データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第60代第3次池田(昭和38.12.9〜39.11.9)
[国会回次] 第46回(常会)
[演説者] 大平正芳外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1964/1/21
[参議院演説年月日] 1964/1/21
[全文]

 昨年は、部分的核実験禁止条約をはじめとして、東西間における政治的交渉ないし接触が、ひんぱんかつ穏健となり、東西貿易もまた拡大の方向をたどり、いわゆる緊張の緩和が、世界の人心に一条の安堵と希望を与え始めた年でありました。この間にありまして、主導的な役割りを演じたケネディ米国大統領の不慮の死は、全世界に大きい悲しみと衝撃を与えたのでありますが、そのあとを継いだジョンソン大統領は、直ちにケネディ政策踏襲の決意と方針を明らかにする一方、フルシチョフ首相をはじめ世界の多くの指導者も、これを歓迎する態度に出ることによりまして、東西間の緊張緩和への主流的な動きは、一応そこなわれることなく、新たな年を迎えたのであります。

 部分的核実験禁止条約の締結は、冷戦の緩和に向かっての第一歩を意味するものではありましたが、ドイツベルリン問題、北大西洋、ワルソー両条約機構の不可侵問題、奇襲防止を含む軍縮問題等、東西間にはあまたの問題が横たわっておるのでありまして、これらの問題は、いまなお交渉進展の目途が立つに至っておりません。また、われわれは、部分的核停条約と、これに象徴される緊張の緩和に対する評価は、まだ帰一せず、また東西間の交渉ないし接触にも消極的な見解が存在することを忘れてはならないと存じます。しかし、われわれは、道はいかにはるけくとも、平和への希望は一瞬もこれを捨てることなく、緊張の緩和とこれを裏づけるための着実な努力を忍耐強く続けていくべきであると考えます。

 われわれ自由陣営に属する国々が、自由を守るという共通の目的をもって、あらゆる分野における協力を進めているのは、決して異なる体制のもとにある諸国との対立激化を目的とするものではなく、ましてやそれらの諸国に対する挑発を意味するものでもありません。あくまでも自由の体制を擁護しみずからの安全を保ちつつ、世界の平和と繁栄に寄与しようとするのがわれわれの念願にほかならないのであります。わが国の外交ないし防衛政策の基調は、申すまでもなく、まさにそこに存するのであります。幸いにいたしまして、この自由陣営側の決意と団結を前にして、共産陣営の内部においても、核戦争の人類に及ぼすべき破滅的な災害を回避せんとする、イデオロギーを越えた共通の願望が強まったところに、今日のいわゆる緊張緩和の素地が生まれたものと思います。したがいまして、この緊張緩和の状態をもって直ちにわが国の外交ないし防衛政策の基調を変えてよいということにならないばかりか、むしろ一そうかたい決意をもって、自由陣営の一員としての立場に立ち、世界の平和と繁栄に対するみずからの責任を果たしてまいらなければならないと考えます。

 昨年の国際連合第十八回総会は、かような世界の空気を反映して、新しい協調的雰囲気のうちに推移し、核兵器等大量破壊兵器の軌道打ち上げ禁止決議、宇宙空間平和利用に関する原則宣言の採択等、数多くの成果をおさめたのであります。また、各加盟国はいたずらに宣伝を事としたり、非難の応酬を繰り返すがごときことなく、植民地独立、人種差別撤廃あるいは機構改革等の問題についても、比較的穏健かつ建設的な態度を見せ、全体として和解と協調の精神のうちに、地道ながらも国際協力の実をあげることができたのであります。このことは、各加盟国が国際連合の機能を強めようという自覚のもとに、忍耐強い努力を払われた結果にほかならないと思います。わが国連代表団もまた、その建設的な役割りを通じて、国連の機能の伸長に相当の寄与をなし得たものと信じております。いまや百十三の加盟国を擁し、世界の平和維持機構としてますます重要性を加えつつある国際連合の将来の発展のため、わが国といたしては、一そう努力を続けてまいりたいと考えます。

