データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第43回(常会)
[演説者] 大平正芳外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1963/1/23
[参議院演説年月日] 1963/1/23
[全文]

 今日の世界情勢は、キューバをめぐる危機の発生と、その収拾を契機といたしまして、一つの大きな転機を迎えたと思います。そしてそれは、世界政治の指導的立場にある諸国家が、世界平和の維持に決定的な責任を持っておることを立証いたしますとともに、すべての国々が平和的手段により国際紛争を解決する精神に、より深く徹することの重要性を示唆するものであると思います。さらに、今後、世界が平和を維持しつつ、その調和ある発展と繁栄を遂げるためには、各国が、それぞれ、国際社会の一員として、その分に応じ、広い基盤にわたって、国際的協力を積極的に推進する必要のあることは申すまでもございません。

 わが国は、その国力の伸張と国際的地位の向上に伴い、世界の平和と繁栄に対し、ますます重い責任を負担するに至りました。私は、国際的役割と責任が増大すればするほど、わが国といたしましては、常に冷静に国際情勢の判断を誤らず、その国際環境にふさわしいじみちな努力を積み重ねて参りたいと思います。

 私はこのような観点に立ち、過去一年にわたるわが国外交を回顧しつつ、当面する外交案件について若干の展望を試みることといたします。

 旧臘、第十七回国連総会は、平穏のうちに幕を閉じましたが、加盟各国が、いたずらに自国の宣伝と他国に対する非難に終始することなく、軍縮、経済開発その他、世界の平和と繁栄にかかわる諸問題の討議に積極的に参加いたしましたことは、国際連合の権威を高める上に意義深いものがあったと思います。わが国は、従来より、国連に積極的に協力して参ったのでありますが、本総会におきましても、引き続き経済社会理事会理事国に選出されました。このことは、国連におけるわが国の活動が、高く評価された結果にほかならないと考えます。

 この総会において取り上げられた議題の中で、すみやかにその解決を迫られているものは、核兵器実験停止の問題であることはあらためて申すまでもありません。その成否は、一に地下爆発の疑いある場合に、査察を認めるかいなかにかかっておるのであります。この点について、最近米ソ両国間に直接、問題解決のために、交渉が行なわれております。私は、この話し合いが円滑に進み、有効な核兵器実験停止協定がすみやかに締結されるよう強く要望するものであります。政府といたしましても、そのため、引き続き積極的な働きかけを行ないたいと存じます。

 次に、わが国の直面する外交問題を、地域別に概観いたしたいと思います。

 まず、米国との関係は年を追うて緊密になってきております。日米貿易経済合同委員会及び日米科学委員会は、一昨年以来二回にわたって開催され、また、日米文化教育会議も、来たる十月には、第二回の会合を行なうことになっております。さらに、安全保障協議委員会も随時開かれております。このように、政治、経済、文化の広範な分野にわたり、日米両国間に意思の疎通が活発に行なわれております。米国との関係は、もとより、わが国の安全と繁栄に至大の関係があり、日本外交の根幹であることは申すまでもありません。安全保障の分野における日米協力は、すでに日米安全保障条約に明らかにされておる通りであります。他方、経済の分野における協力は、文化や科学の面における協力とともに、今後ますます発展せしむべきものであると考えております。政府は、今後とも米国との間に、相互の信頼を深め、幅広い接触を保ちつつ、緊密かつ円滑なる関係を維持発展せしめたいと考えております。

 なお、明年度における沖縄援助につきましては、十二月下旬対米協議がととのい、約十八億円の援助を、沖縄住民の生活水準向上のために供与することになりました。また、昨年来、沖縄に対する経済援助のための日米琉間の協議機構を設置することにつき、米国政府と協議を重ねておるのでありますが、近く東京に協議委員会、沖縄に日米琉の技術委員会が設置されることになるものと期待しております。

