データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第61代第1次佐藤(昭和39.11.9〜42.2.17)
[国会回次] 第51回(常会)
[演説者] 椎名悦三郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1966/1/28
[参議院演説年月日] 1966/1/28
[全文]

 現下の国際情勢を概観し、わが国外交の当面する重要問題につき所信を申し述べたいと存じます。

 近時主たる国際的対立の舞台はアジアに移り、また、東西それぞれの側においてその勢力関係が多元化の様相を呈し、国際関係はますます複雑になってきております。これに伴って、わが国の国際政治の場における責任は、いよいよ重大となってまいりますとともに、わが国がその国力に相応した責任を果たすよう要望する声が内外に高まっております。昨年国連第二十回総会において、わが国が多数の国連加盟国の支持を得て安全保障理事会の非常任理事国に選ばれましたのは、このような事実の帰結にほか一そうなりません。世界の安全と平和の維持に最も大きな責任を負っている安全保障理事会の理事国として、今後わが国は平和と安全に関するすべての問題について、一そう積極的にわが国の見解を表明し、その解決のための措置に協力するよう努力していきたいと考えます。

 わが国とアジア諸国との関係を見まするに、私は、アジアにおける不安の解消とアジアの人々の福祉の向上が、とりもなおさず、わが国の安全と繁栄に連なり、ひいては世界の平和に寄与することを確信するものであります。

 昨年十二月十八日、日韓諸条約批准書の交換が行なわれ、多年にわたりわが国外交の主要な懸案となっていた日韓国交の正常化が実現されるに至ったことは、慶賀にたえません。すでに漁業協定をはじめ諸協定は円満かつ順調に実施に移されておりまして、この短い期間に達成された成果から見ても、両国の関係がいまや急速に緊密化していくことは、疑問の余地のないところであります。

 さらにカシミールをめぐるインド、パキスタン間の紛争について、タシケント会談の結果平和解決の曙光が見えてきたことは、アジアの平和と安定のためにまことに喜ばしい次第であります。

 中華民国との友好親善関係は近時ますます増進されつつあり、また、中共との間においては、従来どおり政経分離の原則に基づき民間レベルでの交流が進展しておりますが、私は、今後とも国際情勢の推移を慎重に勘案しつつ施策を推進していく考えであります。

 現在の世界情勢なかんずくアジアの情勢において、ベトナムの紛争はアジアの安全に対する大きな脅威であり、その帰趨に深甚なる関心を有するものであります。昨年末以来米国が活発な和平推進の動きを示していることは、ベトナムにおける平和招来のため新たな機運をもたらすものとして、これに注目した次第であります。加えて、昨年末から本年初頭にかけて、米国ハンフリー副大統領及びハリマン特使が来日し、日米首脳間において率直なる意見の交換を行ない、これにより米国のベトナム問題の解決に対する真摯な意図をあらためて確認したのであります。

 わが国はかねてからベトナム問題解決のため、すみやかに話し合いを開始するよう関係国に呼びかけてまいりましたが、新たな事態の進展にかんがみ、話し合い実現のため一そう積極的に協力すべく、今般私のソ連訪問の機会にベトナム問題の解決がいかに必要、かつ可能であるかにつき、ソ連指導者に強調いたし、ソ連側の協力を要請したのであります。

 以上のごとき一連の動きは、たとえ直ちに効果をもたらし得なくとも、その意義はきわめて大なるものがあり、私はかかる動きを契機として、ベトナム紛争の平和解決への努力が次第に勢いを増していくことを期待するものであります。現在の国際社会において、政治的信条と社会体制を異にする諸国間の平和共存の意義が広く理解されつつあるとき、アジアの一角で激しい戦火が続いていることは、きわめて不幸というほかなく、北ベトナム側が、ベトナムの平和を熱望する世界諸国民の声に耳を傾けて、平和裡に話し合いに応ずることを強く希望するものであります。

 インドネシアの情勢は流動的であり、経済的困難は、一そう深まっているものと見られますが、わが国といたしましては、同国民がこれらの困難を克服して国づくりを進めていくことに対し、今後とも協力を惜しまないものであります。

