データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第59代第2次池田(昭和35.12.8〜38.12.9)
[国会回次] 第44回(臨時会)
[演説者] 大平正芳外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1963/10/18
[参議院演説年月日] 1963/10/18
[全文]

 キューバ事件以後の国際情勢は、去る八月、米英ソ三国間に成立を見た部分的核実験停止条約に象徴されますように、緊張緩和の方向に動きつつあります。また、去る九月十七日に開会された国際連合第18回総会におきましても、米ソ両国とも国際緊張緩和への姿勢を示し、かつてない協調的空気が見られるのであります。一方、数年前より中ソ間に醸成されつつありました不信と対立は、昨年来とみにその深刻さを露呈し、鉄の団結を誇ってきた共産圏も、明らかに分極化の様相を深めつつあります。そしてこのことが、ソ連をして、その標榜するいわゆる平和共存政策を、一そう活発に展開せしめる要因になっておることも否定できません。

 かかる緊張緩和への動きが、はたして、真の平和への前進であるか、あるいはまたその前進への踏み台たり得るかどうかにつきましての評価は、いまだ定まるに至っておりません。なるほど、部分的核実験停止条約の成立は、人類を放射能の危険から救うとともに、核兵器競争の激化を防ぐために役立つものであることは申すまでもありません。しかしながらいまだこの条約に参加せず、あるいは公然とこれに反対する若干の国があります。また、この条約は、地下における核実験を禁止していないばかりか、核兵器そのものの製造、貯蔵、運搬並びにその使用を規制するものではないのであります。加うるに、地下実験についての有効な国際管理の方法についても、いまだに関係国の間に意見の一致を見ていない状況であります。このように見てまいりますと、全人類が希求する軍縮への道が、いかに遠く、かつ、いかに困難なものであるかを痛感せざるを得ないのであります。

 今日の平和をささえるものは、依然として、東西それぞれの陣営における真剣な防衛努力を背景とする緊張した力の均衡にあるといわざるを得ないのであります。このような均衡関係に、急激な、かつ、一方的な変改を加えることは、かえって平和を危うくするものであります。このことは、まさに、昨年のキューバ事件においてわれわれが体得したところであります。わが国とその周辺の安全保障体制は、このような均衡関係の一翼を形成しつつ、極東、ひいては世界の平和に貢献してまいりました。われわれは、このような世界情勢に対する認識を誤ることなく、現在の安全保障体制を堅持しつつ、冷静、かつ、周到に今後の国際情勢の動きに対処しなければなりません。

 それと同時に、真の世界平和への努力は、一刻たりともこれをゆるがせにしてはならないのであります。キューバ事件の収拾を契機として醸成された緊張緩和への空気は、あくまでもこれを保ちつつ、各国は、かかる平和達成のために、たとえ一歩でも二歩でも、その前進をはかる具体的方途をくふうしてまいらなければなりません。わが国が部分的核実験停止条約に参加いたしましたのも、まさにそのような考え方に立つものにほかなりません。われわれは、現に核兵器を保有する大国が、漸次相互の信頼をはぐくみつつ、有効な国際管理の方式を打ち出し、今日高い水準にある軍事力を、その均衡を保ちつつ、逐次低い水準へ引き下げるよう努力することを強く期待するものであります。また、それを可能にする国際世論と、国際環境の形成とに向かって世界各国はそれぞれ応分の努力をいたすべきであると思います。わが国がその地位と能力に応じて果たすべき平和のための有効な役割りは、その意味において決して少なくないのであります。政府といたしましては、今後も、国際連合をはじめとして、あらゆる機会をとらえ、国際緊張の緩和と世界平和のため、努力を続けてまいる所存であります。

 次に、わが国と世界の諸国との関係につき概観し、あわせて当面の諸問題につきまして、若干の見解を申し述べたいと存じます。

 日米関係は、防衛協力をはじめとして、全般的にますます緊密の度を加えており、閣僚レベルの定期的な会合のほか、問題に応じて密接な協議が活発に行なわれ、満足すべき状況にあります。通商、金融等の領域におきましては、ときおり若干の問題が生じますが、これは、日米両国がそれぞれ自由で開放的な経済体制をとり、かつ、その経済交流がますます緊密化するに伴って、当然生ずべき性質のものであります。これらは相互の理解と互譲の精神をもって解決することにより、日米両国の基本的な関係には何らの影響を与えるものではないと信じます。政府といたしましては、わが国の安全と繁栄を保障するため、今後とも米国との提携関係の強化拡充に一そう努力をいたす考えであります。

