[内閣名] 第66代三木(昭和49.12.9〜51.12.24)
[国会回次] 第77回(常会)
[演説者] 宮澤喜一外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1976/1/23
[参議院演説年月日] 1976/1/23
[全文]
第七十七回国会の再開に当たり、わが国をめぐる国際情勢を概観し、わが国外交の基本方針につき、所信を申し述べます。
過去数年来、国際関係の構造は著しい変容を遂げつつあり、人類社会は二十世紀の最後の四半世紀を迎えて、新たな安定と発展への道を求めております。
世界経済は、一部に景気回復の動きがあり、最悪の事態を脱したと見られますものの、なお多くの問題が残されております。特に、開発途上諸国の抱える困難は、一部の産油国を除き、現下の世界的不況によって一層増大しております。このような状況のもとで、世界経済が直面する諸問題の解決及び南北間の対話と協力の促進を目指して、昨年来、一連の国際的努力が緒につきましたことは、世界の将来にとって重要な意義を有するものでございます。
国際政治について見ますならば、米ソ関係においては、多少の停滞が見られますものの基本的には両国間の対話が継続されており、また、米中間でも、フォード大統領の訪中が行われ、両国関係改善のための接触と努力が続けられております。中東においては、関係当事者間の努力によってシナイ半島に関する新協定が成立するに至っております。また、東南アジアにおいては、インドシナ情勢の大きな変化を見ました後、インドシナ諸国及び近隣のアジア諸国は、それぞれ新たな秩序と安定を求める動きを示しております。
このような動きがある中で、世界には依然不安定要因を抱える地域が各所にございます。また、各国の間には政治体制、経済の発展段階あるいは歴史的背景等による立場の相違があり、さらに開発途上諸国は国際社会におけるみずからの主張を一層強める傾向が見られます。
しかしながら、国際的相互依存関係がかつてなく深まりました今日では、いかなる国も孤立して平和と繁栄を享受することは困難でございます。したがって、各国が政治、経済いずれの分野においても相互尊重と互譲の精神に基づき、対決を回避し、協調を進めることが時代の要請となっているのであります。
このような情勢のもとでわが国は、いかにしてみずからの安全と発展を確保し、また、国際社会全体の平和と進歩に貢献すべきでありましょうか。
第一に、わが国は、平和憲法のもとで安定した平和国家としての外交に徹し、いかなる国とも敵対関係に立たず、対話を旨として体制や立場の相違を超えて多角的な外交を展開し、もって国際関係の安定に寄与する必要がございます。
第二に、広く国際協力の増進を図り、わが国としても適切な役割りを果たすことによりまして、世界各国が当面する共通の諸困難の解決と、国際社会全体の調和ある発展に貢献する必要があると存じます。
以上の二つの基本方針に基づき、わが国の外交を推進するに当たりましては、日米間の友好協力関係をわが国外交の基軸として維持増進することが不可欠であり、さらに、同じ理念を有する西側の民主主義諸国との緊密な提携に努めることが基本的に重要でございます。また、身近なアジアの諸国との友好関係の促進に特段の努力を払うことも当然であります。
このような基本的な立場に基づいて、若干の主要な国際問題に関しとるべき施策について申し述べます。
まず、国際経済関係について申し上げます。
世界経済に活力を吹き込み、これを安定的発展の軌道に乗せることは当面の最大の課題であります。この課題は、全世界的努力を要するものでございますが、ことに国際経済において大きな地位と責任を有するわが国を初めとする主要先進諸国が果たすべき役割りは重大であります。昨年十一月開催された先進六カ国のランブイエ首脳会議は、このような意識に基づくものであります。この会議を通じ、各国首脳は、もろもろの困難を克服するための決意を分かち合い、国際経済上の諸問題の取り組み方について原則的合意を得ることができたのであります。わが国としては、ランブイエ宣言にうたわれた協力の精神に基づき、具体的成果を逐次達成するよう諸国とともに努力してまいる所存でございます。
エネルギー問題は、今後とも世界が取り組まねばならない困難な問題の一つであります。この問題の帰趨に重大な関心を有するわが国は、関係国間において、協調の精神により妥当な解決が見出されることを強く希望し、このため従来、各般の努力を払ってまいりました。その意味で、昨年十二月、国際経済協力会議閣僚会議が開催され、産油国を含む開発途上国と先進工業国との間で、具体的対話が開始される運びになりましたことは、まことに喜ばしいことでありまして、わが国といたしましても、今後ともこの対話が成果を十分上げるよう協力をしていく所存でございます。
南北問題は、今日、世界の最重要課題の一つとなっております。昨年九月の国連特別総会以来、南北間において対話を進める新たな動きが見られ、また、国際経済協力会議の結果、本年二月より、エネルギーを初め一次産品、開発、金融の各分野において、具体的検討が開始されることとなりました。