 わが国の自由諸国との協力関係は、昨年来順調な進展を遂げております。米国との関係はますます緊密の度を加えつつあります。昨年、ケネディ大統領の突然の死により中止のやむなきに至りました両国閣僚による第三回貿易経済合同委員会も、近く東京において開催される運びとなりました。また、昨年末、日米両国政府協議の結果、在日米軍の一部について、その配置調整が行なわれることとなりました。これは、米軍の世界的配置調整の一環として、わが国の自衛能力の向上と米国の軍事力の近代化に即応してとられた措置でありまして、日米安全保障条約により米国が負いまする防衛義務と、両国が共同してわが国の安全を確保する防衛能力に何らの変改を加えるものではありません。

 西欧諸国との間におきましては、昨年英仏独の三国と外務大臣レベルでの定期的な協議を開始し、本年はその第二回目の定期協議を行なう予定であり、相互に関心のある諸問題につき率直な意見の交換を行ない、一そうの信頼と理解を深めてまいりたいと考えております。また、本年は、さきにデンマークのヘッケルブ外相の来訪を受け、さらに現在ベルギー国王御夫妻を国賓として迎え、近くスウェーデンのニールソン外相の来日が予定される等、わが国とこれら諸国との協力関係は一段と緊密の度を加えております。

 戦後アジアにおきましては、東西の対立関係を背景として、新興諸国が当然に直面せざるを得ない国内的諸問題に加えて、一部のアジア諸国間においては、民族的宗教的対立関係も存在し、アジアが全体として安定した調和ある発展を遂げるためには、なお相当の年月と幾多の困難が予想されるのであります。

 わが国とアジア諸国との歴史的地理的なつながり、さらに今後ますます緊密化を予想されるこれら諸国との政治的経済的関係に思いをいたすとき、アジアの安定と繁栄が、直ちにわが国自体の安全と繁栄に連なることは申すまでもありません。のみならず、アジアにおける不安と対立は、常に世界全体の平和に対する脅威となる危険をも包蔵しておるわけであります。この意味におきまして、わが国がアジアの情勢にいかに対処するかは、日本外交の最大の課題であると申すべきでございます。

 思うに、わが国は、かつて約百年前鎖国から開国へと大きな国内変革を経て、自助の精神をもって、営々として政治、法制、経済等の近代化につとめ、見るべき事績を達成してまいりました。戦後のアジア諸国は、まさにわが国が明治時代にそうであったように、急速に経済開発を推進し、政治的安定を達成しようと懸命の努力を続けております。したがって、わが国は、これら近隣諸国の願望や、その直面する困難を正しく理解し、友情に基づいた率直な助言と適切な援助を与え得る立場にあると信ずるものであります。

 このようなわが国のアジア諸国に対する特有の立場と独自の役割りを考えますとき、わが国とアジア諸国との協力関係は、単に経済的技術的な見地にとどまることなく、アジア全体の調和ある発展を志向し、政治、経済、文化のあらゆる分野にまたがり、しかも永続的な基盤の上に発展せしめていかなければならないと思います。

 しかしながら、われわれが、そのような至難な国際的協力を提供せんとするならば、その前提として、わが国自体がどのような姿勢をとり、どのような条件が具備されねばならないかを真剣に検討しなければならないと考えます。戦後わが国が目ざましい経済の進歩を遂げたことは、何人も認めるところでございます。しかしながら、もしもわが国民が、ただ単に経済進歩の高さを誇り、経済的繁栄の中に安住することをもって事足れりとするならば、それはアジア諸国民の信頼と共感をかちとるゆえんではありません。わが国は戦後自由と民主主義の体制確立に努力してまいりました。今後もこの体制をますます品位あらしめ、かつ、豊かならしめるよう努力してこそ初めてアジア諸国の信頼を高め得るのであります。また、他のアジア諸国民の苦難をみずからの苦難と感ずるとともに、みずからの繁栄をアジアの諸国民と分かち合う決意で進まなければならないものと思います。

