データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第58回(常会)
[演説者] 三木武夫外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1968/1/27
[参議院演説年月日] 1968/1/27
[全文]

 ここに、わが国外交の基本政策について所信を申し述べたいと存じます。

 およそ一国の外交政策には、その国の置かれた環境から来る基礎条件があります。わが国の基礎条件とは一体何でありましょうか。日本は海に囲まれた島国である、国土は狭く資源に乏しい、巨大なアジア大陸に隣接している。これが日本の置かれた環境であります。こうした環境は、平和に生きていこうと決意する日本に、基礎条件として、次の三つの方向を与えました。

 すなわち、日本は、海洋国家として孤立主義はとれず、世界の中の日本、アジア太平洋の中の日本、として生きていく道を考えなければならぬということであります。さらに、日本は、自給自足経済ではなく、広く世界との貿易によって立っていかねばならぬということであります。そして日本は、隣接するアジア大陸とは、脅威も受けず、脅威も与えず、相互尊重の善隣関係を持たねばならぬということであります。

 時代がいかに変わろうとも、日本の環境に変わりがない以上、日本の生きていく方向とそのかじとりとしての日本外交の基本路線に変わるところはありません。輝かしい明治百年の歴史の中においても、こうした基本路線にそむいて、自給自足経済を試みたり、大陸国家たらんとした場合は失敗でありました。これは歴史のとうとい教訓であります。私は、一年前、この議場で外交に関する所信を表明して以来、戦争と平和の問題に真剣に取り組んでまいりました。しかし、この一年という期間はあまりにも短く、問題はあまりにも大きく、そのすべてに成果をあげたとは申せません。しかし、ある問題は相当に、ある問題は幾ぶんなりとも、ともかく前進したことは事実であります。

 まず、日米間の最大の懸案である沖縄、小笠原の施設権返還について申し述べたいと存じます。

 この問題は、昨年十一月の佐藤総理大臣の訪米により、解決の方向に向かって大きく前進したことは御承知のとおりであります。小笠原の返還実施については、アメリカとの間に目下交渉を進めており、交渉がまとまり次第、今国会に提出して承認を求める所存であります。

 沖縄については、総理訪米の際の共同声明で確認されたごとく、施政権返還の方針のもとに、日米両国政府間で近く協議を開始する考えであります。さらに、施政権返還の際の摩擦を最少限にするため、沖縄の住民とその制度の本土との一体化を促進し、住民の経済的、社会的福祉を増進するため、援助を一そう増大する等、引き続き最善の努力を傾けるつもりであります。また、この目的のため今回沖縄に設置される諮問委員会には、わが国の見解をできるだけ反映せしめるため、積極的な努力を払っていく考えであります。

 わが国とアメリカは、あらゆる分野において、緊密な協力と友好の関係を維持し、強化してまいりました。この協力、友好関係は、将来においてもゆるぎなきものであります。したがって、複雑な沖縄問題も両国の相互信頼に基づく話し合いによって解決できるものと確信いたすものであります。

 ひるがえって、ベトナム戦争については、遺憾ながら事態は必ずしも一年前より好転しているとは申せません。戦争の惨禍はむしろ拡大さえしております。しかし私は希望を捨てるものではありません。本年を何とか転換の端緒をつかみ得る年にすべく努力を続けるつもりであります。

 ベトナム問題についてわが国に対し国際的に二つの方向からの期待が寄せられております。一つは、アメリカと関係の深い国であってしかも軍事的に圏外に立っている日本こそは、アメリカに率直に勧告できる立場にあるとの期待であります。もう一つは、アジアの国である日本こそは、北ベトナム、ベトコンに対し、アメリカの真意を理解させ得る立場にあるという期待であります。

 私は、このような、双方からの期待にこたえるべく努力をいたしたいと考えております。北側との接触もいとうものではありません。過去一年間に、アメリカ、南ベトナムはもちろん、ソ連、東欧、イギリス、カナダともベトナム和平についてはいろいろと話し合いを行ないました。また提案も試みました。相互保障方式などもその一つであります。

 現在のところ、北ベトナム爆撃をアメリカが一方的に停止すべきかいなかに議論が集中されております。北爆が好ましいと思っているものはだれ一人あるはずはありません。しかし、北爆停止は戦争終結に役立つ方向で実現されなければかえって危険な面も有しております。すなわち、北爆が停止されても、北から南への補給や派兵が続く場合は、逆にさらに激しい北爆再開となることを私はおそれるものであります。

