データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第81代村山内閣(平成6.6.30〜8.1.11)
[国会回次] 第132回(常会)
[演説者] 河野洋平外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1995/1/20
[参議院演説年月日] 1995/1/20
[全文]

 第百三十二回国会の開会に当たり、私は改めて心を引き締め、全力で日本外交の推進に尽力する決意であります。

 外交の基本方針につき所信を申し述べるに先立ちまして、十七日に起きた兵庫県南部地震で犠牲になられた方々とその御遺族に対し謹んでお悔やみを申し上げるとともに、負傷された方々及び被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げます。また、諸外国からも多くのお見舞いと支援の申し出をいただいていることをご報告申し上げ、あわせてこれらの国々に謝意を表したいと思います。

 国際社会においては、冷戦終結後の平和と繁栄を確かなものとすることを目指し、たゆみない努力が続けられておりますが、政治、経済両面での課題は多く、その実現は決して容易ではありません。外交の目的は、言うまでもなく国際政治の現実を踏まえて着実に国民の利益を図っていくことにありますが、国家間の相互依存が深まる中、我が国の安全と繁栄は国際社会全体の平和と繁栄の中でのみ実現できることは明らかになってきております。私は、そのような認識のもと、我が国外交が世界平和と繁栄に創造的役割を果たせるよう努める決意であります。

 本年は戦後五十周年を迎えます。この節目の年に当たり、私は、基本的人権の尊重、民主主義、平和主義といった我が国の憲法の掲げる理念のもと、これらの理念を国際社会においても実現するべく努力をし、人類全体のよりよき未来を築いていかなければならないとの思いを新たにいたしております。

 次に、我が国として取り組むべき主要な政策課題につき述べたいと存じます。

 第一に、地域紛争への対応が冷戦後の国際社会における重要な課題であります。

 私は、この問題の解決のためには、紛争の予防、政治的和解、停戦・選挙監視、人道援助、復興開発援助など、あらゆる側面からの包括的取り組みが重要であると考えます。我が国は、憲法が禁ずる武力の行使を行わないことはもとよりでありますが、個々の状況に照らし、我が国が最も適切に貢献できる形で紛争解決に積極的に取り組んでいく所存であります。

 昨年、国連の平和維持活動について、我が国は、エルサルバドル、モザンビークにおける活動に参加をいたしましたが、今後とも、要員、物資、資金のそれぞれの観点から国連平和維持活動に積極的に協力をしてまいりたいと思います。

 ルワンダについては、我が国として初めて大規模な国際的な人道救援活動を行うため派遣した約四百名の自衛隊部隊等が、所期の任務を全うし、無事に帰還をいたしました。彼らの立派な活動を心からたたえたいと存じます。政府としては、今後とも、ルワンダの難民支援とその帰還のための環境整備及びルワンダ国内の安定等に向け、NGOなど民間の支援活動との連携を強めながら、国際社会とともにでき得る限りの協力を行っていく所存であります。

 さらに、我が国は、旧ユーゴスラビアの紛争への取り組みとして、人道支援やバルカン半島南部における予防外交などに努めていくほか、中東和平の促進のため、政治対話の強化、多国間協議への参画、対パレスチナ人支援及びイスラエル周辺国の支援等に努めてまいります。

 今後とも、このような形で地域紛争の平和的解決に一層の努力を行っていく所存であります。

 第二に、大量破壊兵器の不拡散など軍備管理・軍縮問題に積極的に取り組んでまいります。

 昨年は、北朝鮮の核兵器開発問題に関して米朝合意が成立し、ウクライナの核不拡散条約への加入による第一次戦略兵器削減条約の発効などの進展が見られましたが、依然、核兵器の拡散の危険は大きいものがございます。その中で、我が国は、唯一の核被爆国として非核三原則を堅持するのみならず、核兵器の究極的廃絶に向け引き続き努力をしてまいります。

 昨年、我が国は、国連総会におきまして、核兵器の究極的廃絶に向けた核軍縮に関する決議を提案し、圧倒的多数によって採択されましたが、これもこのような取り組みの一環であります。我が国は、全面核実験禁止条約交渉の早期妥結とともに、核不拡散条約の無期限延長に積極的に取り組んでいく所存であります。

 また、その他の大量破壊兵器やミサイルの拡散を防止すること、また、多くの紛争が大量に蓄積された武器によって深刻さを増している現実にかんがみ、武器の売却が抑制されることが重要であり、そのための努力をいたしてまいります。

 北朝鮮の核兵器開発問題については、米朝合意が確実に実施され、北朝鮮の核兵器開発に関する国際社会の懸念が払拭されることが重要であります。このため、我が国としても、今後とも米国、韓国等の関係諸国と緊密に連携しつつ、最善の努力を払ってまいる所存であります。

