[内閣名] 第63代第3次佐藤(昭和45.1.14〜47.7.7)
[国会回次] 第68回(常会)
[演説者] 福田赳夫外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1972/1/29
[参議院演説年月日] 1972/1/29
[全文]
第六十八回国会の冒頭にあたりまして、わが国をめぐる現下の国際情勢を概観し、あわせて、わが国外交の基調について所信を申し述べたいと存じます。
顧りみまするに、過ぐる昭和四十六年を通じ、世界情勢には数々の大きな変化が見られたのであります。アジアにつきましては、米中関係が対決から対話へ移行する傾向と相まちまして、ニクソン大統領の訪中計画が発表され、次いで中華人民共和国の国連参加が実現いたしました。朝鮮半島におきましては、依然緊迫した情勢が続いておる反面、南北間の話し合いが開かれるなど、緊張緩和へ向かっての模索もうかがわれるのであります。インドシナ半島の戦火は、不幸にしていまだ終息することなく続いておりますが、東南アジアにおきましては、四囲の情勢の新たな展開を背景として、地域内協力の推進など、自主、自立への道を探る動きが始められております。東南アジアにおきましては、インド、パキスタン両国の間に武力衝突が生じ、その後、幸いに停戦がもたらされたものの、なお解決すべき多くの問題が残されておるのであります。また中東におきましても、いまだ紛争解決の見通しが立たず、不安定な様相が続いておるのであります。ヨーロッパにおきましては、東西関係に緊張緩和の趨勢が見られると同時に、英国等の欧州共同体への加入が決定され、統合の進展にはまことに目ざましいものが見られるのであります。
ひるがえって経済面につきましては、米国の新経済政策などにより、世界経済に大きな動揺と混乱が生じたのでありますが、幸いにして先進諸国間の国際協調により、現在一応の安定と均衡を回復しつつあるものと見受けられるのであります。
これら一連の変化を通じまして明らかなことは、第一は、戦後の国際秩序が、いまや一つの大きな転換期に差しかかっており、国際関係の基調は、かつての東西対立の時代から、いまや多極化へ向かっての展開を示しつつあることであります。
第二に、かかる多極化の趨勢の中にあって、諸国民、諸国家の間で、緊張緩和の方向へ向かっての努力が進められておることであります。近く行なわれるニクソン大統領の訪中、訪ソは、この潮流を端的に示すものであり、その成果が期待されておる次第であります。もちろん、地域によりましては、情勢の流動化とともに、かえって不安定が増大したり、あるいは不幸武力衝突の生じたりしている例も見受けられます。しかしながら、大きな流れとしましては、いまや武力による対決ではなく、話し合いによって問題の解決をはかり、かつ、そのための環境をつくり上げようとする動きが、全世界を通じてうかがわれるのであります。
第三は、新たな秩序と安定が、国際的連帯感のもとで、徐々にではあるが、諸国間に形成されつつあることであります。貿易や通貨の面における国際協調は、戦後一貫して維持されてきた国際経済体制を、より一そう現状に即応したものと改めようとする努力のあらわれであり、また、その成果は、新たな秩序の形成のために一つのいしずえを築いたものにほかなりません。国際政治の面におきましても、安定と均衡を求める動きがあらわれており、東南アジアにおける地域内協力への動きや、欧州共同体の拡大と進展等も、このように見ることができましょう。
以上のごとき国際情勢の流れは、今後一そう顕著となるものと予測され、多極化の現象の進行と相並んで、緊張緩和への模索と、新しい国際秩序と安定を求める動きは、ますます活発化していくものと思われます。
このような変化と流動のときにあたり、わが外交に課せられた使命の重大なることは、言うをまちません。いまやわが国は、この多極化の世界の中で、新たな基礎の上に立って、みずからの方途を探り、国益を確保しつつ前進すべきときに直面しておるのであります。
以上、私は、現下の国際情勢の概観を試みましたが、次に、当面のわが外交の重要施策について、所信を申し述べたいと存じます。
わが国にとりまして、米国との関係は、他のいかなる国との関係にも増して重要であります。日米両国間の緊密な友好協力関係を維持することは、引き続きわが外交の基本的政策であります。
