[内閣名] 第72代第2次中曽根(昭和58.12.27〜61.7.22)
[国会回次] 第102回(常会)
[演説者] 安倍晋太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1985/1/25
[参議院演説年月日] 1985/1/25
[全文]
第百二回国会が再開されるに当たり、我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。
ことし、昭和六十年は、戦後四十年という節目の年に当たります。今や、我が国は、大戦の惨たんたる荒廃から復興し、自由世界第二の経済力を持つ安定した民主主義国家としての地位を確立し、政治的、経済的に国際社会において重きをなすに至りました。ますます相互依存の高まる今日の国際社会において、我が国が、経済的にも社会的にも世界に開かれた国を目指し、世界の平和と繁栄に一層積極的に貢献することは、我が国自身の平和と繁栄の維持のためにも欠くべからざることであります。
最近の国際情勢については、ソ連の多年にわたる軍備増強とこれを背景としたアフガニスタンなど第三世界への進出などにより、米ソ関係を中心とする東西関係が依然として厳しい状況にある中、今般、ジュネーブにおける米ソ外相会談で米ソ軍備管理、軍縮交渉の枠組みが決定されたことは、我が国としても大いに歓迎し、その実質的進展を強く期待するものであります。他方、中東、アフリカ、中米、インドシナなどの諸地域では紛争や混乱が根強く続いております。
世界経済は、全体としては先進国を中心に緩やかな景気拡大傾向にあり、その拡大速度は本年は若干鈍化するものの、基本的に拡大傾向は維持されると見込まれております。他方、構造的な財政赤字、深刻な雇用情勢、保護主義的圧力、累積債務問題など、世界経済には依然として多くの課題が存在いたします。
このような厳しい国際情勢のもとにおいて世界の平和と繁栄を確保し、近づく二十一世紀に向けて明るい未来を切り開いていけるかどうかは、世界各国の決意と協力にかかっており、我が国として、積極的かつ創造的な外交をもって世界の平和と繁栄に貢献していくことが、日本外交に課せられた使命であると考えます。
私は、このような基本的な認識のもとに、自由民主主義諸国の一員として、また、アジア・太平洋地域の国として、積極的な外交を展開してまいる所存であります。
以下、当面する外交の諸課題について基本的な考え方を申し述べます。
自由と民主主義を基本とし、自由市場経済によって繁栄を維持してきた我が国としては、世界の平和と安定の問題に対処するに当たって、我が国と同じ価値観を共有する諸国と、緊密な協力関係を維持することが肝要であります。このような認識から、昨年のロンドン・サミットにおいては、ウィリアムズバーグ・サミットの政治声明の後を受けた、民主主義の諸価値に関する宣言を初めとする諸宣言に積極的に参加するなど、我が国は、主要先進民主主義諸国と緊密な協力関係を促進すべく努力してまいりました。
自由民主主義諸国としては、基本的姿勢として、今後とも平和を確保するための十分な抑止力を維持するとともに、ソ連を初めとする東側諸国との対話と交渉を進めていくことが重要であります。
我が国は、世界の平和が、核を含む力の均衡により維持されているという現実を認識しつつ、この均衡の水準を確実な保障のもとに可能な限り引き下げるべく、国連、軍縮会議等の場を通じ、実効的かつ具体的な軍縮措置の実現に貢献すべく積極的に努力してまいりました。特に軍縮会議については、昨年六月、私みずからもこれに出席し、この会議が世界の軍縮促進の1つのてことなるべきことを訴えたのであります。
現在、世界の平和と安定にとって、米ソ両国が特に大きな責任を有していることは改めて申し上げるまでもありません。今月初めのジュネーブにおける米ソ外相会談の結果、今後の米ソ交渉の主題と目標について基本的な合意を見たことを高く評価し、歓迎するものであります。この交渉の先行きは、なお楽観を許さない状況にありますが、我が国としては、米ソ両国が真剣かつ積極的な態度で臨み、交渉ができる限り早期に実質的な成果を生むよう強く訴えていく考えです。
