データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第67代福田(昭和51.12.24〜53.12.7)
[国会回次] 第84回(常会)
[演説者] 園田直外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1978/1/21
[参議院演説年月日] 1978/1/21
[全文]

 第八十四回国会が再開されるに当たり、わが外交の基本方針につき所信を申し述べます。

 相互依存関係をますます深めつつある今日の国際社会において、外交は、国民生活に密接に結びついております。しかも、今日のわが国は、協調と連帯の理念に基づき、国際社会の平和と繁栄のために積極的な貢献を行っていくことが強く期待されております。

 私は、この認識のもとに、国民各位の御理解と御支持を得つつ、世界に役立つ日本にふさわしい外交を展開してまいりたいと考えます。

 今日、わが国を取り巻く国際環境は、まことに厳しいと言わねばなりません。

 一九七〇年代前半に起きた石油危機を契機とする世界経済の混乱は、多くの国に失業、インフレ等の深刻な社会問題を発生せしめ、ひいては、保護主義的な風潮を生んでおります。かかる状態を放置し、自由貿易体制の崩壊を招くような事態となれば、国の生存を国際環境に大きく依存するわが国は、はかり知れない打撃をこうむることとなります。

 二百海里時代の到来も、わが国にとり深刻な事態であり、また、わが国を取り巻くエネルギー情勢も楽観を許しません。

 政治情勢も、近年における産油国の発言力の顕著な増大という特徴もあって、多極化の傾向が一層進み、国際政治の動向は複雑かつ予測しがたいものとなっております。確かに、米ソ両大国を初めとする各国の努力もあり、国際社会の平和と安定を揺るがすような事態は回避されておりますが、朝鮮半島、中東、アフリカ等における緊張の継続は、国際政治の不安定要因になっているのであります。

 このような情勢を前にして、わが国外交の前途は、まさに多難と言わざるを得ません。

 しかも、わが国は、いまや自由世界第二位の経済力を有するに至っており、その動向の国際社会に与える影響も大なるものがあり、その経済力にふさわしい役割りを国際社会において積極的に果たすことが強く期待されております。わが国がこのような期待に積極的にこたえて行動しない限り、国際世論がわが国に背を向けるような事態がないとは言い切れない状況であると申しても過言ではありません。

 私は、いまこそ、わが国が世界に役立つ日本となるために行動を起すべきときであると信じます。

 これは、決して容易なことではありません。苦痛を伴う発想の転換を必要とするところも多々ありましょう。しかし、資源も乏しく、国土も狭く、国民の英知と努力のみに頼って国の存立を図らざるを得ないわが国にとって、国際社会との協調は、その外交の絶対の前提であり、そのためには時に勇気をもって前進することが必要であります。私は、いまこそ、そのときであると考えます。

 わが国が世界に役立つ日本となるための行動の基本的方向は、次のようなものでなくてはならないと考えます。

 第1に、平和に徹し、いかなる国とも敵対的関係をつくらないことであり、他国に脅威を与えるような軍事大国にならないことであります。

 ただし、このことは、国際情勢の現実を直視し、油断をしない心構えとそのための準備を伴ったものでなくてはなりません。日米安保体制を堅持し、必要な防衛力を整備することは、この意味で必要なことであると考えます。

 第二に、先進民主主義国として、世界の繁栄に積極的に貢献することであります。

 このためには、自由貿易体制を守るべくみずからの国内市場の一層の開放を含むあらゆる努力を行うこと、開発途上国の安定と繁栄に積極的に寄与すること、さらには、国際社会の重要な一員としての立場から、国際社会の協調と発展のために進んで役割りを果たすことが不可欠であります。

 第三には、政治体制のいかんを問わず、国の大小を問わず、地理的遠近のいかんを問わず、広く世界の国々との間に交流を深め、意思の疎通を図り、もって相互信頼関係を築くことであります。

 以上の方向に向かって行動するに当たり、私が特に強調したいことは、世界の平和と繁栄なくしてはわが国の平和と繁栄もあり得ないという事実を深く認識し、国際協調の精神に徹することであります。

 わが国民の平和への強い願い、その英知と勤勉は、すでに世界の敬意を集めております。これに加え、わが国の国際協調の姿勢に対する認識が広まれば、わが国が世界に役立つ日本としての地位を不動のものとすることができましょう。そうすることによって、多難なわが外交の前途にも道が開けてくると私は確信いたします。

