データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第75回(常会)
[演説者] 宮澤喜一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1975/1/24
[参議院演説年月日] 1975/1/24
[全文]

 第七十五回国会の再開に当たり、わが国をめぐる国際情勢を概観し、わが国外交の基本方針につき、所信を申し述べます。

 今日の世界は、新しい秩序を求めつつ、変動の過程にございます。

 特に、一昨年来の石油・エネルギー危機とこれに伴う国際経済上の諸問題は、世界の政治、経済に大きな影響を及ぼしております。

 戦後の世界経済は、かなり長い期間おおむね安定と繁栄を享受してまいりましたが、一九六〇年代末以降、多くの問題を生ずるに至り、特に、一昨年の中東戦争以後の石油価格の急激な高騰を契機として、一段と困難な事態に直面しております。食糧、資源、海洋など国際社会全般にかかわる諸問題についても解決が求められております。

 また、開発途上国は、国際場裏において、より大きな発言力を求めるに至りました。

 国際政治関係の基調を見れば、米ソ、米中関係を中心とする、いわゆる緊張緩和の動きが数年来続いております。米ソ間では、昨年アメリカ大統領の二度のソ連訪問が行われ、両国間の対話が継続されており、また、米中間においても、実務関係促進への努力が払われております。欧州においても、東西間の話し合いが継続されております。このような動きの中で、世界各国は、外交政策の新たな方向づけを模索しつつございますが、アジア、中東など世界各地に内在する根深い不安定要因は解消しておりません。のみならず、経済状況の悪化に伴い、一部の国においては、政治的、社会的不安が顕在化しつつあります。

 今日の世界は、特に経済面で多くの困難な問題を抱えた試練の時代を経験しており、しかも各国は、大なり小なり相互に影響し合い、依存し合っておりますので、相協力して従来の秩序を改善し、新しい国際的秩序を建設せねばならない局面に立っております。

 このような時代において、わが国民の安全と福祉をいかにして確保すべきでありましょうか。

 わが国は、世界の平和と安定の中で初めてみずからの生存を確保することができるのであります。

 したがいまして、わが国は、第一に、日米関係を基軸にしつつ、体制を異にする諸国をも含め、世界各地域の諸国との友好関係を強化する多角的な外交をさらに推進する必要がございます。

 第二に、変動する内外の諸要因の本質を見きわめ、調和のとれた新たな国際的秩序を建設するよう積極的に貢献してまいらなければなりません。

 かかる基本的な立場に基づいて、若干の主要な国際問題につきとるべき施策について申し述べます。

 まず国際経済関係でありますが、石油・エネルギー問題については、各般の国内的措置を推進しつつ、産油国との友好関係の緊密化に努めますとともに、国際エネルギー機関その他の消費国間の協調の場において、この問題の検討を進め、産油国と消費国との間の建設的な対話の実現のため努力を行っていく所存でございます。

 また、石油価格の高騰により、一部産油国に蓄積された巨額の資金を、安定的かつ秩序ある形で還流させることは、国際金融面のみならず、世界経済全般にかかわる焦眉の課題でございます。これについては、産油国からの資金拠出をも得て、国際収支が困難な状況にある国々を援助するとの考えに基づき、今般国際通貨基金の石油融資制度を拡大することとなりました。また先進工業諸国間の相互扶助のための金融協力につきましても、このたび大筋の合意に達しました。

 さらに、米国の新通商法の成立により、新国際ラウンドの本格交渉が本年開始される運びとなりましたことは、その推進に積極的に努力してまいりましたわが国といたしましては、大いに歓迎するところでございます。政府としては、保護主義を排し、自由貿易体制の維持拡大を目指すこのラウンドの意義にかんがみ、これに積極的に参画していく所存でございます。

 次に、開発途上諸国との関係について申し述べます。

 わが国自身が、現在石油危機により甚大な影響を受けておりますものの、多数の開発途上諸国が新たな困難に直面しているこの時期にこそ、これらの諸国の国づくり、人づくりのために、各般の協力を拡充する必要があると考えます。

 このような考え方に基づき、政府としては、国際的にまだ低い水準にある政府開発援助の量、質両面にわたる改善に努めてまいる方針でございます。また、その実施に当たっては、開発途上諸国の自助努力に一層寄与するよう、農業開発、社会開発の分野の協力を重視するとともに、政府ベース、民間ベースの有機的連携のもとに、従来以上の均衡のとれた地域別配分に留意をいたす所存でございます。