わが国は、今後とも、国際経済協力会議や第四回国連貿易開発会議等の場を通じまして、南北間の対話と協力の進展に積極的に寄与する考えであります。政府としては、このような各種の協議によって、一次産品問題の解決策や援助、貿易等に関する実行可能な諸提案につき、検討が促進されるよう期待をするものでございます。また、政府援助についても、農業や社会開発の重要性に留意しつつ、その増大に従来以上の努力を行うとともに、開発途上諸国との幅広い経済協力の推進に努める所存でございます。
次に、世界各国、各地域との関係について申し上げます。
日米間の友好協力関係は、今日きわめて強固なものとなっております。昨年秋の天皇、皇后両陛下の御訪米の際に、日米両国民の間に友情が大きな高まりを見せましたことは、われわれの記憶に新しいところであります。日米関係は、このような両国民間のゆるぎない友情と安全保障、政治、経済、文化、科学等広範な分野における両国共通の利益によって支えられております。
昨年一年間、日米両国は、三木総理の訪米、私とキッシンジャー国務長官のたび重なる話し合いなどを通じまして、国際政治、経済上の諸問題について、相協力して解決策を見出すための努力を払ってまいりました。わが国としては、今後とも世界的規模において、米国との効果的な協力を進めるよう努力を傾ける所存でございます。
今日の世界において、国際関係の安定化と国際協調の増進を図るためには、北米、西欧及び大洋州の先進民主主義国との緊密な協力が、わが国にとって不可欠であります。EC諸国は、国際社会の重要な問題の解決に当たって、一層大きな役割りを果たしつつございます。わが国としては、EC諸国を初めとする西欧諸国との協力の拡大と相互理解の増進に一層の努力を払う所存でございます。同時に、同じ太平洋に面する先進諸国の間で、太平洋地域の安定と発展のため、相互の提携を深める努力も重ねてまいりたいと考えております。
アジア地域は、わが国と長い交流の歴史があるのみならず、わが国の安全に深いかかわり合いを持ち、経済的にもきわめて密接な関係を有する地域であります。
昨年は、インドシナの政治地図が塗りかえられ、この地域の情勢は大きく変化をいたしました。長い戦火の終息を見たインドシナの諸国においては、この地域に新しい秩序を形成し、そのもとにおいて復興と建設を進めることに努力しているように見受けられます。ベトナム民主共和国との関係につきましては、双方の大使館が開設される等、友好関係を発展させるための基礎づくりがわが国との間に進んでおります。政府としては、日越関係を初めとしてインドシナ半島全域との関係を着実に発展させるように今後とも努めてまいりたいと考えております。
他方、インドシナの新情勢に直面したASEAN諸国は、その地域的な連帯と自主性を強化し、おのおの自国の国力培養に努力をしております。わが国としても、このような動きを歓迎するものであり、二月下旬に予定されておりますASEAN首脳会議の成果に期待したいと考えます。政府としては、今後とも、ASEAN諸国、さらにこの地域に隣接するビルマとの友好協力関係を一層強化し、もって東南アジア全体の平和と発展に貢献していきたいと考えております。
朝鮮半島につきましては、その平和と安定が、わが国のみならず東アジア全体にとってきわめて重要であることは論をまたないところでございます。わが国としては、南北双方の当事者が対決的姿勢を避け、一九七二年七月の共同声明の精神に基づき、民族の願望である平和統一に向かって実質的対話を再開するよう強く希望するものでございます。政府としては、国際的な均衡や枠組みが同半島の平和の維持に貢献してきた事実を十分に評価し、尊重するとともに、南北朝鮮間の関係改善を促進するような国際環境の醸成のため、あらゆる機会を通じて関係諸国と協力してまいりたいと考えております。
一九六五年に正常化された日韓関係は、十年余の期間種々の障害を乗り越えて発展してまいりました。両国間の善隣友好協力関係は、日韓両国民のたゆまない努力によって引き続き維持発展させていく必要があると考えます。かかる見地からも、また、新たな石油供給源の確保のためにも、日韓大陸棚協定が今国会において承認を得られるよう強く希望する次第でございます。
北朝鮮との関係については、今後とも貿易、人物、文化等の分野における交流を漸次積み重ね、相互が正しく理解し合えるようにいたしたいと考えております。
中国との関係については、昨年十二月に漁業協定が発効いたしましたことにより、一九七二年九月の日中共同声明に明記された四つの実務協定のすべてが締結されたこととなり、日中関係は着実に進展をいたしております。政府としては、今後とも、この共同声明を基礎として、両国間の善隣友好関係をより一層確固たるものにしていく方針でございます。
日中平和友好条約の交渉については、両国とも、その早期妥結の熱意において一致しております。政府としては、日中永遠の平和友好関係の基盤とするにふさわしい条約が、両国国民に真に納得のいく姿で早期に締結されるよう格段の努力を払ってまいる所存でございます。
