データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第65回(常会)
[演説者] 愛知揆一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1971/1/22
[参議院演説年月日] 1971/1/22
[全文]

 わが外交の基調と当面の重要課題について所信を申し述べます。

 まず、国際情勢の最近の推移を概観いたしますると、世界は徐々にではありますが、平和と安定を指向して動きつつある徴候がうかがわれます。いわゆる世界政治の多極化現象のもとで、国際関係において重要な比重を占める国々は、一方では相互に競争を続けながらも、他方では直接の対決を回避しつつ、相互間の懸案については話し合いによって解決をはかるとの姿勢を示しております。すなわち米ソ間では戦略兵器制限交渉が、またヨーロッパでは独ソ条約交渉をはじめとする一連の東西間交渉が、さらに中ソ間では国境問題を中心とする北京会談が継続されております。戦争以外の手段による大国間の勢力争いはなおきびしいものがあり、局地紛争の可能性は依然として排除し得ない状況であります。しかし中近東においては停戦が実現し、またベトナムにおいては和平追求への努力が続けられております。

 ひるがえって世界経済を見るに、国際的な経済交流はますます盛んとなりつつありますが、その反面、戦後の世界経済発展の基盤となった自由、無差別原則に基づく貿易体制は、保護主義や地域主義の台頭により、今日幾多の試練に直面しつつあります。また、南北間の経済的格差は、ややもすればさらに拡大する傾向すら見受けられるのであります。

 現代は人類史始まって以来最も変化の急激な時代ともいわれ、急速な経済発展、科学技術の進歩、情報化社会の進展等が個人や社会全体に与えつつある影響はきわめて深刻なものがあります。諸国家とも、これら現代社会に特有な国内的諸問題については、国際協力を通じてその解決をはかろうとする機運も生じつつあります。

 このように、世界はいまや一つの岐路に差しかかっており、新しい安定と秩序を求めて、模索が続けられているとも申せるでありましょう。

 かくのごとく流動してやむことのない国際環境のもとで、わが外交の基本的指針はいかがあるべきでありましょうか。

 私は、それは引き続き平和外交の推進につとめることをおいてほかにないと信ずるものであります。

 わが国の安全と繁栄を確保するためには、世界全体の平和と発展が不可欠の条件であります。イデオロギーや国情の差にかかわらず諸外国との間に調和ある友好関係の増進につとめ、国際協力を通じて平和の維持と相互の繁栄をはかり、かつ国際緊張の緩和に寄与することこそ、平和に徹するわが外交の基調であり、私がかねがね平和への戦いと呼ぶところのものであります。

 しかしながら外交政策の策定にあたっては、わが国力が近年著しく充実し、わが国の国際的責任がますます増大しつつあることを特に自覚して行動する必要があると思われます。いまや、わが国は国際社会において、求める立場から与える立場へと移行しつつあります。わが国の決意と行動は世界の大勢に少なからざる影響を及ぼさないではおかないのであります。したがって、ひとりみずからの利益のみを追うことなく、諸外国との間に調和ある相互協力の関係を進めることによって相互の利益の増進をはかり、もってわが国の長期的かつ大局的な国益の伸長をはかることがますます重要となってきたと存ぜられるのであります。

 他面、国際社会の既存の秩序や均衡を急激にくずすようなことは避けるべきであって、わが国としてはじみちな外交を着実に積み重ねていかなければならないと信ずるのであります。

 次に、当面のわが外交の重要施策について御説明いたします。

 わが国の安全を確保し、わが国経済の繁栄を維持する上で、米国との関係は他のいかなる国との関係にも増して重要なものであることは、あらためて申すまでもないところであります。

 日米両国が政治、経済、文化等のあらゆる面において相互理解と信頼の関係に立つことは、単に日米両国おのおのの国益に資するのみならず、広く世界全体の平和と安定、人類の進歩と繁栄にとっても大きく寄与するものであると信じます。

 一昨年秋の日米首脳会談による共同声明により昭和四十七年中の返還が確定した沖縄については、本土復帰のための諸準備、並びに返還協定締結のための交渉が順調に進展しております。政府といたしましては、今後一そうその促進につとめ、おそくも本年夏ごろまでには返還協定に署名し、本年後半には国会の十分な御審議を得たい所存でありまして、もって全国民わけても百万沖縄同胞の御期待にこたえたいと存じます。

