データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第62代第2次佐藤(昭和42.2.17〜45.1.14)
[国会回次] 第61回(常会)
[演説者] 愛知揆一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1969/1/27
[参議院演説年月日] 1969/1/27
[全文]

 わが国外交の基本方針と当面の重要外交施策について所信を申し述べたいと存じます。

 日本国憲法は平和国家の理想を高く掲げております。私は、真にその名に値する平和国家とは、みずからの自由と安全と繁栄を保ちながら、進んで、戦争のない世界の創造を目ざし、平和への戦いのために積極的な貢献を行なう国家であると考えます。

 私は、こうした基本的な考え方のもとに、わが国益に最も合致する政策を自主的に選択し、これを国民の理解と支持のもと、強力に推進いたしたいと存じます。

 まず外交の基本にある問題として、わが国の安全をいかに確保すべきかにつき一言いたしたいと思います。

 われわれは、ややもすれば、戦後わが国の平和と安全に対し外部から大きな脅威や障害が加わらなかったことを当然のごとく思いがちであります。しかし、この間、世界の各所において、現実に武力紛争が起こり、戦争の脅威が存在したにもかかわらず、わが国が安全と自由を享受し、世界に類例のない経済の発展を達成し得たのは何ゆえでありましょうか。それは、わが国が独立回復以来とってまいりました安全保障及び国際緊張緩和のための施策に負うところが大きかったというべきではないでしょうか。

 核時代における安全保障の考え方の基本は、戦争が起こった場合いかにこれに対処するかということから一歩進んで、戦争の発生をいかにして未然に防止するかということに移ってきております。

 平和国家を目ざすわが国の今後の施策も、戦争の未然の防止に重点を置くべきは当然であります。この見地からも、国際緊張緩和のための外交をさらに促進し、妥当な安全保障体制を確立することが車の両輪のごとく必要であります。国際緊張緩和の努力については、政府は国際連合の強化、軍縮の促進をはじめ、世界各国との平和友好関係の維持発展等、できる限りの施策を講じてまいることはもとよりであります。他方、安全保障体制については、世界に依然として平和に対する脅威が存在しており、国際連合による安全保障体制もいまだ確立されていない今日、わが国が必要かつ可能な自衛力を保持するとともに、その足らざるところを補い、わが国及びわが国を含む極東の安全を確保するため、今後とも日米安全保障体制を堅持することが戦争の発生を未然に防止するゆえんであり、わが国益に沿う最も賢明な策であると私は確信するものであります。

 わが国と米国とは、友好と信頼の精神に基づき、政治、経済、文化等あらゆる分野において緊密な協力関係を維持強化してまいりました。かかる日米両国間の友好協力関係は、わが国の平和と繁栄の維持増進のために重要であるのみならず、アジアの平和と繁栄にとって欠くことのできないかなめの一つであります。

 このような認識に立って、政府としては、このほど発足した米国新政府との間に率直かつ十分な対話を通じ、両国間の友好関係を一そう促進するとの基本的目標のもとに、個々の問題について公正妥当な解決をはかってまいる所存であります。

 当面、日米両国間において最も重要な問題は、沖縄問題の解決であります。

 佐藤総理大臣の施政方針演説に述べられておりますとおり、政府は沖縄の早期返還について、米国新政府との間に全力をあげて交渉を進める方針であります。先般の小笠原返還のごとく、領土を平和的な話し合いで回復することに成功することは、世界の歴史にも例の少ないことであります。私は沖縄返還問題の困難さを否定するものではありませんが、沖縄の早期返還は、米国との対決という姿勢によってではなく、日米両国の相互信頼と友情の基礎の上においてのみ実現可能であると信ずるものであります。

 次に、ソ連との関係でありますが、北方領土問題につきましては、政府は、全国民の強い要望を背景として、今後ともソ連政府との間に忍耐強く折衝を続け、あくまでその解決に努力する所存であります。また、隣国であるソ連との間に友好善隣の関係を維持してまいりますことは、単に両国の利益であるのみならず、極東における平和と安定にも資するところ少なからぬものと考えますので、日ソ両国の利益の一致する限り対ソ友好関係を促進し、当面北方水域の安全操業、航空問題等、懸案の解決に努力していきたい考えであります。

 中国問題もまた、わが外交のきわめて重要な課題であります。まず、中華民国とわが国との友好関係はますます促進されつつあります。

 他方、中国大陸においては、いわゆる文化大革命が収束の段階に入ったといわれておりますが、事態はいまだ流動的であるように見受けられます。政府といたしましては、当面事態の発展を注視するとともに、アジアの平和と安定のためにも、中共が進んで国際協調の態度をとることを期待するものであります。

 わが国の最も近い隣国である韓国が、着々と政治的安定と経済発展の実をあげつつあることは、われわれにとっても心強い次第であります。他方、朝鮮半島には依然緊張含みの情勢が続いております。わが国はアジアのこの地域の安定に特に重大な関心を有するものであり、今後ともその動向に不断の注視を続けていくことが必要であると考えます。

