データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第48回(常会)
[演説者] 椎名悦三郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1965/1/25
[参議院演説年月日] 1965/1/25
[全文]

 現下の国際情勢と、これに対処すべきわが国の外交のあり方について、所信を申し述べたいと存じます。

 今日の世界においては、依然東西間の対立という基本的情勢は変わっておりませんが、この間にあって東西いずれの側においても、各国がそれぞれ自主的主張を強め、いわゆる分極化、多元化の傾向が生じてきております。また、開発途上の諸国と先進工業諸国との間のいわゆる南北問題も深刻化し、今日の世界における一つの不安定要素をなしております。

 一九六五年を迎えた世界の情勢は、このように多元化した東西関係と深刻化した南北関係が相互にからみ合って、きわめて複雑かつ流動的であります。このような国際情勢のもとにおいて、あくまで自由と正義に基づく世界平和を求めつつ、同時に民族的利益の増進をはからなければならないわが国外交の任務は、ますます重大となってまいったのであります。

 世界の平和は、一つであり、分割することはできません。同じく世界の繁栄も一つであって、分割することができません。しかも、今日の世界平和は、米ソ二大国のみの動向に左右されるものではなくなったのであります。また、貧困に悩む諸国が存在する限り、世界の安定は実現できません。世界の平和と繁栄を実現するためには、各国がそれぞれの国力と国際的地位にふさわしい貢献をしなければならないのであります。

 わが国は、世界の平和の中に日本の平和を見出し、世界の繁栄の中に日本の繁栄を見出さなければなりません。今や戦後二十年、わが国は増大した国力を背景として、国際社会において正しい権利、利益はこれを堂々と主張し、確保しなければなりませんが、同時にまた、世界全体の平和と繁栄のために、向上した国際的地位にふさわしい責任を果たさねばなりません。私は、このような認識のもとに、世界平和の維持、確保を最高目標としつつ、積極的に自主外交を推進してまいりたいと存じます。そのためには、われわれは、複雑かつ流動的な国際情勢の現実を冷静に認識しつつ、自由陣営の一員としての、また、アジアの一国としての立場に立って、真の世界平和を確立するための方途を真剣にさがし求めていかなければならないと存ずるのであります。

 このたび、佐藤総理が訪米し、ジョンソン大統領と会談を行ないましたのも、わが国の安全と繁栄にとって重要な、米国との関係をますます緊密化するためでありました。その際大統領は、わが国の安全を確保することがアジアの安定と平和に不可欠であるとの確信に基づきまして、外部からのいかなる武力攻撃に対しても日本を防衛するとの米国の決意を再確認されました。わが国にとってこれは当然のことながらまことに心強い限りであります。この会談において、沖縄問題、経済問題等、日米間の重要な問題についても討議されたことはもちろんでありますが、より重要なことは、国際情勢一般について忌憚ない意見の交換を行ない、相互の理解を一そう深め得たことであります。さらに、日米両国首脳は、日米両国が信条と目的を共通にする盟邦として、単に両国の関係にとどまらず、世界全体の平和と繁栄のために今後一そう緊密な協力を行なうべきことを確認いたしました。これは、日米間に新しい重要な局面を開いたものでありまして、このような日米間の協力関係が従来よりも一そう高い次元において、ますます強化されつつあることはまことに意義深いことであると存じます。

 また、流動する現下の国際情勢のもとにおいて、西欧諸国の動向はきわめて重要でありますので、わが国が自由世界の有力な一員として外交政策を推進するにあたっては、西欧諸国との間にも十分な意思疎通をはかる必要があると考えます。私は、このような観点から、西欧諸国との友好関係を一そう緊密化すべく努力する考えであります。私は、日米首脳会談に列席した後、第三回日英定期協議のため英国におもむき、ウィルソン首相はじめ英政府の指導者と有益な意見の交換を行ないました。今後おりを見てフランス、ドイツ等との定期協議も実施する予定であります。

 最近、アジアにおいて国際的緊張と対立がとみに高まるような現象が見られることはまことに遺憾であります。同じアジアに位置するわが国として、重大な関心を抱かざるを得ません。わが国がかかる緊張を緩和し、平和への脅威を除くために努力することは、単にわが国の安全と繁栄のためばかりでなく、世界の平和に貢献するゆえんでもあります。このためわが国は、アジア諸国民の願望に深い理解と同情を寄せ、その直面する困難の克服に率先協力して、これら諸国の安定と進歩に寄与するよう一段の努力をなすべきものと考えます。かかる使命の遂行にあたっては、アジアにおけるわが国独自の立場を十分に生かして、これら諸国との間に経済協力はもちろん、あらゆる分野にわたって、相互理解を基礎とする永続的な親交関係をつくり上げるようつとめるべきであると信じます。