 次に、このような方向での外交努力の具体的な進め方について、所信を申し述べます。

 まず、国際経済について申し述べます。

 わが国にとり当面の急務は、戦後最大の試練に直面している世界経済の回復と繁栄に貢献することであります。

 わが国は、昨年来数次にわたる景気対策を講じてまいりました。これは、わが国内経済のためのみならず、世界経済全体の回復に貢献することを目的としたものであります。今般、政府が、五十三年度経済成長率に関して先進諸国中、最も高い目標を決定しましたのも、このような意図に基づいております。また、さきに政府が、東京ラウンドへの積極的な取り組み、関税の前倒し引き下げ等の対外経済政策を決定しましたのも、国際協力推進の観点からであります。

 このようなわが国の努力は、米国、ECを初めとする関係諸国からも高く評価されております。特に米国につきましては、昨年末の牛場国務大臣の訪米とさきのストラウス通商交渉特別代表の訪日をもって、昨秋以来の日米両政府間の協議は決着を見るに至りました。このように、世界的な意味合いを有する日米両国の経済関係の基盤を強化し得たことはまことに欣快に存じます。他方、ECとの間にも閣僚レベルの往来を含め従来にも増して緊密な関係が保たれております。

 政府は、今後とも、主要先進民主主義諸国と協力しつつ、保護主義の抑制と自由貿易の発展を図り、世界経済が安定的に拡大するよう積極的に寄与してまいる所存であります。

 南北問題は、国際社会の平和と安定にも係る重大な問題であります。世界経済が混迷し、開発途上国がその影響をとりわけ強く受けている今日こそ、開発途上国の経済困難を打開し、さらにはその経済社会開発を推進すべく、積極的に協力する必要があります。政府としては、今後とも経済協力を積極的に推進すべく努力する所存であり、政府開発援助に関しては、今後五年間に二倍以上に拡大すべく、質、量ともに充実を図ってまいる決意であります。また、共通基金を含む一次産品問題及び債務累積問題等の解決にも積極的に取り組んでまいります。

 なお、国内資源に恵まれないわが国が、国内経済の健全な運営を確保し、もって国際社会の繁栄に貢献するためにも、原子力を含む資源・エネルギーの安定供給を確保すべく、外交上の努力を重ねる必要があると考えます。

 次に、世界各地域との関係について申し述べます。

 日米安保体制を含む米国との友好協力関係は、わが外交の基軸であります。また、わが国と米国との間の深い相互信頼に基づいた協力関係は、世界の平和と繁栄に至大の重要性を持つに至っております。わが国としては、米国との間にあらゆる分野において率直な意思の疎通を図りつつ、両国間の成熟したパートナーシップの一層の強化を図るとともに、それを基礎に国際社会全体の平和と繁栄に大きく貢献すべく引き続き努力する決意であります。

 米国と並び、西欧諸国も国際関係の安定化に重要な役割りを果たしております。わが国としては、西欧諸国並びにカナダ、豪州及びニュージーランドをも含めた先進民主主義諸国との友好協力関係の促進に一層努力してまいります。

 アジア諸国とわが国は、平和と繁栄を分かち合う隣人関係にあります。これら諸国との協力を深め、心の触れ合う相互信頼関係を築き上げることは、わが外交の重要な課題であります。

 わが国は、昨年八月の福田総理のASEAN諸国及びビルマ歴訪によって飛躍的に拡大、強化されたこれら諸国との友好協力関係を基礎として、これら諸国の経済発展と強靭性の強化のための自主的な努力に対し、積極的に支援を進めてまいる所存であります。

 わが国はまた、インドシナ諸国との間にも相互理解に基づく新たな協力関係の醸成を図り、もって東南アジア全域にわたる新しい協調的かつ建設的な秩序の形成に貢献してまいります。

 わが国と韓国との関係につきましては、これを一層幅広いものとするため、努力を重ねてまいる所存であります。特に政府としては、すでに国会の御承認を得ました日韓大陸棚協定が速やかに実施に移され、大陸棚の開発に着手できますよう、関連の特別措置法案がぜひとも今国会で早期に成立することを強く希望してやみません。

 北朝鮮との関係につきましては、今後とも、貿易、人物、文化等の分野における交流を漸次積み重ねることにより、何よりもまず相互理解の増進を図ることが肝要と考えます。

 また、わが国といたしましては、朝鮮半島に一日も早く緊張の緩和がもたらされるよう、そのための国際環境づくりに積極的に協力するとともに、南北双方の当事者が実質的な対話を再開することを強く希望するものであります。

