データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第69代第2次大平(昭和54.11.9〜55.7.17)
[国会回次] 第91回(常会)
[演説者] 大来佐武郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1980/1/25
[参議院演説年月日] 1980/1/25
[全文]

 第九十一回国会が再開されるに当たり、わが外交の基本方針につき所信を申し述べます。

 今日われわれは一九八〇年代の関頭に立っております。

 七〇年代は、国際関係の安定化への重要な動きが見られましたが、その反面、新たな紛争や緊張も生じました。

 日米両国は中国との関係を正常化いたしました。インドシナにおいては長期間にわたる戦火が一たんは鎮まりながら、また新たな対立と紛争が生まれております。米ソ間では、SALT協定合意に見られるように、緊張緩和の動きも見られましたが、最近に至りアフガニスタン問題を契機として新たな局面を迎えております。中東においても、エジプト、イスラエル間の平和条約が締結されましたが、包括和平への道はなお険しく、イラン情勢も予断を許しません。

 また七一年のドル・ショック及び七三年の石油危機等を契機として世界経済は大きな構造的変化を経験しました。多くの国は長期的不況、インフレ等の困難に直面し、とりわけエネルギー問題が克服すべき最重要課題としてクローズアップされております。

 このような七〇年代を踏まえつつ八〇年代を展望すると、世界の平和と経済の安定、発展への国際的努力が引き続き行われるでありましょうが、政治、経済の両面において幾多の困難が予想され、一九八〇年代は、世界の平和と経済発展にとり、まことに大きな試練の時代となりましょう。

 この中にあって、わが外交に課せられた使命は、まことに大きくかつ困難なものと言わざるを得ません。

 外交はまず何よりも国民の生活と安全を守ることであります。

 国民の安全の確保については、節度ある質の高い自衛力と日米安全保障条約とからなる安全保障体制を堅持することが基本であることは言うまでもありません。他方、わが国が国際関係で平和に徹することを世界に周知せしめ、身をもって平和外交を実践し、すべての国との友好関係の維持発展に努めることが肝要であります。国の安全保障をより広い観点からより総合的に考えた場合、外交の果たすべき役割りにはきわめて重要なものがあると言わねばなりません。

 また、エネルギー資源の大部分、その他の主要鉱物資源及び食糧の大半を海外に依存しているわが国にとって、自由で多角的な貿易経済関係を維持、拡大することは国民の生活の土台を守る基本的方途であります。そのためには、単に経済的側面だけではなく、政治、文化などあらゆる面を考慮した総合的な外交を推進することが肝要であります。

 わが国は、さらに進んで、世界の平和の維持と世界経済の繁栄に積極的に貢献することが必要であります。

 わが国は、経済力の飛躍的増大を背景に近年国際的比重が高まり、その傾向は八〇年代を通じて強まることが予想されます。世界は、わが国が国際社会において、より積極的な政治的、経済的な役割りを果たすことを期待しております。わが国は、すでに七〇年代においても相応の役割りを果たしましたが、八〇年代にはさらにその国際的地位にふさわしい責任と役割りを果たしていかなければなりません。

 世界平和の維持については、平和に徹するわが国の基本的立場を踏まえ、問題を内蔵する世界の諸地域からの不安定要因の除去にこれまで以上に貢献し、世界平和が確保されるような国際環境づくりに積極的に参加していくことが必要であります。

 現在、世界経済はインフレーションの傾向が強まる中で、成長率の鈍化、厳しい雇用情勢、生産性の伸び悩み、国際収支不均衡の拡大等解決すべき幾多の問題を抱え、また最近のエネルギー情勢のため、その先行きは一層厳しくなるものと思われます。わが国は、世界経済の主要な担い手としての自覚と責任を持って、世界経済の抱えるこれらの諸困難に関係国と協調しつつ対処していくとともに、特に、開発途上国の経済建設に積極的に貢献することが必要であります。

 このように、八〇年代におけるわが外交の基本姿勢は、世界の中の日本という視点に立つことでなければなりません。世界の平和と安定あっての日本との考え方に立って、世界の出来事にいままで以上の関心を払い、また責任を持って関与する用意がなければなりません。このような観点から世界の平和の維持と経済の発展により積極的に貢献することは、国際社会における信頼を一層高めていくゆえんであり、またとりもなおさずわが国民の生活と安全を守ることになるのであります。

