[内閣名] 第70代鈴木(昭和55.7.17〜57.11.27)
[国会回次] 第96回(常会)
[演説者] 櫻内義雄外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1982/1/25
[参議院演説年月日] 1982/1/25
[全文]
第九十六回国会の開会に当たり、わが国外交の基本方針につき所信を申し述べます。
今日、わが国をとりまく国際情勢は、まことに厳しいものがあります。
米ソ両大国を中心とする東西関係は、依然として不安定なまま推移しており、ソ連の著しい軍備増強とこれを背景とする第三世界への進出に加えて、ポーランド情勢は、最近深刻化の様相を深めております。
第三世界諸国は、近年、先進諸国との相互依存関係が深まり、世界の平和と発展に大きなかかわり合いを有するに至っていますが、これら諸国の多くはいまだ政治的、経済的基盤が脆弱であり、これが一因となって、国内的混乱やさらには地域的な紛争を引き起こしております。昨年においても、インドシナ、中東、アフリカ、中米等の諸地域で多くの混乱、紛争が発生し、あるいは未解決のまま推移しております。
また、世界経済は、依然として第二次石油危機に対する調整を終えておらず、成長の停滞、失業の増大、根強いインフレの持続、国際収支の不均衡等の諸問題を抱えており、このような状況のもとで保護主義的傾向がますます強まりつつあります。先進国経済の低迷は、他方開発途上国の経済発展にも大きな影響を及ぼしております。
このような国際情勢を前にして、わが国外交に課せられた使命はまことに大きなものであると言わざるを得ません。
わが国は、近年目覚ましい経済発展を遂げ、いまでは世界の国民総生産の一割を占めるに至っており、わが国の国際的地位は飛躍的に向上しました。これに伴い、わが国が国際的に果たすべき責任と役割りは、単に経済面のみならず、政治面その他あらゆる分野で著しく増大しております。このような日本に対する世界の期待は、いまやきわめて大なるものがあるとともに、他方において、わが国の行動がかかる期待にこたえるものであるかどうかが厳しく注目されているところであります。
最近わが国が対外関係において直面している諸問題は、まさにこのような意味合いで受けとめるべきであると考えます。私は、わが国がこれら諸問題に受け身で対処するのではなく、世界の平和と繁栄のために主体的かつ積極的に貢献することが、世界から信頼される日本を築き上げていくゆえんであり、とりもなおさずわが国の安全と繁栄を確保していく道であると確信しております。外交の責務は、きわめて重大であると言わざるを得ません。
以下、当面する外交の諸課題に対する方針について申し述べます。
まず、わが国が積極的外交を展開していくに当たっては、自由と民主主義という基本的価値観を共有する西側先進諸国との連帯と協調が不可欠であります。国際社会が直面する種々の課題に積極的に対処し、世界の平和と繁栄の枠組みを構築していく上でとりわけ重要なことは、西側諸国が不断の協議、連絡を保ちつつおのおのの国力、国情にふさわしい役割りを分担し合い、全体として最大限の力を発揮していくことであります。
このような意味において、日米安保体制を基軸とする日米友好協力関係は、わが国外交の中心に位置するものであり、両国間の相互信頼に裏づけられた同盟関係がいまやいささかも揺るぎのないものとなっていることは、サンフランシスコ平和条約発効以来三十年を経た今日、まことに心強くかつ感慨深いものであります。
わが国は、米国との間で、国際社会の当面する諸問題に対処するに当たっての協力を強化するとともに、両国間の経済、安全保障上の諸問題の円滑な解決を図るためにあらゆるレベルにおいて不断の協議を行ってまいりました。安全保障の問題につきましては、わが国は、日米安保体制の一層円滑で効果的な運用を図るとともに、専守防衛を旨とする節度ある質の高い自衛力の整備を行っていく必要があると考えております。
日米両国が協力して世界の平和と繁栄のために果たすべき責任と役割りは、ますます大きなものになると思われます。政府は、このような見地に立って、現在の特別に緊密な日米関係の一層の強化に努めてまいる所存であります。