日米安保体制を基盤とする日米友好協力関係は、我が国外交の基軸であり、この関係が良好に保たれ発展することは、我が国の安全と繁栄にとってのみならず、アジアひいては世界の平和と安定にとっても重要な要素であります。このような認識のもと、先般ロサンゼルスにおきまして、総理と私は、世界の平和と繁栄をめぐる諸問題について、レーガン大統領、シュルツ国務長官と忌憚のない意見交換を行ってまいりました。これは、日米両国間の信頼関係を一層強化する上で、極めて有益であったと考えます。政府としては、今後とも、この日米関係の円滑な運営のため一層の努力を傾注するとともに、国際場裏における日米協力をさらに推進していく所存であります。
また、北米大陸のもう一つのパートナーであるカナダとの協力もますます重要となりつつあります。
日欧関係においては、経済面にとどまらず政治面も含めた幅広い分野で協力を推進すべきだという認識が、日欧双方で一段と高まってきており、政府は、欧州との政治対話の緊密化を図ってきております。また、従来ともすれば、摩擦と対立の色が濃かった経済関係においても、昨年、日・EC委員会閣僚会議が初めて開催されるなど、対話と協力へと、その雰囲気の改善が図られつつあります。我が国としては、今後とも、日本と欧州がより広範な分野における緊密で幅広い対話と協力を推進し得るよう努力していく考えであります。
国際社会におけるアジア・太平洋地域の重要性は、近年ますます高まっております。この地域の多くの国は、若々しいダイナミックな活力を発揮し、高い経済成長率を示しております。このような活力を最大限に引き出していくため、我が国は域内各国との友好協力関係を強化し、この地域の安定と繁栄のため、長期的視野から、緩やかで開放的な協力を目指して努力していく考えであります。特に、昨年のASEAN拡大外相会議で、太平洋の将来というテーマが初めて取り上げられたことを、我が国としても歓迎するものであります。
韓国については、先般の全斗煥大統領の歴史的訪日によって、日韓両国の関係史に新たな一章が開かれましたが、これを契機として、日韓両国が互いに成熟した友邦として、永遠の善隣友好協力関係を世界的な視野で構築していくことが重要であります。また、我が国は、朝鮮半島における南北両当事者間の対話の動きや関係諸国の動向に注目しつつ、同半島の緊張緩和のため、我が国として可能な努力を続けていく考えであります。北朝鮮との関係については、朝鮮半島に対するこれまでの基本政策のもとで、今後とも経済、文化等の分野における交流を維持していく考えであります。
我が国と中国との関係は、昨年の総理訪中を経て今や最も安定した時代を迎えております。政府としては、現在の良好な両国関係を、二十一世紀に向け長期にわたり安定的に発展させるため、不断の対話による相互理解と相互信頼の確立を図るとともに、引き続き中国の近代化の努力に対しできるだけの協力を続け、広範な分野における友好協力関係の増進にも努めていく考えであります。
ASEANは、昨年一月にブルネイを新加盟国として迎え、機構の基盤を拡大し、東南アジアにおける安定勢力としての地位を向上させました。我が国としては、ASEAN諸国の安定と繁栄のための努力を引き続き支援してまいる所存であります。
インドシナにおいては、カンボジア問題が依然未解決ですが、我が国は、この問題の包括的政治解決へ向けてのASEANの努力を引き続き支援するとともに、ベトナムとの対話を維持し、問題解決のための環境づくりに今後とも不断の努力を続ける考えであります。
南西アジア地域では、昨年、インディラ・ガンジー首相の暗殺という悲しむべき事件が起こりましたが、その後、インドの総選挙を初めとして、この地域の安定にとって好ましい動きが見られます。我が国としては、今後とも、この地域の安定的発展に対しできる限りの協力を行うとともに、域内諸国との伝統的友好関係の一層の強化に努力していく所存であります。
私は、今般総理とともに、豪州、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィジーの大洋州四カ国を訪問いたしましたが、この訪問は、我が国とこれらの国々との間の関係強化に大いに貢献したものと考えます。我が国としては、今後とも、大洋州諸国との友好協力関係の一層の増進を図っていく考えであります。
