[内閣名] 第83代第2次橋本内閣(平成8.11.7〜平成10.7.30)
[国会回次] 第142回(常会)
[演説者] 小渕恵三外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 1998/2/16
[参議院演説年月日] 1998/2/16
[全文]
第百四十二回国会に当たり、我が国外交の基本方針につき所信を申し述べます。
まず、私は、緊張の高まっているイラク情勢につき、一言申し上げたいと思います。
大量破壊兵器の廃棄をめぐる、重ねての国連安保理決議を無視し続けるイラク政府当局のかたくなな姿勢は、平和を願う国際社会全体への重大な挑戦であると言わざるを得ません。イラクが保有しているとされるサリンやVXガス等の恐ろしさは、私たち日本人自身がわずか数年前に体験したばかりであります。このような大量破壊兵器の拡散が生じないよう、イラクが国連の全面的な査察を直ちに無条件に受け入れることが重要であります。我が国としては、外交努力をさらに続けながら、関係国と協調して対処する方針であります。
二十一世紀まであとわずか三年を残すのみとなった現在、我が国を取り巻く国際情勢はいかなるものでありましょうか。冷戦終結後一時期の混乱を経て、民主主義と自由市場経済を大切にする基本的な考え方は広く世界に根づいたように思われます。さまざまな地域紛争も、今解決へ向けての進展が見られます。
我が国が位置するアジア太平洋地域では、日米両国に中国、ロシアを加えた四カ国の間で活発な外交が展開され、新たな枠組みづくりの動きが芽生えております。しかし、その一方で、東アジア諸国が現在直面している経済問題のように、大胆な対応が緊急に必要とされる事態が生じております。
このような情勢の中で、我が国外交が目指すべき方向をしっかり考えなければなりません。その際重要なのは、冷静な歴史的視点と、将来に対する的確な見通しであると思われます。私は、国際情勢の現状と変化を正しく見きわめ、二十一世紀の日本の姿を念頭に置きながら、我が国の外交に果断かつ積極的に取り組む決意であります。
さて、我が国が位置するアジア太平洋地域を見ますると、地域の平和と安定の枠組みづくりを目指した日米中ロ間の協力を確保することが枢要であります。そのため、我が国としては、日本外交の基軸である日米関係の一層の強化に努めながら、日中関係の発展と日ロ関係の前進に向けて努力してまいります。また、このような四カ国の関係進展に伴い、将来四カ国が一堂に会して種々の議論を行うことも視野に入れておく必要があると考えます。
良好な日米関係は、日米両国のためだけではなく、アジア太平洋地域、ひいては世界全体の安定と繁栄のために極めて重要であります。
この日米関係の根幹をなす日米安保体制は、我が国の安全保障政策の重要な柱であるとともに、アジア太平洋地域の平和と繁栄を支える役割を果たしております。このため、その一層円滑で効果的な運用に努めていく必要があり、特に、新たな日米防衛協力のための指針の実効性を確保するための施策に精力的に取り組んでいくことが重要であります。
また、普天間飛行場の返還、海上ヘリポートの建設を含めSACO最終報告の着実な実施が、沖縄県の方々の御負担を軽減するための最も確実な道であるとの考えに変わりはありません。今後とも、この最終報告の実施に向け、地元の方々の御理解と御協力を得るべく努力してまいります。
もちろん、日米関係は、安全保障関係のみならず、経済、社会、文化等の広範な分野にわたる包括的な協力関係であり、これを全体としてさらに進展させるべく努力をいたしてまいります。
中国との間では、昨年の両国総理による相互訪問に続き、日中平和友好条約締結二十周年に当たる本年は、江沢民国家主席の訪日が予定されております。今後とも、活発な要人往来や安全保障を含むさまざまな対話を通じて、相互理解と協力の一層の増進に努めてまいります。そして、中国のWTO早期加盟の支持や経済協力等を通じて改革・開放政策を引き続き支援し、また、遺棄化学兵器処理問題等の日中間に存在する諸懸案の解決に努力いたします。