また、わが国が世界的な視野に立った外交を展開していくに際して、EC加盟諸国を初めとする西欧諸国は、同様に重要なパートナーであります。これらの諸国との経済問題の円滑な解決を図ることの重要性はもとよりでありますが、同時に、日欧政治協力の一層の充実が大きな課題であります。昨年六月の鈴木総理の訪欧等により日欧間の対話と協力の強化が図られつつあり、政府は、今後かかる努力を一層強化してまいる所存であります。
さらに、太平洋地域の先進民主主義諸国であるカナダ、豪州、ニュージーランドとの友好協力関係の強化も重要であります。これら諸国との関係は、近年経済関係を中心に着実な発展を遂げてまいりましたが、今後は政治面を含むより幅広い協力関係を構築してまいりたいと考えます。
アジア諸国との関係を一層緊密にするとともに、この地域の平和と安定のために政治経済的な役割りを積極的に果たしていくことは、わが国外交の重要な柱であります。
朝鮮半島の平和と安全は、わが国の安全と東アジアの安定にとって重要であり、わが国と一衣帯水の関係にある韓国との間に、広範かつ各層にわたる交流の強化を通じて相互理解を深め、幅広く国民的基盤に立脚した安定的な関係を構築していく必要があります。また、現在韓国においては、経済的、社会的諸困難に直面しつつも、新しい国づくりのための努力が行われており、わが国は、このような隣国の国づくりに対し、わが国の経済協力の基本方針のもとに、できる限りの協力を行ってまいりたいと考えております。なお、北朝鮮との関係については、今後とも、貿易、経済、文化等の分野における交流を漸次積み重ねてまいる考えであります。
中国が安定かつ繁栄した国家の建設を進めていくことは、アジアの平和と安定に寄与するものであり、今後ともわが国としてできる限りの協力を続けていくことが肝要であります。日中国交正常化十周年にあたる本年には、両国首脳の相互訪問も予定されており、中国との間の友好協力関係をさらに強固なものにしたいと考えております。
東南アジアにおいては、ASEAN諸国が目覚ましい経済発展を実現し、連帯と協力の増進を通じて、この地域における重要な安定勢力に成長してきております。わが国は、東南アジアの平和と繁栄を目指すASEANの努力を引き続き支持するとともに、これら諸国との協力協調関係の一層の発展に努力してまいります。
カンボジア問題及びインドシナ難民問題は、依然としてこの地域の不安定要因となっております。カンボジア問題につきましては、昨年のカンボジア問題国際会議及び国連総会において、話し合いによる包括的政治解決へ向けての努力が行われましたが、残念ながら、ベトナムはそれにこたえておりません。わが国としては、ASEAN諸国と協力し、また、ベトナムとの対話を維持しつつ、同問題の解決のためあらゆる働きかけを続ける所存であります。また、インドシナ難民問題についても、わが国は、資金、食糧等種々の面における協力及び難民の定住受け入れなどを通じて、引き続き問題の解決に寄与してまいる方針であります。
さらに、南西アジア地域及びインド洋の安定は、近年わが国にとってもますます重要性を高めており、政府としては、今後とも同地域諸国との関係強化に努力していく所存であります。
わが国の重要な隣国であるソ連との関係につきましては、北方領土問題を解決して平和条約を締結し、真の相互理解に基づく安定的な関係を確立するため、今後ともあらゆる機会をとらえてソ連側と粘り強く話し合ってまいる所存であります。日ソ関係は、北方領土における軍備強化、アフガニスタンへの軍事介入、ポーランド情勢などにより遺憾ながら引き続き困難な局面にあり、政府としては、かかる事態の是正を強く求めております。先般モスクワにおいて開催された第二回日ソ事務レベル協議においても、このような局面にある日ソ関係について率直な意見交換が行われたところであります。
今般のポーランドにおける事態は、国際情勢全般に深刻な影響を及ぼすものであり、政府は、かかる観点から同国での現下の異常な事態が早急に是正されることを求めております。また、政府としては、ポーランドの問題は外部からのいかなる干渉にもよることなく、ポーランド人自身により解決されるべきであると考えるものでありますが、今般の事態がソ連の圧力のもとで生じたものであり、その意味においてソ連は責任を有するとの考え方を直接ソ連側に表明し、ソ連の自制を求めてきている次第であります。わが国としては、ポーランドの事態に対処していくに当たり、西側の結束を維持し、その一員として適切に対処していくことが重要と考えております。