 日米間の繊維問題につきましては、政府としては、冷静に国益の存するところを判断し、かつ国会決議の趣旨を尊重しつつ、互譲の精神をもって円満解決をはかるべく交渉に当たっております。それぞれ世界の大きな経済単位である日米両国間の経済交流が盛んになればなるほど、一部に摩擦が生ずるのはむしろ避けがたい現象と思われます。しかしながら、これがため日米両国の協力と相互信頼という基調に影がさすようなことがあってはならないのであります。また日米両国が、世界経済の維持拡大に対しおのおのの責任を自覚し、虚心に相協力するならば、この種の問題は必ずや解決できるものと信ずるのであります。

 政府といたしましては、貿易経済合同委員会、防衛、環境保全等の諸問題に関する閣僚間の協議等を通じまして、日米両政府間の意思疎通を一そう緊密にするとともに、政治、経済、文化の各面における人的交流を促進し、各界、各層における相互理解と連携をさらに深めることが肝要と信ずる次第であります。

 中国問題は、わが国にとっても、また世界にとっても、一九七〇年代の重要課題であります。と同時に、中国問題がきわめて困難かつ錯綜した問題であることにも留意しなければなりません。

 政府といたしましては、中華民国政府、中華人民共和国政府の双方とも一つの中国の立場をとっていることを承知いたしておりますが、この種の問題は本来は両当事者間で、あくまで武力行使を避け、平和的な話し合いによって解決せらるべき筋合いのものと考えるのでありまして、話し合いの結果はこれを尊重いたす所存であります。

 政府としては、従来から中華民国政府と友好関係を維持しておりますが、中国大陸との関係については、相互の立場尊重と内政不干渉の原則のもとに、これを改善していくことが望ましいと考えており、そのため中華人民共和国政府との対話を持ちたいと存じます。日中間において、民間交流のみならず、政府間接触が実現すれば、相互の立場をよりよく理解し合うことが可能になると考えます。

 昨年秋の第二十五回国連総会における中国代表権問題の審議において、中華人民共和国政府代表を中国の唯一の合法代表と認め、国民政府を国連から追放するとのアルバニア決議案が初めて反対票を上回る賛成票を獲得いたしました。政府としては、このような結果をもたらした国際環境等について綿密な分析を行ない、今後の国際情勢の推移をも見きわめつつ、本問題について今後とるべき方策を慎重に検討する所存であります。

 朝鮮半島の情勢については、韓国が引き続いて着実な経済建設を進めていることは心強い次第であります。わが国としては、韓国の発展と国民福祉の向上のため今後ともできる限りの協力を続けるとともに、朝鮮半島における緊張が緩和の道をたどることを心からこいねがうものであります。

 インドシナにおいては、一日も早く和平が実現することを強く念願しており、このためわが国としてなし得る役割りがあれば、積極的にできる限りの努力をしてまいりたいと考えております。また、この地域の民生安定と経済開発のため、情勢が許す限り、できるだけの援助を推進してまいりたいと思います。

 アジア太平洋諸国の間には、近年幸いに地域協力の機運が高まりを見せており、これら諸国間の国際的協力のもとにこの地域に共通の問題を解決しようとする努力が払われております。政府は、このような努力を高く評価し、今後も積極的にこれに協力していきたいと考えます。

 政府は、隣国たるソ連との間に善隣友好の関係を維持発展せしめることが、ひとり日ソ双方の利益のみならず、極東の平和と安定にも資するとの考えから、今後ともあとう限り貿易、経済並びに文化などの各種の分野で、ソ連との関係を深めていく所存であります。

 しかしながら、わが国とソ連との間には北方領土問題が依然未解決のままに残され、これが両国関係を真に安定的な基礎の上に発展せしめる上に大きな障害となっていることは、まことに遺憾であります。政府といたしましては、日ソ間の相互理解を一そう深めるとともに、全国民の強い要望と支持のもとに、忍耐強くソ連政府との間に折衝を続け、歯舞群島、色丹島、国後島及び択捉島の返還実現をはかることにより平和条約の締結を期したい所存であります。

 ヨーロッパにつきましては、東西間の交渉や欧州共同体の拡大の機運に伴う新たな情勢の推移に注視するとともに、これら諸国との関係の一そうの緊密化をはかる所存であります。

 また中南米につきましても、地域統合の最近の動きにかんがみ同地域内諸国の今後の動向に注目してまいりたいと思います。

 中近東の情勢につきましては、昨年八月以来アラブ・イスラエル間に停戦が成立しており、現在は紛争の平和的解決達成のためにきわめて重要な段階にあると考えます。わが国としては、関係国間の話し合いによりこの地域に一日も早く公正かつ永続的な平和が確立されることを切に希望し、かつそのために国連の場等を通じて協力を惜しまないものであります。

