[内閣名] 第65代第2次田中(昭和47.12.22〜49.12.9)
[国会回次] 第72回(常会)
[演説者] 大平正芳外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1974/1/21
[参議院演説年月日] 1974/1/21
[全文]
第七十二回国会の再開にあたり、一九七三年を回顧しながら、これからの国際社会に処すべきわが外交のあり方につきまして、所信の一端を申し述べたいと思います。
過ぐる一九七三年は、ベトナムの和平をもって明け、石油危機のただ中に暮れました。その間、米ソ、米中関係を中心とする緊張緩和は促進されましたが、世界の国々はそれぞれの独自性を高め、新たな秩序を模索する動きを強めており、世界はますます多様化の様相を深めております。しかも、今日の世界におきましては、超大国といえども、その優越した軍事力だけをもってしては、多様化した国際社会に安定した秩序をもたらし得ない実情にあります。その他の国も、新たに手にしたより広い選択の可能性を歓迎しながらも、国際環境が不安定性を増し、将来の展望がいよいよ困難になってきたことに深い悩みと当惑を覚えておる状況であります。
第四次中東戦争とエネルギー危機の顕在化は、今日の世界がいかに狭く、相互依存の関係がいかに深くなっているかを如実に示しました。そして、世界が当面する最大の危機は、このような高い相互依存関係によって諸国が結ばれておるにもかかわらず、それについての認識や理解が必ずしも十分ではなく、それをささえる相互の信頼関係がむしろ脆弱となっておることであります。このようなときにこそ、われわれは、わが国の外交政策につき、その正しきものはこれを徹底し、足らざるものはこれを補う心がまえがまず必要であると考えます。
わが国は、世界の平和と繁栄なくしてその安全と繁栄を確保することはできません。したがいまして、政治、経済、文化等のあらゆる分野で、国際間の協力と相互依存の関係を拡充強化し、相互の理解と信頼を深めてまいることをその外交の基本方針としてまいりました。このようなわが国外交の基本は、今後とも堅持すべきものであると信じます。
今日、わが国の経済活動は世界的規模に拡大しております。世界のいずれの地域におけるできごとも、大なり小なり、わが国の経済、国民生活に影響を及ぼしております。また、わが国の内外にわたる経済活動は、世界各国の政治と経済、民生と福祉に少なからざる影響力を持つに至っております。
もとより、いずれの国もみずから守らねばならない基本的な立場と利益があります。わが国の友好国といえども、その立場と利益が常にわが国のそれに合致するとは限りません。「世に処するには一歩を譲るを高しとなす。人を利するは実に己れを利する根基なり」という東洋のことわざがございます。わが国は、各国の立場と利害に対し、十分な理解と互恵の精神をもって、利害をひとしゅうする分野を確かめ合い、国際間の調和ある連帯関係をつくり出していく必要があると考えます。
今次石油危機は、わが国や欧州諸国に深刻な影響を与えたばかりではありません。開発途上国、特に石油を産出しない諸国につきましても、直接的な打撃に加うるに、先進諸国の経済活動の停滞、輸出入余力や経済援助力の低下を通ずる間接的な打撃も与えております。
こうした複雑な相互依存関係は、ひとり資源・エネルギー問題にとどまらず、開発途上国の貧困の問題、人間環境の保全の問題、食糧、通貨、人口、海洋等の諸問題についても同様でございます。各国は、相互依存の網目をよく認識し、自己の立場と利益のみにとらわれず、共通の利益を見出して、問題を処理するワク組みをつくるよう協力する必要に迫られております。わが国は、このような国際協調の動きを率先推進すべき立場にあると信じます。