 国の安全を確保することは、あらゆる内政外交の根幹をなすものであります。われわれは、国際連合が真に世界平和維持機構としての機能と役割りを果たし得る日が一日も早く到来することを願っており、国連強化のための協力を惜しまないものであります。しかしながら、現段階ではわが国の安全保障をあげて国際連合に託することはできないのが実情であります。わが国は、国の安全をはかるために、戦後独立回復の際、自由と民主主義の擁護を共通の信条とする米国と安全保障条約を結ぶ道を選んだのであります。以来十数年間の長きにわたり、わが国民は国の安全について何らの不安を抱くことなく、経済の安定と繁栄をなし遂げることができました。このことを承知しているわが国民の大多数は、今後も日米安保体制が維持されることを強く望んでいるものと確信するものであります。

 他国と共同して自国の安全保障をはかるためには、相手国との相互信頼関係を維持することが不可欠であります。わが国は、米国が安全保障条約に基づく日本防衛の義務を果たすことを期待し、またそれを確信しています。それと同時に、わが国も条約上の義務を誠実に果たす用意がなければならないことは当然であります。条約上の義務を忠実に履行することによってこそ、米国に対しても真のパートナーシップに基づく発言力を確保し、広く世界の問題についてもわが国が積極的役割りを果たし得ると信ずるものであります。

 わが国の安全を確保するという観点のみにとどまらず、経済、文化その他国際関係の全般にわたり、米国との良好な関係を維持することが、わが国にとっていかに重要であるかは、多言を要しないところであります。米国もわが国との友好関係の発展に多大の関心を寄せております。昨年末日米航空協定につき新たな合意が成立し、わが国はニューヨーク及び以遠へ就航する権利を獲得し、世界でも数少ない世界一周航空路を持つ国と相なりました。両国政府がこの長年の懸案の解決に成功したことは、日米両国が相互関係の発展に共通の利益を見出し、それに対する障害を取り除くことに大きな熱意を有することのあらわれであると考えます。

 私は、このたびソ連政府の招待により日ソ国交回復後日本の外務大臣として初めてソ連を訪問して、帰国いたしたところであります。同国滞在中、日ソ航空協定及び貿易協定に署名したほか、コスイギン首相、グロムイコ外相をはじめとするソ連政府首脳と会談し、日ソ間の諸問題及び重要な国際問題について意見の交換を行ないました。

 まず、航空協定の締結により、シベリア上空を経由して東京─モスクワの直通航空路線を開設することとなり、これから二年以内には自国機、自国乗員による相互乗り入れが行なわれ、東京と西ヨーロッパ間の最短路線の実現が期待されること相なったのであります。また、貿易関係も今後五カ年間にわたる長期貿易協定が結ばれ、その将来の見通しはまことに明るいものがあります。さらに今回の会談において、日ソ領事条約をすみやかに結び、領事館を相互に開設することが望ましいことに意見の一致を見たほか、ソ連側は安全操業問題及び邦人の帰国、墓参問題についても今後とも協力を約したのであります。私は北方領土問題についてわが国の立場を重ねて強く主張いたしましたが、ソ連側が従来の態度を変えることなく、同問題は解決済みであるとの主張を固執したことは、私の深く遺憾とするところであります。政府としては、この問題については、国民的願望を背景として、将来とも機会あるごとにわが国の立場を強く主張し続けていく所存であります。また、国際問題につきましては、さきに申し述べましたとおり、ベトナム紛争の問題を中心に意見の交換を行ない、ベトナム紛争が、関係諸国のみならず、世界平和全般にとって危険であることについて意見の一致を見ました。しかし残念ながら、紛争解決の方途については双方の立場の一致を見るに至りませんでした。

 このたびのソ連訪問を通じ、立場を異にする幾つかの問題はありましたが、私は、両国間の政治社会体制の相違にもかかわらず、双方が誠意を持って話し合えば長年の懸案も少しずつでも解決を見得るものであり、このような両国の善隣関係の発展は、アジアにおける緊張緩和、ひいては世界の平和に寄与するものであるとの信念をますますかたくした次第であります。

 現下の流動する国際情勢下において、わが国として自由陣営の重要な構成員たる西欧諸国との間に十分な意思の疎通をはかる必要はますます増大しております。このような観点から、私は西欧諸国との友好関係を一そう緊密化するため、英、仏、伊政府首脳と定期協議を行なっており、今回はソ連訪問の後、かかる定期協議の一環としてエアハルト首相ほかドイツ政府首脳とも有益かつ忌憚なき意見の交換を行なってまいりました。