わが国の戦後の歴史を振り返りますと、今日の繁栄が達成されましたのは、国民全体の英知と努力によるものであることは申すまでもありません。しかし、これとともに、米国との協力関係が、わが国の平和と安全を確保し、わが国経済の繁栄を実現する上で、大きな役割りを果たしたことは明らかであります。今後世界の情勢には種々の変遷が予想されますが、米国は、世界平和の維持と人類の福祉増進をはかる上において、なお引き続き大きな比重と役割りを持ち続けるものと考えます。このような米国とわが国とが、緊密な協力関係に立たねばならないことは言うまでもありません。国際社会が多元化し複雑化すればするほど、またわが国の国力が充実すればするほど、日米両国の世界に対する責任と役割りは重きを加え、日米両国の提携は、一そうその必要性を増すものと考えます。また、日米両国が確固たる協力関係に立つことは、単に両国にとってのみならず、アジア、ひいては世界全体の平和と繁栄にとっても、すこぶる大きな意義を持つものであります。このように考えますれば、わが国が多極化時代の要請にこたえて、外交の充実と強化をはかるにあたりまして、日米協力の基礎は決してゆるがせにすることができないのみならず、むしろ、その上に立ってこそ初めて、真に実り多い多面的外交が展開し得ると信ずるのであります。
去る一月六日、七日の両日、米国サンクレメンテで行ないました日米首脳会談に、私は、このような認識を持って出席いたしたのであります。この首脳会談におきましては、国民が長い間ひとしく念願していた沖縄返還の期日が、本年五月十一日に十五日に、本年五月十五日に確定いたしました。同時に、その際、返還時において沖縄が核抜きである旨を確認すること、返還後において、米軍の施設、区域をできる限り整理縮小するよう十分の考慮が払われること等の諸点もあわせて合意されたのであります。
戦争によって失われた領土が、平和的な話し合いによって返還されるということは、歴史上ほとんどその前例を見ないところであります。話し合いによる沖縄の施政権の返還という、この歴史的なできごとが可能となりましたのは、沖縄県民をはじめ日本国民全体の営々たる努力のたまものでありますとともに、今日までの日米友好関係のもたらした偉大な成果にほかならないのであります。
私は、このような成果を踏んまえ、日米両国の友好と協調の関係を今後ますます発展、強化していくとともに、その基礎の上に立ちまして、さらに広く、アジア地域全体の安定と発展のため積極的に寄与していかなければならないと信ずるのであります。
中華人民共和国は、わが国にとりまして最も重要な隣国の一つであり、同国との関係を正常化することは、わが外交の将来にとって最も重要な課題であります。
日中両国は、アジアの平和と繁栄にとって重大な責任を有するものであります。このような両国の間に、正常な国交がないことは、日中両国民にとり不幸であるのみならず、アジア及び世界全体にとってもまた遺憾なことであります。中華人民共和国が昨年秋国連に参加し、国際社会の一員となった現在、日中両国が一日も早く正常な関係を樹立することは、単に両国にとって利益であるのみならず、国際社会全体の安定と秩序のためにも大きな意義を有するものと考えます。
政府といたしましては、中華人民共和国との間に相互理解の増進をはかるとともに、日中両国がともに加盟国として尊重すべき国連憲章の諸原則にのっとり、主権の平等、内政不干渉、紛争の平和的解決、武力の不行使、平和、進歩及び繁栄のための相互協力等の基礎の上に立って、両国間に安定した関係を樹立したいと念願するものであります。
もとよりこのためには、日中両国政府が直接に話し合い、相互の主張と言い分を率直に述べ合う機会を持つことが必要不可欠と考えます。私は、中華人民共和国政府も、このようなわが国の誠意ある呼びかけにこたえまして、両国関係の正常化に真正面から取り組んでいただきたいと切望してやみません。
次に、日ソ両国の善隣友好関係の進展は、ひとり日ソ両国にとって利益となるのみならず、極東の平和と安定にも資するものと考えるのであります。政府といたしましては、今後とも、通商、経済、文化、科学技術等の幅広い分野において両国関係の発展をはかり、相互の利益の増大につとめる所存であります。これとともに、国際政治においてソ連が大きな比重を占め、特にわが隣邦としてアジアの平和に少なからぬ影響力を持っていることにかんがみ、従来にも増して、広く国際関係全般にわたり、同国との間に率直な話し合いを進め、もって両国間の意思の疎通をはかるべきものと考えます。これがまた、多極化時代におけるわが外交に課された要請にこたえるゆえんであるとも思うのであります。
私は、このような観点から、グロムイコ外務大臣の訪日を迎え、二国間の諸懸案について討議し、また、平和条約締結の交渉を本年中に開始することに合意するとともに、国際情勢全般について、意見の交換を行なったのであります。
