまする開発及び技術援助のための特別基金に対し、来年度におきましては画期的に拠出金を増額する所存であります。また、コロンボ・プランの総会が今月末から東京において開催せられますることは、まことに意義深いのでありまして、この機会に国民各位が経済技術援助につきましてさらにその関心を深められんことを切望する次第であります。なお、従来わが国は開発途上にある諸国に対し農業技術援助及び医療援助についても協力して参ったのでありますが、これについても今後さらに協力を進めたい考えであります。

 以上、当面の外交問題に関しまして政府の所信を明らかにいたしました。このようなわが国外交の基調にありまするものは、自由と平和のうちに国民生活の繁栄を確保するとともに、世界の平和と人類の福祉に貢献せんとする日本国民の誠実な念願であります。大戦の惨禍を深刻に反省し、原爆を体験した唯一の国民といたしまして、日本国民の平和に対する熱意は世界のいずれの国民にも劣らぬものがあると存ずるのであります。私は、この日本国民の平和に対する念願を常に念頭に置きまして、複雑な国際情勢に対処し、誠実に、しかも弾力性ある態度をもって参りたいと思うのであります。平和は単なる美名にとどまってはなりません。真に日本国民の平和と安全を確保し、一そうの繁栄をはかるためには、現実を無視した空虚な宣伝に惑わされることなく、常に冷厳なる国際情勢の現実に即し、地道に、しかも自主的に、平和と繁栄を確保する道を探求していかなければなりません。

 私は、わが外交の運用にあたりまして、以上のごとき心がまえをもって対処したいと存じまするが、およそ、一国の外交が自主的かつ強力に展開されますためには、国民各位の十分なる御理解と積極的な支持が不可欠の要件であります。国民から遊離した外交では、実効ある外交施策の展開はできません。私は、わが国外交の運営にあたりまして、現実の正しい認識の上に立った国民各位の良識を十分に反映いたして参りたい所存であります。

 切に国民各位の御支援を仰ぐ次第であります。