 最近、中近東及びアフリカ諸国の国際的発言力の強化は著しいものがあります。これら諸国とわが国との関係は日ごとに発展しつつありますが、一方、これら諸国においては、政治情勢が大きく動いております。わが国としては、これら新興諸国が困難を克服し国づくりを進めるための応分の協力をしつつ、相互理解と友好関係の強化に一そう努力していく所存であります。このため、近く中近東に特派使節を派遣することといたしました。

 中南米諸国とは伝統的に友好関係にありますが、近時この関係は一そう緊密の度を加えますとともに、経済的、文化的にもこれら諸国とわが国との交流の分野はますます広がりを見せております。また、これら地域に対する移住は順調に進んでおり、このほかカナダ、米国等も技術と能力を備えた移住者を求めているのでありまして、政府といたしましても、海外移住の促進に努力してまいる所存であります。

 国際経済の面におきましては、世界貿易史上画期的な試みといわれるガット関税一括引き下げ交渉は、EEC内部の対立もあり難航を続けており、本年中に大きな山場に差しかかるものと考えられます。わが国としても、この交渉を成功させ、世界貿易を画期的に伸長せしめるため一そうの努力を払う所存であります。

 また、わが国の一方的な大幅出超となっている低開発国に対しては、これら諸国との友好関係、経済的互恵の確保増進のため、これら諸国の開発を支援し、わが国の輸入拡大に資するような協力を行なう方針で協力の具体化につき着々話し合いを進めております。

 世界貿易の伸長と国際社会の繁栄を希求するものとして、ここに強調しなければならないのは、低開発諸国に対する経済協力の問題であります。低開発国の経済開発の問題は、二十世紀後半において世界に課せられた最大の問題の一つであります。これらの諸国の開発にあたりましては、先進国の援助が不可欠でありますが、これについては、すでに一昨年の国連貿易開発会議、昨年のOECD開発援助委員会等において、援助の規模を増大し、同時に援助条件を緩和するよう強く要請せられました。わが国も先進工業国の一員として、あらゆる困難を克服してこの重大責務を果たすべく、低開発国援助を飛躍的に拡充いたす所存であります。

 特にアジアにおいては、わが国は唯一の先進工業国であり、アジアの平和と繁栄に貢献することは、わが国に課せられた使命であります。アジアの一部に紛争や貧困が存在している今日、この地域に対するわが国の経済協力をでき得る限りの分野で強化することは、われわれの責務であり、また、長期的に見てわが国自身の国益にも資するゆえんと信じます。わが国としては、すでに、アジア開発銀行への出資、メコン川開発計画の一環をなすナムグムダム建設援助費の拠出等を約束しておりますが、今後アジア各国の実情と希望に応じて、効果的に援助の責任を果たしていく所存であり、本年をアジア地域に対する協力の強化拡大の第一年としたい考えであります。

 このような拡大された協力のためには、アジア諸国の考えをも十分に聞かなければなりません。そのための真摯な努力の第一歩として、来たる四月上旬、東京において東南アジア開発閣僚会議を開き、東南アジア諸国の経済開発に責任を有する閣僚から腹蔵のない意見を求め、またわが国の考えをも述べる機会を持ちたいと考えております。

 経済面における外交と並んで近時ますます重要性を増してきましたのが、文化面における外交であります。平和を愛好し、高度な文化を有する民主的な近代工業国家としてのわが国の実情を世界各国国民に十分認識させ、また、わが国民も正しく諸外国の実情を把握することにより相互理解を深めることは、わが国の外交を進めていく上に必要欠くべからざるものであります。政府としては、この面における施策をさらに積極的に推進する所存であります。

 現下の世界情勢を考えますとき、国際社会の一員としてわが国の果たすべき責務と役割りは、きわめて重かつ大なるものがあります。私は、かかる世界の期待にそむかざるよう、また、わが国の国益増進のため、わが国の充実した国力と向上した国際的地位を背景として、積極的に諸般の施策を推進していく所存であります。私はこの点につきまして国民各位の理解ある御協力と御支援を切に期待してやまないものであります。