ソ連との関係については、日ソ間の最大の懸案である北方領土問題を解決して平和条約を締結することにより、我が国の重要な隣国であるソ連との間に、真の相互理解に基づく安定的な関係を確立することが、従来の一貫した我が国の基本方針であります。昨今の日ソ関係は、北方領土問題が未解決であることに加え、近年の、極東、なかんずく北方領土におけるソ連の軍備増強などにより、依然として基本的に厳しい状況にあります。しかし、関係が厳しければ厳しいほど対話の道を閉ざさず、むしろこれを強化拡大していくべきであります。政府としては、昨年二度にわたり私とグロムイコ外相との会談を行うなど、種々の日ソ政治対話を進めてきており、今後とも通すべき筋は通すとの姿勢を維持しつつ、対話を通じて問題の解決に一歩でも近づくよう努力していく所存であります。ソ連側においても、我が国の考え方を正しく理解し、関係改善を具体的行動で示すよう期待する次第であり、このような見地から、今後のソ連側の対応に注目していきたいと思います。
東西関係において重要な位置を占める東欧諸国との関係は、引き続き着実な進展を見つつあります。我が国としては、各国の国情及び政策を踏まえたきめ細かい施策を重ねて、相互理解と友好関係の増進を図っていく所存であります。
中近東では、依然として国家間、民族間の対立と紛争が続いており、情勢は流動的で予断を許しません。
湾岸地域では依然としてイラン・イラク紛争が続いており、この地域の不安定要因となっております。我が国は、もとよりこの紛争の調停、仲介を行う立場にはありませんが、この地域の平和と安定を願う気持ちから、紛争の早期平和的解決に向けての環境づくりに独自の努力を重ねてきております。今後とも、国連及び関係諸国と密接に協力しつつ、粘り強くこうした努力を続ける決意であります。
また、我が国は、一日も早くレバノンの国内諸勢力間の和解が達成され、外国軍隊の撤退が実現することを希望するとともに、中東和平問題の解決がこの地域の安定のため不可欠であるとの認識のもとに、引き続き関係当事者に柔軟かつ現実的な対応を示すよう働き掛けていく考えであります。
アフガニスタンでは、ソ連軍が、介入以来五年余を経過した今、なお撤退していないことは極めて遺憾であります。アフガニスタン問題解決のためには、ソ連軍の全面撤退、アフガニスタンの政治的な独立及び非同盟国としての立場の回復、自決権の尊重、並びにアフガン難民の安全かつ名誉ある帰還の四条件が満たされる必要があり、この実現に志を同じくする諸国と協力しつつ、努力を続けていく所存であります。
中南米地域では、近年民主化の進展が見られつつありますが、多くの諸国は累積債務問題を初めとする経済困難の克服のため多大の努力を払っております。我が国としては、他の先進諸国と協力して、このような努力に対し、できる限り協力していく考えであります。
中米問題について、我が国は、コンタドーラ・グループ諸国を初めとする域内の和平努力を強く支持するとともに、域内諸国の民主化、国内融和の努力とも相まって、中米地域に平和と安定が早期にもたらされることを強く希望するものであります。私は、今月初めのコロンビア公式訪問の際にもこのような我が国の立場を説明し、コロンビア側からの高い評価を得ました。
現在、アフリカは、食糧不足等の深刻な経済困難に直面しておりますが、昨秋のアフリカ月間の開催によりこの地域への官民の関心は著しく高まりました。私は、昨年の国連総会において、アフリカに対する国際社会の支援の重要性を強調し、私自身もアフリカの干ばつ被災地を視察し、帰国後アフリカ支援緊急アピールを発表いたしました。我が国のアフリカに対するこのような積極的な姿勢は、国際社会の注目するところとなっております。政府としては、今後とも経済協力を初めとした幅広い支援活動を展開するとともに、国際的にもアフリカ支援強化を訴えていく考えであり、これまで寄せられた国民各位の協力に厚く感謝する次第であります。
南部アフリカにおいては、ナミビアの早期独立達成のため、国連や関係諸国の間で努力が続けられております。我が国は、この問題の解決のため関係国の努力に対し引き続き協力していく考えであります。
国際的な相互依存関係がますます深まっている今日、台頭する保護主義を抑え、自由貿易体制の維持強化、及び国際経済の発展に寄与することは、世界経済の重要な一翼を担う我が国の責務であります。また、我が国を取り巻く国際経済関係には、一層厳しいものがありますが、諸懸案の解決のため我が国としてできることについては最大限の努力をしていくことが、日本経済の健全な発展を確保する上から緊要であります。
