[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第76回(臨時会)
[演説者] 宮澤喜一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1975/9/16
[参議院演説年月日] 1975/9/16
[全文]
最近の国際情勢を概観し、わが外交の基本方針について、所信の一端を申し述べます。
今日の世界経済は、きわめて困難な局面に立っております。
世界経済は、いまや戦後最大の不況の中にあり、世界の諸国の多くはインフレ進行の防止に努めながらも、景気回復の道を模索しております。また、このような世界経済の停滞から開発途上諸国が受けている打撃も深刻なものがございます。
このような状況にあって、世界のすべての諸国は、近年ますます深まりつつある相互依存関係を十分認識し、対話と協調の精神のもとに、インフレの再燃を惹起することなく当面の深刻な不況からの脱出を図り、かつ、世界経済の発展を維持増進するために、努力を傾注いたさなければなりません。わが国としては、世界経済の運営に大きな影響力と責任を有する主要関係諸国との緊密な協調のもとに、世界経済の不況を克服するための方策を探求してまいりたいと考えます。
エネルギー問題は、現在世界経済が直面する最も困難な問題であり、世界のいかなる国も単独ではこれを解決することはできません。特にわが国は、エネルギーの大半を海外からの輸入に仰いでおり、国際協調と対話の精神に基づいた施策を進めることが必要でございます。
原油の価格がこれ以上引き上げられれば、世界経済の低迷状態が長期化する恐れがあります。この点について産油国の理解を得て、産油国と消費国とが対決ではなく、あくまで対話と協調により相互の繁栄のため調和ある解決を導き出していくべきであると考えます。
幸いわが国を含む関係国の努力により、産油国との対話は近いうちに再開される見込みであります。従来から一貫して産油国との間に調和ある関係の樹立に努力してまいりましたわが国としては、あくまでもかかる観点からこの対話に積極的に取り組んで行く所存でございます。
一次産品の需給及び価格等の安定は、開発途上国であると先進工業国であるとを問わず、世界経済全体にとっての緊要な課題になってまいりました。このような見地から、一次産品に関する国際協議の準備が着実に進められつつありますことは、わが国としても歓迎するものであります。一次産品はその品目が多種多様であり、おのおの特性にも相違がございますので、各品目別に、開発途上国の利益となり、かつ、関係諸国にも受け入れられるような解決策を探求することが不可欠であります。特に開発途上国の輸出所得安定化のために、しかるべき世界的な制度を設立することは検討に値すると考えます。
いわゆる南北問題は、今日国際社会の直面する最も重要な課題の一つとなっております。さきに申し述べました諸点も、南北問題と多かれ少なかれ関連する問題でありますが、南北間の諸問題の中で基本的な課題は、いかにして開発途上諸国の民生の安定と経済の発展を図るか、また、南北間において、いかに建設的な協力関係を維持発展させるかということでございます。この問題の解決を図り、調和ある国際協力関係の形成に努めることは、世界各国の共通の責務であると申せましょう。他の先進諸国に例を見ないほど海外、ことに開発途上諸国との関係の深いわが国といたしましては、これら諸国の立場に十分な理解を示すと同時に、これら諸国と隔意ない対話を深め、各般の協力を着実に進めることが基本的に重要であります。そのために二国間の協力及び国際連合その他の国際機関を通ずる協力を積極的に推進してまいる所存でございます。
第七回国連特別総会に対するわが国の参加も、このような見地に立つものであり、わが国としては、同特別総会の成果も勘案し、南北間の協力関係増進のため、できる限り国際的合意が達成されるよう努めてまいる所存であります。
特別総会に引き続き、国際連合の通常総会が開催されます。国連は、本年創立三十周年を迎えますが、この間世界の平和と経済発展のために貴重な役割りを果たしてまいりました。わが国としても、今後とも国連に対する協力を推し進め、その機能強化のため、できる限りの努力を行うとともに、多角的な外交を展開する場の一つとして、国連を積極的に活用してまいる所存であります。
次に、世界各国、各地域との関係について申し上げます。
今日、日米間の友好協力関係は、両国外交の主要な礎をなすとともに、国際社会における強靭でかつ安定的な力となっております。
日米両国は民主主義の基本的価値観をともにする友邦であり、それぞれの特性と両国の互恵的、補完的関係を十分に活用しつつ、確固たる信頼に基づく建設的な対話を通じて、世界平和と繁栄のために貢献していくべきものと考えます。
八月初め、三木総理大臣訪米の際、フォード大統領との間で、一層安定した平和な世界秩序の実現のための諸原則が示されるとともに、今後の日米協力関係の基本的方向が明確にされましたことは、この意味でまことに時宜を得た有意義なことでありました。私は、このような基本的方向を十分に踏まえつつ、今回合意を見ました米国国務長官との年二回の協議等を通じ、日米協力の一層の強化のために最善の努力を尽くす所存でございます。