 なお、米国原子力潜水艦の日本寄港問題でありますが、米国がわが国に寄港させようとしているのは、ポラリス潜水艦ではなく、単に原子力を推進力として利用しているにすぎない潜水艦でございます。したがって、すでに政府が国会の内外におきまして、屡次にわたって明らかにしてまいったとおり、これは、それ自体核兵器の日本への持ち込みでもなければ、また、将来における核兵器の持ち込みに連なるものでもありません。このような潜水艦が日本に寄港することは、わが国の安全を保障し、極東の平和に寄与するための、日米間の防衛協力のたてまえから申しましても、また、科学の発展進歩によってもたらされた兵器の進歩の方向から申しましても、いわば当然のことであります。また、この原子力潜水艦は、その実用化以来過去七年有余にわたる運航実績が示しますように、その安全性はきわめて高いものであります。しかし、国民の中には、その安全性についてなお若干の不安を抱いている向きがありますので、政府は、米国側と密接な連絡をとりつつ、慎重にその安全性の解明につとめているのであります。政府としては、その結論を得た上で、この問題の最終処理をいたすつもりであります。

 カナダについては、先般オタワにおいて第二回日加閣僚委員会を開催し、両国間で共通の利害を有する諸問題について、腹蔵のない意見の交換を行ないました。このことは、日加間の関係を一そう緊密化するのに役立つものと確信いたします。

 わが国と西欧諸国との関係が、近来、一段と緊密の度を深めてまいりましたことは、御承知のとおりであります。私は、去る八月末より九月にかけ、ノルウエー、スウェーデン、デンマークの各国を訪問し、引き続き、英仏両国において、日英、日仏協議の第一回会談を行ないました。北欧三国におきましては、それぞれの首脳者と国際情勢一般、あるいは国際経済問題等について会談するとともに、三国の実情を視察してまいりました。英仏両国におきましては、両国首脳者と、東西関係、アジア情勢、欧州情勢等の国際情勢一般並びに国際経済問題につきまして、相互に率直な意見を交換いたしました。これらは、今後わが国の外交を推進し、欧州各国との経済交流を促進する上において益するところが多かったと考えております。

 日ソ関係でありますが、両国間の貿易は逐次健全な伸びを見せております。また、政府は、かねてわが北方領土周辺において操業中、ソ連官憲に拿捕抑留された漁民の釈放並びに漁船の返還につき努力を続けてまいりましたが、このほど抑留漁夫については合計百四十一名の釈放が実現いたしました。また、本年六月十日貝殻島周辺におけるコンブの採取に関する民間協定も締結を見るに至っております。

 わが国とアジア諸国との友好関係がますます深められ、アジア諸国のわが国に対する信頼と期待がますます高まってきました。アジアに位するわが国が、アジアの安定と繁栄に寄与することにこそ、世界平和達成のために果たすべきわが国独自の責務があると信ずるものであります。わが国はみずからが品位のある豊かな民主主義体制を確立して、アジアの道標となるとともに、アジア諸国の最も親近な友人として、その喜びとともに、その苦難をも分かち合わなければならないのであります。私は、わが国のこのような重要な責務を遂行するためにも、若干のアジアの国々との間に、いまなお残されている懸案は、一日も早く誠意をもってこれを解決することが肝要であると考えております。

 日韓両国の国交正常化のための交渉は、昨年中に請求権問題の解決につき大筋の合意が見られ、現在交渉の局面は漁業問題に移っております。漁業問題は、両国民の関心と利害に直結し、かつ、交渉の全局を左右する問題でもありますので、国際慣行にのっとった公正かつ適切な解決をもたらすべく、鋭意努力を傾注いたしております。この努力が実るならば、自然他の諸問題につきましても、順次合意の成立を期待し得るものと信じております。

 次に、シンガポールにおける対日補償要求の問題について申し上げます。この種の賠償問題はサンフランシスコ平和条約により、法律的にはすでに解決済みではありますが、政府としては、シンガポールとわが国の友好的な関係の維持発展を考慮しつつ、今日まで交渉を続けてまいりました。先般マレーシアが成立しましたので、同国政府との間において、この問題の可及的すみやかな解決をはかるべく、せっかく準備を進めております。

 世界の平和は、世界経済の繁栄を離れては考えられないところであります。さらには、現代文明の恵沢に浴し得る機会を与えられることが、洋の東西を問わず、各国国民の基本的な願望となっております。幸い、わが国の場合、内外にわたる国民のたゆまざる努力と、諸外国との緊密な協調とによりまして、戦後の経済は著しい発展を遂げることができました。かくて、わが国は、アジアにおける唯一の先進工業国として、世界経済の発展にますます大きな役割りと責任を持つに至ったのであります。

