データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第63回(特別会)
[演説者] 愛知揆一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1970/2/14
[参議院演説年月日] 1970/2/14
[全文]

 わが外交の基本方針と当面の重要施策について所信を申し述べます。

 一九七〇年代の初めの年にあたり、私は、国民の皆さまとともに、わが国が希望に満ちた新たな外交への門出を迎えたことを喜びたいと存じます。

 昨秋、沖縄返還が日米間の理解と信頼の上に立って合意されたことは御同慶の至りでありますが、この背景には、戦後二十数年にわたる国民の営々たる努力による国力の充実があったのでありまして、このことは一億国民の間に深い民族的自信をつちかったものと私は確信いたします。

 また、日米安全保障条約は堅持されることになり、この方針について広範な国民的理解が得られたことにより、わが国の安全は一段と確固たるものとなったのであります。かくして、わが国の外交は、新たな展開の時期を迎えたと申すべきでありましょう。

 しからば、わが国がとるべき外交上の基本的指針は何でありましょうか。私は、それは、国際緊張の緩和と平和のための秩序の形成という目標に向かって、国力の充実に伴いとみに重きを加えている国際責任を積極的に果たすことであると考えます。これを具体的に申せば、各国との友好関係と相互理解の一そうの増進、南北問題の解決への貢献、国連の強化と軍縮のための努力、そして国際的な各種交流の一そうの促進、この四本の柱であると思うのであります。

 私がかねてから「平和への戦い」を提唱いたしておりまするのもこの趣旨にいずるものでありまして、私は、このような基本的指針のもとに自主的な外交を積極的に進めていきたいと考えるのであります。

 わが国は、国の体制を同じくする自由諸国と深い協力関係にありますが、体制を異にする諸国との間においても、相互の立場の理解と尊重の上に立って友好関係を推進する考えであります。

 まず、米国との友好信頼関係は、沖縄返還の合意によって、ますますゆるぎないものとなりました。私は、今後両国間の問題のみならず、広く国際間の諸問題に思いをいたしながら、アジア太平洋地域、ひいては世界の平和と繁栄のための両国の協力を進めていく所存であります。

 経済面におきましては、両国間の往復八十億ドルをこえるに至った貿易関係に伴い、ときに若干の摩擦が起こることは避けがたいのでありますが、これらの問題は話し合いにより円満に解決をはかってまいりたいと思います。

 なお、沖縄問題については、施政権返還協定締結のための交渉を進めるとともに、那覇に沖縄復帰準備委員会を設置し、沖縄県民の立場に十分の考慮を払いつつ、諸般の復帰準備を進めてまいります。

 次に、ソ連との関係は、貿易、航空等を通じて、近年とみに密接の度を加えておりますが、善隣関係をさらに強化するためにも、最大の懸案である北方領土問題の解決が望まれるのであります。私は、わが国固有の領土である北方領土の返還につき、強い国民的な願望を背景に、忍耐強くソ連と交渉を続けてまいる所存であります。

 中華民国との友好協力関係を維持するとの政府の方針に変わりはありません。しかしながら、中国大陸には北京政府が現に存在いたしております。政府としては、従来から、民間レベルでの交流を促進し、また抑留邦人の釈放問題等についても、第三国における双方の外交機関間の接触を呼びかけてまいりました。

 私は、北京政府がその対外関係において、より協調的かつ建設的な態度をとることを期待しながら、相互の交流と接触をはかっていきたい考えであります。

 朝鮮半島における平和と安定は、わが国を含むアジア地域の平和に密接な関係を有しますが、韓国の政治的安定と経済的発展が着実に進んでいることは、まことに心強い次第であります。

 政府は、一日も早くベトナムに和平が実現することを強く念願しており、このためわが国としてできる限りの役割りを果たしてまいりたいと考えております。また、和平実現に至る過程においても、民生安定のための援助を強化していくとともに、和平実現に伴い、ベトナム及びその周辺諸国に対して、幅広い国際協力のもとに戦後の復興と民生向上のため可能な限りの援助を行なう考えであります。

 さらに、政府は、広くアジア諸国との友好関係をますます深めるとともに、域内の連帯感を強め、地域的協力を推進していくため、東南アジア開発閣僚会議、アスパック等の機能を一そう充実し、また域外の先進諸国とも力を合わせて、エカフェ、アジア開発銀行等の国際協力機構の強化をはかり、もってアジア地域全般の発展に寄与したい考えであります。

 オーストラリア、ニュージーランド、カナダの太平洋周辺先進国との関係も日を追って緊密化しつつありますが、アジアの安定と繁栄のためにも、これら諸国との協調をますます推進してまいりたいと考えます。