かかる見地に立ちまして、わが国は、資源・エネルギー問題につき、内におきましては資源の節約と効率的利用をはかりますとともに、外に向かいましては、資源保有国と消費国との双方が協力して、各国に納得のいく新しい国際的ワク組みと秩序をつくり上げるよう、最大限の貢献をしてまいりたいと考えます。この観点から、政府は、産油国、消費国間の意見交換が有益であるとのOPECのコミュニケを歓迎するものであります。また、ニクソン米大統領の提案にかかる主要消費国外相レベルの会合が、産油国と消費国の調和ある関係樹立のための第一歩となることを期待するものであります。
石油危機により加速された世界経済の混迷は、各国における保護主義あるいは地域主義への動きを助長し、世界の貿易と経済の発展を阻害するおそれがあります。貿易立国を国是とするわが国といたしましては、このような時期においてこそ、世界の繁栄のために自由な貿易拡大の先達として努力せねばなりません。したがって、政府は、新国際ラウンド交渉推進のため、従来に倍する努力を傾ける所存であります。
南北問題は、国際社会の安定と調和ある発展に立ちふさがる重要な課題であります。新しい国際協力は、南の開発途上国の声を十分反映した連帯関係を築き上げるものでなければなりません。
最近、開発途上国におきまして、わが国の対外経済活動のあり方について不満や批判の高まりが見られます。わが国は、正当な批判に対してはすなおに耳を傾け、正すべきは正さなければなりません。われわれの持つ閉鎖性や心にひそむ優劣意識、また相手国の伝統や習慣に対する認識の不足につきましては、当然みずから戒めなければなりません。他面、対日批判の動きの中には、それぞれの国に内在する諸要因がからんでいる場合や、わが国に対する誤解が含まれていることもあり得ますので、わが国としては、そのよってきたるところを見きわめ、冷静に対応する必要があります。問題の根は深く、彼我双方が相協力して解決への道を忍耐強く探究していくことが必要であると思います。
わが国としては、今後とも、貿易不均衡の是正に一そう努力するのみならず、民間投資、政府援助のあり方につきましても、特にくふうを加えてまいる必要があります。経済技術援助につきましては、農業、医療、教育等、一般大衆の福祉向上に一そうその重点を置くようつとめなければなりません。また、贈与の拡充、借款についての一般的アンタイイングの推進及び条件の緩和等、政府開発援助の質的改善を進めてまいる必要があります。同時に、経済協力事業全体の渋滞を招いているもろもろの隘路を打開するため、政府は、無任所国務大臣を新たに設けるほか、国際協力事業団を設立し、民間の協力を得て、経済協力事業の実施を強化する方針であります。さらに、対日批判に処する道としても、基本的に大切なことは、経済の分野で互恵互譲の精神に徹するばかりでなく、相手国の歴史、文化、社会を含む国情、心情の全般について、理解を深めるとの心がまえでございます。政府としては、留学生、研修生の受け入れ、講師、専門家の派遣、学生、文化人の交流等を一段と拡充してまいる考えであります。国際交流基金の財政及び活動を拡充いたしますとともに、今回新たに、東南アジア青年の船の計画を進めますのもその一環であります。
海外諸国との交流は、民族と文化の接触であり交流であります。したがって、政府のみならず、国民の各位及び企業が相携えて、開発途上国との心の通った交流に取り組むべきものと考えます。それによって初めて、変転する国際環境にも長きにわたって耐え得る相互信頼の基礎が確立されるものと信じます。
私は、国際協調を推進する重要な場としての国際連合を、一そう積極的に強化し活用すべきであると考え、昨年九月、国連総会におきまして、国連強化の必要を強調いたしました。国連大学の本部をわが国に設置することが、加盟国の圧倒的多数の賛成により先般決定されました。これは、わが国の国連協力の実を象徴するものであり、世界の期待にこたえて、名実ともにりっぱなものにつくり上げたいと考えます。
核兵器不拡散条約につきましては、その批准に備えて、まず、原子力の平和利用の分野における他の本条約加盟国との実質的平等性を確保するため、国際原子力機関との間に保障措置協定の締結交渉を開始すべく、所要の準備を進める所存であります。