 問題は相互不信の除去であります。このため、たとえば、北ベトナムの友好国を通じての何らかの保障が必要でありましょう。形はアメリカの一方的無条件の停止でも、そうした保障なしには、実際問題として北爆停止の実現はむずかしいのではないでしょうか。この場合、北ベトナム友好国側のこのような保障に対し、北ベトナムは、アメリカの友好国側にいかなる保障を求めるでありましょうか。知りたい点であります。もしそれが、和平が達成された暁のアメリカ軍の撤退と基地撤去でありますならば、アメリカの友邦はこぞって保障国たり得るでありましょう。

 ベトナム人の運命はベトナム人自身がきめるべきであります。北ベトナムもベトコンも、そして南ベトナム政府自体も、できるだけ早く、アメリカをして安んじて撤兵をし得る環境をつくり、その上で自分たちで民族自決をはかるべきものと考えます。こうした環境をつくることを当面の目標として、現実的、実際的解決の道の探究をアメリカ並びに全ベトナムの人々に私は強く訴えたいのであります。

 私は、最近北鮮が米国の艦艇を拿捕した事件に対しまして、この事件をきわめて重視するものであります。この事件は、わが国ときわめて近い地域に起こったものでありますだけに、われわれとしても重大な関心を抱かざるを得ないのであります。私は、この地域を新たなる紛争の地域としては絶対にいけないと信ずるものであります。私は、当事者がこの事件をすみやかに解決するため、冷静にして慎重な態度で対処することを強く要望するとともに、わが国としても事態の平和的解決のために協力を惜しまない覚悟であります。

 以上、当面の重要な問題について申し述べてまいりましたが、ここに、過去一年のわが国の外交活動を振り返ってみたいと存じます。

 東南アジア経済開発の問題、日ソ間懸案の検討問題、核兵器拡散防止条約の問題、ケネディ・ラウンドの交渉問題、中東の問題等、すべて前進を遂げております。

 東南アジア経済開発問題については、昨年四月マニラで第二回東南アジア開発閣僚会議を開催いたしました。この会議においては、東南アジア漁業開発センターが正式に決定を見、わが国の技術指導のもとに作業を開始することになりました。第三回会議は来たる四月シンガポールで開かれる予定でありますが、政府としては、アジア開発銀行の営業開始、農業開発特別基金の設置等の進展と歩調を合わせながら、東南アジアに対する多角的経済協力を一そう強化する所存であります。

 またアスパック、すなわちアジア太平洋閣僚会議は、昨年七月バンコクで第二回会議を開きました。第三回会議は本年七月オーストラリアのキャンベラで開かれる予定であります。この会議は、アジア太平洋地域の連帯と協力の精神を深め、適当な共通の事業を行なうのみならず、参加国外相級の自由率直な定期的話し合いの場として健全な発展を遂げていくよう今後とも協力してまいりたい考えであります。

 私は、アジアの繁栄は、アジア諸国の相互協力に太平洋諸国の連帯協力が加わることにより初めて促進され得るものと確信しております。アジアと太平洋の接点にあるわが国として、この重要な長期的課題にでき得る限りの貢献をなすべきであると存じます。幸いアジア太平洋諸国間の相互理解と連帯協力の機運は、官民のレベルを問わず、各種の交流を通じて次第に高められております。ベトナム戦後の永続的なアジアの安定と平和を考えた場合、アジア太平洋地域協力の基盤が一そう強化される必要のあることは申すまでもありません。

 昨年佐藤総理大臣が韓国並びに中華民国を手始めに、広くアジア太平洋諸国を歴訪されたことは、わが国とこれら諸国との相互理解と協力の進展に大いなる功績をおさめたものと信じます。

 日ソ関係につきましては、私は昨年七月、第一回日ソ定期協議のためソ連を訪問し、コスイギン首相その他ソ連政府首脳部の人たちと親しく会談する機会を得ました。その際にコスイギン首相の行なった提案に基づき、日ソ間のあらゆる懸案の総ざらいを行なうため、昨年以来両国政府間の話し合いを開始いたしました。このような交渉を通じて両国間に長期的に安定した善隣友好関係を樹立し得ることを期待するものであります。北方領土の問題につきましては、いかに時間がかかろうとも、あくまでもわが公正なる主張のもとにその解決をはかる覚悟であります。

