データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第49回(臨時会)
[演説者] 椎名悦三郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1965/7/30
[参議院演説年月日] 1965/7/30
[全文]

 最近の国際情勢を概観しつつ、わが国が当面しておる主要な外交問題について、所信を申し述べたいと存じます。行なわ

 今日世界の情勢は、全体としては概して安定していると申せますが、この中にあって、ベトナム紛争をかかえるアジアのみが、遺憾ながらきわめて不安定な状態にあります。今日のアジアは、いわば東西両勢力の接点に当たっているばかりでなく、地域内には開発途上にある多数の国を擁しておりますので、東西関係といわゆる南北問題とが相錯綜して、きわめて複雑かつ流動的な様相を呈しております。

 世界の平和と繁栄の中にわが国の安全と繁栄を求めんとするわが国外交の第一歩は、アジアの平和と繁栄を追求することでなければなりません。アジアの緊張緩和と平和的建設のために、わが国の増大した国力と向上した国際的地位にふさわしい寄与を行なうことは、アジアに国をなすわれわれの使命であり、責任であります。

 ベトナムの紛争が今日のように深刻化したのは、東西対立を背景とする国際政治上の複雑な原因があり、また、南ベトナムにおける社会的事情にもよるところがあることは否定し得ませんが、直接的には、南ベトナムに対する北からの浸透とこれに伴う南ベトナム内での組織的破壊活動が行なわれていること、及び一九五四年のジュネーブ協定が不完全であり、特に休戦保障制度が不備であったことが原因であると考えられます。

 今日米国のとっている行動は、インドシナの再植民地化を企てるような意図にいずるものでないことは明瞭であります。したがって、米国の軍事行動の現在の局面のみに眼を奪われ、これのみを問題にすることは公正な態度ではないというべきであります。

 問題の平和的解決をはかるには、関係者が話し合いによって紛争を解決する態度に踏み切ることが不可欠であり、しかも、国際的約束を守るという保障を得ることが必要であります。これまで、何らの前提条件なしの交渉開始を求めた非同盟諸国の呼びかけも、また、米国による無条件討議の提案も、共産側の応ずるところとはならず、さらに、話し合いの端緒をつかむことを目的とした英連邦使節団の派遣も、同様共産側の拒否にあっております。話し合いによる問題解決のためのこれらの試みがいずれも実を結ぶに至っていないことを、政府は深く遺憾とするものであります。関係者による話し合い開始を可能にする環境が早急に醸成され、ベトナムの平和回復への道が開かれることを望んでやみません。政府としても、そのためにできるだけの努力をいたす覚悟であります。共産側も、ただいま佐藤総理大臣が所信表明演説の中で行なわれた呼びかけに対しまして、虚心たんかいに耳を傾けることを希望いたす次第であります。

 このように不安なアジアの中にあって、今回日韓間の国交正常化を望む両国民多数の希望が結実して、十数年の長きにわたった日韓交渉がついに妥結するに至ったことは、まことに喜ばしい次第であります。地理的に最も近接し、歴史的、文化的にもきわめて密接な関係にある日韓両国が国交を正常化することはまことに当然のことでありますが、両国の歴史的関係にかんがみ、今般の調印は実に画期的な意義を有すると確信する次第であります。

 過去の日韓関係には遺憾ながら不幸な時代があり、この時代について韓国民が心に深い傷あとを持っていますことは、日韓間の新しい関係を展開していく上にあたってもわれわれが銘記しておかなければならないところであります。われわれといたしましては、今般調印された諸条約が相互に尊重順守せられ、これを基盤として、韓国民と誠意をもって協力し、その繁栄のために応分の寄与をすることによって、このような韓国民の心の傷あとが次第にいやされていくことを祈念し、また、かかる目標に向かって、真摯な、かつ、たゆみなき努力を積み重ねていくよう心がけなければなりません。

 わが国のアジア外交推進にあたって重要なことは、アジア諸国の経済開発に対し、わが国が積極的に協力しなければならないということであります。アジアに安定した平和と繁栄をもたらすためには、まずアジア諸国自身が、国内の政治的反目や思想上の対立闘争を踏み越えて、貧困、疾病、文盲等を追放し、国民の福祉の向上につとめるというかたい決意をもって、真剣に経済開発に取り組むことが必要であります。さらに、このような各国の開発努力は、各国が相互に協力し補完し合う方向で行なわれて、初めて総体的な開発の効果が高められるのであります。