ただ、わが国をあげての強い願望である北方領土の問題が、なお未解決のまま残されておりますことは、近く沖縄の本土復帰が実現することを考えるとき、はなはだ遺憾に存ずる次第であります。日ソ関係を真に安定的に発展させていくためには、この問題を解決することが不可欠であります。政府といたしましては、今後とも国民各位の強い支持のもとに、忍耐強くソ連との間に折衝を続け、わが国固有の北方領土の返還実現をはかり、もって一日も早くソ連との間に平和条約を締結したいものと考えておる次第でございます。
ヨーロッパにおきましては、西欧諸国の経済力が伸長し、また欧州共同体が拡大するなど、注目すべき動きがあり、これに伴ってその国際的発言力も高まってきております。また、いわゆる東西関係の面におきましても、ベルリン問題に関する交渉が妥結し、欧州安全保障協力会議の開催や、均衡的相互兵力削減が検討されるなど、緊張緩和へ向かっての幾つかの重要な動きがうかがわれるのであります。
わが国といたしましては、これらの新しい動きに着目し、拡大欧州共同体を中心とする西欧諸国との関係を従来以上に緊密化し、歴史的にわが国と西欧との間に存在してきた長い友愛と協調のきずなをあらためて強化するとともに、わが外交の多面的展開をはかっていきたい所存でございます。
わが国と西欧諸国とは、いまや米国とともに世界に大きな責任を有するに至っております。このときにあたり、日、米、西欧諸国が、相互の意思疎通を密にし、協調して歩むことは、世界の平和と発展のために大きく寄与するゆえんであると考えるのであります。
さて、申すまでもなく、アジアは、わが国にとって最も重要な地域であります。この地域におきましては、緊張の持続と、その緩和の傾向が互いに交錯し、複雑な様相が見られるのであります。その中にあって、各国がそれぞれに、また、地域内協力を通じて、政治的、経済的に、自主自立の方途を探求するという動きも顕著であります。わが国は、同じアジアの同胞であるこれら諸国の求めるところに深い理解と共感を持つものであり、これら諸国の努力が実を結ぶよう、あとう限りの支援と協力を惜しまない所存でございます。
インドシナ地域の情勢は、依然として流動的に推移しておりますが、しかし、わが国といたしましては、何よりもまず和平の実現と緊張緩和に寄与し、各国が一日も早く平和と安定を取り戻すよう、今後とも積極的に努力する所存でございます。これとともに、この地域の住民の民生安定と福祉の向上のため、引き続き援助の手を差し伸べ、さらに平和回復の暁には、政治、社会体制の相違を越えて、当該地域の振興と建設のために、できる限りの寄与を行なう所存でございます。
アジア地域の平和と発展のためには、域外関係諸国の協力が不可欠であります。特にこの地域に大きな利害を有する太平洋諸国の協力を得ることが、従来にも増して肝要であり、政府といたしましては、アジアの諸問題解決のため、これら諸国と緊密に協力いたしてまいる所存でございます。
わが国は、戦後一貫して、国連に対する協力を、外交政策の主要な柱として重視し、また、国連の場を通じて、各国との国際協力を推進してまいりました。今後ともわが国は、国連の機能の強化のために力を尽くすとともに、その事業に積極的に参画していかねばならないと考えます。
昨年末のワシントンにおける先進十カ国の蔵相会議により、円平価の切り上げを含め、多角的な通貨調整が行なわれたのであります。今後は、国際協力によって打ち建てられたこの新しい基礎の上に立ちまして、世界経済が調和ある発展と拡大を遂げることを念願してやみません。
しかしながら、他面、最近世界の各地で、ややもすれば保護主義の台頭や、閉鎖的な地域主義への動きもうかがわれることは、憂慮すべき現象であります。世界経済が今日の発展をなし遂げ得たこと、またその中にあってわが国が現在の繁栄を達成し得たことは、一にかかって、自由貿易の原則によるものであることは、疑いをいれないところであります。政府といたしましては、このような認識に立脚し、わが国の貿易と資本の自由化をさらに推進するとともに、自由、無差別の原則に基づく世界経済の拡大と安定を目ざしまして、今後ともあらゆる努力を傾けてまいる所存であります。
いわゆる南北問題につきましては、開発途上国が自立と発展への基礎を確立するため、一致して活動を行ないつつあり、いまや、国際関係において、いわゆる第三世界として無視しがたい力となっていることが注目されます。わが国といたしましては、このような諸国の立場に深い理解を示し、その努力に寄与しなければならないと思います。また世界各国も、この分野におけるわが国の役割りに大きく期待をいたしておるのであります。
