データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第74代竹下(昭和62.11.6〜平成1.6.3)
[国会回次] 第112回(常会)
[演説者] 宇野宗佑外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1988/1/25
[参議院演説年月日] 1988/1/25
[全文]

 第百十二回国会が再開されるに当たり、我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。

 現下の国際情勢は、さきの米ソ首脳会談、特に中距離核戦力全廃条約の署名に見られるように、東西間において歓迎すべき動きがありますが、世界各地ではなお紛争や混乱が続いており、全体として依然不安定な状況にあります。

 世界経済を見ましても、先進諸国が緩やかながら成長を持続させていることは明るい要因でありますが、為替・株式市場の不安定、経常収支の大幅不均衡、保護主義圧力の増大、累積債務問題などの深刻な問題を抱えており、その先行きは楽観を許しません。

 このような流動する国際社会の中にあって、我が国は今や、世界の動向に大きなかかわりを持つ重要なメンバーとなるに至っております。資源に乏しく、世界全体の三百六十分の一ほどの狭小な領土と、世界の約四十分の一の人口しかない我が国が、世界の一割を優に超えるGNPを有し、一人当たり国民所得では世界最高の水準に達しておるのであります。資源小国の我が国においては、一塊の資源をもむだにせず、一滴の石油をもおろそかにせず、ひたすら技術革新と経営改善に当たって今日に至ったのであります。このような国民のたゆまざる努力は、これを多としなければなりません。無論、この間、食糧を初め、資源を供給してくれた国があり、さらに安全保障、自由貿易といった面で、我が国が国際環境に恵まれてきた事実も忘れるわけにはまいりません。

 したがって、国際社会の平和と繁栄のための役割をみずから率先して果たすことは、国際的に大きな地位を占めるに至った我が国の責任であり、みずからの平和と繁栄を確保する唯一の道なのであります。

 私は、このような確信に基づき、外交に課せられた使命の重大さに身を引き締めつつ、「世界に開かれ、世界に貢献する日本」を目指し、積極果敢な外交を展開していく決意であります。

 現在の世界の平和が、力の均衡と抑止により維持されているという冷厳な現実は、今さら指摘するまでもありません。西側先進民主主義諸国としては、平和を確保するための抑止力を維持しつつ、ソ連を初めとする東側諸国との対話と交渉を進め、東西関係を相互信頼に基づく、より安定した軌道に乗せるよう努力しなければなりません。私は、先の米ソ首脳会談において、我が国がかねて主張してきた地球的規模での中距離核戦力の全廃が合意されたことを、一九八三年のウィリアムズバーグ・サミットで確認された西側の結束のたまものとして、高く評価するとともに、核軍縮の第一歩として心より歓迎いたします。しかし、戦略核兵器を初めとする他の軍備管理・軍縮問題に加え、アフガニスタン等の地域紛争、人権問題などの解決もまた肝要であります。これらの分野においても、実質的な進展がもたらされ、東西関係の全体としての安定化が図られるよう、私は期待いたします。したがって、我が国はそのためにも西側の一員として、引き続き米国の努力を支援しなければなりません。また、我が国自身、実効的な軍縮努力が国際的に一層増進され、軍備のレベルが均衡のとれた形で一歩一歩引き下げられるよう、本年五月末より開催される第三回国連軍縮特別総会などの場において強くそれを訴えてまいりたいと思います。

 日米安保体制を基盤とする米国との友好関係は、我が国外交の基軸であります。政府といたしましては、日米安保体制を堅持し、その一層の円滑かつ効果的な運用の確保のため、引き続き努力してまいる所存であります。また、日米両国を取り巻く最近の経済情勢の一層の変化により、在日米軍経費が著しく圧迫されている事態にかんがみ、在日米軍従業員の安定的な雇用の維持を図り、もって在日米軍の効果的な活動を確保するとの観点から、日本側負担の増大を図っていく所存であります。このため、在日米軍労務費特別協定の改正に関しまして今国会において御審議をお願いいたしたいと考えております。

 今般、竹下総理は米国を訪問し、レーガン大統領と実り多い会談を行いました。両首脳は、今や世界にとって決定的な重要性を有する日米関係を不動のものとし、両国が力を合わせて、世界の平和と繁栄のため一層協力していくことについて意見の一致を見ました。さらに、日米間の二国間の案件については、共同作業を通じ、現実に一つ一つこれを解決していくことが、両首脳の間で確認されました。

