データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第40回(常会)
[演説者] 小坂善太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1962/1/19
[参議院演説年月日] 1962/1/19
[全文]

 第四十回通常国会に際しまして、外交に関しまする政府の所信を申し述べたいと存じます。

 ここに新しい年を迎えたのでありますが、過去久しきにわたるベルリン問題をめぐりまする東西両世界の間の状況は依然として重苦しい緊張と対立を続けておるのでありまして、その間ベトナムその他の諸地域におきましても、局地的紛争発生の危険が絶えず予想されるなど、世界平和確立への道は、遺憾ながらいまだけわしいものであると認めざるを得ません。

 今日国際連合は、すでに百四カ国の加盟を見ておるのでありますが、残念ながら国際連合自体、ある意味では東西抗争の舞台となり、世界平和機構としてのその本来の機能を十分発揮するに至っていないこともまた事実であります。しかしながら、第十六回総会におきましては、関係国間の話し合いの結果、軍縮、核兵器実験及び大気圏外平和利用に関する国際会議が再開されることとなりました。今後とも国際連合が種々の試練に耐えて、よくその本来の機能を発揮し得るためには、すべての国がひとしく国際連合憲章の目的と原則を尊重し、あくまでこの機構を盛り立てていくという態度に徹することこそ肝要なのでありまして、わが政府は率先国際連合に協力し、その育成強化に努めることをもって外交政策の重点とするものであります。

 世界の平和が維持されるためには、すべての民族が、みずからの自由な意思に従ってその生活を築いていくことが必要であります。この意味において、今日アフリカ大陸において多数の独立国が誕生し、さらに引き続いて本年もその数を加えんとしつつありますことは、御同慶の至りであります。わが国は、植民地の住民が抱く独立への願望に対しましては、常に十分の同情と理解を有するものでありまするが、同時に、このような願望は、あくまで平和的手段によって達成さるべきものでありまして、目的のいかんを問わず、いやしくも武力によって事を解決しようと試みるがごときは、国際連合の目的と原則にも反するものであり、直接世界の平和を脅かすものとさえいわざるをえないと思うのであります。

 軍備の拡張と核兵器の生産、その実験等は、全人類の平和と福祉への悲願に全く逆行するものであります。特に、人類の英知が創造した核エネルギーを他国に対する威嚇の手段として利用し、もって政治目的を遂行しようとするがごときは、平和を愛好する国民の断じて許し得なざるところであります。政府は、核兵器の実験に対しては、常に声を大にしてその停止を求めることこそ、史上唯一の被爆国でありまするわが国民が、全人類の将来に対して負うている重大な責務であると信ずるのでありまして、私は関係諸国が、効果的な核兵器実験の停止に関する協定を一刻もすみやかに締結し、ひいては有効な軍縮協定を締結することを促進するよう強く要望するものであります。

 次に、最近におけるわが国と諸外国との関係を概観いたします。まず池田総理大臣の訪米により、日米両国首脳者間に腹臓なき意見の交換が行なわれ、両国間の相互理解を一段と深め得ましたことは、各位の御承知のところであります。その後、日米貿易経済合同委員会及び日米科学協力委員会、さらには近く開催される日米文化教育会議など、広範な分野にわたる日米両国民間の意志の疎通が活溌に行なわれることとなりました。

 ただ日米関係に一まつの暗影を投ずるものは、綿製品に対する賦課金問題その他、米国側に見られる一連の輸入制限の動きであります。これらの動きは、その直接関連する貿易額に比して、はるかに大きな、そして好ましからざる影響を日米関係に及ぼしているのでありまして、政府は友邦として言うべきことは率直に述べるとの立場に立ちまして、これらの点について強力に米国を説得する努力を重ねつつあります。

 最近ケネディ大統領が、その年頭教書におきまして自由貿易政策を明確に打ち出したことは、大いに歓迎するところでありまして、私は、この自由貿易政策を推進するにあたり、米国政府及び有識者が、わが国の自由世界において占める政治上、経済上の重要な地位につき、十分なる認識をもって対処されることを強く希望するものであります。

 米国との間の多年の懸案でありましたガリオア等戦後対日援助の処理に関しましては、昨年春以来の交渉が今回妥結いたしましたので、関係協定並びに付属文書を本国会に提出し、御審議を願う予定であります。わが国が戦後困難な事態に直面し、餓死者すら出るという危険に陥った際、当時約二十億ドルに上るといわれた援助が、いかにわが国民に安堵と復興への気力を与えたかは、何人も忘れ得ないところでありまして、政府はこのような多額の援助に対し、今回四億九千万ドルを引き続き十五カ年にわたって支払うことによりまして本問題の最終的処理を行なわんとしておる次第であります。しかして、わが国が支払うこの金額の大部分は、発展途上にある諸国に対する経済技術援助の資金として利用されることが期待されております。また一部は日米間の教育文化交流のために充当される予定であります。