 国際連合は昨年をもって創立二十五周年を迎えました。わが国は、今回、三たび国連の安全保障理事会に選出されましたが、この機会に一そうの努力を傾けて、世界平和の維持と紛争の平和的解決のために貢献する所存であります。

 また、成立後四半世紀を経た国連のあり方を、世界の現実に即応したものに改め、国連の機能の充実とその活動の一段の強化をはからなくてはならないと信ずるものであります。私は、昨年の国連総会において、国連のあり方の再検討の必要性を強調し、その平和維持活動の強化、経済社会面での活動の能率化、いわゆる敵国条項の削除等、具体的示唆をも行なったのであります。このような機運が世界各国の賛同を得て、一そうの盛り上がりを示すことを希望する次第であります。

 わが国は、一昨年以来ジュネーブの軍縮委員会にも参加しておりますが、同委員会や国連における軍縮討議等を通じて、国際の平和と安全に寄与することを念願しております。また、わが国は昨年二月核兵器不拡散条約に署名いたしましたが、今後ともあらゆる機会をとらえて核兵器国に対し核軍縮の誠実な履行を強く要請してまいる所存であります。

 軍縮や軍備管理の努力はもとよりのことながら、これと並んで世界各国の軍備競争がもたらすべき経済的、社会的影響に留意し、人的、物的資源の浪費を避けて各国の民生の向上に振り向ける問題に真剣に取り組むこともまた世界の平和に資するゆえんであると考えます。この点は、平和に徹することにより今日の高度経済成長を達成し得たわが国として、特に世界に対して訴えたいところであります。

 南北問題は、先進国と開発途上国とが緊密なパートナーシップのもとに解決すべき現代の大きな課題であります。世界が一つになって繁栄に向かうことが、究極的には真の平和と安定をもたらすゆえんであります。また、経済面での協調なくして調和ある世界経済の発展はあり得ません。いかなる大国といえども国際社会から孤立した状態で長期的繁栄は期待できないのであります。

 特に、近年ますます経済力を充実しつつあるわが国が、他の先進諸国と歩調を合わせ、国力に見合った寄与を行なうことは当然の責務であり、かつまた長期的に見て、わが国自体の繁栄にもつながるものであります。

 わが国は、年々経済協力の拡大につとめ、一九六九年実績では、十二億六千万ドルと世界第四位の援助供与国の地位を占めるに至りました。

 わが国は、つとに対外経済協力について、国民総生産の一%目標の達成、ひもつき援助の廃止について態度を明らかにいたしましたが、さらに借款条件の緩和、無償援助の増大、技術協力の拡充など、経済援助の質的並びに量的拡大をはかり、もって開発途上国の国づくりの意欲を援助してまいりたいと存じます。また、先進諸国の協力による多角的援助に積極的に参加するとともに、対象地域として、近隣アジア地域はもとより、南西アジア、中南米、中近東、アフリカ等にも一そうの援助を行なってまいりたいと考えます。

 貿易面における協力措置については、いわゆる片貿易の是正、開発輸入の促進をはかることが必要であります。この意味で本年七月を目途に一般特恵関税が供与される運びとなっておりますことはきわめて有意義と考えます。

 さらに政府としては、本年九月には残存輸入制限を西欧諸国並みの水準に引き下げるとともに、資本自由化についても一段とこれを促進し、自由、無差別の原則に基づく世界貿易体制の維持、発展のために一そう寄与する決意であります。

 環境問題はいまや世界的な広がりを持つ重要な問題となってきております。わが国がさきの国会において一連の公害立法を成立させましたことは世界的にも誇るに足るものと考えます。この際、環境問題に関する国際協力については、OECD、国際連合等の活動を積極的に支持することはもとより、さらに進んで国際協力の実をあげるよう努力する所存であります。

 近年、わが国の国際交流が盛んとなるに伴い、海外の世論に対して、平和国家を志向するわが国についての正しい理解を得るための方策の必要がますます高まってまいりました。また、諸国間の文化交流は相互理解と友好関係を増進するものでありますので、政府としては、わが国における外国研究を一そう促進することと並んで、日本文化の紹介、特にアジア地域への教育協力、留学生受入体制の整備など、知的及び人的交流のための諸施策を拡充していく所存であります。

 以上、私は、わが国外交が当面する諸課題と、それに対処する政府の施策について申し述べてまいりました。国際情勢は今日一つの転換期にあり、国力の比重を増しつつあるわが国の国際的責任はますます重きを加えてまいりました。このときにあたり、私は、世界の中の日本の地位を明確に認識し、冷静で柔軟な態度をもって平和への戦いのための、積極的な外交を進めていきたいと念願いたしております。国民各位の御理解と御支持を仰ぐ次第であります。