東欧諸国全般との関係については、政府は、それぞれの国情も勘案しつつ、相互理解の増進と友好関係の発展のため努力を払ってまいる方針であります。
中近東地域は、東西の戦略上の要衝として、また石油生産地域として重要であります。
この地域の情勢は、サダト・エジプト大統領の暗殺、未解決のイラン・イラク紛争、不安定なレバノン情勢、アフガニスタンへのソ連の軍事介入の継続等に見られるように、引き続き流動的であります。この地域に永続的な平和と安定を構築していくためには、先進民主主義諸国を中心とする政治、安全保障面及び経済面での協力がきわめて重要であります。わが国としても、経済技術協力に加えて、この地域の平和に対する外交努力を強化し、さらには、文化交流等を通じる相互理解の増進を図っていく所存であります。
特に、中東における公正、永続的かつ包括的和平の実現のためには、パレスチナ人の自決権とイスラエルの生存権が相互に認められるべきであります。昨年のアラファトPLO議長訪日の際のわが国首脳との会談、故サダト・エジプト大統領葬儀の際のベギン・イスラエル首相との会談等の機会をとらえて、紛争当事者にわが国のかかる立場を伝えております。
わが国は、今後とも西側諸国や現実的な政策をとるアラブ諸国との協力関係を強化しつつ、和平実現の動きに寄与してまいる所存であります。また、昨年十二月、イスラエルはゴラン高原を一方的に併合しましたが、これは国際法及び国連諸決議違反であり、わが国としては、イスラエルに対しその撤回を強く求めております。
イラン・イラク紛争については、今日いまだ解決を見ていないことを憂慮するものであります。わが国は、今後とも平和的解決のための国際的努力を支持するとともに、両国に対して紛争の早期解決を訴えていく所存であります。
また、アフガニスタンにおいていまだにソ連の軍事介入が続いていることは、まことに遺憾であります。わが国は、今後とも、立場を同じくする友好諸国と協調、連帯し、ソ連軍の全面撤退を粘り強く求めていく所存であります。
今後一層の発展が期待される中南米諸国は、近年その国際関係の多角化を図り、わが国との友好関係も着実に強化されております。わが国としても、経済面のみならず、国連における活動を初めとする国際政治面での協力関係の強化に一層努めてまいる所存であります。
アフリカ地域についても、わが国との関係はますます緊密になっております。同地域については、特に、ナミビアの早期独立達成に向けての関係国間の交渉に最大の関心が払われており、わが国としても、国連を中心とする問題解決のための行動に協力してまいりたいと考えております。
もとより、国際の平和と安全確保のための努力は、世界のすべての国々に課された課題であります。この意味で、国際連合の役割りにはきわめて大きなものがあります。わが国は国連の諸活動、とりわけその平和維持活動に対する協力を一層強化し、もって安全保障理事会理事国としての責任を全うしてまいる所存であります。
また、国際社会を長期的により平和で安定した基盤の上に置くためには、軍縮、軍備管理へのたゆまざる努力が不可欠であります。特に、現下の最大の課題である核軍縮については、米ソ両国を初めとする核保有国の自制と責任が第一義的に重要であり、わが国としても、引き続きこれら諸国に対する働きかけを行っていきたいと考えております。この関連で、先般開始された中距離核戦力交渉や本年開始が期待されておる戦略核兵器削減交渉の具体的進展を切望するものであります。また、本年六月に開催される第二回国連軍縮特別総会において、わが国は、平和国家として、また、核不拡散条約当事国として、核実験の全面禁止、核不拡散体制の維持強化等、核軍縮を中心とする具体的軍縮措置の必要性を訴え、建設的な審議が行われるよう貢献してまいる所存であります。
国際社会の直面する大きな課題の一つであります世界経済の再活性化のためには、先進工業諸国間の協調的な経済運営が重要であることはもとよりでありますが、同時に、これら諸国が協力しつつ、技術開発や産業構造の転換を促進し、生産性の向上を図っていくことが不可欠であります。先進工業諸国の中でも主導的立場にあり、その経済の動向が世界経済全体に大きな影響を及ぼしているわが国としては、以上のような目的を達成するための具体的諸施策を率先して推進し、もって世界経済の発展に資することが求められているのであります。
