データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第39回(臨時会)
[演説者] 小坂善太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1961/9/28
[参議院演説年月日] 1961/9/28
[全文]

 第三十九回国会に際し、当面の外交問題について申し述べたいと存じます。

 過般の通常国会以来、世界情勢は、ベルリン問題、ドイツとの平和条約問題をめぐって、さらに緊張を加え、軍縮及び核兵器廃止を求める人類の希望に反して、軍備拡張の動きが強まったのみならず、ついには、核実験、長距離ロケットの発射試験も繰り返し行なわれる事態にまで進展し、国際的な危機感が地球上をおおうに至っております。口に平和共存を唱える強国が武力を振りかざし、さらに人類の福祉に使われるべき最新科学の知識と成果を他国に対するおどしのために用いるようなありさまでは、この地上に理想の平和をもたらすことは容易ではないのであります。平和は偏見と強制と不信の中には存在しないのであります。われわれはあくまで正義と自由と協調に基づく真の平和を達成するように絶えざる努力を傾けなければならないと存じます。

 政府が国際連合を尊重し、これを強化しなければならないと考えるゆえんのものは、ひとえにこのような真の平和を欲するからであります。私はこのたび国際連合に使いいたしましたが、このたびの国連総会は、ハマーショルド事務総長のまことに悲劇的な突然の死去によりまして、非常に重苦しい、沈痛な空気の中に開かれました。私は、同僚議員各位とともに、ここに重ねて平和のために殉じた故ハマーショルド事務総長の遺功をたたえ、もってその冥福を祈りたいと存じます。かくて、後任事務総長の問題も新たに加わりまして、国連総会は、いよいよ重大な局面に逢着いたしておる次第であります。これを打開いたしまする道は、究極のところ、いかなる問題についても、各国が国連憲章にうたわれている世界全体の調和ある進歩のために相助けて努力すること以外にはないと存じます。それにつけても、私は、世界平和を維持するためにとりわけ重い責任を持ち、安全保障理事会において拒否権を有するような大国が、軍縮の問題をいたずらに宣伝に利用することなく、誠意をもってみずから進んで軍縮を実行する必要のあることを強調いたすものであります。

 また、わが国が特に大きな関心を持っております核実験停止の問題については、ジュネーブにおける四大国の交渉半ばにして、ソ連は、突如として一方的に核実験の再開を宣言するばかりか、矢つぎばやに十数回にわたる実験を行ない、核実験競争再開の端緒を開いたのであります。政府は、先般来の核実験に対しては、国のいかんを問わず、放射能の有無にかかわらず、厳重な注意を喚起し、抗議して参りました。私は関係諸国が人類将来の進歩並びに幸福を第一義的に考えて、効果的な核実験の停止に関する協定をすみやかに締結するよう強く希望いたしております。また、そのゆえに、去る九月二十二日、国連総会の一般演説におきましてもこれを訴えたのでありますが、この趣旨の決議が今次国連総会において採択されますよう努力する所存であります。

 私は全世界の諸民族が真に平和のうちに共存し得る日がすみやかに来たることを衷心より希望するものでありますが、一挙にしてかかる理想の世界が実現され得ないとすれば、戦後十六年にわたって強国間の武力的対決を阻止する上にあずかって力のあった東西間の均衡が破られないように努力することが、世界の平和を保障する現実的な方法であると信ずるものであります。私は、ベルリン問題の危機も、ひっきょうするに、一方的行動によって世界の均衡関係を自己に有利にしようとする動機から作り出されたものと思わざるを得ないのであります。私は、ベルリン市民、ドイツ民族自身の自由に表明された意思を十分尊重しつつ、四大国間の話し合いによりまして、この問題が平和のうちに解決されることを希望するものであります。

 現在の世界の均衡を保ち、世界平和に貢献するために、わが国は自由民主主義を堅持しつつ、米国及び西欧諸国と緊密に提携することが必要であると信ずるものでありまして、この点については、つとに国民大多数の理解と支援を得ているところであります。わが国は、全国民あげての努力によって戦前よりもはるかに豊富な経済力をたくわえ、国民生活も着々向上いたして参りました。それに伴いまして、わが国の国際的地位も次第に高く評価されるようになりましたが、これはまた同時に、わが国の国際社会における責任も加重されたことを意味するものでありまして、政府と国民はこの点を充分自覚しなければならないと存ずるのであります。

 私は、去る六月池田総理大臣に随行して米国及びカナダにおもむいて、これら両国政府首脳との会談に列し、ついで七月初旬、イギリス、フランス、ヴァチカン、西独の諸国を歴訪し、各国首脳とも胸襟を開いて会談して参りました。私は、これらの訪問を通じてわが国の国際社会における役割の重大さと、国際的地位の向上したことをあらためて痛感したのでありますが、同時に、この機会にこれらの諸国との政治的、経済的、文化的連携の強化に貢献し得たものと信ずるのであります。