 第三に、世界経済の繁栄のため、我が国は主要な役割を果たさなければなりません。

 主要国経済においては、総じて景気の回復・拡大が見られますが、雇用問題等依然大きな問題を抱えております。このような中にあって、我が国は、世界経済の持続的成長を確保する観点からも、内需主導型の経済運営に努めるとともに、抜本的な規制緩和の実施等の国内経済改革により、市場アクセスの一層の改善と内外価格差の解消に努め、中期的に経常収支黒字の十分意味のある縮小を達成するべく努力をする必要があると存じます。

 本年一月一日、世界貿易機関が発足をいたしました。これにより、大幅な関税引き下げに加え、サービス貿易、知的所有権、紛争解決手続等の分野における規律の策定や強化が実現されることとなりました。これは、多角的自由貿易体制の維持強化に向け大きな意義を有するものであり、改めて、七年以上にわたる農業問題を含むウルグアイ・ラウンド交渉及びその後の国内手続に当たられた関係者の御協力に謝意を表したいと思います。我が国としては、今後、世界貿易機関において積極的役割を果たすとともに、投資の自由化、貿易と環境などウルグアイ・ラウンド後の課題にも真剣に取り組み、もって多角的自由貿易体制の一層の強化に貢献していく所存であります。

 世界において経済社会開発を促し、人権の尊重と民主主義を確保していくことが、我が国が取り組むべき第四の課題であります。

 アジア・太平洋、アフリカ、中近東、中南米、旧ソ連、中・東欧の多くの国が民主化や経済開発の努力の過程でさまざまな課題を抱えており、我が国は、社会の不安定や紛争の原因を取り除くべく支援していくとともに、民主的な制度づくりを助けていく考えであります。開発援助の実施に当たっては、政府開発援助大綱を踏まえ、被援助国の軍事支出の動向や、民主化、市場経済化の進展などに注意を払いつつ、第五次中期目標を着実に実施してまいります。また、NGOとの連携の強化に努めるとともに、開発途上国の女性に対する支援を拡充していく所存であります。さらに、これらの諸国を国際協調に組み込んでいくため、貿易や投資の促進や政策対話の推進に取り組んでまいります。

 第五に、環境、人口、エイズ、麻薬といった地球規模の問題に取り組まねばなりません。我が国は、これらの分野の多くで豊富な経験と進んだ技術を有しており、国際的な枠組みづくりへの貢献や政府開発援助等を通じ国際社会においてイニシアチブを発揮していく考えであります。その一環として、私は、昨年九月、国際人口・開発会議に出席し、地球規模問題イニシアチブのもとでの人口・エイズ問題に関する国際協力を表明したところであります。

 国家間の相互依存関係がかつてないほどに深まっている現在、ただいま述べました諸課題への取り組みに当たっては、国際協調の強化が不可欠であります。その際、我が国としては、国連やG7等のグローバルな場での協力とアジア・太平洋における地域協力を相互補完的に進めていくことが必要だと考えます。

 国連は、冷戦後の世界の平和と繁栄のため極めて重要な役割を期待されており、国連創設五十周年に当たる本年、時代に適合した国連改革を一層前進させることが重要であります。私は、昨年の国連総会において、我が国は、国際貢献についての基本的な考え方のもとで、多くの国々の賛同を得て、安保理常任理事国として責任を果たす用意があることを表明いたしました。政府としては、国民の皆様の一層の御理解を得て、この安保理改組問題の進展に引き続き努めてまいります。また、本年の社会開発サミット及び世界女性会議の成功に積極的に協力をいたします。

 アジア・太平洋地域においても、経済及び政治・安全保障の両面における具体的な協力の動きをさらに確実なものにしていきたいと考えます。

 特に、昨年十一月のAPEC非公式首脳会議において、今後のアジア・太平洋地域の発展の観点より大所高所から率直な意見交換が行われ、貿易・投資の促進・自由化と開発面での協力の具体化に向け大きな一歩がしるされました。本年、我が国は、APECの議長国として非公式首脳会議と閣僚会議を開催いたしますが、地域協力の一層の前進を図るため、積極的にその任を果たしてまいりたいと考えます。

 また、昨年は、アジア・太平洋地域における初めての全域的な安全保障対話として、第一回ASEAN地域フォーラムが開催されました。域内各国間の相互の安心感を高めるための具体的協力を進展させるため、今後とも同フォーラムに積極的に参加をしてまいりたいと存じます。

 このような地域協力を推進していくためにも、日米安保体制をその政治的基盤とする強固な日米関係の存在が極めて重要であります。今般の村山総理の訪米において、日米両国がさまざまな課題において協力を推進していくことにつき合意したことは、日米関係を一層強固なものにすると考えます。日米安保体制については、我が国の安全を確保していくためばかりではなく、アジア・太平洋の安定のためにも極めて重要であることを改めて確認いたしました。我が国としては、今後とも日米安保体制を堅持し、安全保障面での対話を促進するとともに、米軍駐留経費負担問題を含め、その円滑かつ効果的な運用に努めてまいりたいと存じます。