 このように、今次首脳会談を通じ、今後の日米関係の運営についての基調が設定されたことは極めて有意義なことであります。なお、私自身もその際、シュルツ国務長官及びカールッチ国防長官とそれぞれ会談し、主要な国際情勢、二国間の案件及び安保体制の一層の円滑な運用について忌憚のない意見交換を行いました。

 また、米国に続くカナダ訪問において、日加両国の首脳が来るトロント・サミットの成功に向けての協力を打ち出すとともに、日加両国間の協力関係の一層の前進のため、広範な分野で協力と交流を進めていくことで意見の一致を見たことは有意義であったと考えます。

 さらに西欧諸国は、今日の国際政治経済秩序を支えていく上で、北米諸国とともに枢要な役割を果たしておりますが、これら諸国との間で緊密な連帯と協調を図っていくことは、我が国自身の繁栄と安定を確保していくためにも極めて重要であります。私は、先般来日されましたハウ英国外相と、日英のダイナミックなパートナーシップの幕あけに向けた会談を行い、ドクレルクEC委員とも率直な意見交換を行いました。今後とも、西欧各国とこのような対話を積極的に推進し、政治、文化を含む幅広い分野で、日欧関係の一層の強化を図ってまいります。

 ソ連との関係につきましては、東西関係全般がさらに建設的方向に進むことにより、日ソ関係にもそれが好ましい影響となってあらわれることを期待しますが、現在の関係は、北方領土問題が未解決であることに加え、極東におけるソ連の軍事力の増強もあり、依然として厳しい状況にあります。我が国といたしましては、日ソ双方の努力により関係改善を行っていくことを希望します。しかしそのためには、日ソ外相間定期協議の早期開催を含め、両国間の政治対話を一層強化拡大し、相互理解の増進を図っていくことが重要であります。北方領土問題を解決して平和条約を締結することにより、ソ連との間に、真の相互理解に基づく安定的な関係を確立することが我が国の不動の方針であり、今後とも、北方四島一括返還の実現に向けて、粘り強く努力を傾けてまいります。

 東欧諸国につきましては、東西関係において、これら諸国との対話がより重要になってきている事実を踏まえ、各国の国情と政策を十分勘案の上、政治対話及び経済、文化面での交流を一層促進していく考えであります。

 ひるがえって、アジア・太平洋地域の一国たる我が国といたしましては、これら域内諸国との友好協力関係の増進を外交の重要な柱とし、各国の歴史や文化面での独自性を尊重しつつ、同地域の平和と発展のため今後とも積極的に貢献する所存であります。

 私は、先月竹下総理に同行してマニラを訪れ、日本・ASEAN首脳会議に出席いたしました。総理は、我が国が軍事大国への道を歩まず、世界の平和と繁栄のために貢献していくとの立場を改めて主張されましたが、このような姿勢と理念は同会議で我が国が表明いたしましたASEANに対する積極的施策と相まって、内外に高く評価されました。したがって我が国は、今次会議において深められました首脳レベルでの信頼関係を基礎に、ASEAN諸国との友好協力関係を一層緊密なものとするよう努める所存であります。また、この機会に行われましたフィリピン公式訪問において、竹下総理よりアキノ大統領に対し、民主主義に基づく国づくりの努力に、我が国としてできる限りの支援を行っていくとの方針を改めて表明いたしました。

 カンボジア問題につきましては、その早期解決を図るため、我が国といたしましても積極的に貢献すべく、ベトナム軍の撤退とカンボジア人の民族自決の実現を柱とする政治解決に向けた、シアヌーク殿下の真摯な努力を支援してまいる所存であります。

 韓国では、先月の大統領選挙において、民主正義党の盧泰愚総裁が当選され、二月には政権移譲が行われる予定であります。私は、韓国国民の建設的努力により、憲法改正を初めとする諸改革が順調に実施され、韓国が民主主義の道を一層力強く歩んでいることに、改めて敬意を表したいと思います。我が国といたしましては、今後も日韓友好協力関係を、より安定的な国民的基盤の上に立って、発展させていくことが一層重要であると考えます。本年九月ソウルで開催されますオリンピックには、既に米国、中国、ソ連を初め大多数の国が参加表明を行っており、私は、このことを心から歓迎するものであります。我が国といたしましては、今後とも、ソウル・オリンピックの成功と朝鮮半島における緊張緩和のために、できる限りの協力を行っていく所存であります。

