データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第68代第1次大平(昭和53.12.7〜54.11.9)
[国会回次] 第87回(常会)
[演説者] 園田直外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1979/1/25
[参議院演説年月日] 1979/1/25
[全文]

 第八十七回国会が開かれるに当たり、外交の基本方針について所信の一端を申し述べます。

 本年は一九七〇年代の最後の年であり、一九八〇年代に向かう重要な転機の年であります。

 七〇年代は、時代の流れを変えるような幾つかの重要な動きがあらわれてきた時期であります。

 米中接近から国交正常化への動き、日中国交正常化と日中関係の進展、ベトナム戦争の終結とその後のインドシナ半島の動き、これらに対応してのASEAN諸国の動き、中東、アフリカ情勢の動揺等が見られました。経済面でも、石油危機を契機とする世界的な経済困難、それに伴う保護主義の圧力の高まり、開発途上国の経済困難の増大等が見られ、しかも、そうした中で世界経済の安定的拡大のためにわが国が積極的な役割りを果たすことに対する国際的な期待が強まりつつあります。

 こうした情勢を踏まえて一九八〇年代を展望すると、わが国を取り巻く国際環境は、今後一層厳しく、かつ複雑なものとなると覚悟せざるを得ません。

 このようなときに、わが国としては、その持てる経済力と政治的影響を振りしぼって、世界の平和と繁栄のために進んで積極的な貢献をしていくことが必要であり、そうすることにのみ、これからの厳しい国際環境の中でわが国の真の平和と繁栄を確保する道があると考えます。

 私は、このような認識に立って、これからの外交を進めてまいる決意であります。以下、その方針について申し述べます。

 日米安保体制を基礎とした米国との友好協力関係は、わが国外交の基軸であり、わが国はもちろん、アジアひいては世界の平和と繁栄のために大きく貢献するに至っております。政府としては、このような日米間の友好協力関係を一層揺るぎないものとするために、各界の幅広い交流を強化し、日米間の相互信頼関係を一層深めるよう不断の努力を行うとともに、世界的な視野に立った米国との協力関係を一層発展させていく方針であります。

 アジアの平和と繁栄に積極的に寄与することは、わが国外交の最も重要な課題の一つであります。

 特に、東南アジアの平和と繁栄を確保することは、わが国にとって、きわめて重要であります。政府としては、ASEAN諸国及びビルマとの間の幅広い友好協力関係の一層の増進に努めるとともに、インドシナ諸国との間にも相互理解の増進を図り、もって東南アジア全域にわたる平和と繁栄の構築に寄与してまいる方針であります。ASEAN諸国の強靭性強化のための努力は、これを重視し、これに対する支援、協力を一層強化してまいります。また、最近、米国、EC、豪州等の諸国が、ASEANに対する協力について積極的な姿勢を示していることは歓迎すべきことであります。政府としては、今後、ASEAN諸国に対する支援について、これら諸国とも緊密に協力してまいる方針であります。

 他方、カンボジアをめぐる最近の事態は、きわめて遺憾であり、内政不干渉と民族自決の原則にのっとって、一日も早く平和と安定が回復されることを強く希望いたします。この見地から政府としては、ASEAN諸国などと協力しつつ、この地域の平和と安定のため、できる限りの努力を続けてまいる決意であります。

 また、インドシナ難民の増加は、アジア・太平洋地域の不安定要因となっております。政府としては、このような認識に立って、財政的支援を初めとする一連の措置に加えて、さらにとるべき方策を検討し、この問題の解決のための国際的な努力にできる限りの協力を行ってまいる方針であります。

 韓国については、その内外諸情勢の展開をも踏まえ、新たな見地から幅広い協力関係を発展させるべく努力する方針でありますが、北朝鮮との関係についても、今後とも、経済、文化等の分野における交流を漸次積み重ね、相互理解の増進に努めてまいります。また、朝鮮半島に真の平和と安定をもたらすためには、まず南北対話の再開が必要であります。政府としては、そのための国際環境づくりに向かって関係国と協力しつつ努力してまいる方針であります。

 南西アジア諸国及びインド洋の平和と安定もわが国の大きな関心を有するところであります。政府としては、今後とも南西アジア諸国の安定のための自主的な努力に対する協力を進めてまいります。

 中国との関係については、日中平和友好条約を基礎として、相互理解の増進と友好関係の発展に努め、もって、新たな段階を迎えた日中関係がアジアひいては世界の平和と安定に寄与するものとなるよう最大限の努力いたします。

 中国と並んで重要な隣国であるソ連との間の友好関係を維持発展させることもわが国外交の基本課題であります。

 日ソ関係を真に安定した基礎の上に置くためには、北方四島の祖国復帰を実現して平和条約を締結することが不可欠であります。この問題を解決するためには、日ソ間の実務的な協力関係を発展させつつ、ソ連との間で率直にして誠意ある対話を重ね相互理解と相互信頼を深めていくことが必要であります。このために政府としては、ソ連首脳の来日を実現することを含め、あらゆるレベルとの対話を積み上げるべく努力してまいります。

 世界の平和と繁栄に貢献することを目標とする外交を進めていく上で、西欧諸国並びにカナダ、豪州及びニュージーランドとの緊密な協力関係を維持することが近時ますます重要になってまいりました。この見地から、政府としては、これら諸国との幅広い協力関係の増進に特に配慮し、このために積極的な努力を払ってまいる方針であります。

 中近東諸国との間においては、長期的な相互補完関係を基礎として友好協力関係の強化に努めてまいります。最近のイランにおける情勢の推移については、わが国として重大な関心を持っております。また、エジプト、イスラエル両国を初めとする関係諸国の努力により、中東における公正かつ永続的な和平が一日も早く実現するよう切望をいたします。政府としては、中近東地域の平和と安定のためにできる限りの貢献を行ってまります。

