データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第73代第3次中曽根(昭和61.7.22〜62.11.6)
[国会回次] 第108回(常会)
[演説者] 倉成正外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1987/1/26
[参議院演説年月日] 1987/1/26
[全文]

 第百八回国会が再開されるに当たり、我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。

 今日、我が国を取り巻く国際情勢は、引き続き楽観を許さない状況にあります。

 国際政治面では、東西関係が依然として厳しい状況にある中、昨年十月、レイキャビクにおいて米ソ首脳会合が開催されました。同会合では、軍備管理・軍縮を初めとする諸問題について、突っ込んだ話し合いが行われ、進展の兆しが見られましたが、結局、具体的合意に至りませんでした。

 他方、インドシナ、中東、アフリカ、中米などの地域では紛争や混乱が続いており、さらに、国際的テロ事件の頻発も、国際情勢の不安定な要因になっております。

 世界経済については、昨年九月のガット・ウルグアイ・ラウンドの開始、インフレ率の大幅低下、金利の低下、国際的政策協調の進展など明るい側面がある一方、経常収支不均衡や高い失業率を背景とした保護主義的圧力の増大、累積債務問題など、依然多くの問題が見られるところであります。

 このような厳しい国際情勢のもとにおいて、自由世界第二の経済力を持つ我が国が果たすべき役割に対し、世界の関心はますます高くなりつつあります。我が国が、国際社会の中で孤立することなく、引き続き繁栄していくためには、異なる文化に対して寛容かつ謙虚な姿勢を保つとともに、世界に開かれ、世界に貢献する日本を目指して、より積極的な役割を果たしていくことが肝要であると信ずるのであります。

 そのため、我が国としては、単に自国の短期的利益のみを追求するのではなく、各国と互いに痛みを分かち合い、ともに長期的な繁栄を確保していくとのより高次の視点を持つことが不可欠であります。私は、かかる観点から、国際社会の直面するさまざまな課題を我が国がみずからの問題としてとらえ、これらに積極的に取り組んでいくことを提唱したいと思うのであります。

 十四年後に迫った新しい世紀の始まりに向けて、各国とともに明るい未来を切り開いていくために、我が国の外交に課せられた使命はまことに重大であります。私は、このような認識に立ち、日本外交の課題に一つ一つ誠実に対処していく所存であります。

 我が国が、平和と繁栄を維持していく上で、自由と民主主義という基本的価値観を共有する西側先進諸国との連帯と協調は不可欠であります。重要なことは、我が国を含む西側諸国が緊密な協議と連絡を保ちつつ、おのおのの国力、国情にふさわしい役割と責任を分担することにより、全体として最大限の力を発揮していくことであります。

 我が国としては、軍備管理・軍縮促進のため、みずからなし得る限りの努力を傾注するとともに、より安定した東西関係の樹立を目指す米国の努力を支援し、また、ソ連に対しては、建設的姿勢で臨むよう呼びかけていく所存であります。

 日米安保体制を基盤とする日米友好協力関係は、我が国外交の基軸であります。我が国としては、防衛力の整備と並んで、日米安保体制の一層円滑な運用のため引き続き努力していく考えであります。日米両国は、それぞれの貿易不均衡是正のためさまざまな努力を傾注しておりますが、米国においては、議会を中心として保護主義的機運が一層高まってきておることは御承知のとおりでございます。先般のブラッセルにおけるシュルツ国務長官との会談でも、日米経済をめぐる状況は依然として厳しいとの認識のもとに、今後とも両国経済関係の健全な発展を図り、日米関係を円滑に保つべく一層の努力を重ねていくことを確認し合った次第であります。

 日米関係は、今や世界的視野に立った協力関係にまで発展しており、我が国は、米国との協力の維持強化を通じ、広く世界の平和と安定に寄与していく所存であります。

 カナダとの間では、昨年、両国首脳の相互訪問を通じ樹立された新たな協力関係の一層の増進を図っていく考えであります。

 西欧諸国との間で緊密な連帯と協調を図っていくことは、我が国外交の主要な柱の一つであります。西欧が、統合と域内協力により、国際社会において政治的、経済的に重要な地位を占めていく中で、幅広い日欧関係の強化が一層重要となっておりますが、貿易不均衡問題をめぐる西欧側の対日姿勢には極めて厳しいものがあります。私は、先月訪欧し、日・EC委閣僚会議に出席するとともに、ベルギー、イタリア、バチカン及びフランスを訪問し、またブラッセルにおいてハウ英国外相などと会談いたしましたが、今後ともこのような日欧間の対話を積み重ね、経済摩擦の解決を図るとともに、日欧関係の一層の強化のために努力していく所存であります。