以上のような基本方針に基づきまして、わが国が世界各国、各地域との間に展開すべき外交施策について申し述べます。
身近な隣人であるアジア諸国との協力関係はひとしお大切であり、田中総理が東南アジア五カ国の訪問にあたって強調された、「平和と繁栄を分かち合うよき隣人関係の育成、強化」こそが、まさにわが国の対アジア外交の道標であります。これを実行するため、さきに申し述べました国際協力に関するわが国の基本姿勢に徹し、アジア諸国の心をくんで節度ある態度を持し、広く深い連帯関係を長きにわたってつちかってまいりたいと考えます。また、わが国は、ASEANの活動に見られるような、自助自立の精神に基づき新しい秩序を求める動きにつきまして、できる限りの支持を続けてまいる所存であります。
わが国は、朝鮮半島の自主的、平和的な統一と永続的な安定を心から希望するものであります。日韓関係のあり方につきましては、昨年発生した金大中事件等を契機としまして、種々の論議を呼びました。政府としては、韓国との間に、広く国民的基盤に立脚した公正な関係が各分野にわたって堅実に発展するよう、一そう努力を重ねてまいる所存であります。北朝鮮につきましては、今後とも、国際情勢の推移、南北対話の進展を勘案しながら、経済、文化、人道、スポーツなどの分野で、交流を広げてまいりたいと考えます。
インドシナは、全体として和平の定着に向かっていると見られますが、一部地域におきまして、いまだ戦火が絶えないのは残念なことでございます。わが国は、昨年九月、ベトナム民主共和国との間に外交関係を樹立いたしました。政府としては、南北両ベトナムを含む全インドシナ地域の民生安定と戦後復興のため、今後とも引き続き応分の協力を行ない、もって、同地域の真の平和と安定の達成に貢献してまいりたいと考えます。
インド亜大陸における諸国間の関係は正常化に向かって前進しております。わが国は、このような動きを歓迎し、この地域の安定と発展のためできる限りの努力をいたす所存であります。
中国との関係では、ここ一年余りの間、貿易をはじめ各種分野での交流の増大など、国交正常化の成果が着実に定着しつつあります。このような状況のもとで、私は、今般中国を訪問し、中国首脳と広範な意見の交換を行なってまいりました。その間、一月五日には日中貿易協定の調印を行ない、また、航空協定をはじめとする各種実務協定に関する今後の取り進め方につき話し合いを行ない、できるだけ早期に締結すべきことをあらためて確認し合いました。政府としては、日中両国の関係を正しく地固めしてまいることが、両国関係の発展のみならず、アジアの平和に資するものであるとの認識のもとに、両国の実務的な諸問題の解決を促進し、日中間の対話の幅を広げることに一そう意を用いる考えであります。
豪州、ニュージーランド及びカナダは共通の政治的信条に立脚して、米国とともに、アジア太平洋地域の平和及び繁栄の達成という共通の目標を追求する重要なパートナーであります。また、わが国にとり安定した食糧や資源の供給先でもあります。政府としては、これら諸国との友好関係を一そう強化し、相携えてアジア太平洋地域の発展に貢献してまいる所存であります。
米国との関係は、戦後四半世紀余にわたり、各種の試練を克服して、着実に進展を続けてまいりました。そして今日では、ひとり両国間の案件処理にとどまらず、世界の中の日米関係として定着するに至り、広く国際的な政治、経済の諸問題について、両国がともに大きな役割りを果たし得る成熟した関係に発展してきております。相互協力及び安全保障条約によって具象される相互信頼関係は、間断なき対話と不断の協力を通じて維持、増進されるべきものであります。それがわが国外交を多角的に展開する際の基盤をなすものであり、アジア、ひいては世界の平和と安全の維持に寄与するゆえんであると信じます。かつての課題でありました両国間の貿易収支の著しい不均衡も、今や大幅に改善されました。政府は、今後とも、世界経済全体の発展確保という広い視野に立ちまして、両国間貿易の拡大均衡を指向しつつ、互恵的な経済関係を一段と増進してまいりたいと考えております。