 この意味において、わが国としては、経済開発に責任を有する東南アジア諸国の閣僚が一堂に会し、将来の経済的建設のため、それぞれの政治的立場や社会的思想を離れて腹蔵のない意見を交換する場ができれば、この地域諸国の連帯関係を強化し、先進諸国の善意の協力のもとに経済開発の着実な促進をはかる上に大きく貢献し得るものと考えております。関係諸国の賛同が得られれば、かかる会議を適当な時期に東京において開催したいと考えておる次第であります。

 わが国としては、国内に農業、中小企業等の問題をかかえ、また、社会開発のために多額の資本投下を必要としておりますので、援助の強化拡大を一挙にはかることは困難でありますが、政府としては、国連貿易開発会議や経済協力開発機構の開発援助委員会等における援助強化の国際的要請をも十分に勘案し、国民所得の一%を援助目標としつつ、国力の許す限り、アジアを中心とした開発途上にある諸国に対する資金協力及び技術協力の一そうの拡充をはかり、南北問題の解決のために建設的な役割りを果たしたい考えであります。

 先般六月末よりアルジェリアにおいて開催を予定せられていた第二回アジア・アフリカ会議は、会議開催直前に現地において政変が勃発したこともありまして、結局本年秋まで延期されることとなった次第であります。私は、来たるべき会議は、アジア・アフリカの大多数の諸国の参加を得て、名実ともにアジア・アフリカ会議たるにふさわしい穏健かつ建設的な会議にならなければならないと思っております。

 以上、私は、今後ますます積極化すべきアジア外交を中心に申し述べましたが、アジア以外におきましても、増大した国力と向上した国際的地位にふさわしい強力な外交を推進してまいる覚悟であります。

 わが国外交の基調の一つは、国際連合の強化でありますが、今日ほど国連の強化が必要とされるときはないのであります。これが実現は、一に、国連憲章の目的と原則を遵守せんとする加盟国の熱意いかんにかかっておると思います。わが国は、あくまでも国連をもり立て、これが有力なる世界平和機構となるよう、あらゆる努力を惜しまない所存であります。わが国が今秋の国連総会における安保理事会理事国選挙に立候補いたしましたのは、わが国のかかる積極的な熱意のあらわれであると信じます。

 ILO結社の自由及び団結権保護条約、いわゆる第八十七号条約につきましては、政府は、去る六月十四日批准書の寄託を了し、多年の懸案を解決いたしましたが、今後とも、ILOの諸活動に対しては、わが国の実情を考慮しつつ、できる限り協力してまいる所存であります。

 戦後一貫してわが国経済外交の重要な柱の一つであった先進国としての国際的地位の確立は、昨年四月のIMF八条国への移行、OECDへの正式加盟により名実共に実現し、わが国は世界における有数の先進工業国として、低開発国問題等世界経済が直面している諸問題に関し、一そう重い責務をになうことになったのであります。特に、わが国は先進工業国の中で、低開発国に対する貿易依存度の最も高い国でありますが、これら諸国はわが国に片貿易の是正を強く要求する一方、最近わが国に対し輸入制限を強化する動きを顕著に示しつつあるのであります。わが国としては、今後とも低開発国問題に関する種々の国際会議に積極的に参加し、低開発国貿易の拡大のための国際的協調を行なうとともに、二国間におきましても、問題解決のため種々対策を講じていく所存であります。

 ひるがえって先進国との経済関係を見ますに、わが国は、自由無差別の原則に基づく世界経済の発展をはからんとするケネディ・ラウンドの意義を高く評価し、これに積極的に参加貢献しております。わが国としては、今後とも二国間定期協議、ガット、OECD等の多数国間会議の場を積極的に活用し、対日差別の撤廃など、わが国輸出環境の改善をはかりつつ、国際協調の中にわが国経済の繁栄を求める所存であります。

 共産圏諸国との貿易につきましては、もとよりわが国は自由陣営の一員としての責任を十分認識し、共産圏貿易は自由諸国との協調をくずさない範囲において、わが国の資金力や国際情勢等をも十分勘案しつつ拡大していく所存であります。中共貿易につきましてもこの点例外ではありません。

 わが国の国力が増大し、国際的地位が向上するに伴い、アジアの安定、ひいては世界の平和に貢献するためのわが国の役割りに対する期待はますます強まっております。私は、国民各位が政府の外交方針及び施策に対し十分の理解と協力を示されるよう切に期待するものであります。