我が国は、このような観点から、昨年四月及び十二月、日本市場の一層の開放、金融・資本市場の自由化、投資交流の促進等について対外経済対策を決定しました。また、昨年末、対外経済問題に、より自主的かつ積極的に取り組むため、対外経済問題関係閣僚会議とその諮問委員会が設置されました。これらの精力的な活動を通じ、日本の経済社会を世界に一層開かれたものとすべく、私としましても努力してまいる所存であります。
我が国が提唱した新たな多角的貿易交渉については、国際的に徐々にその機運が醸成されつつあります。今後とも関係諸国と協力して、その早期開始に向けて一層の努力を払ってまいります。
本年は筑波において科学技術博覧会を開催する年に当たります。我が国としては、科学技術分野での国際協力の重要性を認識し、これを積極的に推進していくことが重要であります。
近年の地域紛争や経済危機などの多くが開発途上地域に見られることから明らかなとおり、開発途上国の安定と発展は、世界の平和と繁栄にとって不可欠であります。したがって、我が国にとって、昨年のロンドン・サミットで確認された善意と協力の精神に基づいて、南北問題の解決に積極的に貢献していくことが、ますます重要となっております。
我が国がその国際的な役割を担っていくためには、政府開発援助の一層の拡充が必要であります。政府は、中期目標のもとに、その計画的拡充に努めており、昭和六十年度予算においても、政府開発援助を対前年度比一〇%増とする特段の配慮を払いました。我が国としては、その経済力に見合った政府開発援助の計画的拡充に対する国際社会の期待にこたえるべく、今後とも最大限の努力を続ける考えであります。現下の厳しい財政事情のもとで、今後とも我が国の政府開発援助の拡充を図るに当たって、援助の一層効果的、効率的な推進を図っていくべきことは申すまでもありません。
また、累積債務問題の解決を図ることは、開発途上国の健全な経済発展を軌道に乗せるために国際社会全体が取り組まなければならない重要な問題であり、我が国としては、国際機関を初めとする関係者と協力して、問題解決の努力に積極的に取り組んでいく考えであります。
さらに、世界の各地で発生している難民問題に対する取り組みは、緊急を要する課題であります。我が国は、飢餓に苦しむアフリカ難民など世界の難民への資金及び食糧援助、並びにインドシナ難民の受入れなどを通じ、今後とも問題解決のため貢献していく考えであります。
国際連合は本年四十周年を迎えようとしておりますが、国連及びその関連諸機構を強化し、これらを真に実効性ある国際協力の場とすることが重要であります。したがって、国連諸機構の機能全般の活性化、具体的には、国連の平和維持機能の強化、開発途上国の開発支援機能の強化、国連全システムにおける行財政改革などに積極的に取り組む考えであります。
また、本年は国連婦人の十年の最終年にも当たります。政府としては、署名以来準備を進めてきた、いわゆる女子差別撤廃条約の批准を、本年七月に予定される世界婦人会議までに実現すべく、最善の努力を払いたいと思います。
私は、外交の重要な課題の一つとしてわかりやすい外交を展開するとともに、相互理解の不足に基づく諸外国との誤解を解き、お互いの国情について正しい認識を確立するように努めてまいりました。政府としては、外交に対する国民の理解と支持を求めるとともに、地方自治体や民間とも協力し、国民レベルで行われる国際交流の促進に努めていく所存であります。本年は、国際青年年に当たりますが、青少年の人的交流も一層促進していく考えであります。
また、本年は、ハワイ官約移住百周年、すなわち我が国政府が海外移住事業を開始して一世紀という記念すべき年に当たりますが、広く海外において日系人が果たしている役割を改めて認識し、海外移住支援の努力を続けていく所存であります。
我が国の外交は多くの重要な課題を抱えております。このような外交を強力かつ機動的に推進していくためには、外交実施体制を強化拡充することが急務と考えます。また、海外で活躍する邦人の生命、身体、財産の保護、海外子女教育などにつき十分な配慮を払っていくことが必要と考えております。
以上述べましたように、厳しい国際環境のもとで、二十一世紀へ向けて、世界の平和と繁栄に積極的かつ創造的に貢献するという日本の国際的な役割を果たすため、外交に課せられた責務は重大であります。戦後四十年という節目に当たって、私は、この責務を全うすべく決意を新たにして、誠心誠意努力する所存であります。
国民各位及び同僚議員のこれまでの御協力に感謝申し上げるとともに、今後の力強い御支援をお願いするものであります。