欧州とわが国は、限られた資源と国土の中にあって、高度の文化と経済を享受し、多くの共通の課題をかかえた古きパートナーであります。欧州は、昨年十二月の一体性宣言に見られますように、政治統合への動きを進めつつあり、国際社会における発言力を強化しつつあります。昨年秋、田中総理と西欧諸国の首脳との会談におきまして、日欧間の基本的協力関係の確立、資源・エネルギー、開発途上国に対する経済協力等について、広範かつ実質的な話し合いが行なわれ、日欧間の相互理解は著しく深まりました。政府は、今後とも、欧州との対話を強化し、具体的な協力関係を増進してまいる考えであります。また、わが国と米国及び西欧との調和ある協力関係の発展に一そう意を用いる所存であります。
日ソ関係は、近年、相互の理解が深まり、政治、経済、文化、人的交流等の幅広い分野におきまして着実な進展を見せております。特に、昨年十月行なわれた田中総理の訪ソに際し、最大の懸案である北方領土問題につき、精力的な交渉が行なわれました。その結果、戦後未解決のこの問題を解決して平和条約を締結すべきことが確認され、本問題打開への端緒が開かれました。政府は、本年中に再開される平和条約交渉におきましても、総理訪ソの成果を踏まえ、国民各位の御支持を得て、本問題の解決のため一段と努力を傾ける所存であります。
シベリア天然資源の開発につきましては、日ソ首脳会談において、互恵平等の原則に基づいてこれを促進することにつき、原則的合意を見ております。政府としては、シベリア開発につき、現在行なわれております両国当事者間の交渉が進捗し、早期に満足すべき合意に達することを期待しつつ、これを促進してまいりたいと考えております。
わが国は、昨年ドイツ民主共和国との間に外交関係を樹立いたしましたが、東欧諸国との経済的、人的交流を今後とも拡大いたす所存であります。
われわれは、つとに中東における公正かつ永続的な平和の速やかな実現を強く切望してまいりました。去る十二月二十一日、中東和平に関するジュネーブ会議が開催の運びとなったことを心から歓迎し、この会議が和平の達成に大きく貢献することを期待いたしております。政府は、十一月二十二日、中東紛争解決についての基本的態度を明らかにいたしました。さらに、政府は、中東和平達成のためにわが国の貢献しうる道を探究し、将来にわたってわが国と同地域各国との友好協力関係の増進に寄与するため、三木副総理を中近東諸国、次いで米国及び国連に派遣いたしました。引き続き、現在、小坂特派大使が関係諸国を歴訪中であります。政府は、今後とも中東和平達成のためにできる限りの寄与を行ない、特に、中近東諸国との人的、文化的交流、貿易、経済技術協力の拡大等に一そうつとめてまいる所存であります。
アフリカ諸国は、経済自立達成のため各国の協力を必要としており、わが国に対する期待も高まりつつあります。わが国は、アフリカ開発基金に対する出資をはじめ各種の協力を進めておりますが、今後ともこれら諸国が真に必要としている分野についての経済技術協力等を進めてまいる考えであります。
中南米は、豊富な可能性と明るい未来を持った地域であります。中南米諸国とわが国とは伝統的な友好関係にあるばかりでなく、経済的にも相互補完関係にあります。わが国は、これら諸国との関係を一そう緊密化し、友好親善関係を一段と深めてまいりたいと考えます。
今日、われわれの生活の基盤は全世界に拡大し、相互依存関係は複雑化し、多様化しております。われわれは、日常生活のあらゆる分野にわたり国際情勢の変動による影響を受けざるを得ません。同時に、わが国の活動が他の国々の国民生活にも影響を与えていることに思いをいたさねばなりません。
この際、われわれは、謙虚な態度をもって、国際社会におけるわが国の真の姿を冷静に見詰め、協調と連帯を基盤とする平和と安定の創造にわが国として何をなすべきか、何ができるかを考え、政府、国民相協力して、国際的な信頼と評価をかち得る道を進んでまいりたいと思います。
国民各位の御理解と御支持をお願いいたします。