 パリにおける和平会談が再開の運びとなり、ベトナム問題の平和的解決の見通しが一段と明るくなったことは喜ばしいことであります。

 政府といたしましては、和平実現に至る過程においても、難民住宅の建設等の人道的援助を行なうとともに、今後の和平交渉の進展に応じ、平和維持機構への参加、民生安定と戦後の復興のための協力など、この地域に永続的平和を確保するため、可能な限りの協力を行なう考えであります。

 わが国は、平和国家としていかなる武力紛争にも絶対に関与しないとの立場を堅持してまいりました。しかしながら、私は、わが国は平和への戦いには進んで参加し、積極的役割りを果たすべきであり、これこそわが国の平和国家として進むべき道に沿うものと信ずるものであります。

 たまたま国際連合も、一九七〇年代を第二次国連開発の十年とする宣言を行なうことといたしております。まことに時宜を得たことと考えます。けだし、いわゆる南北問題の解決は、世界の真の安定した繁栄と平和のために、今後人類が取り組むべき最大の課題の一つであるからであります。 幸い、アジア諸国の間には、相携えて共通の課題に取り組もうとの地域協力の機運が高まり、政治、経済、社会の各分野にわたって、相互理解と協力のための努力が重ねられてきていることは心強いところであります。 政府といたしましては、アジア、特に東南アジアに対する経済協力の一そうの充実につとめるとともに、地域協力の促進をはかる考えであります。このため、わが国がになうべき負担や犠牲はもとより少ないでありましょう。しかしながら、アジアの諸国と手を携えて明るい未来を切り開くといった雄大な国民的気魄をもってこの問題に取り組むことなくしては、世界の期待にこたえ、また、戦争のない世界の創造に真に寄与することはできないと私は考えるのであります。わが国がいまを去る三年前、東南アジア開発閣僚会議の開催を提唱し、東南アジアの経済開発という共通の目標達成に向かって具体的な努力を行なってまいりましたのも、このような考えのあらわれであります。

 また、本年六月、わが国においてASPAC、すなわちアジア太平洋協議会の閣僚会議が開かれますが、ASPACはいかなる国、いかなる国家群との対立をも意図するものではなく、参加国の共通の諸問題についての自由な意見交換と協同事業のための協力を通じてアジア太平洋諸国間の協調を緊密化し、もってこの地域全体の平和と安定に貢献することを目的とする機構であります。わが国としては、これらの機構が、それぞれの分野において、今後ともアジア太平洋地域諸国の連帯と協力の機構として健全な発展を遂げるよう、この上とも一そうの努力を惜しまない所存であります。

 他方、私は、近年ますます深まりつつある欧州、中南米及び中近東・アフリカの諸国との友好関係を今後とも一そう促進してまいりたいと存じます。

 わが国が平和への戦いに寄与するためにも、みずからの経済力の充実が必要であることは申すまでもありません。とくにわが国が今後とも高度の成長を続けて行くためには、国際通貨体制の安定のほか世界貿易の拡大が不可欠の条件であります。

 国際通貨体制をめぐる問題につきましては、わが国は国際通貨基金の加盟国として、また、いわゆる十カ国会議の一員として、国際協調を通じ、国際的な金融、通貨体制の安定をはかっていきたい考えであります。かかる見地から、国際通貨体制の長期的安定を目的とする国際通貨基金特別引き出し権の創設は、わが国としてもこれを歓迎する次第であります。

 世界貿易の拡大につきましては、戦後のわが国の経済成長が、ガット体制に象徴される自由貿易原則のもとにおいて可能とされたことにあらためて留意する必要があります。わが国が自由貿易によって国の一そうの発展を期さねばならぬ立場にある以上、各国における保護貿易主義の台頭を押え、世界貿易の拡大をはかることは当然でありますが、それとともに、わが国としても輸入自由化の課題に真剣に取り組んでいかねばなりません。また、資本取引の自由化につきましても、世界各国の指向する自由経済の原則に立って一そうの努力を払っていく所存であります。

 先般の国際連合第二十三回総会において、わが国を含めきわめて多くの国がチェコ事件を遺憾とし、今日の世界における大国の責任の重大なることを説き、平和の維持のため国際連合憲章の原則を忠実に遵守する必要を強調いたしました。他方、中東における情勢は、国連の努力にもかかわらずいまだに改善を見ず、世界平和に脅威を与えております。私は、国際紛争の平和的解決のための努力の必要性が今日ほど大なる時期はないと考えるのであります。 この関連において特に強調すべきは、世界の諸国が軍縮の実現にさらに真剣な努力を払うべきことであります。政府が核兵器拡散防止のための条約案の精神を基本的に支持する態度を明らかにしてまいりましたのも、かかる立場からであります。 戦争なき世界の創造のためには、国際平和維持機構としての国際連合の強化に努力すべきものと考えます。特に、私は、わが国が平和国家としての積極的役割りを果たし得るためにも、国際連合内におけるわが国の地位の向上に一段と努力いたしたいと考えるのであります。 私は、以上申し述べましたような考え方にのっとり、変転する国際情勢の動向を正しく見きわめながら、平和国家たるにふさわしい外交を積極的に進めてまいる決意であります。国民各位の御理解と御支援を切に希望いたします。