 軍備管理・軍縮を進めるには、力の均衡による抑止を維持しつつ軍備のレベルを一歩一歩下げていく地道な努力が必要であります。我が国が昨年十二月より開始した核実験検証能力向上のための地震波データ交換実験は、かかる努力の一環であります。我が国は、今後とも、現実的な軍縮審議の活発化に貢献してまいる所存であります。

 我が国は、アジア・太平洋国家として、域内諸国との友好協力関係の一層の強化を図りつつ、この地域の発展のために積極的な役割を果たしていく所存であります。

 そのため、我が国は、歴史とその教訓に学び、アジア・太平洋諸国の自主性を尊重するとの基本的立場に立ち、平和国家として同地域の安定に貢献すること、広範な分野における交流と対話を進め、相互理解と相互信頼を確立すること、及び、真に各国の必要とする協力を推進していくことを目指していく考えです。

 韓国との関係は、一段と緊密の度を増しており、政治、経済、文化等のあらゆるレベルで両国のきずなを強化させていく必要性につき、両国の認識は一致しております。朝鮮半島における南北対話は、昨年一月以来中断されたままになっておりますが、同半島における緊張緩和の実現のために、南北両当事者間の対話が早期に再開されることを期待するとともに、一九八八年のオリンピックの成功のためにできる限りの協力を行っていく考えであります。また、北朝鮮との間では、経済、文化等の分野における民間レベルの交流を今後とも積み重ねていく方針であります。

 中国との友好協力関係の維持発展は、両国にとってのみならず、アジアひいては世界の平和と安定にとり緊要であります。最近の中国の政治情勢については、政府としても、深い関心を持って見守っておりますが、今般来日した田紀雲副総理よりは日中関係を含む中国の対外基本方針に変更はないとの説明を受けた次第であります。私は、今後とも、日中共同声明、日中平和友好条約及び日中関係を律する四原則に従って、各般の交流を推進するとともに、中国が種々の困難の中で進めている経済建設に対し、引き続き協力してまいる所存であります。

 東南アジアの安定勢力であるASEAN諸国との間では、引き続き友好協力関係の着実な進展を図るとともに、現在、これら諸国の多くが経済的な試練に直面していることを踏まえ、同諸国に対しできる限りの協力を続ける所存であります。特に、フィリピンにつきましては、昨年11月にアキノ大統領を国賓として迎えましたが、我が国としても、フィリピン政府が進めている新たな国づくりに支援を惜しまぬ所存であります。

 東南アジアの平和と安定のためには、カンボジア問題の政治的解決が不可欠であり、我が国は、ASEAN諸国の和平への努力を支援し、ベトナム等関係諸国との対話を重ね、平和への環境づくりに努力してまいります。

 我が国と南西アジア地域諸国との関係については緊密化が進み、ブータンとの外交関係も樹立いたしました。この地域においては、南アジア地域協力連合の活動も活発化しております。我が国としては、今後とも、この地域の安定的発展に対し協力していく所存であります。

 私は、今般、豪州、ニュージーランドを訪問し、豪州では第九回日豪閣僚委員会に出席し、世界経済の環境の変化に伴う日豪両国の新たな協力関係拡大の方途につき、忌憚のない意見の交換を行いました。また、この機会に、近年、重要性を増しているフィジー、バヌアツ、パプアニューギニアといった太平洋の島嶼国を訪問し、これら諸国との関係の強化に努めてまいりました。特に、フィジーでは、我が国と太平洋島嶼国との関係強化のための具体的方策に関する所信を明らかにし、我が国の積極的姿勢を強く打ち出した次第であります。

 また、アジア・太平洋地域の調和のとれた発展を目指して民間レベルを中心とした太平洋協力が進展しつつあることは歓迎すべきことであり、政府としても、引き続きASEAN諸国・太平洋島嶼国などの意向を尊重しつつ、これに協力してまいる所存であります。