 国際的地位の向上に伴いまして、わが国の責任は、アジアの一国として、特にアジアにおいてますますその重要性を加えつつあります。わが国と隣国であります中国との関係は、その歴史的背景から見ましても、また、極東における平和と安定を維持する上からも、はたまたわが国将来の運命にかかわりまする重大な問題でもありますから、政府の最も重視するところであります。今次国連総会においては、中国の代表権問題が討議される予定でありますが、本問題は、現在の国民政府並びに中共政権それぞれの立場に徴しても、また、国連憲章との関係においても、その解決は決して容易ではないのでありまして、わが国としては慎重に行動することが必要であります。私はこの問題について、今次の国連総会においてあらゆる立場から十分な論議が尽くされ、少なくとも解決への一歩前進の道が見出されることを期待するものであります。わが国としては、この問題に対してわが国の有する重大なる関係と、本問題が極東の安定、ひいては世界の平和に重要なる影響を与えることを念頭に置きつつ、国連における討議において建設的な貢献をしなければならないと存ずるものであります。

 次に、わが国にとり最も近い隣国である韓国との関係につきましては、多年にわたり両国間の懸案解決のための交渉が続けられたのでありますが、去る五月同国において政変が発生し、交渉は中断するのやむなきに至りました。韓国の運命は直ちにわが国の運命に影響すると申しても過言ではないのであります。この意味において、韓国新政権の動向については至大の関心をもってこれを注視していたのでありますが、その後同政権は政情の安定と民心の収攬に鋭意努力し、さらに去る八月には二年後における文民政権への移行の意思を宣明いたしました。同時に韓国政府は、日本との国交正常化に対する熱意を示し、交渉の再開を申し出てきた次第でありまして、政府としましては韓国側の申し出に応じ近く交渉を開始する所存であります。交渉に際しましては、日韓関係の今後に及ぼす重大なる影響を十分に念頭に置きつつ、合理的にしかも互譲の精神に基づいて懸案の解決をはかり、すみやかなる国交回復に努力したい所存であります。

 最近の世界経済の動向を見まするに、一時案じられたアメリカの景気も急速に回復に向かいつつあり、また、ヨーロッパ諸国の経済も依然活況を呈している反面、アジア・アフリカ等の諸地域において今なお経済的にも社会的にも未開発の分野が多く、先進諸国との生活水準の格差が増大しつつあることもまた否定し得ざる事実でありまして、わが国が、国際連合においてもこれを強く訴え、また経済協力の推進に格段の努力を払いつつあるのも、この事実の重大性を認識しているがゆえであります。本年春以降においても、政府は開発援助グループの第五回総会を東京において開催し、インド及びパキスタンの債権国会議においても、それぞれ相当額の長期借款を与える等経済協力について着々効果的な施策を講じて参りました。また、タイ及びビルマに対しても懸案を解決すべく話し合いを続けておるのでありまして、これらが解決の上は、両国との一そう緊密なる関係が期待されるのであります。

 さきに申し上げました去る六月の池田総理大臣訪米に際し、日米貿易経済合同委員会の設置を見るに至りましたことは、まことに有意義なことと存ずるのであります。この合同委員会は、両国の関係閣僚が毎年会合いたしまして、両国が関心を有する重要な経済・貿易問題について忌憚のない意見の交換を行なうものでありますが、その第一回会議は、来たる十一月初旬箱根において開催することになっております。私は、この合同委員会が、日米両国の経済・貿易政策に関する相互理解の増進に大いに貢献するものと信ずるものであります。

 さらに、先般の西欧諸国訪問に際し、私は各国首脳に対し、戦後特にわが国に対してとられたガット三十五条援用を初めとする通商上の差別待遇について、アジアにおいて最も工業的に高度に発達した唯一の国であり、かつ、自由陣営の有力なる一員であるわが国に対する処遇として納得し得ないものがあるとして、これが撤廃を率直に要望してきたのであります。各国の首脳もこれについて理解を示し、今後折衝を続け、せっかくこれが改善に努力する旨を表明いたしました。最近わが国においては、輸出振興はますます緊要な問題となっておりますので、これが障害となる通商上の差別待遇を改善し、わが方の貿易自由化の促進と相待って、経済外交を一そう強力に推進していきたいと考えております。政府はさらに過般の国会以後、ペルー及びインドネシアとの間に通商航海条約を締結いたしましたが、引き続いてなるべく多くの国とこの種条約を結んで、通商関係を安定した基礎に置くよう努力いたす考えであります。

 現下の国際情勢は複雑微妙なものがありますが、この中にあって平和を求める心は、いかなる民族といえども異なるものではないと存じます。平和を求め、生活のしあわせをこいねがう日本国民の声を世界に徹底させなければなりません。世界平和の維持のためにわが国の果たすべき役割はまことに重要であります。政府は外交機能をますます充実いたしまして、わが国外交の成果をあげるよう努力いたしたいと考えておりますので、国民各位の強力な御支持と御理解を得たいと念願いたす次第であります。