データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第55回(特別会)
[演説者] 三木武夫外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1967/3/14
[参議院演説年月日] 1967/3/14
[全文]

 ここに外交に関する私の基本的考え方と日本外交の重要政策について所信を述べる機会を与えられましたことは、私の光栄とするところであります。

 人類はいまや二十世紀最後の三分の一世紀に足を踏み入れました。第一、第二の三分の一世紀ともそれぞれ悲惨なる世界大戦に見舞われましたが、この残された最後の三分の一世紀を、世界大戦、しかも人類破滅の核戦争なしに過ごし、輝かしい平和の二十一世紀を迎えることができるかどうかに現代最大の課題があると考えます。しかもその重大課題の中心は、核をめぐる安全の問題と先進国と低開発国との間のいわゆる南北問題であります。この二つの重要問題はいずれもわが国とは深い関連のある問題であるだけに、私はこの二大問題に戦争と平和の問題がかかっていることを銘記し、わが国としてこれにどう対処すべきかに日夜心を砕いている次第であります。

 日本外交の指針が日本の安全と繁栄の確保、増進にあることは申すまでもありませんが、それをアジアの安定と繁栄の中に、ひいては広く世界の安定と繁栄の中に求めるのが現実の外交政策だと考えております。私は今後の日本外交の目標として、アジアの繁栄、日本の安全保障及び世界平和への寄与ということがきわめて重要な課題であると考えております。

 しかし、アジアといい、世界といい、その情勢は著しく移り変わりつつあります。アジアには一方に協力と連帯の喜ぶべき新風が吹き始めましたが、他方、ベトナム戦争は依然として継続され、中国問題とともに困難なるアジア情勢をかもしだしております。ヨーロッパにおいては東西融和の新時代が訪れ、また、アフリカ等にはイデオロギーを離れて現実的に経済建設を進めようとする風潮が見受けられます。

 こうした激動と複雑化した世界情勢に処して、日本外交は、日本の国益擁護に誤りなきを期さなければなりません。幸いにして、国民各位の御理解と御協力のもとに私は全力を傾けてこの重い責任を果たす決意であります。 つきましては、日本外交の重要目標たるアジアの繁栄、日本の安全保障及び世界平和への寄与について、いま少し詳しく所信を述べさせていただきたいと存じます。

 まず、第一に、アジアの繁栄についてでありますが、アジアの繁栄の達成は、アジアの一員としてのわが国の最も希求してやまないところであります。幸いに、最近アジア諸国の間に、政治的立場の相違を越えて、経済建設のための連帯と協力の必要性が次第に認識されつつあることは、まことに喜ばしいところであります。

 昨年はこのアジアの連帯と協力にとって記念すべき一年でありました。すなわち、東南アジア経済開発閣僚会議、東南アジア農業開発会議、また、アスパックと呼ばれるアジア太平洋閣僚会議、さらにはアジア開発銀行の発足等、人をしてアジアの新風と言わしめたアジア地域協力への動きが活発でありました。

 アジアの開発は、アジア人の発意により推進さるべきものであります。その意味においてアジアの地域協力への機運を助長し、かつ、具体的成果が生まれるようわが国としては努力を傾けてまいりたいと存じております。さしあたり本年四月マニラで開催される第二回東南アジア経済開発閣僚会議に出席して経済協力の一そうの具体化をはかりたいと考えております。

 他方、オーストラリア、ニュージーランドはもとより、米国、カナダの太平洋諸国においても、最近、アジアに対する関心がとみに高まりつつあります。これは当然の動きというべきであります。私は、いまやアジア問題は、アジア太平洋という広さにおいて考えることが今日の時代の要請であるとともに、歴史の方向でもあると確信するものであります。

 私は、アジア太平洋地域に動きつつあるこのような歴史的な流れを自覚し、当面、既存の二国間及び多数国間の会議の場はもとより、あらゆる機会を利用して、アジア太平洋地域諸国間の相互理解と連帯協力の精神を、じみちにつちかってまいりたいと考えております。すでにわが民間においても、日豪経済合同委員会、太平洋産業会議をはじめとし、この線に沿った話し合いが行なわれるに至っておりますことはまことに歓迎すべきことであり、政府としてもこれらの動きに側面的支援を惜しまない考えであります。

