データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第38回(常会)
[演説者] 小坂善太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1961/1/30
[参議院演説年月日] 1961/1/30
[全文]

 政府の外交方針に関する所信を申し上げたいと存じます。

 昨年の世界情勢におきまして特に注目されますことは、申すまでもなく、東西首脳会談が不調に終わったことであります。その後の情勢は、国際間の相互不信が渦巻き、緊張が続き、和解の場であるべき第十五回国連総会も宣伝と非難の場と化しましたことは、御承知の通りであります。一九六○年は国際緊張緩和の年とはならず、われわれの期待は裏切られたと申すほかはありません。年は改まりましたが、これからの世界の動きには、なお多くの不安が残されております。国際緊張の緩和とか相互理解とか口にすることはたやすいのでありますが、現実の国際政治において、われわれの求める安定した平和の世界を実現させることは、決して容易ではないのであります。しかしながら、われわれは、幾たびか失望し、また、味わった、この苦い経験を試練といたしまして、これを乗り越えて平和の確保に邁進いたすべきものと考えます。本年こそは、その第一歩を踏み固めるべき年といたしたいと存ずるのでございます。

 平和を望む者は、与えられた能力を活用して、平和確保の方途を発見しなければなりません。自由世界と共産世界と、それぞれの政治の仕組みや社会のあり方は異なっておりましても、一つの国際社会に生活いたしまする以上、平和のうちに、ともに生きるための具体的な道筋を見出すべきであります。東西いずれを問わず、われわれは、戦争を防止し、平和を維持する人類共通の崇高な責任を分かち合っていると考えます。この精神に従って、国際緊張の主たる原因となっております東西関係の改善のため、双方があらためて真剣に努力を傾けるときになっていると考えます。

 これが実現のために、私は、次の三つの原則を守る必要があると考えます。

 まず第一に、国際間におきまして、すべての問題は話し合いによって解決するという原則を再確認することが必要であります。しかも、その話し合いは、相手国に自国の主張を一方的に押しつけて、これがいれられない場合には一切の話し合いを拒否するというのではなくて、解決のできることから一つ一つ地道に積み上げていく現実的な考え方になることであります。

 第二は、直接あるいは間接に他国の政治及び社会経済の体制に干渉をしないこと、すなわち、内政干渉をしないということであります。

 第三は、東西対立圏以外の地域において起こり、あるいは起こるべき紛争を東西対立の争いに引き込まないということであります。

 この三原則の上に、東西間における人と文化の交流を促進し、相互理解と信頼感を増進しつつ、対立をやわらげることが必要であると考えるのであります。

 東西関係の改善には長期かつ困難な交渉が必要でありまするが、この交渉にあたりまして、共産側が団結と力をもって臨むのに対しまして、自由世界もまた結束と協力を強める必要があります。このことが共産側との交渉において現実的解決を見出すゆえんでもあると考えるのであります。アメリカのケネディ大統領は、その就任演説におきまして、自由諸国の結束を強調するとともに、平和探求への努力を呼びかけております。多大の共感を禁じ得ないところであります。同大統領の就任は、現下の国際政治に新風を吹き込むものと確信いたすものであります。

 東西関係におきましてまず取り上げられてくる問題は、軍縮問題であります。全面戦争はもはやできないということは、だれしも異論のないところでありまするが、しかも、何ゆえに軍縮が容易に達成されないかといいますれば、それは東西間における信頼感の欠除が最も大きな原因であると考えるのであります。従いまして、われわれは、まず、現在管理可能である軍縮措置から実施して、国際間の信頼を回復しつつ、全面軍縮の目標に向かって、漸次その範囲を拡大していくべきものであります。軍縮交渉の経緯より見ますれば、軍縮のとびらを開き得る現実の可能性の一つは、核実験停止協定の成立であります。政府といたしましては、わが国が従来から主張しておりまするこの核実験停止協定が、今年こそは実現を見まするように積極的に寄与して参りたい所存であります。

 次に、アジア諸国との協力と中共問題について申し上げます。

 アジアにおきまする平和の問題は、まず、アジアの国々において十分考えなければならないことであります。アジア諸国との関係は、その繁栄と平和を確保いたしまするために、相互の人的交流を活発にしながら、各国間の理解を深めていきたいと考えます。幸いにいたしまして、わが国の経済も、戦後の荒廃から国民の努力によって急速に回復、安定いたしました。高い工業力を持ったアジアの国日本の地位は認められつつあるのでありますから、この機会に、アジアの国としてのわが国の地位と立場をかみしめ、進んでアジアの繁栄と平和に貢献したいと考えるものでございます。

 わが国と最も近い間柄にあります韓国との関係につきましては、目下行なわれております両国間の会談におきまして諸懸案の解決をはかり、なるべく近い将来に同国との国交を正常化し得るよう、大局的見地に立って努力して参りたいと考えております。

 中共との問題につきましては、わが国は中共とは隣合わせの関係にあり、その関係の調整を考えることは当然であります。しかし、その際重要なことは、わが国としては、自由世界の一員として世界平和に貢献するとの基本的立場を常に堅持し、かつ、内政不干渉の原則の尊重を求める態度を明らかにすることであると考えるのであります。