 中南米諸国につきましては、メキシコ大統領の来日を初めとして、わが国とこの地域の友邦との間に要人多数の往来があり、彼我の友好関係が大いに深められました。また、貿易、移住、経済協力、文化交流の面におきましても、相互の関係がますます緊密になって参りました。わが国といたしましては、この地域の有望な将来性にかんがみ、さらに彼我の関係を一そう強化して参りたいと考えております。

 わが国の対西欧外交は、池田総理の訪欧を契機といたしまして、一そうの進展を見るに至りました。すなわち、現在日米間に存するがごとき緊密な関係を、日本と西欧との間にも発展せしめる糸口が開かれたのであります。このことは、ただにわが国と西欧諸国相互の利益を増進するにとどまらず、広く世界の平和と繁栄に寄与するものであると信ずるものであります。

 わが国とソ連との間では、それぞれの体制上の相違を認めつつ、近時、貿易と文化の面における交流が進展いたしております。北方領土問題は依然として未解決でありまするが、固有の領土に対するわが国民の正当な権利と愛着を無視して安易な妥協をはかることなく、あくまでわが国の主張を堅持し、今後ともこの問題の正しい解決を期して参る所存であります。

 最近アジアにおきましては、中印国境、インドシナ半島等に見られるように、その情勢は依然として安定を欠いております。アジアに位するわが国といたしましては、あとに述べますように、アジアの友邦諸国に、可能な限り、経済技術協力を推進いたしましてアジアの平和と安定に貢献したいと考えております。

 日韓両国の国交正常化は、それ自体当然の要請であります。今次の日韓会談は、幸い両国朝野における国交正常化への機運を背景といたしまして、ようやく軌道に乗って具体的討議が進められるに至っております。特に請求権の問題につきましては、その討議を通じて、その法的根拠の有無に関する両国の見解に大きな隔たりがあること、また、戦後十数年を経過し、その間朝鮮動乱があった等のために、事実関係の正確な立証もきわめて困難なことが判明するに至ったのであります。しかしながら、このような両国の対立をそのまま無期限に放置することは、大局的に見て適当でないことも明らかであります。そこで、かかる困難を打開する構想につき、昨年夏以来、韓国側と交渉を重ねて参りました。その骨子とするところは、かつて一つの国家を形成していたという両国の特別な関係と、将来における親交関係の展望に立って、この際、韓国の民生の安定、経済の発展に貢献することを目的として、同国に対し無償及び有償の経済協力を行なうこととし、このような経済協力を供与することの随伴的な結果として、平和条約上の請求権の処理が同時に一切解決したことを日韓間で確認するというものでございます。この構想の大筋につきましては、昨年末までに両国間で合意を見ております。政府といたしましては、請求権の問題のみならず、漁業問題を初め、在日韓国人の法的地位、竹島等の全懸案を一括して同時に解決することにより国交正常化をはかるべく、目下鋭意折衝中でございます。

 また、中共の国連参加、その承認の問題は、わが国の置かれた立場、特にアジアと世界の平和に対し本問題の及ぼすべき重大な影響にかんがみ、慎重に対処する必要があると考えております。同時に、このことを十分認識した上で、可能な範囲において、民間ベースによる貿易等については現実的に対処して参る所存であります。

 ビルマが提起いたしました賠償再検討要求の問題につきましては、わが国は、ビルマの経済発展と福祉増進に協力するため、無償及び有償の経済協力を行なうこととし、ビルマ側は、再検討条項に基づく要求を今後行なわないという方式で解決すべく、目下せっかく交渉中でございます。

 中近東アフリカ諸国は、わが国の貿易市場として、次第に重要性を増して参りました。このため、政府は、アフリカの新興独立諸国に順次在外公館を整備拡充し、これら諸国と貿易協定の締結、人的交流の促進等をはかるほか、昨年ガーナとの間に技術協力協定を締結し、また、近く、ガーナ、ナイジェリア及びケニアに技術協力センターを設置することにいたしております。

