データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第64代第1次田中(昭和47.7.7〜47.12.22)
[国会回次] 第70回(臨時会)
[演説者] 大平正芳外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1972/10/28
[参議院演説年月日] 1972/10/28
[全文]

 最初に、最近実現を見ましたわが国と中華人民共和国との間の国交正常化について御報告いたします。

 中国は、わが国にとりまして最も重要な隣国の一つであり、日中の間には二千年にわたる長い交流と伝統的友好の歴史がありました。しかし、遺憾ながら日中関係は過去数十年にわたり不幸な経過をたどってまいりました。戦後におきましても、わが国をめぐる内外の情勢を反映して長く不正常の状態を脱却するに至らなかったのであります。

 今日、世界はいわゆる多極化の時代に入り、国際情勢にはかつてない流動化の様相が見られます。そして、全体の趨勢としては対決の時代から対話によって平和を指向する時代へと移行しつつあるものの、なお随所に不安定要因が根深く存在することも否定できません。特にアジアにおいてしかりであります。わが国の外交はアジアの安定と繁栄に寄与することを基本の方針としております。日中両国の国交を正常化し、両国の間に善隣友好の関係を樹立することは、アジアの安定と繁栄の基礎を固めるために最も重要なことでございます。

 田中内閣は、その組閣以来、昨年の国連における中国代表権問題の審議の帰結、ニクソン米大統領の中国訪問などによって急速に高まってまいりました日中国交正常化への国民の願望にこたえなければならないと考えてまいりました。他方、この問題につき、中国側がとみに真剣かつ実際的な姿勢を示すようになったことに対し、いかに処するかについても思いをめぐらしてまいりました。また、日中国交正常化が、米国、ソ連をはじめアジア・太平洋地域の諸国とわが国との関係に対して、いかなる影響を及ぼすことになるかについても十分検討を加えてまいりました。その結果、政府はいまや日中国交正常化の実現をはかる機が熟したと判断し、この多年にわたる懸案の解決に取り組む決意を固め、中国側の招請にこたえ、田中総理大臣は、九月下旬北京を訪問し、同国首脳と会談を行なったのであります。

 日中両国間には、申すまでもなく、政治信条や社会制度の相違がございます。また、戦後の世界政治におけるおのおのの立場や事情も違っております。しかしながら、今回の日中首脳会談におきましては、友好的な雰囲気の中で相互に率直な意見を交換いたしました結果、かかる相違は相違として残しつつも、国交正常化を通じてアジアの平和に貢献しようという道標を追求することにおいては一致したのであります。かような基本的な理解に立ちまして、相互の理解と互譲の精神により鋭意交渉を重ねました結果、ついに国交正常化につき合意に達することができました。かくて日中関係の歴史は新たな段階を迎えることになりました。

 日中国交正常化はもとより政府のみの力によって成就したものではありません。この際、私は、これまで長きにわたり日中の交流と国交の正常化に尽力を惜しまれなかった与党、野党の関係者をはじめ、各界の先達に対し、深い敬意と感謝を表明いたします。また、今回の首脳会談にあたって国民各層から政府に寄せられました御理解と御支援に対し、厚く感謝するものであります。

 日中会談の成果は、九月二十九日に発表されました共同声明に示されており、また、それに尽きております。

 ここにその主要な点について御説明申し上げます。

 日中両国間の不正常な状態は、共同声明発出の日をもって終わりを告げ、この日から両国の間に国交、すなわち、正式の外交関係が樹立されました。この外交関係が十分機能するためには双方の大使館を設置し、大使を交換することが必要であることは申すまでもありません。政府といたしましては、そのための所要の準備をできるだけすみやかに整えたい所存でございます。

 次に、台湾の地位に関してでございますが、サンフランシスコ平和条約により台湾を放棄したわが国といたしましては、台湾の法的地位につきまして独自の認定を行なう立場にないことは、従来から政府が繰り返し明らかにしておるとおりでございます。しかしながら、他方、カイロ宣言、ポツダム宣言の経緯に照らせば、台湾は、これらの両宣言が意図したところに従い中国に返還されるべきものであるというのが、ポツダム宣言を受諾した政府の変わらない見解であります。共同声明に明らかにされておる「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」との政府の立場は、このような見解をあらわしたものであります。

 中華人民共和国政府は、この共同声明において、賠償放棄を宣言いたしました。過去における中国大陸での戦争がもたらした惨禍がいかに大きなものであったかを考えまするならば、わが国としては、ここに示された中国側の態度に深く感謝すべきであると考えます。

 日中国交正常化が、第三国に向かってなされたものではないことは申すまでもありません。一衣帯水の間にあり、歴史的にも深い関係にある日中両国が、正常な国交を持つことはいわば当然のことであります。そしてこのことは、わが国が米国その他の諸国と緊密な友好関係をもつことと両立すべきであるし、また、両立させ得るものと信ずるものであります。

 また、共同声明は、今後の日中関係に適用さるべき諸原則を明示しております。すなわち、主権と領土保全の相互尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵及び平和共存の五原則がそれであります。さらに、両国はこれらの原則及び国連憲章の諸原則に従い、紛争の平和的解決と武力の不行使を相互に確認いたしました。共同声明においてその締結交渉を約しておりまする平和友好条約は、このような指針を踏まえつつ、将来の日中間の善隣友好関係を確固たるものにしようとすることを目的とするものであります。

 なお、日華平和条約について申し上げます。共同声明発出の際に明らかにいたしましたとおり、日中国交正常化の結果として、日華平和条約は、その存続の意義を失い、終了したものと認められるというのが政府の見解でございます。