 また、日米間の幅広い緊密な経済関係を円滑に発展させていくことが需要であることは、疑問の余地がありません。包括経済協議については、昨年来得られた成果をも基礎としつつ、引き続き積極的に取り組んでいく考えであります。特に、その枠組みのもとで進められている地球規模問題に関する協力は、具体的な成果を生んでおり、一層の進展を図ってまいります。

 私は、戦後五十周年のこの年に、以上に述べた日米協力を着実に結実させることにより、日米パートナーシップを将来に向けた前向きなものとして一層強化していく所存であります。

 韓国との友好協力関係の発展は、我が国外交政策の重要な柱の一つであります。今後とも、歴史の教訓を踏まえつつ、日韓関係を未来に向けた安定したものとし、さらに国際問題にも協力して取り組む関係を強化するための努力を積み重ねてまいります。

 また、良好で安定した日中関係をさらに発展させていくことは、日中両国のみならず、アジア・太平洋地域ひいては世界の平和と繁栄にとり極めて重要であります。我が国としては、中国の改革・開放政策が着実に進展していくよう引き続き協力を行うとともに、国際社会が直面する諸問題に関する日中両国の協力関係を強化し、成熟した未来志向の日中関係をさらに発展させていく考えであります。

 このように、アジア・太平洋地域における各国との協調関係を強化する一方、この地域に残っている不正常な関係を正常化することが重要であります。

 言うまでもなく、朝鮮半島における緊張の緩和、南北対話の促進が図られなければなりません。日本と北朝鮮の関係についても、南北関係や米朝関係の進展と相まって改善の努力を強化すべきものと思います。私は、改めて日朝国交正常化交渉の再開を呼びかけるとともに、北朝鮮側の前向きな対応を期待したいと思います。

 日ロ関係の幅は広がっておりますが、いまだに領土問題が解決されず、平和条約が締結されていないという極めて不自然な状態が続いております。日ロ関係の完全な正常化はアジア・太平洋の平和と安全のためにも重要であり、東京宣言を基礎として日ロ関係全般を均衡のとれた形で拡大させるため一層の努力を払う考えであります。また、領土問題解決に向けて四島交流等、両国国民間の相互理解の促進を図る所存であります。チェチェン情勢については、多数の犠牲者が出ている事態は人道的観点から遺憾であり、国内秩序の平和的回復を強く期待するとともに、ロシアの改革が後退することなく継続されることを希望いたします。

 自由・民主主義といった基本的価値を共有し、世界の約七割のGNPを占め、世界全体の平和と繁栄に大きな影響を持つ日米欧主要各国の協力は、国際問題の解決に当たってますます重要になっております。我が国としても、G7等の場において引き続き日米欧間の政策協調の強化に努めてまいりたいと存じます。

 その中で、欧州は、欧州連合における協力の拡大深化を背景とし、引き続き国際社会において重要な存在であり、我が国としても、経済分野における協力はもとより、政治対話を含む広範な協力関係の構築に引き続き努めてまいります。

 国際協調を進展させるためには、各国との相互理解と信頼関係を一層強固なものとしていくことが出発点であります。特に、本年は戦後五十周年という節目の年に当たり、我が国としてアジアの近隣諸国等との間の過去の歴史を直視し、そこから将来に向け、各国との相互理解や相互信頼を促進することが重要であります。そのため、昨年八月末の内閣総理大臣の談話で発表された基本方針に従って、歴史研究への支援を含め、平和友好交流計画等につき誠意を持って対応してまいります。

 また、相互信頼の基礎になるのは、まずお互いの文化に触れ、歴史を学び、心と心のふれあいを育てていくことであります。そのために、広報活動の強化と文化面での交流・協力の拡充強化を行っていくほか、科学技術の面での協力を一層積極的に進めてまいります。

 以上申し述べましたように、激動する国際情勢の中で、我が国が的確かつ機動的な外交活動を展開していく必要性は増大いたしております。政府としては、海外での日本人の安全確保の重要性を強く認識しており、さきの自衛隊法の一部改正により緊急時の邦人救出のために政府専用機等の派遣が可能になったことをも踏まえ、今後とも在外公館の邦人保護体制及び危機管理能力の強化に努めてまいります。

 私は、外交実施体制の強化に一層努めるとともに、そのよって立つ基礎としての国民の皆様の一層の御理解が得られるよう引き続き努力してまいります。何とぞ、議員各位、国民の皆様方の一層の御支援と御協力をお願い申しあげます。