 次に、経済外交について申し上げます。

 国内経済の高度成長、輸入自由化の推進により、わが国の貿易総額は百五億ドルをこえ、今やわが国は、自由世界における第七位の輸出国、また第五位の輸入国として国際的な経済交流に大きな役割を演ずるとともに、開発途上の諸国に対する経済協力を強化し、世界の繁栄に対する貢献の度を年々高めてきております。

 昨年の通商関係を顧みまするに、わが国の重要な安定市場である米国に対する輸出は、為替統計によれば、十一月末までの実績で、約十三億五千万ドルと、前年同期に比し三五%の増加を示しております。一昨年は八億五千万ドルに上った貿易収支の赤字も、昨年十一月末現在で約一億二千万ドルに縮小され、日米経済関係は着実な進展と改善を見ております。日米間におけると同様、このほど、カナダとの間にも、新年早々閣僚委員会を開催する等、太平洋にまたがる日米加三国間の協調は今後ますます緊密の度を加えるものと考えます。

 昨年十一月英国との間に調印を見ました通商航海条約は、英国のガット第三十五条援用撤回をも含む画期的なものでありまして、日英の通商関係に安定した基礎を提供し、その進展に寄与するばかりでなく、わが国と西欧との通商関係の将来にも明るい影響をもたらすものであると信じます。

 さらに、政府は、ガット第三十五条援用、あるいはその他の対日差別を行なっております諸国と鋭意交渉を重ねました結果、フランス、イタリア、ベネルックス三国、ノルウェー、スペイン及びオーストリアの西欧諸国並びにローデシア・ニアサランド連邦等の対日輸入制限はかなり縮小を見るに至ったのであります。また、ニュージーランド及びガーナはガット第三十五条援用を正式に撤回いたしました。なお、オーストラリアとの間におきましても、一そう安定した通商関係を発展せしめるために、目下せっかく交渉中であります。また、アフリカの新興独立国であるカメルーン、ダボメ及びニジェールも、対日無差別待遇の意向を表明いたしました。かくて、たとえば、昨年の西欧に対する輸出は、著しい伸びを示し、十一月までの実績は約五億九千二百万ドルと、前年同期に比し約二七%の増大を見ております。

 池田総理訪欧の際、欧州経済共同体諸国の指導者が、わが国との経済関係の正常化に努めることを約束されるとともに、経済開発協力機構、すなわちOECDへのわが国の全面加盟につきましても、その支持を表明されましたことは御承知の通りであります。彼我の経済使節の往来等、民間における経済交流も活発となり、業界相互の親善と理解が増進されましたことは、まことに意義深いものがあります。このような機運を背景といたしまして、わが国は秩序ある輸出体制の整備に努め、西欧諸国との通商関係の一そうの発展をはかりたいと存じております。

 開発途上の国々に目を転じて見ますれば、一般的にこれら諸国の貿易は、一次産品市況の不振と深刻な外貨の不足等によりまして、伸び悩みの状況にあります。過去八年の趨勢を見ましても、先進国間の貿易は倍増しておりますが、これら諸国と先進国間の貿易は三八%、これら諸国相互間では二五%の増加を見たにすぎない実情でございます。開発途上の国々が、その経済開発促進のために、自国の一次産品価格の安定と販路の確保を要望し、先進諸国の一そうの協力を期待しておりますことは、十分理解し得るところであります。わが国といたしましては、昨年も一次産品の買付増大に鋭意努力して参りましたが、今後とも後進国貿易の拡大に、あるいは国際商品協定による一次産品の価格安定に一そうの協力を続けて参りたいと考えております。この意味におきまして、国連が中心となって目下準備を進めております国連貿易開発会議にも、わが国は進んで参加する意向であります。

 世界経済の趨勢を見ますれば、欧州経済共同体の発展を契機としまして、先進工業国間においては、輸入自由化に引き続き、ガットを通じての関税の一括引き下げにより、貿易上の障害を軽減するため多角的な交渉を開始する準備が進められております。わが国は、昨年も世界関税会議に参加し、欧州経済共同体を初め、米国その他の国との間に関税交渉を行ない、関係品目につき相互の関税引き下げを約束いたしました。さらに、来たるべき関税の一括引き下げ交渉にも参加し、世界経済の新しい動向に即しつつ、わが国の貿易体制の整備をはかりたいと考えております。