 我が国とソ連との間では、昨年八年ぶりに、しかも二度にわたり外相間の定期協議が行われてこれが定着化し、さらに、領土問題を含む平和条約交渉が再開され、その継続が合意されました。その際、最高首脳レベルを含めて、日ソ間の政治対話の一層の強化につき合意を見ましたが、これらは、今後の対ソ政策を進めるに当たって重要な第一歩であったと考えます。

 我が国としては、ゴルバチョフ書記長が訪日の意欲を示していることを歓迎するものであり、この訪問が早期に実現することを期待しております。

 領土問題について、ソ連は依然かたくなな立場をとっておりますが、昨年十月、衆参両院において改めて全会一致で採択された北方領土問題の解決促進に関する決議の御趣旨をも体し、北方領土問題を解決して平和条約を締結することにより、真の相互理解に基づく安定した関係をソ連との間に確立するという不動の基本方針にのっとり、今後とも、北方四島一括返還の実現に向けて、粘り強く努力を重ねてまいる所存でございます。

 今般、中曽根総理が、我が国総理として初めてフィンランド、ドイツ民主共和国、ユーゴスラビア並びにポーランドを公式訪問し、各国最高首脳との間で忌憚のない意見交換を行ったことは、これら諸国と我が国との関係発展に新たな弾みを与えるとともに、東西間の政治対話と相互理解の増進にも寄与するものとして極めて有意義でありました。

 中近東では、国家間、民族間の対立と紛争が依然として続いており、情勢は流動的であります。中東和平問題、なかんずくその中核であるパレスチナ問題に関しては、昨年来停滞している和平のための動きが進展するよう強く希望するとともに、中東和平の早期実現のため関係当事者が一層努力するよう今後とも働きかけていく所存であります。

 イラン・イラク紛争については、国連や関係諸国とも協議しつつ、早期平和的解決へ向けての環境づくりのための努力を粘り強く継続していく考えであります。

 アフガニスタンでは、ソ連の軍事介入が七年余にわたり続いていることは極めて遺憾であり、ソ連軍の全面撤退を含む政治解決のため、我が国としても努力してまいる所存であります。

 中南米諸国においては、近年、民主化の進展、定着が見られる一方、累積債務問題を初めとする経済困難が続いております。我が国は、メキシコの経済再建に向け積極的に協力するなど、これら諸国の債務問題解決のため貢献してまいりましたが、今後とも、各国の努力に対し可能な限りの支援を行う所存であります。昨年、アルゼンチンのアルフォンシン大統領とメキシコのデラマドリ大統領が訪日しましたが、これらの訪問は、我が国と中南米地域との関係強化を図る上で大きな成果を生んだものと考えます。中米紛争につきましては、コンタドーラ・グループなど、域内の和平努力を強く支援するとともに、中米・カリブ地域の経済的、社会的発展のために協力していく考えであります。

 アフリカにおいては、依然、構造的食糧不足や、累積債務を初めとする深刻な経済的困難が続いております。我が国としても、アフリカ諸国の自助努力を支援する一方、これら諸国の食糧・農業問題の解決のため、我が国が提唱しているアフリカ緑の革命構想の実現に努めていく考えであります。

 南アフリカにおける情勢は、ますます悪化しており、まことに憂慮すべき状況にあります。我が国は、一貫してアパルトヘイトに断固反対するとの立場を堅持しており、今後とも、国際社会と協力して、すべての当事者に対しその撤廃と問題の平和的解決のための努力を訴えるとともに、特にアパルトヘイトの犠牲者に対する支援を強化してまいる所存であります。

 我が国の経常収支黒字は、依然高い水準で推移しております。かかる対外不均衡の継続は、国際経済社会の調和ある発展にとっても、我が国の長期的経済運営にとっても、決して望ましい事態ではなく、今後とも黒字の着実な縮小に向けてあらゆる努力を傾注していかなければなりません。

 具体的には、アクションプログラム等による一層の市場開放に努めつつ経済構造の調整を推進することが求められております。その過程では種々の国内的困難が生じましょうが、我々は、これを我が国が引き続き繁栄していくための試練として受けとめ、一つ一つ克服していかなければならないと思います。また、構造調整をできる限り円滑に進めるためにも、内需の拡大と、これに伴う新たな雇用機会の創出が不可欠であります。