 日韓交渉につきましては、その根幹をなす請求権問題の解決方式につき、一昨年末に大筋の合意が成立し、以来交渉の局面は漁業問題に移っております。漁業問題は、日韓両国民にとりまして最も関心の深い問題であり、目下これを国際慣行にのっとった、公正かつ合理的内容をもって解決すべく鋭意努力を重ねております。韓国におきましては、昨年十二月民政移管が実現し、その内政に新しい方向づけが行なわれたことにより、日韓会談の促進にとりましても好ましい環境が整えられたわけであります。政府といたしましては、諸懸案を国民の十分納得し得る形で一括解決し、すみやかに両国の国交正常化をもたらすべく、目下せっかく努力を傾けております。

 日韓親善関係の維持は、アジアの平和と繁栄にとってゆるがせにできないところであります。最近、両国の間に友好関係を阻害する空気が発生いたしましたことは、遺憾であります。政府は今後誠意をもって、意思の疎通を通じて相互の理解を深め、両国の国交改善のため努力する所存であります。

 中革民国政府との間に正規の外交関係を維持しつつ、中国大陸との間には政経分離の原則のもとに、貿易をはじめとする民間ベースの接触を保っていくことがわが国既定の方針であります。最近、中共政権との間に新たな外交的関係を設定せんとする国際的動きが見られますが、わが国といたしましては、アジア、ひいては世界の平和維持の観点から、事態の推移と国際世論の動向を見きわめつつ慎重に対処する考えであります。

 沖縄につきましては、近く協議委員会及び技術委員会が設置されることとなっておりますので、沖縄同胞の安寧と福祉の増進のための日米協力関係は、一そう促進されることになるものと信じます。

 この一年間、世界経済は紆余曲折はありましたが、全般的に繁栄の道をたどり、本年もほぼ順調な発展が予想されております。

 わが国の貿易額は昨年約百二十二億ドルに達するものと見込まれ、一昨年に比し十八%の増加を示しました。特にEEC諸国に対する輸出は約二五%の大幅な増加が見込まれ、また、わが国にとり最大の輸出市場である米国に対する輸出も、引き続き着実な増加を示しております。このことは、わが国経済と世界経済との相互依存性がますます増大し、わが国経済の発展が世界全体の協調繁栄の中にその道を見出さなければならないことを物語るものであります。

 昨夏交渉を妥結し、本国会にその承認を求めております経済協力開発機構への正式加盟は、わが国が国際的協力に積極的に貢献する第一歩としてきわめて重要な意義を持つものであります。すでに参加中のガットにおける関税一括引き下げ交渉に対しましても、貿易立国日本の立場におきまして、その成功のためできる限りの貢献をいたしたいと考えております。

 昨年は日英通商航海条約の締結をはじめとして、主要諸国との間のガット第三十五条援用撤回の交渉がはかどり、ほぼその目的を達成することができました。残された差別的対日輸入制限の撤廃につきましては、今後とも一そうの努力を払う所存でありますが、来るべきIMF八条国への移行と、それと並行するわが国の貿易・為替の自由化、すなわち開放経済体制の推進は、わが国の国際信用の向上と相まちまして、今後の交渉におけるわが国の立場を一そう強化するものと確信いたしております。

 わが国の対共産圏貿易は、年を追って順調な伸びを見せております。また、世界的に東西貿易拡大の空気が醸成されつつあることも事実であります。政府は、今後も商業ベースによる対共産圏貿易は、従来どおりこれを進めてまいる所存であります。しかしながら、他方、共産諸国側の外貨事情、輸出能力等がその貿易拡大の制約となっている事情もあり、これに過大の期待をかけることはできないものと考えております。