 次に、国際連合は、国際紛争の解決を助けて平和を維持する役割りを果たす一方、社会、経済等、広範な分野にわたる国際協調の場としての機能を強めつつございます。政府としては、わが国が理事国である安全保障理事会及び経済社会理事会をも通じて、国際連合が新しい時代の課題にこたえて活動をし得るよう、今後とも貢献していく考えでございます。

 なお、来る三月、新たな海洋法条約作成のための実質的交渉が行われる予定でありますが、伝統的な海洋の自由を狭める方向に動きつつある大勢の中にあって、政府としては、わが国の利益をできる限り維持すべく全力を尽くすとともに、新たな世界の趨勢にかんがみ、安定的かつ永続的な海洋の新秩序確立に協力してまいる所存でございます。

 世界における核拡散への動きを憂慮する政府といたしましては、核拡散防止のための国際的な努力に、積極的に協力する所存でございます。核兵器不拡散条約については、従来の方針どおり、原子力の平和利用の分野において、他の締約国との実質的平等性を確保するため、国際原子力機関との間の保障措置協定締結のための予備交渉を進めるべく、ただいま所要の準備を整えております。この交渉の終結を待って、国民の支持を得て、できるだけ速やかに、本条約の批准につき国会の承認を求めたいと考えております。

 文化、学術の分野における交流は、諸国民の間の心のつながりを培うものであり、その意義は、この変革の時代においてますます増大しております。政府は、かかる観点に立ち、諸外国との文化交流の拡大及び日本研究の促進のため各般の努力をしてまいりました。政府としては、各国からの評価と期待にこたえ、今後とも国際交流基金の拡充、強化に努めるとともに、多方面にわたる幅広い文化交流を進めていきたいと考えております。

 以下、わが国が世界各国、各地域との間に展開すべき具体的施策について申し上げます。

 米国との友好協力関係は、自由と基本的人権の尊重に立脚した政治体制及び個人の創意と能力を生かす自由主義経済体制を維持するとの、両国共通の理念をその基盤としております。日米関係を緊密に維持増進することが、わが国外交を多角的に展開する際の基軸であります。

 日米両国は、きわめて多岐にわたる分野で、緊密かつ互恵的な関係を発展させてきております。また、日米関係は、いまや、単に二国間の案件の処理にとどまらず、広く世界的視野に立ち、国際社会が直面する諸問題につき、両国がそれぞれの立場から相協力してその解決策を探求していくという段階にあります。政府としては、昨年秋のフォード大統領の訪日の成果を踏まえて、今後とも相互協力及び安全保障条約の精神である相互信頼と協力を旨として、間断なき対話を進め、日米関係を強化、発展させていく所存でございます。

 アジアにおいては、変動する国際情勢の中で、各国は、自主自立を基調としつつ、安定と発展を確保するための努力を続けております。

 しかしながら、朝鮮半島やインドシナ地域におきましては、依然として緊張要因は除去されるに至らず、また、その他の地域も、いまなお随所に潜在的な不安定要因を抱えているのが現状であります。さらに、最近の世界経済の変動は、この地域の安定と発展に憂慮すべき影響を与えております。わが国としては、かかるアジア地域の情勢にかんがみ、今後とも国力の許す限り協力を行い、平和と安定を分かち合うよき隣人としての努力をいたす所存でございます。

 日韓間には、過去一年余り幾つかの不幸な出来事が起こりました。しかし、わが国にとって、日韓関係が重要であることには変わりがありません。政府としては、朝鮮半島の平和と安定を切に望みつつ、韓国との間の友好関係を増進するため一層努力してまいる所存であります。

 日中関係は、貿易協定、航空協定等各種実務協定が締結され、その基礎が固められつつあります。政府としては、今後とも、日中共同声明を基礎として、日中間の善隣友好関係をより一層確固たるものにしていく方針であります。かかる方針の一環として、政府は、日中間の各種の交流と対話を促進する一方、日中共同声明に従い、漁業協定並びに平和友好条約の締結に引き続き積極的に取り組んでいく所存であります。

 なお、日台間の実務関係を維持していく方針には変わりございません。

 東南アジア地域においては、ASEAN等地域協力も引き続き進展しており、地域内諸国とわが国との関係が密接の度を加えております。わが国としては、相互補完の関係にあるこの地域の諸国との間に各般の分野にわたり一層の理解を深め、アジアの平和と安定のためともに協力してまいるべきだと考えます。