 中国との友好協力関係の維持発展は、アジアひいては世界の平和と繁栄にとっても重要であります。中国では現在、改革と開放の方針のもと、経済体制と政治体制の改革が大胆に推進されております。我が国といたしましても、かかる中国の近代化の努力を高く評価し、できる限り支援するとともに、今後とも日中共同声明、日中平和友好条約及び日中関係四原則を踏まえ、両国関係の一層の発展のために尽力する所存であります。特に、本年は、日中平和友好条約締結十周年に当たっており、両国首脳間の対話実現を含め、両国間の相互理解と相互信頼の増進のため積極的に努力してまいります。

 インド、パキスタン等の南西アジア諸国との間では、近年要人往来も活発であり、我が国との関係は急速に緊密化しております。この地域では、南アジア地域協力連合が軌道に乗り、地域協力が進展しております。我が国といたしましては、引き続き同地域の安定と経済発展のために協力していく所存であります。

 大洋州諸国との関係につきましては、豪州及びニュージーランドとの間の友好協力関係を一層拡大強化してまいります。また、近年その重要性を増している太平洋島嶼国との間でも、その平和と発展のために経済協力を一層推進し、関係を強化していく考えであります。

 アジア・太平洋地域の調和のとれた発展を目指す太平洋協力につきましては、政府といたしましても、これを積極的に支援してまいります。

 中東における情勢は依然として流動的であります。

 イラン・イラク紛争及びペルシャ湾の安全航行の問題に関しましては、紛争当事国と率直な政治対話を今後とも継続するとともに、同湾の安全航行確保のために昨年十月に決定されました諸措置の早急な実施に努めてまいります。また、我が国が国連安全保障理事会の非常任理事国であることをも踏まえ、関係諸国及び国連事務総長とも協議しつつ、安保理決議第五百九十八号に基づく紛争の平和的解決へ向けて努力を重ねてまいります。現に私は、イラン外相の訪日を求め、親しく会談し、一方、イラク外相には特使を派遣して、双方に国連決議の尊重を強く要請いたしました。

 中東和平問題に関しましては、イスラエル占領下にある西岸、ガザ地区における最近の騒擾にも照らし、我が国といたしましては、国際会議開催等和平実現のための動きが進展するよう強く希望し、関係当事者への働きかけを含め、応分の努力と貢献を行っていく所存であります。

 また、アフガニスタンにおいてソ連の軍事介入が八年余りにわたり続いていることは、極めて遺憾であります。我が国といたしましては、ソ連軍の全面撤退を含む政治解決の早期実現を呼びかけるとともに、国連による調停努力を支援してまいります。

 累積債務問題を初めとする経済困難に直面している中南米諸国に対しまして、我が国は、資金還流措置、経済技術協力の拡充、貿易、投資の拡大を行い、経済再建と民主化の進展、定着のための各国の自助努力を支援する所存であります。

 中米問題につきましては、引き続き域内諸国の和平努力を支持するとともに、中米地域の経済発展を支援していく考えであります。また、真の中米和平が実現した暁には、この地域の復興開発のためできる限りの援助を実施する所存であります。

 アフリカ諸国は、一部に食糧危機を抱えるなど、依然として厳しい経済困難の中にありますが、サハラ以南アフリカ諸国等に対する五億ドル程度のノンプロジェクト型無償資金協力の実施を初め、アフリカ諸国の自助努力を積極的に支援してまいります。

 我が国は、南アフリカ共和国のアパルトヘイト、すなわち人種隔離政策に断固反対し、各種の対南ア規制措置を講じております。今後とも、本問題の平和的解決のため、国際社会と一致協力し、努力を重ねていく所存であります。また、アパルトヘイトの犠牲者のための人道的援助及び南ア周辺諸国に対する経済協力も強化してまいります。

 世界経済の持続的成長、対外不均衡の是正及び為替市場の安定のためには、主要国が引き続き経済構造調整を推進しつつ、マクロ経済政策の協調をより一層強化することが不可欠であります。なかんずく、巨額な経常収支の黒字を抱える我が国は、内需拡大の積極的推進、一層の市場開放、途上国への資金還流等の国際的な貢献を継続し、対外不均衡の是正に全力を傾けなければなりません。