また、現下の国際石油需給は緩和基調を示していますが、基本的に脆弱性を内包していることに変わりはありません。わが国は、現在のようなときにこそ、産油国との間の建設的な友好協力関係の維持強化に努め、安定的な石油供給の基盤を固めるとともに、国際協力を通じてエネルギー経済の構造変化を一層推進する必要があります。
本年においても、フランスにおける主要国首脳会議やガット閣僚会議を初め、多くの重要な国際会議が予定されております。わが国は、かかる機会を通じ、その国際的責任と役割りを自覚しつつ、国際経済の円滑な運営に積極的に貢献してまいる所存であります。
特に、最近欧米諸国との間で大きな問題となっている経済貿易摩擦についても、自由貿易主義の維持強化を通じる拡大均衡の見地から、また、これら諸国との関係を一層円滑かつ強固なものにするため、できる限り早急に具体的な解決を図る必要があります。この意味で、経済対策閣僚会議において決定された諸施策を速やかに実施し、わが国市場の一層の開放のために最大限の努力を傾けなければなりません。
開発途上国の発展は国際社会の大きな課題であり、また、世界経済の再活性化のためにも大きな役割りを果たすものであります。この意味で相互依存と連帯の精神が南北サミットで確認されたことは、南北間に存在する諸問題の改善に向けての大きな契機として評価されます。とりわけ開発途上国との相互依存関係の深いわが国としては、これら諸国の開発のための協力に一層力を注ぐとともに、国連等の場における南北対話に積極的に参加し、建設的な南北関係の構築に引き続き努力してまいる決意であります。
南北問題の解決を図っていく上で、経済協力は特に重要であります。わが国は、南北問題の根底にある相互依存と人道的考慮の二つの理念に基づいて経済協力を進めていますが、このような経済協力を通じて、開発途上国の政治的、経済的、社会的強靭性の強化が図られることは、当該地域、さらには世界全体の平和と安定に貢献するものであります。この意味で、経済協力は、わが国の国際社会に対する責任であるのみならず、わが国の総合安全保障政策の重要な一環をなしております。このような観点から、わが国は、世界の平和と安定の維持のために重要な地域に対する援助を引き続き強化していく方針であります。
わが国は、三年倍増目標の達成後も、昨年一月新中期目標を設定し、政府開発援助の量の拡充及び質の改善に努めております。また、今後とも、相手国国民の生活に直接役立ち、かつ、国づくりの基盤をなす農村、農業開発を含めた基礎生活援助及び人づくり協力の二つの分野を重視していくとともに、過去の援助の評価を行いつつ、効果的な援助の実施を図っていきたいと考えております。
わが国が国際社会の重要な一員としてその役割りを果たしていくためには、政治、経済のみならず社会、文化をも含めた日本の全体像を広く世界に紹介し、もってわが国の基本的な外交政策やその基礎となる考え方が国際社会において的確に理解されることが特に重要であります。わが国としては、このような観点から、文化交流や広報活動を一層拡充強化し、諸外国との間に相互理解の増進を図っていく方針であります。
外交は、わが国の平和と繁栄を総合的に確保していくために死活的な重要性を有し、わが国の命運がかかっていると言っても過言ではありません。私がここで強調いたしたいのは、このような外交を強力かつ機動的に実施していくための外交基盤の充実がいまや急務であるということであります。
特に、わが国を取り巻く国際情勢の動きを迅速かつ的確にとらえるための情報収集、分析機能を強化し、外交実施体制の充実を図ることは不可欠の要請であります。
また、経済、文化等の諸分野において、海外で活躍する邦人の数は、近年著増しております。これら邦人の安全と福利の確保も外交の重要な任務であり、このためにも在外公館の機能の一層の充実が緊要であります。
行く手に幾多の困難が予想される今日の時代にあって、政府が要請されているものは、国民の英知を結集し、わが国の進路を切り開いていくことであります。私は、このような決意を持って、多難な国際情勢に対処してまいる所存であります。
国民各位及び同僚議員のこれまでの御協力に感謝申し上げるとともに、今後の力強い御支援をお願いするものであります。