[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第47回(臨時会)
[演説者] 椎名悦三郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1964/11/21
[参議院演説年月日] 1964/11/21
[全文]
最近の国際情勢を概観しつつ、わが国が当面している主要な外交問題につきまして、政府の考えを御説明申し上げたいと存じます。
最近起こりました国際的に重要な一連の事件の中でも、ソ連における政変と、中共の核爆発とは、わが国として、特に関心を払わざるを得ません。まずフルシチョフ前首相退陣の真相につきましては、いまだ納得のいく説明がなされておりませんが、ソ連政府は、直ちに従来の平和共存外交を踏襲する旨を明らかにし、わが国に対しましても、その対日外交方針には変更のないことを通告してまいりました。
米国におきましては、ジョンソン大統領が再選され、従来の外交方針は引き続き推進されるものと考えます。したがって、国際緊張の激化を避けようとする努力は、今後も東西関係の基調として継続して行くものと見られます。
このように、国際情勢なかんずく東西関係について、特に重要な変化は認められず、また近い将来において、基本的な変化が起こることも予想されません。しかしながら、国際情勢の推移については、今後も注意深くこれを見守り、機動的に情勢の変化に対処していかなければなりません。著しい国力の充実を見たわが国としては、その主体性をあくまでも維持しつつ、国際政局の上で、わが国の国際的地位にふさわしい責務と役割りを果たさなければなりません。同時にまた、今後自由陣営の間における国家関係が、ますます複雑化し多様化するに従いまして、自由諸国の団結維持の重要性は、増すことがあっても決して減ることはないと信じます。わが国の国益増進は、常に自由諸国間の団結と調和の中に求めていかなければなりません。
世界の大多数の国が、国際緊張緩和への希望と期待を強めているときに、特に放射能の危険を身近に受けるわが国民にとって、中共が核爆発を行なったことはまことに遺憾と申すほかありません。みずから核兵器の廃棄を主張しつつ、核爆発を行なうという中共の態度は、平和を希求する世界の人々にとり、まことに理解しがたいところであります。私は、中共が今後このような無謀なことを繰り返さず、いかなる政府にも開放されているところの部分的核実験禁止条約にまず参加することを、強く要望するものであります。
流動する国際情勢のもとにおいても、わが国民がその安全について、何らの不安を抱かないでいられるのは、日米安全保障条約が厳存するからにほかなりません。日米安全保障条約本来の目的が、戦争に備えることではなく、戦争を未然に防止することに存ずることは、いまさら申すまでもないところであります。日米間の信頼と理解に基づく密接な協力によって、過去十数年にわたりこの安全保障条約本来の目的が達成されてきたことは、国民大多数の御理解を得ているところであると確信する次第であります。
私はこの意味におきましても、過日佐世保における第一回の米国原子力潜水艦の寄港に際し、大多数の国民が、冷静に良識をもってこれを迎えられたことを、心から喜ぶものであります。原子力潜水艦が危険なものでないことが、すでに世界の常識となっていることは、政府が繰り返して明らかにしたところであります。私は、今回の寄港に際して行なった綿密な放射能検査の結果によりましても、このことが立証されるであろうことを疑いません。
来るべき第十九回国際連合総会においては、特に、国際連合の平和維持機能強化の問題及び南北問題が、最も重要な討議の対象となるものと予想されます。
国際連合の平和維持機能の強化につき、本年七月ソ連がいわゆる国際連合軍の常設を提案いたしました。しかしながら、かかる制度の前提となるべき大国間の協調が達成されない限り、ソ連の提案に沿って、直ちに国際連合軍が常設されることはきわめて困難ではないかと考える次第であります。安全保障理事会が拒否権の行使のため、平和維持活動を十分行ない得ないという事態におきまして、総会がこれにかわる機能を行ない、幾多の業績をあげていることは御承知のとおりであります。政府は、このような平和維持の方式を維持しさらに強化するよう、できるだけ協力を惜しまない考えであります。なお共産圏諸国等が支払いを拒んでいる、スエズ、コンゴー等における国際連合の平和維持活動に伴いまする経費の分担問題の帰趨いかんは、今後の国際連合のあり方にも影響を及ぼす重要な問題であります。政府は、国際連合の平和維持活動の経費は、全加盟国の共同責任であるとのたてまえを堅持しつつ、関係諸国と協力しこの問題の解決に努力する考えであります。