 国際貿易面では、我が国を初めとする関係国の一致した努力により、昨年九月のガット閣僚会議でウルグアイ・ラウンドが発足したことは、保護主義を防圧し、自由貿易体制の将来に確固たる展望を切り開いていく上で大きな前進でありました。現在、重要なことは、一刻も早く実質交渉に取りかかることであり、我が国としては、現在、各国間で協議が進められている交渉の組織・計画づくりを早急に完了すべく貢献するとともに、交渉の成功に向けてみずからなすべきことを果断に実行していく決意であります。

 開発途上国の安定と発展は、世界の平和と繁栄にとって不可欠であり、我が国としては、これら諸国への協力を重要な国際的責務と心得、心と心の触れ合いを大切にして進めていきたいと思います。

 かかる認識に立って、我が国は、第三次中期目標を掲げ、政府開発援助の拡充に努めております。政府は、六十二年度のODA予算として対前年度比五・八%増を計上するとともに、適正かつ効果的な援助を実施していくため、国際協力事業団の業務改善、国際緊急援助体制の整備などを行うほか、円借款の金利引き下げを初めとする援助の質の改善を行い、今後とも、開発途上国のニーズの多様化に弾力的に対応できるよう努力してまいる所存でございます。

 私は、累積債務問題が多くの開発途上国の直面する最大の問題の一つであるとの認識のもとに、今後ともその解決のために積極的に協力してまいる所存であります。さらに、貿易、投資、金融、技術移転等の各分野における協力を通じ、途上国の国づくりの努力を支援していくことも重要であります。特に、本年は、七月の第七回国連貿易開発会議に向けて、建設的な南北対話促進のため積極的に貢献していく所存であります。

 我が国は、世界的に依然深刻な状況にある難民問題に対しても、資金・食糧援助やインドシナ難民の受け入れなどを通じて、引き続き鋭意取り組んでまいる所存でございます。

 我が国は、本年より二年間、国連安全保障理事会の非常任理事国として、国際の平和と安全の維持のため重責を果たしていく所存であります。

 国連を真に実効性ある国際協力の場とするためには、その機能の活性化を図ることが急務であり、かかる観点から、昨年十二月、国連総会において行財政改革を図る旨の決議が採択されたことは、高く評価すべきであると思います。我が国は、国連効率化のための賢人会議の提唱国として、今後とも改革への協力を惜しまない所存であります。

 近年、凶悪な国際テロ事件が頻発しておりますが、かかるテロは国際社会に対する挑戦であり、海外にある我が国民の安全を確保する上でも看過し得ない問題であります。我が国は、東京サミットにおいても明らかにしたとおり、いかなる国際テロにも断固反対するとの立場から、テロ防止のための国際協力を一層強化推進していく所存であります。

 我が国と諸外国との摩擦の背景に彼我の相互認識の不足やずれが指摘せられる現在、互いの国情、政策についての正しい認識と異なる文化への理解を深めていくことは重要な課題であり、政府としては、地方自治体や民間各方面の御理解と御協力を得つつ、国際問題研究の強化拡充、広範な広報活動の充実、並びに青少年交流、留学生交流を初めとする文化、教育、スポーツなど、種々の分野での交流に努めてまいる所存でございます。

 以上述べましたとおり、我が国外交は多くの重要かつ厳しい課題を抱えております。このような外交を強力かつ機動的に推進していくためには、外交実施体制の強化、なかんずく高度情報・通信システムの拡充等により、我が国を取り巻く国際情勢の動きを迅速かつ的確に把握し、これに先手をとって対応する体制を充実していくことが急務であると考えます。さらに、近年急増している海外渡航者及び在留邦人の保護、特に、各種の緊急事態における邦人保護体制の整備や、海外子女教育の拡充などにつき一層の配慮を払っていく所存でございます。

 二十一世紀に向けて、我が国が引き続き平和と繁栄を享受し、世界のために積極的に貢献していけるよう、私は、決意を新たにして、誠心誠意、地道な努力を傾けていく考えであります。

 外交はもとより国民の御理解なくしては成り立たないものであります。国民各位及び同僚議員の一層の力強い御支援をお願い申し上げる次第でございます。