わが国は、年々開発途上国に対する経済協力の規模の拡大に努力してまいりました結果、すでにその総量においては米国に次ぐ地位に達し、GNP一%の国際的な目標の達成も、目前に迫るに至っておるのであります。今後は、この実績の上に立ち、援助量の拡大をはかることはもとより、政府開発援助の拡充、技術協力の強化、借款条件の緩和など、その質の面における改善にも重点をおいて施策を進め、もって国際的にも誇るに足る成果をあげるよう、つとめる所存であります。また、今後は、アジア諸国はもとより、中近東、アフリカ、中南米の地域に対しましても、それぞれの地域的特殊性に見合った経済協力を進めていきたい考えであります。
私は、このようにして質量ともに充実した経済協力を実現し、もって開発途上国との間に真の友好信頼関係を築き上げることこそ、わが国の長期的国益に資するゆえんであると信ずるものであります。
最後に、私は、人的、文化的交流の飛躍的拡大の必要について触れたいと存じます。
近年、海外諸国におきまする対日関心はとみに高まりつつあるのでありますが、同時に、諸方面にゆえなき警戒心や不当な誤解も台頭しつつあるやにうかがわれるのであります。わが国の対外活動が経済的利益の追求に偏するとする批判や、さらには、日本軍国主義の復活を懸念する声すら聞かれる状況であります。このようなときにあたり、平和国家、文化国家を志向するわが国の正しい姿勢を海外に伝え、誤った認識の払拭につとめることは、わが外交にとっての急務であります。特にわが国の場合、独特の文化的伝統と言語の障壁のため、外国との意思疎通が困難なことを考えますれば、このことは、一そう必要かつ緊急を要するものと考えるのであります。わが国民が国際社会において縦横の活躍を行なうに至った現在、世界の中の日本人として、世界の実情をより深く理解することもまた必要となっておるのであります。政府といたしましては、このため、新たに国際交流基金を設立すべく、明年度予算案においてそれに対する支出を要請してきておるのであります。私は、今後とも国民各位の幅広い支持と協力のもとに、この基金をさらに拡大発展させていきたい考えであります。このようにして、広く諸国民との間に、心と心との触れ合う相互理解の増進につとめること、これこそ、わが外交に課せられた大きな課題の一つであると信じます。
以上、私は、国際社会の現状を概観するとともに、わが外交の当面する重要問題につきいささか所信を申し述べたのであります。
今後の世界は、いわゆる多極化の趨勢のもとに、国際的に影響力を持つ諸大国、諸地域相互間の提携と角逐、競争と共存を軸として動いていくように見られるのであります。この間に伍して、わが国がみずからの方途を探り将来の発展を期するためには、まず、何ものにもとらわれない柔軟かつ現実的な態度を失わないことが肝要であります。これとともに、変転する国際情勢の流れの中で、何がわが国にとって基本的国益であるかを冷静に把握し、確固たる信念と長期的展望を持って前進することが肝要であると考えるのであります。
わが国は、世界に誇るべき、平和で豊かな社会の建設を志向しておるのであります。人口稠密で資源に乏しく、海外諸国との交流と交易を必要とするわが国が、このような豊かな社会を建設するためには、何よりもまず平和のうちに繁栄する世界がなくてはならないのであります。
世界の平和なくしてわが国の平和はなく、世界の繁栄なくしては、わが国の繁栄はあり得ないのであります。相手国の利益を増進することによってわが国の利益を求め、他国を生かすことによってまたわが身を生かすこと、これこそわが国の選ぶべき方途でなければならないと思うのであります。いまやわが国は、新たな国際連帯に向かって前進しつつある世界の潮流を正しく把握し、世界の発展の中にこそ、日本の発展の可能性を探り求むべきであると、かく信ずるのであります。
わが国は、諸国民の公正と信義に信頼してその安全と生存を確保しようとの理想を掲げ、経済上その力を持ちつつも、軍事大国への道は選ばないことを決意しておるのであります。これは史上類例を見ない実験への挑戦であります。この実験の行く手にはなお幾多の困難が横たわっておると思うのであります。しかし、私は、戦後の荒廃の中から立ち上がり、今日のわが国を築き上げたわが日本国民の英知と努力をもってすれば、このような困難は、必ずや克服し得るものと確信をいたします。わが国がこの難関を乗り越え、平和で豊かな文化国家として、世界の中で名誉ある地位を占めるよう、その道を切り開いていくことこそ、これこそが日本外交の使命であると確信をする次第でございます。
国民各位の支持と協力をお願いいたします。ありがとうございました。