 政府は、インド亜大陸諸国との友好協力関係を一層強化し、この地域の安定と発展に寄与してまいります。

 体制の異なる国々との間の友好関係の増進もまた、私の最も重視するところであります。

 日中両国関係のあり方がアジアの平和と安定に対して有する重要性にかんがみますれば、国交正常化後五年を経た今日、両国の関係が順調に進展していることは、まことに喜ばしいことであります。政府といたしましては、日中共同声明を誠実に遵守することが両国関係の基本であるとの認識に立って、両国間の善隣友好関係の一層の発展を図る考えであります。

 懸案の日中平和友好条約につきましては、双方にとって満足のいく形で、できるだけ速やかにこれが締結されるよう真剣に努力してまいりましたが、交渉の機はよくやく熟しつつあるものと判断されますので、さらに一段の努力を重ねる決意であります。

 日ソ関係は、一九五六年の国交回復以来、貿易経済関係等を中心に着実に発展しております。また漁業面では、両国間の協力協定のための交渉を進める所存であります。さらに科学技術及び文化の面においても相互の交流を推進するべく努力する考えであります。

 しかしながら、日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させるためには、北方四島の一括返還を実現し、平和条約を締結することが不可欠であります。私は、そのため今月八日から十一日までソ連を公式訪問し、ソ連政府首脳との間に平和条約交渉を行い、わが国の立場を明確に伝えるとともに、率直な意見交換を行ってまいりました。領土問題についてのわが国とソ連との立場にはなお隔たりがありますが、私は、国民の総意を背景に、ソ連との率直な話合いを積み重ね、戦後長きにわたり日ソ間に残された領土問題を解決し、平和条約を締結するため、一層の努力を行ってまいる所存でございます。

 東欧諸国との関係は順調に発展してきておりますが、今後とも相互理解と友好関係を深めていく所存であります。

 わが国と中東諸国との関係は、近年とみに深まってきております。私は、今般、イラン、クウェート、アラブ首長国連邦及びサウジアラビアを親善訪問し、政府首脳と親しく意見交換を行いましたが、あすに向かって躍動しつつあるこれら諸国の指導者が、穏健かつ現実的な政策のもとに、国づくりに日夜腐心されている姿を目の当たりに見、深い感銘を覚えました。わが国との友好協力を心底から希望している中東諸国との今後の関係発展は、単に経済技術の分野にとどまらず、文化、教育、人的交流その他各般の分野にわたらなければならないことを痛感した次第であります。政府は、今後とも頻繁かつ継続的な交流と対話によって、心の通い合う関係を築き上げていくための努力を続ける所存であります。

 中東和平問題に関しましては、サダト・エジプト大統領の歴史的なイスラエル訪問を契機に新たな局面を迎えており、関係諸国の精力的な和平努力を通じ、公正かつ永続的な和平が一日も早く実現することを希求してやみません。

 アフリカ諸国との間では、今後とも友好親善関係を一層深めてまいります。南部アフリカ問題につきましては、わが国は、人種差別政策の速やかな撤廃を希望いたします。

 中南米諸国とわが国との関係の緊密化も、近年、顕著なものがあります。本年は、日本人のブラジル移住七十周年でもあり、また六月には皇太子同妃両殿下がブラジル、パラグアイ両国を訪問せられることになっております。わが国としては、われわれの先達が辛苦と努力をもって築き上げました中南米諸国との友好関係をさらに強化発展すべく努力してまいりたいと存じます。

 国際連合に対する協力は、国際協力を旨とするわが国外交の柱の一つであり、わが国としては、今後、国連の諸活動に関し、一層積極的役割りを果たしてまいる所存であります。

 本年五月に開かれる国連軍縮特別総会におきまして、わが国は、何よりも核軍縮の分野で具体的進展が見られ、かつ、通常兵器の国際移転問題につき、何らかの国際的努力が開始されることを強く希望するものであります。

 なお、新しい海洋秩序確立のための国際的努力も、わが国にとって重要な意味を有するものであり、政府は、海洋法会議の早期妥結のため一層の努力を払う所存であります。

 今日のごとく相互依存関係が深まっておる国際社会にあっては、世界各国の諸国民との間の相互理解の増進を図ることがますます必要となっております。政府は、海外における広報活動の一層の強化を図るとともに、国際交流基金を中心とする諸外国との間の文化交流を一層促進してまいる所存であります。

 以上、当面のわが重要外交施策につき、所信を申し述べました。

 私は、かねてより、外交の基盤は国内にあると信じ、外交とは常に国民の理解と支持を得たものでなければならないと考えておりました。国民から遊離した外交によっては、真の国益を確保することはできません。私は、このような考え方に立って、外交を進めてまいる考えであります。ここに国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。