 米国と並んでわが国と政治的、経済的に深い関係を有するカナダとの関係につきましても、昨年池田総理大臣の訪問、続いてディーフエンベーカー・カナダ首相の訪日を見る等、相互の友好関係は一段と深められた次第であります。

 私は昨年七月西欧諸国を歴訪し、これら諸国との相互理解の増進に努めた次第でありますが、さらに十一月英国王室よりアレキサンドラ内親王の御来訪を受けましたことは、日英両国の親善関係の上に、記念すべき一ページを画したものと信ずるのであります。

 政府はもとよりアジアの一国として、わが国とアジア諸国との友好関係の増進することを最も、重視するものであります。昨年十一月に行なわれた、池田総理大臣のパキスタン、インド、ビルマ及びタイの訪問は、単にわが国とこれらアジア諸国の友好関係の強化に役立ったのみならず、今後わが国のアジア外交を推進する上に、きわめて大きな意義を有するものとなったことは申し上げるまでもないところであります。

 ビルマとの賠償再検討問題につきましても、池田総理大臣とウ・ヌー・ビルマ首相の会談によって、両国それぞれの立場についての相互理解は一そう深まりましたので、遠からず妥結に至るものと期待されます。また、タイ特別円問題は、さきに行なわれました両政府間の協定が、解釈問題をめぐって実施不能となっておりましたところ、今回、池田総理大臣とサリット・タイ首相との会談が行なわれました結果、両国間の友好関係を考慮する高い見地に立って合意が成立し、交渉は近く妥結の見込みであります。

 わが国と中国との関係をいかに処理するかは、わが国にとって重大な問題であると同時に、極東の安定、ひいては世界の平和に影響を及ぼすものであります。かかる観点に立ちまして、今次国連総会におきましては、わが国は、オーストラリア、コロンビア、イタリア及び米国とともに、中国の代表権を変更するとのいかなる提案も重要問題であることを国連憲章第十八条に従って決定すべきことを提案いたしました。その結果、総会において六十一カ国に上る多数の国の賛同を得ましたことは、本問題の包蔵する複雑性が、広く世界各国に認識されるに至ったことを示すものであります。私は、今後国際連合において、加盟各国が本問題の実体を十分に考慮して、公正妥当な結論を引き出すよう努力することを期待するものであります。

 従来中国問題につきましては、国内においてもややもすれば問題の複雑性を十分考慮することなく、ばく然と主体性のない論議が行なわれ、かえってわが国益に反する結果を生むきらいがあったのでありますが、政府といたしましては、今次国連総会において、初めて中国代表権問題について実質的論議が行なわれたことにもかんがみ、内外世論の向こうところを注視しつつ、極東の安定と世界平和に貢献するとの方針のもとに、この問題を具体的に検討して参りたいと考えております。なお、中国大陸との貿易問題につきましては、双方の国民経済が必要とする物資の交流が拡大されることを望むことは申すまでもありません。

 わが国の最も近い隣国である韓国との関係につきましては、多年にわたり懸案解決のための交渉が続けられて参りましたにもかかわらず、いまだ国交の正常化を見ておりませんことはまことに不自然な状態であるといわなければなりません。幸いにして韓国新政府は、わが国との国交正常化に非常な熱意を示して参り、昨年十月より第六次会談を開始いたしておるのであります。特に昨年末には、朴国家再建最高会議議長が訪日して、池田総理大臣と忌憚なき話し合いを遂げることによって、相互の理解を深め得たことは、会談の前途を明るくするものであります。政府といたしましては、懸案の解決に今後一そうの努力を傾け、遠からず国交の正常化を実現いたしたいと考えております。

 さらにソ連との関係につきましては、昨年夏ミコヤン副首相がフルシチョフ首相の池田総理大臣あて書簡をもたらして以来、特にわが北方領土の問題をめぐって、両国首相の間に両三度にわたりまして書簡の交換が行なわれて参りました。ソ連側は北方領土問題はすでに解決済みであると一方的に断定し、さらに、日ソ両国間に平和条約を結ぶためには、わが国が日米安全保障条約を廃棄することが必要であるとの宣伝を、わが国内で広めるべく意図しておるのであります。政府といたしましては、北方におけるわが国固有の領土に対する国民こぞっての愛着を無視するごとき妥協は一切行なわず、今後ともわが国の正当な主張を堅持して参りたいと考えております。もとより、貿易や文化の交流により日ソ善隣関係の増進に資することは政府の方針とするところであります。

 次に中南米諸国との関係につきましては、昨年はプラード・ペルー大統領、フロンデシ・アルゼンチン大統領の訪日があり、その際通商航海条約その他諸協定並びに諸取りきめの締結を見まして、これら諸国との関係を一そう密接ならしめ得ましたことは、まことに喜ばしいところであります。わが国としましては、今後とも貿易、経済協力及び移住を通じまして、中南米諸国との協力関係を一そう推進して参りたいと考えておるのであります。