 しかし、他方不幸なことは、アジアの一角たるベトナムにおける戦いが、いまだに終息を見ないことであります。アジアの平和と繁栄をこいねがうわが国として、こんな残念なことはありません。私は、この際紛争当事者が勇気をもって平和回復への決断を下すよう要望してやまない次第であります。そして、戦いではなく、アジア本来の課題たる平和的国内建設に取り組む日のすみやかな到来を切望するものであります。政府は従来より関係国との接触を重ね、和平への糸口の探求につとめてまいりました。他の多くの国々の政府やローマ法王、ウ・タント国連事務総長等によっても和平実現のための努力が払われてきましたが、いまだ成果はあがっておりません。しかし、情勢の変化は常に起こり得る可能性を持っております。平和への努力はあきらめるべきではありません。わが国としてもかかる目的達成のため、今後とも外交機能をあげてできる限りの努力を重ねてまいりたい決心でございます。

 他方、いまもって戦火に悩む現地の人々には深い同情の念を禁じ得ません。わが国はこれらの人々のために医療、農業等の面で適切な援助を提供したいと考えております。

 ひるがえって、目をわが近隣諸国に転じますと、わが国と最も近い隣国の関係にある韓国が政治的安定と経済建設の道を着実に歩んでいることは力強く感じております。

 また、中国との関係につきましては、わが国は従来より中華民国と正式の外交関係を維持しており、両国間の友情と理解はますます深まっております。一方、わが国は中国大陸とは隣同士の歴史的に深い関係にありますが、現在中共内部にはいわゆる文化大革命が進められており、中ソ関係の悪化等、中共をめぐる内外の情勢は大きく動いております。政府としては、日中接触の道を常に開放しながら、事態の推移を十分に見きわめ、当面は従来の方針を続ける考えであります。

 第二に、わが国の安全保障問題について申し述べたいと存じます。

 わが国の安全を守ることは、国民の一人一人がこれを真剣に考えなければならない根本の問題であると同時に、政府として国民に対して負うべき第一義的責務であると考えております。しかし、今日の世界においては、独力で国土を防衛できる国はほとんどありません。戦後わが国もまた米国との間に安全保障条約を締結し、わが国安全保障政策の基調といたしました。波乱に富んだ戦後の国際情勢の中にあって、わが国がよく平和と繁栄を享受し得たことは、その政策の妥当なるゆえんを十分に証明しているものであります。私は、今後とも日米安全保障条約をわが安全保障政策の中核として堅持してまいる考えであります。

 わが国と米国との関係は、単に安全保障の分野のみにとどまらず、広く政治、経済、文化等あらゆる面においてきわめて緊密かつ良好であります。両国はまた、世界ことにアジアの開発のために互いに協力してまいっております。両国が共通の関心を有する現下の国際問題についても随時率直かつ有益な意見の交換を行なっております。政府としては、今後ともこの友好緊密な日米関係を維持していくことが、わが国の国益に合致するのみならず、世界の平和と繁栄にも役立つものであることを確信するものであります。

 なお、沖縄問題については、わが国を含む極東の安全保障の問題を考えるとき、沖縄の果たしている重要な役割りを無視することはできませんが、他方、戦後二十数年を経た今日、なおわが国土の一部が他国の施政下に置かれていることは不自然な事実であります。この安全保障の要請と不自然な状態の是正とをいかに調節するかが、今日、日米間に横たわっている重大問題であります。

 政府としては、究極の目標である施政権返還について今後とも不断の努力を続けますとともに、それと並行して、やがては返ってくる沖縄の自治の拡大、民生福祉の向上、本土との格差是正等当面の諸問題については、米国との協議を続け、現実的解決を行なっていきたいと考えております。

 第三は、わが国の世界平和への寄与についてであります。

 わが国としては、引き続き世界の平和維持機構である国連に対する協力につとめながら、西欧諸国との関係を一そう緊密化するとともに、ソ連及び東欧諸国とも友好関係の増進につとめ、もって東西融和の促進に寄与したいと考えております。

 日ソ関係は、両国外相の相互訪問等の人的及び経済交流の増進を中心として着実な発展を遂げております。近く領事館の相互設置が実現されることになっており、また、本年四月には、日ソ直通航空路も開通する予定であります。政府といたしましては、今後とも日ソ友好関係の一そうの発展につとめるとともに、領土問題その他両国間の懸案の解決に引き続き効力する考えであります。