 最近、低開発国の経済発展の問題は、いわゆる南北問題として、単に経済問題にとどまらず、調和ある世界平和の維持にとりましてもきわめて重要な意義を持つに至りました。この問題解決のため、すでに国際連合、ガット、OECDなどの場におきまして種種の試みがなされております。今春開かれる国連貿易開発会議は、この意味におきましてきわめて重要な政治的、経済的意義を持つものでありまして、わが国も、世界的要請にこたえ、わが国の経済構造との関連を調整しつつ、応分の貢献をしなければならないものと考えております。

 今後、アジア並びに中近東、アフリカ諸国の経済開発に対する協力を推進するにあたりましては、供与する資金と技術を最も有効に使用するよう心がけねばならぬことは申すまでもありません。他方、発展途上にある諸国、特にアジア諸国が経済開発計画を効果的に推進していくためには、内外からの資金の調達とともに、その受け入れ体制が整備されることが不可欠であることはこれまた申すまでもありません。すなわち、国民全般の教育水準の向上、なかんずく行政能力の充実、労働力の質の改善、さらには社会的組織力の強化が必要となってまいります。資金供与とともに、わが国が有効に果たし得る役割りは、この分野での協力を拡充強化することであると思います。けだし、このような協力は、さきに述べたような、わが国のアジア諸国に対する特殊な関係から、独自の意義を有するものと考えております。

 わが国の技術協力は、昭和二十九年コロンボ計画に加盟して以来、着実にその規模を拡大し、現在までにアジア諸国に対し派遣した専門家は約五百名、また、これらの諸国から受け入れました研修生は四千名をこえんとしております。アジア諸国からの要請にこたえるためには、この規模はさらに拡大していくことが必要であります。このため来年度におきましては、コロンボ計画による研修生の増員のほか、青年奉仕隊派遣のための調査、及び器材供与による技術協力方式の導入等、新たな措置を計画中であります。これらは技術協力の拡充、特にその質的強化への重要な布石になるものと考えております。

 中南米諸国との伝統的親善関係は、政治、経済、文化の面にわたりますます緊密の度を加えております。その重要な背景として、長年月にわたる日本人移住の歴史があることは御承知のとおりであります。海外移住は、一面において国民、特に青少年に対し進取の気象と海外発展の夢を与えるとともに、移住先の国々に対し、有能な人材を送り出すことにより、その経済開発に寄与し得るものであります。政府は、このような見地から、昨年発足いたしました海外移住事業団を通じ、国の内外に一貫した施策を講ずることにより、移住の促進に努力する考えであります。

 今秋はいよいよオリンピック東京大会が開催されます。オリンピックの目的は、オリンピック憲章にもうたわれておりますとおり、世界の若人を友好的な競技会に参集させることによって諸国民間の愛と平和の維持に貢献することにあります。私は、すべての民族が互いに理解と認識を深め、さらに高いヒューマニティーの立場から互いに尊敬し合うことこそ、世界の平和とその調和ある進歩とをはかるゆえんであると考えます。この意味におきまして、オリンピック大会が東京で開かれることは、まことに慶賀すべきことであり、その成果に大きな期待を宿せるものであります。

 東京大会には全世界から多数の訪問客の参集が期待されます。この機会こそ、わが国のありのままの姿や、すぐれた伝統に根ざす日本文化を広く世界の人々に紹介することのできる絶好の機会であると考えます。遠来の客がわが国における滞在を楽しく過ごし、わが国に対する認識を深めることができますよう、国民諸君がこぞって協力されることを願ってやみません。

 近年における交通、通信網の飛躍的発展は、この地球をますます狭いものとするとともに、諸民族の運命をいよいよ一体化するに至りました。われわれは国際社会の中で、もはや、われひとりよしとして、孤高のからに閉じこもることはできなくなりました。外交もすでに全国民の日常生活の一部となってまいりました。私は、国民各位が、政府の外交方針に深い理解と強い支援を賜わりますよう切望してやみません。