 しかしながら、インドシナ半島におきましては、一部の地域において、なお戦火が続いております。わが国としては、すべての関係当事者がパリ和平協定を尊重し、これを厳格に実施することが、問題解決のため不可欠であろうと考えます。このような努力を通じ、インドシナ各国において、政治的に対立している双方当事者が、外部からの干渉なしに、平和的話し合いにより、和解を実現することが可能になると信じます。政府としては、アジア・太平洋地域の他の諸国とも密接に協力しつつ、今後とも同地域の平和と安定の達成に努めるとともに、全インドシナ地域の民生安定と戦後復興のため、引き続き応分の協力を進めてまいりたいと存じます。

 インド亜大陸における諸国間の関係は、改善の方向をたどっております。わが国としては、これを歓迎するとともに、この地域の安定と発展のために、今後ともできる限りの努力をいたす所存であります。

 さらに、太平洋をはさみ、わが国の隣国である豪州、ニュージーランド及びカナダは、先進民主主義国であると同時に資源保有国でもあり、わが国にとって、政治的にも、経済的にも重要なパートナーであります。政府としては、これら諸国と引き続き幅広い友好協力関係の促進に努めていきたいと考えております。

 今般私は、ソ連を訪問し、一昨年の日ソ首脳会談の成果に基づき、平和条約の締結に関する継続交渉を行うとともに、日ソ間の諸問題についても意見を交換してまいりました。平和条約締結交渉において、私は、長期的な展望に立って日ソ関係を発展させるためには、北方領土問題という日ソ間のわだかまりを取り除くことが急務であるとのわが国の立場を述べ、ソ連側の決断を求めましたが、その同意を得るに至らず、その結果、双方は交渉を引き続き行うことに合意した次第であります。

 政府としては、今後とも隣国であるソ連との間に、貿易、経済、文化等、幅広い分野において交流の進展を図っていく所存でありますが、同時に、日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させるためには、領土問題を解決して、平和条約を締結する努力を粘り強く続ける必要があります。

 中東情勢の動向は、いまや全世界に多大の影響を与えるものであります。わが国としては、その推移を重大な関心を持って注意深く見守るとともに、国連安全保障理事会決議二百四十二号に基づいた公正かつ恒久的な平和が一日も早く実現することを切望してまいりました。

 中東紛争解決の前途にはなお多大の困難が予想されますが、わが国としては、関係各国が建設的かつ現実的立場に立って、武力紛争の再発を抑え、問題の解決に向かってさらに努力することを強く希望するものであります。

 同時に、政府は、中東諸国との間に急速に発展してまいりました人的、文化的、経済的交流及び経済協力関係を一層拡大し、相互理解の促進に努める所存でございます。

 西欧諸国は、先進工業民主主義諸国の中の主要な一つの柱であり、わが国と各種の共通の課題を抱えております。日欧間では近年資源・エネルギー、貿易、通貨、投資、科学技術等の分野において、相互の協力がますます緊密化しつつございますが、今後とも、あらゆる分野にわたって、密接な協力関係を促進していく必要があると考えます。

 本年五月には、英国女王エリザベス二世陛下が訪日される予定でございますが、これは、わが国と英国との間の伝統的な友好関係の一層の強化発展に寄与するものと考えます。

 東欧諸国との関係も一層深めてまいりたいと考えておりますが、本年四月にチャウシェスク・ルーマニア大統領を日本に迎えることができますことは、まことに喜ばしいことでございます。

 アフリカにおいては、最近新しい情勢が生まれつつあります。ポルトガル領非自治地域が順次独立を達成しつつあり、南部アフリカ問題も局面打開への動きが見受けられます。アフリカ諸国の植民地主義及び人種差別反対という願望を、かねてから理解し支持する立場をとってきたわが国としては、かかる事態の進展を心から歓迎するとともに、今後とも、アフリカ諸国との友好協力関係を増進してまいる所存でございます。

 わが国と中南米諸国は、伝統的な友好関係にあり、特に近年、経済協力関係は著しく緊密の度を加えつつあります。政府としては、相互の関係をさらに幅広いものとし、永きにわたって安定した基礎の上に置くよう外交努力を重ねていく所存でございます。

 以上、わが国を取り巻く国際情勢を概観し、わが国の外交につき所信を申し上げました。

 世界各国は、変動する国際情勢の中にあって、相互依存の関係を深めており、世界の一地域で起こった事態が、直ちに他の地域の国民生活に影響を及ぼすようになりました今日、わが国の外交を広くかつ積極的に展開する必要性が増大してまいりました。わが国の外交体制がこの必要に十分即応できますよう、努力をいたしたいと考えております。

 国民各位の御理解と御支持をお願い申し上げます。