今般、エジプトとイスラエルの間でシナイ半島に関する新協定につき合意を見るに至ったことは、まことに喜ばしいことであります。この成果を得るに至ったことにつき、各当事国及び米国の熱意と努力をわが国は高く評価するものであります。今般の合意は、平和的な話し合いにより中東紛争の解決への前進が可能であることを示す証左として、大きな意義を有すると考えます。
言うまでもなくこれは和平への新たな一歩であり、これを基礎として関係各国がさらに努力を続けることにより、一日も早く中東地域に公正かつ永続的な平和が実現されるよう強く希望するものであります。かかる和平の達成のためには解決すべきの多くの問題がございますが、政府としてはパレスチナ問題がきわめて重要な問題の一つであると認識をいたしております。
今後ともわが国としては、産油国、非産油国を問わず中東諸国と人的、文化的交流、経済技術協力の一層の拡大を図ることにより友好協力関係の増進に努め、中東地域の安定的かつ健全な発展に寄与し得るよう努力する所存であります。
インドシナにおける戦火の終息により東南アジアの情勢は新しい局面を迎えました。インドシナ地域においては、今後復興と建設が進められ、民生の向上が図られることが期待されます。インドシナ周辺の諸国においては、それぞれの国内の経済的、社会的な体質強化の努力と並行して、ASEANの動きに見られるように地域的連帯を強めようという機運が高まっております。また、政治、社会体制を異にする国との関係を調整しようという動きも顕著になっております。
わが国といたしましても、このような新しい情勢に対応して、従来から密接な関係にある東南アジア諸国との間に、よき隣人としての関係を強化するよう一層努力してまいるとともに、インドシナ諸国とも友好関係の確立とその増進に努める所存であります。
朝鮮半島については、その平和と安定が維持されることをわが国は強く望むものであります。そのためには当面、南北間の均衡が保たれるとともに、急激な変化が起きないよう米軍が引き続き駐留することが必要と考えます。
もとより朝鮮半島における永続的平和の確立のためには、全朝鮮民族の願望である南北朝鮮の統一が平和的に達成されることが望ましいことは申すまでもありません。このため、朝鮮半島における両当事者が改めて一九七二年の南北共同声明の精神に基づいて、現在中断されている対話を早急に再開し、南北朝鮮の平和的統一のために忍耐強い努力を続けるよう希望するとともに、南北朝鮮間の関係の進展を促進するような国際環境が醸成されることが必要であると考えます。
韓国との友好協力関係の維持発展は、わが国の朝鮮半島に対する基本政策であり、引き続き韓国とのこのような関係を推進していく所存であります。
また、北朝鮮については、今後とも貿易、人物、文化等の分野における交流を積み上げていく方針であります。
日中関係につきましては、八月十五日東京において両国間の漁業に関する協定が調印されました。これにより日中共同声明第九項で約束されていた四つの実務協定のすべてが締結されることとなりますが、このことは日中友好関係が同共同声明に基づき着実に進展しつつあることを示すものであると信じます。
政府としましては、日中両国間の永遠の友好関係の基礎を築くべく、日中平和友好条約の締結になお一層努力してまいる所存であります。
ソ連との間に善隣友好関係を発展させることは、わが国外交の一貫した方針であります。しかしながら、戦後三十年を経た今日、いまだにわが国固有の領土である北方四島の返還問題が未解決のまま残されておりますことは、きわめて遺憾に存ずる次第であります。政府としては、本問題を解決し平和条約を締結するため、一層の努力を傾ける所存でございます。
今日世界が共通に直面している諸問題の解決には、同じ先進民主主義国家としての立場に立つ諸国間の緊密な協力が不可欠であります。このような観点から、米国との関係に加え、大洋州諸国、カナダ及び西欧諸国との友好協力関係の一層の強化に努める所存であります。
また、東欧諸国は、わが国と政治経済体制を異にしておりますが、外交の基盤を拡大するとの観点から、これら諸国との友好関係の維持促進に努めてまいりたいと考えております。
さらに、中南米、インド亜大陸及びアフリカ諸国との関係の増進も、幅広いわが外交努力の重要な一環であります。かかる観点より、中南米地域に対して先般福田副総理の訪問及び財界代表から成る使節団の派遣が行われた次第であり、また、インド亜大陸の諸国とも各般の協力と交流の拡大に引き続き努めてまいりたいと考えます。
アフリカにおきましては、本年に入りモザンビーク、カーボ・ベルデ、サントメ・プリンシペがその念願の独立を達成したことは、まことに喜ばしいと考えております。わが国としては、これら新生諸国を含めたアフリカ諸国との交流を進め、また、これら諸国の国づくりに対し、諸分野での協力を一層拡大していく所存であります。
政府は、これまで核拡散防止のための国際的努力に積極的に協力するとの立場を内外に表明してまいりました。私は、今国会に審議が継続されている核兵器不拡散条約の批准のための承認が、できるだけ近い時期に得られるよう強く希望するものでございます。
諸国間の相互理解を増進することは、今日の国際関係の安定と発展にとって重要な課題となっております。政府といたしましては、各国との間に各種の文化交流を今後とも推進し、諸国民との心のつながりを培うことに努めてまいる所存でございます。
以上、わが国の外交につき所信の一端を申し上げました。
国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。