データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第50回(臨時会)
[演説者] 椎名悦三郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1965/10/13
[参議院演説年月日] 1965/10/13
[全文]

 最近の国際情勢、特にアジアを中心とした情勢と、これに対処すべきわが国の外交のあり方について、所信を申し述べ、あわせて日韓諸条約の大綱について御説明いたしたいと存じます。

 私は、このたび、国際連合の第二十回総会に出席して、わが国の基本的外交政策を表明してまいりました。その機会に、私は、あらゆる機会をとらえて各国代表と親しく懇談いたしました。私は、各国、特に先進諸国が世界の平和を確保するためにそれぞれ相応の犠牲を払いつつ努力していることに深い感銘を受けたのであります。

 今日、わが国力の増大と国際的地位の向上は、国連の内外を問わず、世界に喧伝されております。それだけに、わが国に対する世界各国の期待は、きわめて大きいのでありまして、今や国際社会の有力なる一員となったわが国は、進んでこの期待にこたえなければならないのであります。もちろん、わが国は、憲法のたてまえから国際社会において貢献すべき手段におのずから制約があるのでありますが、それだけに人一倍、あるいは経済的に、あるいは文化的に、国際社会の発展に貢献すべき責務を有しているのであり、また、今や充分に貢献し得るのであります。

 今日、世界は、幸にして、米ソ二大陣営の間に相互理解の機運が醸成され、概して緊張緩和の方向をたどっております。しかし、大規模な世界戦争の脅威が薄らぐにつれ、かえって局地的な紛争が続発する傾向にあります。ことに、開発途上の国々が多数存在し、しかも、これら諸国をめぐって諸勢力が拮抗しておるアジアにおきまして、この傾向が最も顕著であります。今日のベトナム情勢及びカシミールをめぐるインド・パキスタン間の紛争をはじめ、シンガポールの分離独立及びインドネシアの国内情勢等、いずれもきわめて流動的な様相を呈しております。ひとしくアジアに国をなすわれわれは、このようなアジアの情勢が一日も早く安定することを強く希望するものでありますが、同時に、われわれは、わが国がアジアにおける不安の解消とアジアの人々の福祉の向上につとめることが、とりもなおさずわが国の安全と繁栄に寄与し、ひいては世界の平和につながっていることを悟らねばなりません。われわれは、単に平和を唱え、安全を希望するにとどまらず、広く国際社会の安全と繁栄をかちとるために、わが国力にふさわしい寄与をなすべき使命と責任を有しておるのであります。

 このような見地から、私は、今回わが国が韓国と国交を正常化することとなりましたことに、きわめて大きな意義を認めるものであります。わが国が最も近い隣人たる韓国と国交正常化を行なうことは、アジアの平和と繁栄を求めるための第一歩にほかならないからであります。韓国は、わが国と地理的に最も近く、歴史的、文化的にもきわめて密接な関係にあるのみならず、わが国と同じく自由民主主義をその国是といたし、すでに世界の大多数の国々と外交関係を結んでおるのであります。わが国が韓国と国交を正常化することは、全く当然のことであります。日韓国交の正常化がこれまでできなかったことこそ、むしろ実に異常なことであるといわなければならないのであります。

 去る六月二十二日に日韓両国間に調印されました基本関係に関する条約及び関係諸協定は、この異常な事態ないし関係を正常に戻すことを目的とするものであり、このため、日韓間に存在しておる諸懸案を解決するとともに、将来に向かって日韓両国民の間の幅広い協力関係を定めたものであります。その使命は、自由と互恵平等の原則のもとに日韓両国民の間に恒久的な善隣友好関係を樹立することにあります。

 しかるに、世上、日韓諸条約が朝鮮統一を害するとか、あるいは、北東アジア軍事同盟の結成に連なるものであるとかの説をなす者があります。

 私は、朝鮮が南北に分裂して相抗争している現実は、朝鮮民族の悲劇であるばかりでなく、アジアの平和への脅威でもあると存じます。しかし、朝鮮の統一ができない原因は、広く世界情勢全般の動きにもよることでありますが、直接的には統一方式につき北鮮側が国連監視下の自由選挙といういわば国連方式に同意しないことに由来しておるのであります。したがって、日韓条約の締結が南北統一を害するとの議論は、全く客観的事実に合致しないものであると申さなければなりません。われわれは、朝鮮の統一を願うことにおいて人後に落ちないものでありますけれども、このような現実を直視せざるを得ないのであります。