 日中国交正常化の結果、これまでわが国と密接な関係にあった台湾との外交関係は遺憾ながら維持できなくなったのであります。しかしながら、政府としては、台湾とわが国との間に人の往来や経済、文化をはじめ各種の民間レベルでの交流を、今後ともでき得る限り継続していくことを希望しており、そのために必要な措置を講ずる用意があります。台湾に在留する邦人の生命財産の保護は、台湾における官民の配慮により、今日まで幸に事なきを得ておりますが、政府としても、これに対し、今後とも十分注意を払ってまいる所存であります。

 日中国交正常化によりまして、米国、ソ連をはじめアジア・太平洋地域の諸国、特に東南アジア各国とわが国との関係は、いささかもそこなわれるものではなく、一そう拡充されるべきものであると考えます。しかし、政府としては、中国との新しい関係が、これら諸国に及ぼすことあるべき影響に十分留意し、今後これら諸国との関係を処理するにあたりましては、従来にも増してきめのこまかい配慮を払ってまいる所存であります。先般の日米首脳会談におきましても、かかる観点から米国政府首脳に対しまして、日中国交正常化についてのわが国の立場と考え方を率直に伝えた次第であります。また、わが国と緊密な関係を持つその他の各国に対しても、できるだけ広範に理解を求めてまいりました。さらに私は、最近、豪州、ニュージーランド、米国及びソ連を歴訪して、関係国首脳に対し、日中国交正常化交渉の趣旨を伝え、その理解を深めてまいりました。また、政府が韓国及び東南アジア諸国に対してそれぞれ特派大使を派遣いたしましたのも、同様な考慮に基づくものであります。

 日中国交の正常化は日中間の歴史に新しいページを開くものであります。しかし、これはいままでなかった道が開かれたというに過ぎないのであります。問題は、今後われわれがいかにしてこの道を拡大し、発展させるかにかかっております。両国関係の将来、ひいてはアジア・太平洋地域の平和と安定は、両国のこれからの努力に大きく依存しておると思います。

 私は、何をおきましても、日中相互の間に不動の信頼がつちかわれなければならないと考えます。われわれはお互いのことばに信をおき、かつ、お互いのことばを行為によって裏書きすることが必要であると思います。さらに、両国が、アジア地域の平和と安定、秩序と繁栄に貢献することが肝要であると思います。そのためにわれわれは何を行なうべきか、何を行なってはならないかについて、正しい判断を持ち、慎重に行動すべきであると考えております。日中両国は、このような不動の信頼とけじめのある国交を通じてのみ、両国間に末長き友好関係を築き、発展させることができるものと考えます。政府としてはこのためにせつかく努力をいたす所存であります。

 以上、私は、日中国交の正常化につきまして御報告をいたしましたが、この時点に立って、私は、あらためて、わが国が国際社会においていかなる立場をとり、いかなる道を歩むべきかという外交上の方針につき一言いたしたいと思います。

 わが国としては、わが国存立の主体的、客観的な諸条件を踏まえて、あくまでも平和に徹する国として、内においてはそれにふさわしいみずからの内政を整え、外に向かっては国際的な信用を高めつつ諸外国との交流を進め、世界の平和と繁栄に貢献すべきであると信じます。

 私は、わが国の国力の充実に伴い、今日世界におけるわが国のもつ責任と役割りが年とともに増大しておることを痛感するものであります。内外にわたるかような責任を果たして、初めてわが国の安全が保たれ、その国益が維持されるものと信じます。

 日米友好関係を堅持することはわが外交の基軸であり、寸時もゆるがせにしてはならないものであると信じます。これとともに、わが国は中・ソをはじめアジアの近隣諸国との友好関係をますます緊密なものにしなければなりません。さらにわが国は広く環太平洋諸国との関係を密接にし、新しい展開を示しつつありまする欧州諸国との関係を増進する必要があります。また、われわれは、国際連合を通じて国際協力を推進し、特に、軍備の規制及び経済社会面における国際協力の分野で応分の貢献をしなければなりません。

 われわれはまた、わが国の経済政策が世界経済にますます大きな影響を与えつつあること、とりわけわが国が世界の通貨貿易体制においてきわめて大きな比重を占めることを自覚しなければならないと信じます。その自覚に立ちましてわが国はみずからの経済の長期的利益と、世界経済の調和的な発展のために、果断な施策を進めなければなりません。さらに、わが国としては、アジア、中近東、アフリカ、中南米等の開発途上国の開発にできる限りの貢献をすることは当然の責務であります。われわれは、これらの諸国の発展にとって真に利益となるような協力を行なうために一そうの努力をいたす必要があると思います。また、各国との相互理解を増進するため、文化交流も一段と推進したいと考えております。

 かくしてこそ、わが国は将来長きにわたり、わが国の安全と国民の繁栄、福祉等を確保しつつ、広くわが国の対外関係を安定した基盤の上に置き、進んで世界の平和と繁栄に貢献できるものと信じます。

 最近、ベトナム紛争の終息をめぐって活発な動きが見られます。わが国としては、当事者間の真剣な話し合いがすみやかに妥結し、インドシナ半島の平和が一日も早く到来し、かつ、これが永続することを心から希求いたしております。

 以上、私は、日中国交正常化について御報告申し上げますとともに、それに関連してわが国の外交方針につき、所信の一端を申し述べました。国民各位の御理解と御協力をお願い申し上げます。