 核兵器拡散防止条約の問題については、去る一月十八日、米ソ両国が十八カ国軍縮委員会に提出した核兵器拡散防止改訂条約案には、日本の主張も相当にとり入れられております。今後政府としては、公正な条約が実現されるよう一そうの努力を傾ける所存であります。

 昨年の国際経済は、一方に、ケネディラウンドの関税一括引下げ交渉が妥結し、国際通貨基金における特別引き出し権創設についても合意が成立する等、大きな進展がありましたが、他方、昨年秋より本年初頭にかけて、ポンドの切り下げ、ドル防衛の強化を契機に、わが国をめぐる国際経済環境はきびしさを増しております。しかしながら、わが国としても先進工業国の一員として、この困難な国際環境の克服に協力してまいりたいと考えております。

 さらに、今日の日本は世界の南北問題解決に貢献する心がまえが必要であると思います。もちろん、日本国内にも解決すべき幾多の経済的、社会的問題をかかえておりますが、しかし、国内問題を片づけてから南北問題にかかるといって過ごせるものではありません。日本の長期的な繁栄はアジアの繁栄の中にこそ約束されるものであります。アジアの先進工業国として、アジアの南北問題に対する日本の寄与は当然の責務であります。貧困は国際不安定の原因であります。南と北との格差が縮まらない限り世界の不安定は解消されません。南北問題に対する国民の理解を求めたいと存じます。

 中東問題については、国際連合が安全保障理事会を通じて、解決の方途を示し得たことは大きな進展というべきであります。この間、安全保障理事国として公正な見地から関係各国の意見の調整に陰の努力を続けたわが国の活動は高く評価されております。中東問題の終局的解決は当面困難とは考えますが、今後も国連の場を通じて正しい解決の方向へ向かって力を尽くす所存であります。

 私は、昭和四十三年という年は、世界的に新たな展開が始まる年になるかもしれぬと考えております。それだけに日本外交にとってもきわめて重要な年であります。これからの日本外交を推進していくためのわれわれの心がまえは、一体どうあるべきでありましょうか。国民各位とともに深く考えるべき課題であります。

 今日を核外交時代と呼ぶ人があります。そして、軍事力の背景のない外交は無力であり、現代の力の象徴は核兵器であるから核兵器を持たない国は国際的発言力が弱いという意見があります。私はこの意見にくみすることはできません。たとえ核兵器を持たなくとも、今後日本が日本の立場から世界の平和と繁栄に貢献するならば、国際社会において尊敬され得る日本たり得ることは間違いありません。

 しかし、核エネルギーの平和利用の面における機会均等だけは絶対に確保しなければなりません。このことに保証を求める日本の主張を曲げるようなことは、私はいたしません。しかし、核時代といえども、一国の防衛にその国民が最大の努力を払うという世界普遍の原則に変わりはありません。一国の安全確保に関する責任はみずから負わなければならぬことは申すまでもありません。しかし、現実の問題として、一国のみで国の安全を確保することは不可能であります。今日は集団安全保障の時代であります。このような、世界に共通した集団安全保障体制をとることがかえって戦争に近づくという考え方は、世界に通用する議論ではありません。

 われわれは、日本の安全に関する日米安全保障条約の意義を正当に評価し、自主的判断に基づき、自らの防衛努力とともに日米安全保障条約を堅持していく考えであることを明らかにいたしておきたいと思います。

 さらに、今日はいずれの国とも共存共栄の道を追求せねばならぬ時代であります。共存共栄を否定すれば対決と戦争しか残りません。現在の世界が、イデオロギーを超えて共存の方向に大きく動いていることは、まことに喜ぶべき傾向であります。この中で、中共はいまだ資本主義、自由主義との共存を認めておりません。しかし中共が永久に現在のままであるとは思われません。長い目をもって私は大陸隣人の良識を期待するものであります。

 人類三十数億、百数十カ国、そこには、ありとあらゆる考え方、民族、慣習の違いがあります。互いに文化の交流を通じて相互の理解を深め、共存の哲学を悟る以外に人類の生きていく道はないのではないでしょうか。

 私は、流動する世界情勢の中にあって、歴史の教訓に学びつつ、日本の環境から来る外交の諸原則に沿って、国益の増進と世界の平和と進歩のために全力を傾ける所存であります。国民各位の御理解と御支持を期待するものであります。