東西間の緊急緩和に伴いまして、南北問題の重要性が、最近とみに世界の注目を集めつつあります。ここ十年来、開発途上にある諸国の輸出は不振をきわめ、これら諸国の対外債務は累増の一途をたどっております。かくて南北間の富の格差の拡大は、国際経済の上においてのみならず、政治外交上においても重要な国際問題に発展したのであります。
本年三月から六月までジュネーヴで開催された国連主催の貿易開発会議も、この問題の解決のための国際協力の進め方を見出すことを目的としたものであります。今次総会の承認を得て、貿易開発問題のための新しい機構が国連のワク内で発足することとなっております。このような新局面の展開を前にして、アジアにおける唯一の先進工業国たるわが国は、積極的に南北問題に取り組み、貿易及び開発の面で、建設的な施策を積み重ねていく気がまえを持たねばなりません。このような観点からわが国も、貿易開発会議で国民所得の一%を目標として援助を拡大強化することを、積極的に支持したのであります。
国連総会におる中国代表権問題については、その及ぼす重要な国際的影響にかんがみまして、中共に代表権を認める当然の結果として、国民政府は国際連合から追放されるべきであるという考え方は、決して問題の妥当な解決をもたらすゆえんではないのでありまして、わが国は従来よりこのような決議に反対をしてまいりました。政府としては現在においても、この従来の態度を維持すべきものと考えておる次第であります。
アジアの政治情勢はきわめて流動的であり、しかも、このような政治的不安定は、多分に経済の低迷と渋滞に起因することは見のがせない事実であります。このことは、直ちにわが国の安全と繁栄につながる問題であります。このような立場にあるわが国としては、アジア諸国との民族的、歴史的、文化的親近感と連帯感にのっとりながら、資金と技術協力を通じて、アジア諸国の人づくりと国づくりに、積極的に貢献していくことが必要であります。しかるに、従来のわが国の経済協力の実態については、なお改善すべき幾多の問題を存しておるのであります。政府はアジアの平和と繁栄という大局的見地に立って、これらの問題に対し十分な検討を加え、わが国の経済協力の内容を、量質ともに充実してまいりたいと考えております。
政府は、日韓国交正常化のための交渉について、相互理解と互譲の精神に基づきまして、公正妥当な内容をもってその早期妥結をはかる方針であります。日本側としては、討議再開の条件につき韓国側との協議がととのい次第、できれば年内にでも、漁業問題を中心として、諸懸案の討議を再開する考えであります。なお、諸懸案の折衝と離れて、私がみずから韓国を訪問することが、いささかなりとも両国間の相互理解と友好関係の増進に貢献できるのであれば、なるべく早く適当な機会を選んで、これを実現したいと考えております。
韓国側の主張する李ライン水域におきまして、韓国警備艇による日本漁船の拿捕追跡が依然としてあとを絶たないことは、まことに遺憾であります。日韓両国が、会談再開のために努力を払っているこの際、韓国側が、船員、船体の即時釈放はもちろん、公海上における日本漁船の操業に不当な圧迫を加えないよう、良識ある態度をとることを切に期待するものであります。
戦後最大の関税交渉といわれるガット関税一括引き下げ交渉は、去る十一月十六日関係各国より例外品目リストが提出され、いよいよ開始の運びとなりました。わが国は自由陣営における主要貿易及び工業国として、この交渉に応分の貢献を行なうとともに、これに見合う十分の利益を獲得し、もってわが国輸出の振興に資するとの基本的態度をもって交渉に臨んでおります。同時に交渉にあたっては、わが国経済が包蔵する鉱工業部門及び農林水産部門の諸問題についても十分配慮いたし、他方いまなお残存している対日差別待遇の撤廃を強く要求する方針であります。
本年四月二十八日わが国がOECDに正式加盟して以来、その広範な諸活動を通じ、わが国の実情に対する理解を深めるとともに、先進諸国の当面する重要諸問題を明確に把握することを得ました。政府は今後OECDという多角的な場を通じて、国際金融、経済、通商、産業等諸政策について、先進工業国との調整と協調をはかり、もってわが国経済の伸長をはかっていく考えであります。
去る十月開催されましたオリンピック東京大会は、新しいわが国の姿を世界の人々に示す上に、きわめて大きな役割りを果たしました。大会を機会に来日したすべての人々は、秩序立った大会の運営ぶり、礼儀正しく親切なわが国民の美風に接し、全世界の新聞は、これをたたえる見出しで埋まった観があったのであります。これはひとえに国民各位の御協力によるものでありまして、外務大臣としても深く感謝いたす次第であります。
諸外国において、わが国についての認識が高まるに伴い、アジアの安定、ひいては世界の平和に貢献するためのわが国の役割りに対する期待はますます強まっておるのであります。私は国民各位が政府と一体となって、このような期待に沿うよう努力されることを心から念願する次第であります。