 また、私は、ラテンアメリカ、中近東及びアフリカの諸国が、みずからの国家建設と、よりよい世界実現の努力を通じて国際社会でますます重要な地位を占めつつある事実に対し多大の敬意を表するものであります。

 一方、世界平和の確立は、世界経済の繁栄と表裏をなすものであります。したがって、わが国が世界経済の繁栄に貢献するための効力をいたすことは当然であります。この効力がわが経済の繁栄にも役立つものであることは申すまでもありません。日本は、いまや米国、ソ連に次ぎ、英国、EECと並ぶ先進工業国の地位に立つに至りました。わが国はこの世界経済におけるみずからの地位と責務を自覚しながら、ケネディラウンド等を通ずる貿易の自由化、OECD等の場を通ずる資本の自由化にもできる限り積極的に協力すると同時に、外交を通じて日本経済発展のための国際的基盤の拡充に努力したいと存じております。

 さらに、世界の平和を促進するためには、単に経済面の協力にとどまらず、広く文化的交流を通じて相互の理解を深めることが必要であります。この見地から、海外におけるわが国の広報文化活動も一そう強化していきたいと考えております。

 次に、私は、軍縮と核兵器拡散防止の問題について所信を明らかにしたいと考えます。

 核兵器の拡散は、核戦争の危険を増大し、世界平和の重大な脅威となることは明らかであります。したがって、政府としては、核兵器の拡散を防止しようという核兵器拡散防止条約の精神に賛成であります。しかし、この条約がその目的を達成するためには、核兵器を持つものも持たないものも、できるだけ多くの国がこれに参加することが必要であり、そのためにも、核兵器を持たない国の安全保障について十分の考慮が払われなければなりません。

 しかも、この条約が、核兵器の拡散による人類の不安を除去しようというのが真のねらいである以上、単に核兵器を持たない国への核拡散を防止するというだけにとどまらず、核兵器を持っている国々が、核軍縮、ひいては一般軍縮に努力するという誠実な意図が明確にされなければならぬと思うものであります。もちろん、一挙に軍縮が達成できるものではありませんが、核兵器をなくしてもらいたいという人類の悲願に一歩一歩近づけるための具体的措置が講ぜられなければならぬということであります。そうでなければ、この条約はその道義的基礎を失うことになると思うのであります。

 また、この条約は、原子力の平和利用とその研究、開発をいささかも妨げるものであってはならないということであります。さらに、この条約は、原子力平和利用について、核兵器を持つ国と持たぬ国との間に区別を設けてはならないということであります。将来核爆発エネルギーが平和目的のために実用化される段階になれば、現在の非核保有国も、それを平和目的に差別なく平等に利用し得る機会が保障されなければならぬということであります。もとより、今日政府はみずから核爆発装置を開発する意思は持っておりません。ただ、平和利用のための原子科学の進歩への参加の機会を後世のわが国民から奪ってはならぬということであります。

 政府としては、核拡散防止条約の中に、このようなわが方の見解が十分に反映されるよう今後とも努力をいたしまして、公正な条約の実現を希望するものであります。

 最後に、南北問題についてさらに一言申し上げて国民各位の御理解を得たいと存じます。

 私は、世界に紛争の種が尽きない大きな原因の一つは、先進国と低開発国の格差があまりにもあり過ぎるところにあると考えております。結局貧困の問題に帰着いたします。貧困、無智、偏見、疾病、ことごとく平和の敵であります。イデオロギーの争いもこうした情勢がこれを激化しております。アジア不安定の最大原因もまたここにあると考えます。

 わが国といたしましては、いまだ国内公共投資、社会開発投資が立ちおくれておりますが、にもかかわらず、アジア唯一の先進工業国としてこの重大な南北問題に真剣に取り組む道義的責任があることを痛感いたすものであります。特に、アジア諸国に対する経済、技術援助の分野では、わが国はできる限りの援助をいたしたい考えであります。そのために、進んでわが国の経済協力推進の体制を改善し、その機能を強化し、もって経済協力外交を強く推進する決意であります。

 今日の世界の歴史の流れは、イデオロギーの観念論から離れて、実際的に具体的にそれぞれの国の安定を求めようとする方向を目ざして動いております。

 私は、この変貌する国際情勢のもとで平和と繁栄へのあらゆる可能性をとらえて柔軟性ある外交を推進し、もってわが国に寄せられた世界の期待にこたえたい決意であります。国民各位の御理解と御支援を切に希望するものであります。