 私は、このような認識に立って、これからの外交を進めてまいる決意であり、以下、その具体的な方針について申し述べます。

 日米安保体制を基礎とした日米友好協力関係の維持、強化は、引き続きわが国外交の礎であります。

 国際社会の一員としてますます大きな責任を担いつつあるわが国が、世界の平和と安定のために、その外交努力を強化していく上においては、米国との世界的視野に立った信頼あるパートナーとしての協力関係を一層発展させていくことがきわめて重要であります。

 日米経済関係については、今後とも昨年五月の日米共同声明に盛られた諸事項を忠実に実行し、日米経済関係上の諸懸案を着実に解決に導いていくとともに、今後両国が日米経済関係の中期的展望をつくり上げていくことが必要であり、この点、日米経済関係諮問グループの活躍にも期待したいと考えております。

 過去十年間にも両国間に摩擦を生じたこともありますが、幸い、両国が基本的利害において一致するという認識によって重大な局面に至ることは避けられております。今後とも、両国友好関係の維持について、双方が不断の努力を行うことが必要であります。

 アジアは、わが国が平和と発展に主要な役割りを果たすべき地域であります。

 わが国は、アジア全域の平和と安定を目指す外交努力を今後一層強化するとともに、アジア諸国の農業、工業の生産拡大、雇用の増大、貿易の発展、人づくり等に対する協力をさらに進めていく決意であります。

 朝鮮半島については、わが国は、同地域の安定と緊張緩和に資するため、関係諸国との意思疎通を深める努力を引き続き払うものであり、かかる考え方をもって、実質的な南北対話の再開に向けての国際環境づくりなどに協力する所存であります。

 韓国においては、現在、国民融和のための秩序ある変革への努力が進められておりますが、わが国としては、かかる努力が実を結ぶことを期待するとともに、相互の友好協力関係をさらに一層発展させてまいる所存であります。北朝鮮との関係につきましては、今後とも貿易、経済、文化等の分野における交流を漸次積み重ねてまいる考えであります。

 先般私は、大平総理大臣に随行し中国を公式訪問いたしました。中国滞在中、日中両国首脳の間で、アジア情勢及び一九八〇年代に向けての日中両国関係のあり方について、率直な意見交換が行われました。会談において、わが国は、中国の経済建設に対し積極的に協力を行う用意がある旨伝えるとともに、その際、軍事面での協力は行わない、わが国と他のアジア諸国との関係なかんずくASEAN諸国との伝統的な関係を犠牲にしない、日中関係は排他的なものでなく先進工業諸国との協調のもとに協力するとのわが国の方針を伝えるとともに、この点につき中国側の理解を得ました。また、日中両国間の文化交流をより緊密化することに意見の一致を見ました。

 私は、先般の訪中で得られた成果を踏まえ、日中平和友好関係の一層の発展のため、引き続き努力してまいる所存であります。

 東南アジアの安定と発展に着実な成果を上げつつあるASEAN諸国の努力を支持しこれに協力することは、わが国アジア外交の重要な柱であります。私は、現在の良好な日本・ASEAN関係を基礎とし、これら諸国との友好協力関係の一層の充実に引き続き努力を重ねていく考えであります。

 インドシナ難民問題は、人道上及び政治上の重大な問題になっております。

 わが国は、この問題の解決のため、国連難民高等弁務官事務所のインドシナ難民救済計画の七九年所要経費の半額負担、及びカンボジア難民に対する医療面を含む官民挙げての救援活動を行うとともに、本邦への定住促進等の努力を払っておりますが、今後ともこれらの各分野で協力を積み上げていく所存であります。

 インドシナ難民問題の根本的解決はこの地域の平和と安定なしには達成できず、このためにはカンボジアに永続的な平和を回復することが必要であります。わが国は、ASEAN諸国とも協調しつつ、関係諸国に働きかけ、平和のための役割りを果たしていく所存であります。

 南西アジア地域については、これら諸国との相互理解を一層促進するとともに、その経済開発のために、できる限りの貢献を行っていく決意であります。

 中近東地域の情勢はイラン及びアフガニスタン等をめぐり緊迫の様相を呈しており、今後の推移は、世界の政治・経済両面にわたり重大な影響を及ぼすものとして注目を要します。このような情勢にかんがみ、対中近東外交は八〇年代のわが国外交の重点の一つとして推進していくべきものと考えます。

 わが国と中近東諸国との関係は、その重要性についての認識の高まりを背景に、近年あらゆる分野において緊密の度を加え、相互依存関係も急速に深まりつつあります。わが国としては、このような状況のもとで、これら諸国との友好協力関係の維持増進により、真に歓迎されるわが国のプレゼンスを中近東地域に確立していく必要があると考えます。