 本年春、日英通商航海条約が発効し、フランス及びベネルックス三国との通商関係正常化についても合意が見られましたことは、すでに御承知のとおりであります。さらにそれに引き続き、オーストラリア、ローデシア・ニアサランド連邦の諸国も、わが国に対するガット35条の援用を撤回するに至り、世界主要国のわが国に対する通商面の差別除去という長年の懸案も、ここに一段落を迎えるに至りました。わが国としては、今後とも国際協調を通じて、世界経済の一そうの繁栄に寄与しなければなりません。このために政府は、OECDへの加盟、関税一括引き下げ交渉への積極的参加を通じて世界貿易の拡大に貢献し、もって貿易立国の実をあげてまいる所存であります。

 他方、国際収支の悪化によりその発展が停滞している後進地域の諸国は、昨年来、後進国産品の貿易拡大について、先進諸国の一そうの協力を求めております。かかる要請にこたえるため、明年三月国連の場において、後進国の貿易開発会議が開催される運びとなりました。わが国といたしましては、これら諸国のかかえる経済上の困難に対する深い理解と同情をもって、後進国貿易発展のためにできる限りの協力を進めたいと考えております。さらに、先進諸国は、開発途上にある諸国との貿易拡大に努力するとともに、これらの国の産業、経済、教育、科学、衛生等の向上に寄与するため、資金と技術の両面にわたる開発援助の努力を積み重ねていくことが必要であります。政府は、インド、パキスタンに対しさらに新たな借款の供与を約束し、また、インドネシアに対しましては、その経済的な緊急事態を救うために、最近商品援助を与えることにいたしました。また、技術協力の分野におきましては、海外技術協力事業団の業務の充実に伴い、着実な進展を見ております。かくて、昭和三十七年における開発途上にある諸国に対するわが国の開発援助総額は、二億八千二百万ドルにのぼり、今後一そうこの分野における努力を強化する所存であります。

 わが国が諸外国との経済関係を緊密化することは、ひとり政府のみのよくなし得るところではありません。政府は、諸外国の実業界との相互理解を増進するため、わが国実業界の代表者をもって構成する経済、貿易使節団をすでに南米のアンデス地域及び東欧地域に派遣しました。近く北米、欧州並びに北アフリカ地域に対しても、経済使節団を派遣すべく準備を進めております。

 わが国の貿易は、現に自由圏との貿易を根幹として展開されており、それがわが国経済発展の原動力をなしていることは明らかなところであります。今後におきましても、わが国としては、これら自由諸国との貿易を拡充することに貿易政策の重点を指向してまいることは、当然のことと考えております。一方、政府は、商業ベースでの共産圏との貿易は、これを推進するという政策をとってまいりました。最近カナダ及びアメリカ小麦の共産圏に対する売却決定がありましたが、これは純然たる商業ベースによるものでありまして、これがためにわが国が従来とってまいりました政策を変更する必要は認めていないのでございます。

 海外移住につきましては、一昨年十二月アルゼンチンとの間に締結された移住協定が最近発効の運びとなり、また、昭和三十五年に締結されたブラジルとの移植民協定も、近く発効する見込みであります。これにより両国への移住は一そう組織化され、移住者の地位の安定と、今後の移住の促進に、役立つことが期待されるのであります。また、政府は、去る七月新たに海外移住事業団を設立し、その自主的な運営により、移住実務を、中央、地方、海外を通じてより効率的に処理せしめることといたしております。

 世界の平和を維持し、さらにその調和ある発展をはかるためには、国家間あるいは民族間の不信感を取り除き、すべての国家、すべての国民が、互いによく理解し合うことが最も重要と考えます。かねてより政府は、海外に対して、平和日本の実情を知らせるための努力を精力的に行なってまいり、外国人のわが国に対する認識と関心は、近年とみに深まりつつあります。政府は、今後ともかおり高き日本文化をますます広く海外に普及するとともに、わが国の現状を周知せしめ、もってわが国に対する諸外国の愛着と信頼を高めてまいりたい考えであります。

 他方、政府は、外交方針を策定するにあたり、常に世論の動向に深甚な注意を払い、広く国民各位の支持を得べく、鋭意努力しております。私は、国民各位が、国際情勢の底流とその動向を冷静に認識され、わが国の安全と国民のしあわせを保証しつつ、世界の平和を念願する政府の外交方針に、十分の理解と協力を示されるよう強く期待するものであります。