 中南米の諸国との関係についても、さらにはアフリカの諸国との関係についても、政府首脳レベルの交流を含む各種レベルの交流を深め、相互協力の基盤を拡げつつ長期的な展望に立った友好協力関係を増進するよう心を新たにして積極的な努力を展開してまいります。

 東欧諸国との間においても、政府としては、相互理解の増進と友好関係の発展のために、さらに一層の努力を払ってまいる方針であります。

 以上のような国と国との関係に基礎をおいた外交とともに、軍縮、新しい海洋法秩序の確立など国際政治の課題やハイジャック、テロなど国境を超えた国際社会の共通の課題を解決するための国際的な努力に積極的な協力を行うこともわが国外交の重要な問題であります。政府としては、これらの分野においても、国連その他の場において一層積極的に協力を進めてまいります。

 以上、主として、国際政治の面におけるわが国外交の基本的な方針について申し述べました。

 世界経済の問題も、世界の平和と繁栄を確保する上での重要な課題となっております。特に、わが国の場合、経済面における努力は、わが国のなし得る国際社会に対する貢献の最も大きなものであり、その意味で政治面における努力と密接不可分の関係にございます。

 世界経済は、これまでの各国の努力の結果、最近明るさを取り戻してきた面もありますが、いまだ本格的な拡大基調を回復するには至っておりません。そうした状況のもとで、保護主義の圧力は根強いものとなっております。

 南北問題の分野においても、解決を要する多数の問題があり、エネルギーをめぐる国際情勢にも厳しいものがあります。

 世界経済の抱えるこれら問題の多くは長期的あるいは構造的な見地からの対応策を必要としております。このような対応策を見出すことこそが、まさに一九八〇年代の世界経済の課題であり、こうした課題を解決するための国際的な努力に積極的に協力することこそ、世界の平和と繁栄の確保に寄与することを目指すわが国外交の進むべき道であります。このための努力は、しばしば国内的に多大の困難と苦痛を伴うものであります。しかし、わが国がこのような努力を行うことは、わが国自体の経済の持続的な繁栄を可能にする環境をつくることにつながるものであり、あえて進まねばならない道であります。

 このような認識に立って、わが国はこれまでも、世界経済の安定的拡大に資するために、各般の措置を講ずるとともに、諸外国からも同様の協力を得るべく努めてまいりました。しかしながら、世界経済の現状を見るとき、世界各国とともにわが国が世界経済の安定的拡大のために、さらに一層の努力を行うことが必要であります。

 したがって、政府としては、妥結の方向に大きく前進した東京ラウンド交渉を、一日も早く成功裏に終結させるべく各国と協調してさらに一層の努力を払います。また、ようやくあらわれつつある経常収支の黒字幅の縮小傾向を一層定着させるべく輸入の増大を中心として、さらに努力する方針であります。

 さらに、昨年の石油価格引き上げや最近のイラン情勢をも踏まえ、資源・エネルギーの安定的供給の確保のために努力することが必要であり、同時に日米間の新エネルギーの研究開発を目的とする科学技術協力を初めとして、エネルギー問題の長期的課題の解決に向けての国際協力に積極的に参画してまいります。

 本年は、わが国で主要国首脳会議が開催される予定であります。政府は、以上述べたような方向の努力を積み重ねつつ、各国とともに、来るべき主要国首脳会議が世界経済の前途に一層の明るさをもたらす契機となるよう、最大限の努力を払います。

 このような経済問題の中でも南北問題は、アジアの一員としてのわが国が特に重視すべき課題であります。南北間の著しい経済的な格差は、世界経済の安定的拡大にとっての障害であり、また政治的な不安定要因でもあります。

 本年は第五回国連貿易開発会議が開催され、また、主要国首脳会議においても南北問題が重要な議題の一つとなる予定であります。政府としては、こうした機会をも含めて、南北間の調和、協調を図ることを旨として、南北問題の解決のための国際的な努力を成功に導くために積極的な役割りを果たしてまいる決意であります。

 このような見地に立って、政府としては、今後政府開発援助の三年間倍増の確実な達成を図り、さらに、援助額の国民総生産に占める比率の増大、援助の質の向上、執行方法の一層の改善に引き続き最大限の努力をいたします。共通基金の設立、一次産品所得の安定を初めとする開発途上国の貿易環境の改善のための諸施策の実現に一層努力してまいる方針であります。

 以上、政治経済両面にわたるわが国外交の基本的な進め方について申し述べました。申すまでもなく外交は、国と国、人と人との相互信頼の上に成り立つものであります。したがって、わが国民と諸外国の国民との間の相互理解の増進に努めることは外交の前提ともいうべき重要な課題であります。政府としては、このような認識のもとに、文化面での諸外国との交流の促進、諸外国の正しい対日理解の増進のために特段の努力を払ってまいります。

 私は、平和に徹することを国是とするわが国の憲法の精神は人類の先覚者として誇り得るものであると自負する一人であります。この誇り高き憲法の精神にのっとり、世界の平和と繁栄がなければわが国の平和と繁栄もないとの認識に立って、国際社会をより平和でより豊かなものとするよう全力を傾けていくことが、わが国の使命であると考えております。

 このような道は決して安易なものではなく、むしろ試練に満ちたものであります。しかし、資源も乏しく、国土も狭く、国の存立を国際環境に大きく依存し、国民の英知と努力のみによって国の平和と繁栄を図らざるを得ないわが国にとって進むべき道はこれ以外にはありません。

 私はこのような考え方に立って、これからの厳しい国際環境の中で一歩一歩着実に外交を進めてまいる決意であります。

 国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。