 このためには、わが国としては、中近東諸国の国づくり、人づくりに貢献するとともに、これら諸国との間に、歴史、宗教及び文化の面における相互理解を深めていく必要があります。

 さらに、中東和平の実現のために、エジプト・イスラエル平和条約が、公正、永続的かつ包括的和平につながるべきものであるとの立場から、わが国としてもできる限りの協力を行っていく所存であり、従来より行ってきたわが国とPLOとの対話についても、引き続き強化していく方針であります。

 ソ連のアフガニスタンに対する軍事介入は、国際法及び国際正義に反する行為であってきわめて遺憾であり、国際社会の平和と安定のために深い憂慮を表明せざるを得ないものであります。わが国としては、アフガニスタン国民が内政不干渉、自決権尊重の原則に基づき、みずからの手で国内問題の解決を図るよう切望いたします。わが国としては、ソ連に強く反省を求め、ソ連軍の速やかな撤退を要求するものであり、さきに国連緊急特別総会で圧倒的多数をもって採択された決議を強く支持するものであります。また、わが国としても、自由と平和を目指す国際社会の一員として、米国を初め欧州その他の友好国との協調のもとに、こうしたわが国の姿勢を具体的な形で示す必要があると考えており、かかる観点から日ソ交流のあり方について検討を進めております。

 一方、ソ連の軍事介入は、周辺諸国に直接の影響を及ぼしており、これら諸国の平和と安定を維持するための国際的な努力が払われるべきであります。この意味で、パキスタンに対し、同政府の要請があれば、同国の民生と経済の安定のため、経済協力の拡大について、他の関係国とともに積極的に検討したいと考えております。最近、アフガニスタンより多数の婦女子、老人を含む五十万に上る難民がパキスタンに流入しております。わが国は、今般、国連難民高等弁務官よりの呼びかけにこたえ、十億円相当の救援物資を供与することに決定いたしました。

 また、わが国としては、今回の事件に対する第三世界の諸国、なかんずくイスラム諸国の深刻な認識を理解するものであり、これら諸国への支持を表明するものであります。

 私は、テヘランにおける米国大使館占拠、米国外交官人質事件がかくも長く続き、いまだ解決を見ていないことを深く憂慮するものであります。

 この事件は、外交使節団の不可侵という国際社会の基本的秩序に対する重大な脅威を形成するという意味で、わが国の盟邦たる米国のみならず、わが国を含む国際社会全体として放置できない問題であります。また、人質の拘束は、人道的にも容認し得ません。わが国としては、今後とも国連などの国際的努力を積極的に支持していくとともに、事態の推移に応じ、人質の早期解放のための方途につき、米国を初め、欧州などの諸国と協調して、適切に対処していく考えであります。私は、人質が一日も早く解放され、事態が平和的に解決し、イランとわが国との友好のきずなが固められていくことを強く念願するものであります。

 EC加盟諸国を初めとする西欧諸国との関係につきましては、一九八〇年代を迎え、世界の平和と繁栄のため、わが国と西欧諸国が協調して貢献することが望ましく、一段と幅広い協力関係を築いてまいる所存であります。

 私は、一月十五日より二十日まで、大平総理大臣に随行して豪州、ニュージーランドを訪問してまいりましたが、今回の訪問では、これまでの両国とわが国との友好協力関係を確認し、相互理解を深めることができました。この両国は太平洋地域協力のよきパートナーとして密接な関係にあり、わが国としては、これら両国及び南太平洋の島嶼諸国と、今後とも太平洋地域の平和と繁栄のため、より一層友好協力関係を発展させてまいる所存であります。

 また、太平洋地域諸国間の多角的な協力関係を進めることについても、有意義な話し合いを行い、このような見地から環太平洋連帯構想につき、広範な地域的合意に基づいて、さらに検討を深めることといたしました。

 ソ連との関係は、ソ連のアフガニスタンへの軍事介入等により、厳しい局面を迎えております。さらに、日ソ間には北方領土問題が最大の懸案として残されており、特に最近の北方領土におけるソ連軍の軍備増強は政府としてきわめて重大に受けとめざるを得ません。このため、政府としては、引き続きかかる措置の速やかな撤回を求めるとともに、北方領土問題を解決して平和条約を締結するという一貫した基本方針にのっとり、今後とも粘り強く折衝を進めていく考えであります。