 また、言うまでもなく、われわれは、日韓国交正常化後といえども、両国間の軍事的な協力を行なうようなことは一切考えておりません。十四年にわたった日韓会談において軍事協力の問題が取り上げられたことは一度もありませんし、韓国側も軍事的な同盟を結ぶ考えはないということを繰り返し言明しておるのであります。

 顧みまするに、この十数年の間、両国の交渉当事者は、両国間の困難な懸案と取り組んで一歩一歩解決の歩みを進めるじみちな努力を重ね、盤根錯節を切り開いてついに今般の条約の調印にまでこぎつけたのであります。もとより相手方のある条約交渉である以上、互譲妥協は必要であり、一方の主張が100%の貫徹を得ることは望み得ませんが、今般の条約は、日韓両国関係の現実において両国が持ち得る最善のものであると確信しておるのであります。これら条約等の締結について国会の御承認を求めておる次第でありますが、この際、これに関して趣旨を御説明いたしたいと存じます。

 第一に、基本関係に関する条約は、善隣関係及び主権平等の原則に基づいて両国間に正常な国交関係を樹立することを目的とするものであり、両国間に外交関係及び領事関係が開設されることを定め、併合以前のすべての条約はもはや無効であること、及び韓国政府が国際連合第三総会の決議第百九十五号に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることを確認し、両国間の関係において国際連合憲章の原則を指針とすること等、両国間の国交を正常化するにあたっての基本的な事項について規定しておるのであります。

 第二に、漁業に関する協定は、漁業資源の最大の持続的生産性の維持、同資源の保存及びその合理的開発と発展をはかり、両国間の漁業紛争の原因を除去して両国の漁業の発展のため相互に協力することを目的とするものであり、公海自由の原則を確認し、それぞれの国の漁業水域を設定し、その外側における取締まり及び裁判管轄権は漁船の属する国のみが行なうこと、共同規制水域を設定して暫定的共同規制措置をとること等、両国間の漁業関係について規定しております。

 第三に、財産及び請求権の解決並びに経済協力に関する協定は、両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題を解決し、並びに両国間の経済協力を増進することを目的とするものであり、両国及びその国民の財産、権利及び利益並びにその国民の間の請求権に関する問題を完全かつ最終的に解決することを定めるとともに、韓国に対する三億ドル相当の生産物及び役務の無償供与並びに二億ドルまでの海外経済協力基金による円借款の供与による経済協力について規定しております。

 第四に、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する協定は、戦前からわが国に居住し、わが国の社会と特別な関係を有するに至っておる大韓民国国民に対して、日本国の社会秩序のもとで安定した生活を営むことができるようにすることによって、両国間及び両国民間の友好関係の増進に寄与することを目的とするものであり、これらの韓国人及びその一定の直系卑属に対し、申請に基づく永住許可を付与すること、並びにそれらの者に対する退去強制事由及び教育、生活保護、国民健康保険等の待遇について規定しております。

 第五に、文化財及び文化協力に関する協定は、文化面における両国の歴史的な関係にかんがみて、両国の学術及び文化の発展並びに研究に寄与することを目的とするものであり、文化協力の一環として一定の文化財を韓国政府に対して引き渡すこと等を規定しております。

 第六に、紛争の解決に関する交換公文は、両国間のすべての紛争を、別段の合意がある場合を除くほか、外交上の経路を通じて解決すること、及びそれができなかった場合には、調停によって解決をはかるものとすることを定めております。

 これら諸条約の上に立って両国間の友好関係が増進されますことは、単に日韓両国及び両国民の利益となるのみならず、さらにアジアにおける平和と繁栄とに寄与するところ少なからざるものがあると信ずる次第であります。

 しかし、一たび目を南方に転じますと、いまなおそこでは、激しい政治的、社会的緊張が渦巻き、地域によっては戦闘という最悪の事態のもとにあり、まことに不安定かつ暗たんたる状況であります。本来アジアの建設のために向けられるべきたっとい資源と尽力が、かかる戦闘のために浪費されつつあることは、まことに遺憾なことと申さねばなりません。

 なかんずく、ベトナムにおいては、いまだに戦火が終息するきざしも見えません。米国は、紛争の平和的解決のため、無条件討議を提案し、英国あるいは非同盟諸国をはじめとする諸国が交渉による解決の実現を目的として国際的努力を行ない、わが国もまた累次にわたって話し合いの開始を呼びかけているのでありますが、北ベトナム側は、これに応ずることなく自己の条件をあくまで主張し、完全勝利まで戦うということを宣言しておるのであります。ベトナム国民の安全と福祉が達成される日の到来は、近い将来には容易に望めない状況にあります。