 今年のわが国外交の重要問題の一つは、経済外交の積極的推進であります。

 わが国は現在、健全経済成長政策を進めつつ、当面の国際収支上の困難を克服し、かつ、貿易・為替自由化を促進するという立場にありまするが、そのためには、何よりも輸出振興に力を注ぐことが肝要であります。

 政府は、ガット三十五条援用を初めとする、わが国に対する通商上の差別撤廃を強く要望して参りましたが、昨年十一月のガット総会におきまして本問題の重要性が一そう広く理解されるに至り、一部の国がガット三十五条援用を撤回いたしたのであります。また、昨年八月以来、イギリス、フランス、イタリアその他の欧州諸国とも対日差別の撤廃につき交渉を行ない、その結果、今後わが国の対西欧貿易は、相当程度の増進が期待されるのであります。私は、本年こそはぜひとも対日差別撤廃の年といたしたいと考えておるのでございます。

 この点に関しまして私が特に申し上げたいのは、わが国の業界と欧州諸国の業界との接触を密にして、相互の意思の疎通をはかるということが非常に重要であるということであります。すなわち、欧州諸国の業界におきましては、わが国の実情にうとく、そのために対日不信と猜疑心がいまだ根深く残っておるのでありまして、これが対日輸入差別継続の根源をなしておると見られるのであります。これを解消するためには、政府、民間相協力してまず輸出体制の整備にさらに工夫をこらすとともに、各国の業界とも一そう積極的に接触をはかるよう努力することが望ましいと思われるのでございます。

 欧州における経済共同体の発展は、近年まことに目ざましいものがあります。ことに、イギリスを初めとして、他の欧州自由貿易連合の諸国も、これに加入ないし連合するための交渉を始めるに至りました。そこで、ここに米ソ両国に匹敵する強大な経済圏の出現が予想されるのであります。米国も共同体との貿易関係を強化するため、相互に関税の大幅引下げをはかっております。また、欧州諸国に米国、カナダを加えた経済協力開発機構も、昨年十月以来活動を開始いたしております。

 このような動きに対して、政府は従来から西欧諸国との経済交渉を強力に推進するとともに、共同体の対日通商政策をできるだけ自由なものにするように、共同体当局との間にも種々話し合いを行ない、関係の緊密化に努めております。また、経済協力開発機構については、わが国もその活動に積極的に協力すべきであり、関係国の理解を得られるものと信ずるものでありまして、現に同機構の開発援助委員会に参加しておる次第であります。

 欧州経済共同体と米国という二大工業圏の経済的紐帯の強化されることが予想されておるのでありまするから、わが国といたしましては、これに対処するため十分な心がまえをもって準備を進める必要があると思うのであります。

 わが国が発展途上にある諸国、特にアジア・アフリカ諸国の産業開発を援助し、その発展に寄与することは、これら諸国との関係を緊密化するのみならず、それら地域の安定、ひいては世界の平和にも貢献するものであります。政府は昨年インド及びパキスタンに対し、総計一億ドルに上る借款を供与し、かつ、その他の諸国に対しても経済技術協力を、積極的に推進してきたのでありますが、さらに本年度は輸出入銀行、海外経済協力基金等の資金の充実、海外技術協力事業団の設立などによりまして、これら諸国に対する経済技術協力の体制をますます強化、充実する考えでございまして、そのため、コロンボ・プラン、国連関係諸機関との協力に努めると同時に、他の先進工業諸国との積極的協調を重視している次第であります。

 またこれら諸国よりの一次産品の買付増加については、わが国の貿易自由化の進展とともに、種々困難な問題を生じているのでありますが、政府といたしましては、これら諸国に対する経済技術協力の推進と相待って、その買付増加につき一段と工夫をこらし、相互の経済関係の一そうの増進をはかりたいと考えております。

 世界の諸民族が相互の理解を促進し、親近感を深めますことは、世界の平和に寄与する重要な方途であります。政府は、かかる見地からつとに、わが国の文化と国民生活の実態を広く世界に知らせるべく努力して参りました結果、わが国の文物に対する関心は今や全世界を通じて著しく強まって参ったのであります。同時にまた、私は、わが国民においても、複雑微妙な国際情勢に対する関心をさらに深め、諸外国、諸民族の事情をよく知るとともに、国際社会におけるわが国の立場を正しく理解することが、国家間の協力を促進する上にも、きわめて重要であると考えておるのであります。

 申すまでもなく、外交は、国内世論と密接に結びついたものでありますが、今後思想、経済、文化その他あらゆる生活の面を通じて、国民に対する国外からの働きかけも、いよいよ激しくなるものと予想されるのであります。私は、国民各位がこの複雑な国際情勢について、正確な認識を持たれ、世界の平和とわが国の繁栄とを目的とする政府の外交方針を、今後とも一そう強力に御支持下さるよう切に要望する次第であります。