 また中共問題は、最近は、国際間においても、国連代表権問題あるいは軍縮問題等とも関連いたしまして、新たなる注目を集めつつあります。

 中共が、いかなるときに、また、いかなる方法によって国際社会に参加できるかの問題は、複雑な要素を含んでいるのでありますから、政府は、中共の動向とこれをめぐる国際情勢の推移を慎重に見きわめて参る所存であります。しかしながら、中共との政治的関係の調整は、広く国際政治上の問題として考えられねばならないのであります。わが国の、世界、特にアジアにおいて占める地位にもかんがみ、わが国の動きが国際的に多大の影響を及ぼすことを十分考慮しなければならないと思うのであります。すなわち、わが国だけの問題にとどまらず、世界全体の利益、特に世界の平和と安定のためにはどうしたらよいかという見地から、高度の政治的考慮を必要としているのであります。従いまして、わが国はもちろん、中共の側におきましても、慎重な考慮と着実な努力を重ねるべきものであると考えるのであります。中共との貿易問題につきましては、われわれは、双方の国民経済が互いに必要とする物資について、これが支障なく拡大されることを希望いたしております。

 次に国連外交の推進について申し上げます。

 昨年アフリカ新興諸国の加盟に伴いまして、国連がますます普遍的な国際機構に発展いたしましたことは、御同慶に存じます。

 この際特に申し上げたいのは、国連は世界における唯一最高の平和維持の機関でありますが、これとても全知全能ではない、国連をささえるものは実にわれわれ構成国であるということであります。国連が超国家的な存在でない以上、その平和維持の機能は、加盟国それぞれの協力によってのみ果たされるのでありまして、また、それによってのみ発展するということであります。昨年の国連総会の模様等にもかんがみまして、最近、世界には国連の権威や機能について危惧する声があります。しかしながら、もし現在国連がなかりせばという事態を想像いたしますならば、国連の存在意義はたれの目にも明らかであります。国連を現在の試練から救い、そのあるべき姿に強化するためには、加盟国のそれぞれがこの際あらためて国連憲章の精神に徹し、国連を盛り立てる決意を新たにすることが肝要であります。政府といたしましては、このような基本的立場に立って、国連を国際社会の良識と理性の場として成長させることを念願し、そのために努力を続けているのでありまするが、今後とも広く加盟各国との協力関係を推進いたしまして、国際平和維持機関としての国連の権威と機能の強化のため積極的努力を傾け、冷静な、しかも筋の通った建設的な行動をしたいと思うのであります。

 次に、経済外交の推進について申し上げます。

 最近の世界経済の特徴として見られますことは、わが国及び西ヨーロッパ諸国の経済力が充実いたしました結果、自由諸国内の経済の相互依存関係がますます緊密化し、各国の経済政策や貿易政策の面におきまして、国際間の調整及び協力が著しく進められていることであります。主要自由諸国は、今後、この線に沿って貿易・為替の自由化、経済援助、ドル防衛などの問題について活発に協力することになりましょうから、わが国といたしましても、経済外交の心がまえといたしまして、他国に対する正当な要求はあくまで強くこれを打ち出すと同時に、他国からの正しい要求についてはこれを受け入れる国際的な心がまえが特に必要であると思います。

 次に、わが国は、近年急速な経済成長を遂げつつあるのでありますが、その成長を継続し、国民生活の繁栄を増進するためには、貿易の拡大が必要であります。このための条件を整えるため、政府といたしましては、日本品に対する差別待遇の撤廃等、貿易条件の改善に一段と意を用いる考えであります。さらに、通商関係を安定した基礎の上に置き、経済協力を推進いたしまするために、政府は、昨年マラヤ、フィリピン及びパキスタン等との間に通商航海条約を締結いたしましたが、本年も、各国、特にインドネシアその他の東南アジア諸国との通商航海条約の締結に努力いたしたい所存であります。このため、国会はもとより、経済界、労働界その他各界の一致した御協力、御支援を期待いたしたいと存ずる次第でございます。

 アジアといわず、アフリカといわず、新たに独立を達成した諸国には、いまだに多くの貧困と疾病が巣くっているのでありますが、その経済発展と社会福祉の向上は、世界の平和と繁栄のために不可欠の要件であり、これを解決することは、今や世紀の課題となっているのであります。主要自由諸国の間におきましては、昨年発足した開発援助グループの動きに見られますように、相協力してこの課題の解決に当たろうという機運が盛り上がっているのであります。わが国といたしましても、まず、みずからを富ます努力をいたしますとともに、遠い将来を考え、発展途上にある国々に対し、経済、技術面の協力について特段の工夫を加えてその推進をはかることはもとより、医療及び公衆衛生その他の分野においても、国民各位の御協力を得られる限りの援助を行ないたいと考えるのでございます。

 以上申し述べましたように、私は、わが国のため、世界のために平和を確保し、また、わが同胞の繁栄と豊かな生活を確保することをもって外交の基本目標と考え、世界情勢の間に処して、自主的な、しかも責任のある態度で弾力的な外交を展開いたしたいと念願いたしておるのでありまするが、その成否はかかって国民各位の支持にあるのであります。御理解と御支援を期待いたすものでございます。