 アジアにおける恒久的平和を確立するためには、中国問題の解決がきわめて重要であります。特にわが国としては、中国とは歴史的、地理的にきわめて密接かつ特殊な関係にありますので、とりわけ真剣かつ慎重な態度をもってこの問題を取り扱う必要があります。わが国が正式な外交関係を有している中華民国政府と友好関係を維持していくことは申すまでもありません。同時に中国大陸とは従来どおり民間における貿易及び文化面での交流を進めていく考えであります。そして世界情勢の推移を見きわめつつ、アジアに平和と安定をもたらし、ひいては世界平和の樹立に貢献する方向に沿って、中国問題に対処してまいる所存であります。

 日韓国交正常化のための交渉について、政府は、相互理解と互譲の精神に基づき、その早期妥結をはかる方針をとってきております。昨年十二月に再開された第七次全面会談においては、漁業問題を中心として、基本関係及び在日韓国人の法的地位の問題について鋭意討議が進められております。交渉妥結の気運は盛り上がっており、双方が日韓関係の正常化が両国のためのみならず、アジアの繁栄と平和のために有する意義を意識しつつ、相互理解と決断をもって交渉に当たるならば、交渉は遠からず妥結するものと期待しております。私は、近く韓国を訪問する予定であります。私は、この訪問が、両国間の友好親善関係を増進する上に役立つよう微力を尽くす考えであります。

 昨今、ベトナムの政情と治安はとみに困難の度を加え、ベトナム国民の窮状にはまことに同情すべきものがあります。また、インドネシアとマレーシアの紛争は、依然として平和的解決の機運に立ち至っておりません。しかもインドネシアは、マレーシアが安全保障理事会理事国に選出されたのを契機として、国連脱退の挙に出るという不幸な事態も生じております。わが国は、このような東南アジア地域の緊張を深く憂慮し、事態の鎮静化を強く望むものであります。わが国がマレーシア紛争の平和的解決のため累次側面的協力を行なったのも、また、スカルノ大統領に国連脱退の決意を再考するよう要請したのも、かかる考慮から出たものであります。私は今後もアジアの平和と安定のため努力を続けて行く所存であります。

 最近、中近東及びアフリカの新興独立国はその国際的発言力を著しく強化してまいりました。これらの諸国はいずれもわが国に大きな期待を寄せておりますので、政府としては、これら諸国との友好関係の増進に一段と努力する考えであります。

 また、近年著しい発展を示しておる中南米諸国との関係は、政治、経済、移住の各面において、ますます密接になってきております。政府としては、これら諸国との伝統的な友好関係を一段と増進したいと存じます。

 ソ連の新政権は、いわゆる平和共存を基調とする従来の外交政策を変えず、わが国とも友好関係を増進していきたいとの態度を示しており、昨年末の佐藤総理あてコスイギン首相の親書にもその旨が述べられております。わが国としても、日ソ間の諸懸案を解決すべく積極的に取り組んでいく考えであります。

 本年は、国際連合成立二十周年という記念すべき年に当たります。しかし、この意義深い年は、国際連合の平和維持活動のあり方についての加盟国の意見の対立と、インドネシアの脱退という二つの不幸な事件をもって始まったのであります。わが国としては、このような対立が解消され、第十九回総会が現在の変則的な状態より脱して、一日も早く実質的審議を開始することを希望してやみません。また、インドネシアの脱退が国際連合の危機につながることなく、かえってこの事件を契機として、すべての加盟国が国際連合創立の理念を再確認し、国際連合強化のために新たな決意と団結を固めるよう衷心希望する次第であります。

 国際連合が、加盟国の増加と世界情勢の推移に応じて、漸次その機構を改革すべきことは当然であります。国際連合は過去十年以上にわたってこのための努力を行なってまいりましたが、前総会において決議された安全保障理事会及び経済社会理事会の議席増加を目的とする国連憲章の改正は、まさに、その努力が最初に結実したものであります。政府といたしましては、本国会が、この憲章改正の批准につき、できるだけ早く承認されるよう希望する次第であります。

 今次国連総会が、昨年末、国連貿易開発会議の機構に関する決議を満場一致で採択した結果、いよいよ本年より同会議及びその下部機構を通じて、国際経済面における南北問題の解決への努力が本格的に行なわれることに相なったのであります。開発途上にある諸国の経済の安定と繁栄は、その政治的安定に不可欠のものであり、それなくしては、先進諸国の繁栄も不可能であります。今日、主要先進国が一致して南北問題に積極的に取り組む姿勢を示しているのも、かかる基本的認識に基づくものであります。