 アジアの平和をこいねがうわが国は、かかる事態を深く憂うるものであります。南ベトナムの独立を確保し、平和裏にベトナム民族が繁栄の道を見出し得ることとなるよう、わが国は、すべての紛争当事者が早急に話し合いに入り、ジュネーブ協定の原則に立って問題解決をはかることをここに重ねて要請するものであります。

 カシミール問題をめぐりインドとパキスタンとの間に勃発した武力衝突は、流動的なアジアの情勢にさらに脅威と緊張を与えるものとして、わが国はじめ世界の主要諸国の深く憂慮するところでありましたが、幸いにして、国連事務総長及び安全保障理事会のゆるみなきかつ真摯な努力の結果、両国首脳が九月二十三日をもって停戦を受諾するに至りましたことは、紛争の平和的解決を希求するわが国の最も歓迎するところであります。やがて印パ両国間に紛争が公正に解決せられて恒久的な平和がもたらされるよう、国連においてさらに努力が続けられることを希望する次第であります。アジアの平和と安定を確保する責務を有するわが国としては、この印パ紛争が国際社会の正義と公平の原則に基づいた解決を見るよう協力する用意があることをここに表明すると同時に、また、他のすべての国がいやしくも事態の悪化をもたらすような行動を厳に慎むべきであると考える次第であります。

 わが国は、国際連合に加盟して以来、一貫して国際連合への協力と支持を誓い、国際連合を強化することをわが外交の基本方針としてまいったのであります。わが国は、国際連合が世界の平和維持機構として健全な発展を遂げることを衷心より期待するものであります。したがって、国際連合の強化、特にその平和維持機能の強化のためできる限りの努力をすることは、わが国の負うべき国際的責務の一つであると考えております。国際連合が直面していた財政的困難を解決するため、わが国も、他の加盟諸国とともに、応分の自発的拠出を行なう用意があり、このことは、私の総会における演説において明言してまいりました。

 低開発国の経済開発の問題は、今日の世界が直面しておる最大の問題の一つであります。わが国といたしましても、単にわが国自身の利益の見地からのみならず、先進諸国の一員としてその対策を真剣に検討すべき時期にきているのであります。こうした見地から、わが国としては、援助拡大の国際的要請を勘案しつつ、低開発諸国に対する援助は今後一そう強化拡充していく必要があると存じます。また、低開発諸国との間の貿易増進の見地からも、これら諸国の開発を支援し、わが国の輸入拡大に資するような資金的、技術的協力をできる限り行なうことも必要となってきております。

 最近、アジアにおいても、低開発地域の経済開発のための国際協力が、顕著な進展を見せております。アジアの平和と繁栄に深い関心と大きな責任を有するわが国といたしましては、これらの動きを大いに歓迎するものであります。わが国も、アジア開発銀行に対する二億ドルの出資、あるいは、ナムグム・ダム建設計画に対する寄与等、積極的な協力を行なう方針であります。不幸にして戦火の絶えないこの地域にもこのような平和的建設を目ざす計画が関係諸国の協力のもとに進められつつありますことは、まことに喜ばしいことであると存じます。

 東南アジア諸国の経済開発につきましては、まずこれら諸国が真に経済開発の重要性を認識し、その自発的意志に基づき、かつ、相互の連帯関係を強化しつつ進めるべきものと考えております。このため、わが国といたしましては、経済開発に責任を有するこれら諸国の閣僚と腹蔵なく意見を交換するための会議を開催する考えであります。このような考え方に対し関係各国とも基本的に賛意を表しておりますので、今後とも関係各国の意見を十分に尊重しつつ、なるべく早い適当な時期に会議を開催したいと考えております。

 以上、私は、わが国外交の当面の課題たるアジアの諸問題を中心として、わが国の基本的立場を申し述べましたが、アジア以外におきましても、米国との提携、西欧諸国との協調、さらにソ連、東欧諸国との関係の増進等、わが国の増大した国力を背景として自主的立場から強力な外交を推進し、もってわが国の安全と繁栄を追求していく覚悟であります。しかし、そのためには、われわれは今日の日本に寄せられている各国からの期待を裏切ることなく、国際社会の安定と繁栄に貢献すべきわが国の責務を十分に果たす覚悟と用意がなければならないことを繰り返し強調いたしまして、国民各位の御理解と御支援を期待する次第であります。