 近年とみに関係が発展してきている東欧諸国との間には、今後とも相互理解と友好関係の増進に努めていく所存であります。

 中南米諸国についても、政府としては、さきの臨時国会の御承認により実現した中南米局の設置によって、積極的な対中南米外交展開の態勢が名実ともに整ったことを踏まえて、発展性に富むこれら諸国との相互協力の基盤をさらに拡げ、友好協力関係のきずなを一層強固たるものとするよう心を新たにして努力してまいる所存であります。

 ローデシア問題の解決への動きに示されるとおり、アフリカの国々は一様に平和と繁栄への強い願いと意欲とを持っております。こうした願いと意欲に対し、今後とも積極的に協力していくことが、アフリカ諸国との友好協力関係を一層強化させる基礎であると私は確信しております。

 各国経済の相互依存関係がとみに高まっている今日においては、国際協調の強化に努め、関係各国が足並みをそろえて初めて世界経済の抱える諸困難に対処していくことが可能であります。

 石油を初めとするエネルギー問題について、現在先進消費国側が果たすべき緊急かつ最も重要な課題は、石油需要の抑制、石油市場安定化のための諸措置と、石炭、天然ガス、原子力等の代替エネルギーの利用拡大及び開発による石油依存度の低減であります。石油の大消費国たるわが国といたしましては、IEAの場を初め、他の主要先進消費国と密接に協力しつつ、責任ある対応をしなければなりません。

 一方、わが国にとって必要な石油の供給を確保することは、きわめて重要であり、このため産油国との幅広い友好協力関係を築くことも肝要であります。

 同時に、スタグフレーションを克服するためには、東京サミット等で合意された生産性の向上や研究開発のための投資の促進等、各国経済の体質強化のための経済構造面での諸政策を各国と協調して推進していくことが重要でありましょう。

 さらに、わが国としては、他の諸国と協調して保護主義を抑圧し、開放的貿易体制の一層の推進に努力する考えであり、特に本年より実施の第一歩を踏み出す東京ラウンドの諸協定を、わが国としても一日も早く実施に移すことが緊要であり、政府としても、可及的速やかに受諾し得るよう最善の努力を払う所存であります。

 近時、石油価格の高騰により、非産油開発途上国の発展にもたらされる悪影響が問題となっておりますが、国際社会は、かかる問題を含め、南北問題全般への積極的な対応を強く迫られており、わが国としても、八〇年代における建設的な南北関係の確立を図るため、今後とも南北対話に積極的に参加していく所存であります。

 同時に、政府としては、政府開発援助については、本年を最終年とする三年間倍増目標を確実に達成するとともに、その後においても、引き続き政府開発援助の質及び量の拡充を図ってまいる決意であります。

 政府開発援助の拡充に当たっては、特に、人づくりや農業開発、代替エネルギーを含むエネルギー開発、インフラストラクチュアの建設などに貢献してまいる考えであります。

 また、途上国が多大の関心を有する一次産品問題については、目下進行中の共通基金協定交渉の早期妥結に向け全力を挙げる方針であります。

 国連における多数国間外交につきましては、特に、最近のイラン、アフガニスタンの情勢をも踏まえて、国連がその平和維持機能を一層発揮し得るように、わが国としても創意と工夫をこらして、積極的な貢献をしてまいりたいと考えております。

 また、政府としては、最優先課題である核軍縮を中心とする軍縮の促進のため、引き続き積極的に貢献していく方針であります。

 世界の諸国間の交流と相互依存関係が深まりつつある今日の地球社会にあっては、文化面での広範かつ頻繁な接触を通じる相互理解と信頼の増大の必要性が、ますます強く認識されております。特に、諸外国との円滑な関係の確保に大きく依存しているわが国の場合、積極的な文化交流の推進こそ、外交の重要な一環であります。したがって、政府としては、文化面での国際交流をさらに一層拡大強化すべく鋭意努力を払っていく決意であります。

 以上、当面のわが外交の重要施策につき所信を申し述べました。国際情勢の厳しさとわが国の置かれた地位を考えますと、一九八〇年代は、わが外交にとり、まさに試練の時期と言っても過言ではありません。このような時期を迎えて、外交実施体制の一層の拡充強化を図ることが急務であります。また、外交の推進に関し、従来にも増して幅広い国民の理解と支援を得ることが肝要であります。そうして初めてわが外交は八〇年代の試練に正面から立ち向うことができるでありましょう。

 ここに国民各位の一層の御理解と御支援をお願いする次第であります。