 かかる先進工業国相互間、及び先進工業国と開発途上の国々との間における経済協力関係の発展は、関係各国の国内経済に、程度の差こそあれ、相当きびしい試練を課するものでありまして、わが国も決してその例外となり得ないことは、御承知の通りであります。しかし、今後の世界経済におきましては、もはや孤立の繁栄はあり得ず、協調による繁栄こそ、基本的にわが国の利益に合致するものであるとかたく信ずるものであります。

 貿易とともに経済外交の重要な一翼をになう経済協力につきましては、政府は引き続きその拡充に努めてきており、インド、パキスタンへの借款供与を初めといたしまして、開発途上の地域に対する投融資残高は、昨年九月末現在において約九億ドルに達し、さらに賠償の実施済み額も約三億八千万ドルに上っております。ちなみに、昭和三十六年度における開発途上の地域に対する資金供与額は三億八千二百万ドルでありまして、米、仏、英、西独に次ぎ世界第五位を占めておるわけであります。技術協力の分野におきましても、昨年九月末で、受け入れ研修生の数は延べ四千名をこえ、派遣専門家も総数六百名に近い規模となりました。さらに、昭和三十三年度から始まりました海外技術訓練センター計画も、今日までに十カ所のセンター設置協定が結ばれ、そのうち六カ所はすでにその開設を見ております。技術協力の能率的な実施を目的として設立されました海外技術協力事業団も、ようやくその活動が軌道に乗りつつあります。

 経済協力を通じて、アジア近隣諸国を初めとする多くの国々との政治経済関係を安定せしめ、その緊密化をはかることは、わが国外交の基本方針の一つであります。政府といたしましては、わが国の経済力が充実するに伴い、今後とも、わが国の経済技術協力が、相手国の経済発展に積極的に貢献し、その規模の拡大に寄与すると同時に、多種多様の相手国の要請にできる限り効果的に応じることができますよう、その内容の多角化をはかって参りたい所存であります。

 海外移住の問題につきましては、移住に対する新しい考え方の確立と、移住行政の刷新を期するため、政府は海外移住審議会の答申に基づき、移住の実務機関を刷新強化する等、適切な施策を進めることにいたしました。すなわち、来たる7月一日を期して、日本海外移住振興株式会社及び日本海外協会連合会の業務を統合し、特殊法人海外移住事業団を設置することといたしました。政府はその海外移住行政を簡素化し、移住業務をできる限り同事業団にゆだねる考えでありまして、事業団が、その責任におきまして、地方、中央、海外を一貫する能率的な移住業務を積極的に推進することを期待するものであります。

 最近の国際情勢の動きを見て、私の特に強く感じますことは、世論が各国の外交政策を左右する傾向が強まってきていることであります。政府は、かねてより、文化はもとより、政治、経済等各般にわたるわが国の実情を、平和に対するわが国民の念願とともに、広く海外に知らせるべく努力して参りました。幸いにいたしまして、近来、世界各国民のわが国に対する認識と評価は次第に深まり、わが国と相携えて平和と福祉に向かって前進しようとする機運がとみに顕著になって参りました。一方、政府は、その外交方針を策定するにあたりましては、常に国民の世論に深甚なる考慮を払い、慎重を期しておる次第であります。国民各位におかれましても、諸外国の実情はもとより、複雑なる国際情勢全般に対する関心をますます深められるとともに、世界平和に対してわが国の果たすべき役割を十分認識され、その実践に参往されますよう希求するものであります。

 わが国は今や直接世界の平和と人類の幸福に応分の寄与をなすことを全世界から期待されております。私は、国民各位がこの点に新たなる自信と抱負を持たれ、内政面の充実と相待って、全世界の信頼にこたえる外交の展開をさらに強く支援されますよう切望する次第であります。