 ヨーロッパにおきましては、欧州共同体は昨年末で過渡期間を終了し、各分野において共同活動の新たな進展が見られるに至りましたが、英国等の加盟の動きもあり、七〇年代を通じて共同体の拡大及び経済統合の強化が予想されますので、わが国といたしましても、欧州共同体諸国をはじめ、その他の諸国との関係をますます緊密にしたい所存であります。

 中東紛争の現状はまことに憂慮にたえません。私は、同地域に公正かつ永続的な平和がすみやかに確立されるよう関係国の一そうの努力を要望いたしたいと思います。

 南北問題解決のため最も重要なものは、発展途上国に対する先進国の支援であります。

 発展途上国の経済開発が進み、これら諸国が政治的、社会的に安定を達成することは、世界平和のために望ましいことは申すまでもありませんが、わが国自身の要請とも合致するものであります。しかも、近年わが国力の増大に伴い、発展途上国からはもとより、先進諸国からも、南北問題解決のためわが国の果し得る役割りについて、ますます強い期待が寄せられているのであります。時あたかも国連においては、七〇年代を第二次国連開発の十年として、積極的に南北問題に取り組む姿勢をとり、本年秋の国連総会で七〇年代の開発戦略を採択すべく、目下検討が進められておるのであります。わが国としても、援助量の一そうの増大と、援助条件の緩和を可能な限り促進し、また、技術協力を拡充するとともに、民間投資を促進したいと考えます。

 なお、わが国の援助の重点はアジア地域にありますが、今後は世界的視野に立って、事宜に応じ、中近東、アフリカないし中南米等の地域に対する援助をも拡充していきたいと考えております。

 さらに南北問題解決のためには、貿易面での協力も必要でありますので、片貿易の是正、開発輸入の促進、特恵関税の供与などを積極的に配慮いたしたいと思います。

 国際緊張緩和の努力の中で重要な役割りを占めるのは軍縮であります。わが国は昨年七月軍縮委員会に参加することができましたが、自来、平和に徹した立場に立つわが国の同委員会における活動は、わが国の参加の意義を各国に強く印象づけたものと信じます。政府としては、今後とも国の英知を結集してさらに積極的な活動を行ない、もって内外の期待にこたえたい所存であります。

 核兵器不拡散条約につきましては、わが国は、当初より核兵器の拡散を防止すするとのこの条約の精神に賛成し、条約の作成過程においてわが国の主張が条約に反映されるよう努力を重ねた結果、条約中にわが国の主張がかなり取り入れられましたので、一九六八年春の国連総会での条約推奨決議に賛成投票いたしました。

 したがって、わが国としても、今般、条約が近い将来発効するとの見通しを得ましたのを機会に、条約に署名したのであります。同時に政府は、軍縮、安全保障、原子力平和利用等の問題に対するわが国の関心と見解を、内外に対して明らかにした次第であります。

 本年は国連創設二十五周年にあたりますが、私は、国連の平和維持機能を強化し、同機構を改善するため、わが国として積極的に貢献したいと考えるのであります。この点について私は、昨年の国連総会演説においても触れたのでありますが、各国の協力を得ながら引き続き検討を加えてまいりたい所存であります。

 最後に、世界に平和で豊かな社会を創造するためには、商品、資本、技術、企業等の国際的交流が一そう促進されなければなりません。私は、この意味で、まずわが国が世界経済全体の調和のとれた発展のために、その主要なにない手の一人として国際的期待にこたえることは、わが国自身の長期的国益にも合致するとともに、一九七〇年代におけるわが国の国際的責務でもあると考えるのであります。

 かかる見地から、わが国といたしましては、今後とも残存輸入制限の早期撤廃、資本取引の自由化等につとめ、経済の開放体制への移行を急ぎたいと思います。

 科学技術の開発のための国際協力も、今後ますます重要性を加えると思われます。わが国は、原子力、宇宙、海洋等いずれの分野においても平和利用のみの見地から開発に努力してまいったのでありますが、ますますこの特色を生かして、国際的交流を推進していく所存でございます。また、環境整備、都市問題など世界的な悩みであるいわゆる現代社会の問題についての国際協力にも積極的役割りを果たしてまいりたいと存じます。これらの新しい分野こそ、人類の福祉のためにわが国民の創意を生かすのに最もふさわしいものと考えるのであります。

 以上、私は、わが国の外交が取り組むべき課題について申し述べてまいりました。

 思うに、国際情勢は依然として複雑かつ流動的であります。一九七〇年代は、わが国が増大しつつある国際責任を自覚し、理想を忘れず、現実を見失わず、国際協調のうちに日本の安全と繁栄を確保すべくさらに格段の努力をいたすべき時期と考えます。私は、かかる考え方のもとに、力強い外交施策を進めてまいる決意でございます。国民各位の深い理解と強い支持をお願いいたします。