 このような観点より、政府は、開発途上の諸国、特にアジア諸国に対する経済協力を積極的に推進したいと考えております。政府としては、内外の要請を十分勘案して、目先の利益のみにとらわれることなく、世界の平和と繁栄という広い視野に立って、経済協力の一そうの拡充をはかりたいと考えております。

 開発途上の諸国は、開発所要資金とともに、開発に不可欠な人的資源と技術にも不足しております。わが国とアジア諸国との間には地理的、民族的、歴史的に親近感と連帯感が存しますので、わが国は、この分野において独自の貢献を行ないうる立場にあります。政府は、このような認識に基づき、今日まで積極的に技術協力を推進してまいりました。本年はその規模をさらに拡大するとともに、新たに青年海外協力隊の派遣、職業訓練センターの設置等を予定しており、アジアを中心とする開発途上の諸国における人づくりに一そう貢献できるものと期待しておる次第であります。

 これらの経済技術援助と関連して、政府は、さらに、従来より海外移住について積極的に各種の援助措置を講じております。これは、海外移住が国際的に発展しようとする日本民族の将来にとって、きわめて高い精神的意義を持つという認識に基づくものであります。また、開発途上にある諸国へのわが国民の移住そのものが、農業、技術、中小企業等の分野におけるこれら諸国に対する協力を推進する結果になるのであります。この見地からも、政府としましては、今後とも移住の振興に一段の努力をいたしたいと考えております。

 国際経済の面においては、昨年は世界貿易の飛躍的拡大を期するガット関税一括引下げ交渉、いわゆるケネディ・ラウンドをはじめ、国連貿易開発会議などきわめて多彩な動きのあった年でありました。また、わが国にとりましても、昨年はIMF八条国への移行、OECDへの正式加盟等を通じ、国際経済社会において先進工業国としての地位を確立した意味深い年でありました。同時に、わが国は、世界における有数な先進工業国として、世界経済全体に対する責務も加重されてきたことを知らねばなりません。

 私は、世界経済の繁栄なくしてはわが国の繁栄もあり得ないという国際協調の観念に立脚しつつ、ケネディ・ラウンド等多角的協議の場を通じ、あるいは二国間交渉を通じて、わが国の立場を十分に主張し、あらゆる機会を利用して積極的に貿易の伸長をはかっていきたいと考えます。また、依然として残っているわが国に対する差別待遇の撤廃を強く要求する等、わが国の貿易環境改善のためにも一段の努力を傾ける所存であります。共産圏貿易につきましても、自由主義諸国との協調を崩さない範囲において、わが国の資金力や国際情勢等を勘案しつつ、できるだけこれを進めていく考えであります。中国大陸との貿易は、いわゆる政経分離の原則のもとに発展をはかっていきたいと考えております。

 全世界にわたり民主主義が高揚し、世論の力が強まりつつあるこの時代には、各国との政治経済関係をより密接にし円滑に推進するためにも、これら諸国民のわが国に対する理解を深め、友好感情を醸成することがますます必要となっております。かかる観点から、政府は、諸外国に対するわが国の広報文化活動を積極的に展開すべく努力してまいり、その成果はかなり見るべきものがあると存じます。わが国といたしましては、今後特にその重点をアジア・アフリカ諸国に指向し、留学生の招致、諸外国の大学における日本学科の設置など、これら諸国の教育と結びついた文化協力の推進に努力いたしたい所存であります。他方、近年わが国とヨーロッパとの結びつきがますます強まってきたことにかんがみ、本年秋に歌舞伎を文化使節として初めてヨーロッパへ派遣することになっております。このようにして、伝統ある日本古典演劇の精髄を紹介することは、日本固有の文化に対する認識と評価を高めるのみならず、ひいてはわが国との友好関係の促進に資するものと考えます。

 いまや、わが国は、政治、経済、文化あらゆる分野において、アジアの日本、世界の日本としての国際的地位を確立するに至りました。私は、この増大した国力と向上した国際的地位を背景として、わが国の自主外交を強力に展開していく所存であります。しかし、そのためには、わが国が世界の平和と繁栄のために、いままでよりも一そう大きい貢献をなすべき責務を有するに至ったことを十分に認識していただきたいと存じます。私は、国民各位が政府の推進する自主平和外交の方針及び施策に対し、深い理解と積極的な協力を示されるよう期待するものであります。