 また、国際貿易面では、ガット体制をより強化改善し、その対象となる分野も拡大する必要が生じてまいりました。このため、ウルグアイ・ラウンド交渉が進められており、我が国といたしましても、自由貿易体制の維持強化という共通の目標に向かって、諸外国と協調しつつ努力していく決意であります。その際、交渉の具体的進展を内外に明示していくためにも、可能なものから早期合意を図っていくことが必要であります。広範な分野にわたる交渉の過程においては、各国とも、国内経済構造にかかわる諸問題の見直しと改革が必要となります。我が国といたしましても、国の内外において痛みを分かち合いながら、世界経済との調和を積極的に図っていく決意であり、また、これがひいては、我が国の長期的利益にかなうものと確信いたしております。この意味で、今日ほど内政と外交が深いかかわりを持っているときはないと言っても過言ではありません。

 経済困難に悩む開発途上国への協力は我が国の国際的貢献の重要な柱であります。我が国は第三次中期目標のもとで政府開発援助の拡充に努めており、政府は六十三年度のODA予算として対前年度比六・五%増を計上しております。

 また、累積債務問題、一次産品市況の低迷等に見られるように、途上国をめぐる環境が悪化し、南北格差は拡大する傾向にあります。この中で我が国は、開発途上国のニーズの多様化に弾力的に対応できるよう、国際緊急援助体制の一層の充実、途上国の経済政策支援のための円借款の供与、前述のノンプロジェクト型無償資金協力の実施、あるいは内貨融資の拡大等を行ってまいりました。今後とも、途上国に対する支援を質量両面から強化するとともに、国連等の場において建設的な南北対話を促進するために、積極的に貢献してまいる所存であります。

 世界各地の難民問題に対しましても、我が国は、資金及び食糧援助並びにインドシナ難民の受け入れなどを通じ、今後とも積極的に貢献してまいります。

 国連は平和維持、人権の擁護、人類の福祉向上などのため活動を行っている唯一の普遍的国際機構であり、今後も、政治、経済、社会等の幅広い分野において、人類共通の利益にかなった国際秩序を築き上げるため、ますます重要な役割を果たしていくべきものであります。

 我が国は、加盟以来、国連重視政策を取り続けており、引き続き国連を通じる国際協力を一層強化していく所存であります。政治面では、安全保障理事会の非常任理事国としての重責を果たすべく、国際の平和と安全の維持のため外交努力を重ねてまいります。さらに、国連等の平和維持活動に対する我が国の非軍事的貢献を一層強化拡充するため、鋭意努力していく所存であります。

 昨年十一月の大韓航空機事件は極めて遺憾であり、かかるテロ行為は厳しく非難されるべきものであります。また近年、凶悪な国際テロ事件が世界各地で起きていることは、海外にある我が国国民の安全を図る上でも看過し得ない問題であります。政府としては、いかなる国際テロにも断固反対するとの立場から、その防止のための国際協力を推進していく所存であります。同時に、海外にある邦人の保護体制の整備に努めてまいります。

 以上申し述べましたとおり、我が国が名実ともに外に開かれた国際国家として繁栄していくためには、国際の平和と安定への寄与、世界経済の持続的発展のための積極的協力が不可欠であります。しかし、それだけでは十分とは申せません。世界の諸国民が物の豊かさだけではなく心を伴った豊かな文明を創出していく歴史的努力の中で、我が国がどれだけ独自の貢献をなし得るかが同時に問われているのであります。私は、外務大臣に就任以来、ことごとに我が国の国際社会に占める大きさを痛感いたしております。すなわち、世界は、我が国に対し多岐にわたる要望を提起し、我が国がそれらにこたえ、世界に貢献していくことを期待いたしております。このことはとりもなおさず、世界が、我が国に物だけを求めるのではなく、心を求める時代に入ったと言えましょう。

 この意味で、我が国といたしましては、官民を挙げて、文化、学術、科学技術といった面での創造と世界的な交流を推進すべき役割をみずから引き受けるべきときに来ております。特に、人物交流を通じてこそ心も通い合うのであり、政府といたしましても、次代を担う青少年や留学生の交流、さらには、昨年から実施している語学指導などを行う外国青年招致事業等、幅広い交流を強化してまいります。また、かかる努力は、政府のみならず、国民一人一人の課題でもあると考えます。私は今後とも、地方自治体、民間各層の御理解と御協力を得つつ、このような国際交流の一層の推進を図ってまいります。

 私は、外交実施体制を一層強化拡充することによって、今日、我が国外交が抱える多くの重要な課題に能動的かつ機動的に対応してまいります。

 新しい世紀は目前に控えております。このときこそ、「世界に開かれ、世界に貢献する日本」を実現するため、国家として、懸命の努力を傾けなければなりません。国民各位及び同僚議員の力強い御支援をお願いする次第であります。