昨年九月、パプア・ニューギニアが独立し、アジア・太平洋地域の新たな一員となりました。わが国は、これを心から歓迎し、同国との間の友好協力関係の増進にできる限りの努力を払う考えであります。
インド亜大陸諸国との関係については、わが国としては、従来よりこれらの諸国との間に存する良好な関係を今後とも維持増進いたしますとともに、同地域の安定と発展に寄与するため、引き続き努力をいたす所存であります。
ソ連との関係につきましては、今般グロムイコ外務大臣を四年ぶりにわが国に迎え、平和条約の締結交渉を行い、あわせて漁業問題等の日ソ間の諸問題及び国際情勢一般について率直な話し合いをいたしました。平和条約交渉において、私は、北方四島の返還を強く求め、今や日ソ両国は領土問題を解決し平和条約を締結すべき時期であると強調いたしました。これに対するソ連側の態度には遺憾ながら依然としてかたいものがございましたが、会談の結果、双方は、一九七三年の共同声明を再確認し、平和条約の早期締結のため交渉を継続することに合意いたしました。
政府としては、今後とも経済、貿易、文化等を中心に、幅広い分野において日ソ関係の発展に努めるとともに、領土問題を解決して平和条約を締結する努力を粘り強く続けてまいる所存であります。
東欧諸国との関係は、近年、人的交流及び貿易経済関係を中心に発展してきておりますが、わが国としてもこのような傾向を歓迎し、今後ともこれら諸国との相互理解と交流の増進に努める考えでございます。
中東紛争に関しては、今般の国連安全保障理事会の討議に見られますように、パレスチナ問題が次第に焦点となりつつあります。わが国は、国連安全保障理事会決議二四二号が完全に実行されるとともに、パレスチナ人の国連憲章に基づく正当な権利が承認されなければ、中東紛争の全面的解決はあり得ないと考えております。その糸口を見出すためにも、イスラエルとパレスチナ人を代表するPLOとが現実的立場に立って、何らかの形で話し合いを始めることが必要と考えます。わが国としては、中東紛争が話し合いの精神に基づき一日も早く公正に解決されますよう、関係当事者が引き続き可能な限りの努力を払うことを切望するものであります。
また、政府としては、今後とも中東諸国との人的、文化的、経済的交流、及び経済、技術協力の一層の拡大を図ることにより友好協力関係の増進に努め、もって中東地域の発展に寄与するよう努力する所存でございます。
アフリカにおいては、昨年、幾つかの非自治地域が独立を達成したことはまことに喜ばしいと考えております。わが国としては、これら新生国を含めたアフリカ諸国との交流を多面的に進め、また、その国づくりに対し各般の分野で協力を一層拡大していく所存であります。ただ、アンゴラにおきまして、現在武力抗争が続いておりますことはきわめて不幸なことであり、わが国としては、諸外国の軍事介入が停止され、一日も早く平和が訪れるよう衷心より希望する次第でございます。
わが国は、中南米諸国との間で、伝統的友好関係を踏まえ、経済、技術協力を中心に幅広く緊密な関係の確立に努めてまいりました。わが国としては、これら諸国の近年の発展ぶりにも留意しつつ、今後とも友好関係の維持強化に努力するとともに、各種の交流を通じ相互理解の増進を図っていく所存でございます。
次に、本年は、わが国の国際連合加盟二十周年に当たります。わが国としては、今後とも国連憲章の目的実現のために協力し、普遍的な国際機関としての国際連合の活動に積極的に参加してまいる所存でございます。
核兵器不拡散条約については、わが国がこの条約に署名してからすでに六年近くが経過しております。政府としては、第七十五回国会から引き続き審議が継続されておりますこの条約について、その批准のための承認が今国会で得られることを心から希望するものでございます。この条約の批准により、核拡散防止のための国際的協力に積極的に参加するばかりでなく、非核平和国家として、軍縮特に核軍縮の推進に一層の努力を尽くしてまいりたいと存じます。
次に、海洋法については、来る三月中旬より海洋法会議が再開され、引き続き新しい海洋法条約作成のための交渉が行われる予定でございます。政府としては、わが国の国民的利益をできる限り擁護すべく全力を尽くしますとともに、今日の世界の趨勢にも留意して、衡平な海洋の新秩序確立に向かって努力を傾ける所存でございます。
国際文化交流は、諸国民との間の相互理解の促進に大きな役割りを果たすものであり、政府としては、今後とも国際交流基金等を通ずる文化交流事業を海外広報活動とあわせ拡充していく所存でございます。
最後に、変動を続ける国際情勢に機動的に対処し、わが国の外交を広く積極的に展開してまいりますために、政府としては、引き続き外交体制の整備に努めていく考えでございます。
以上、わが国を取り巻く国際情勢を概観し、わが国の外交につき所信の一端を申し上げました。
国民各位の御理解と御支援をお願いいたします。