ロシアとの間では、クラスノヤルスクでの日ロ首脳会談において、東京宣言に基づき二〇〇〇年までに平和条約を締結するよう全力を尽くすことに合意いたしました。さらに、経済分野や安全保障等、各分野で均衡のとれた成果が達成され、両国関係はこれまでにない展開を見せております。
昨年十一月のプリマコフ外相との会談では、両外務大臣を責任者として平和条約交渉を行うことで一致し、先般、平和条約締結問題日ロ合同委員会が設置されました。また、北方四島周辺水域における操業枠組み交渉は、昨年末、実質妥結に達しました。
近く予定されます私のロシア訪問や四月に予定されるエリツィン大統領の訪日等の機会を通じ、さまざまな分野での協力を進めるとともに、領土問題を解決して平和条約を締結し、日ロ関係の完全な正常化を達成するため、今世紀に起こったことは今世紀中に解決するとの姿勢で橋本総理とともに努力を尽くす決意であります。
次に、朝鮮半島情勢は極めて重要な問題であり、韓国との友好協力関係は我が国外交の最も重要な柱の一つであります。
韓国では経済的困難の克服が喫緊の課題となっており、金大中次期大統領もこの問題に全力で取り組んでおられます。両国間のさまざまな問題に適切に対処するとともに、国際社会においても緊密に協力し、友好協力関係をさらに発展させなければなりません。私は、昨年末、金大中次期大統領に対してこのような考えをお伝えし、積極的な反応を得ました。
なお、漁業協定につきましては、まことに残念ながら最終的に意見の一致に至らず、先般、現行協定に従いこれを終了させる意思を通告しました。政府としては、今後とも、国連海洋法条約の趣旨を踏まえた新たな漁業秩序を早期に確立するとの決意のもと、新たな協定を早期に締結すべく交渉を続けてまいります。
北朝鮮につきましては、その情勢を鋭意注視しつつ、また、拉致疑惑や日本人配偶者の故郷訪問など、諸懸案の解決に取り組みます。そして、朝鮮半島の平和と安定に資する形で日朝間の不正常な関係を正すべく、韓国等と緊密に連携しながら対処いたします。また、四者会合本会談の開始を歓迎するとともに、引き続きKEDOの活動に積極的に取り組んでまいります。
昨年来、東アジア諸国が直面している経済困難への適切な対処は、この地域共通の枢要な課題であります。この問題は、近年地球的規模で相互依存が進展する中で発生したものであり、世界経済全体に不安定感を与えておりますが、国際社会が保護主義の台頭を抑え、一体となって対応することが急務となっております。我が国に対する期待も高まっており、これまで、関係各国、国際機関とも連携をいたしまして、タイ、インドネシア、韓国に対する支援を行ってまいりました。東アジア各国が現在直面する困難の解消に協力し、相互の関係を一層強固にすることが重要であります。
我が国は、世界第二の経済大国、そして地域における最大の経済主体として、今後とも主要国首脳会議等の場を通じ、リーダーシップを発揮してまいります。この地域の経済は、健全なマクロ経済運営及び構造改革によりさらなる成長が可能であり、我が国自身、厳しい国内経済情勢ではありますが、国際社会からの期待にできる限りこたえていく決意であります。
広く世界に目を転ずれば、新たな国際秩序の構築過程において、欧州統合の進展は国際社会全体に重要な影響を及ぼすものであり、欧州との協力関係はさらに重要となります。各種外交日程、文化行事などを通じ、日欧関係の一層の強化のため努力してまいります。
中南米諸国につきましては、民主化と経済発展を重視し、貧困、環境等の問題解決のために支援を強化します。中東におきましては、中東和平プロセスの支援等を通じ、地域の平和と安定に貢献してまいります。アフリカ諸国との関係では、開発と安定の両面からアフリカ諸国の自助努力を支援することが重要であり、本年十月には我が国で第二回アフリカ開発会議を主催いたします。シルクロード地域に対しては、政治対話の強化や経済協力を通じて国づくりの努力を支援してまいります。
このように、私は、さまざまな諸国との関係強化にきめ細かく努め、外交の幅を広げてまいります。
二国間関係の強化と並行して、アジア太平洋での地域協力の推進も重要であります。経済面ではAPECが、現下の東アジア経済情勢のもとでも、貿易・投資の自由化、円滑化を推進するなど重要な役割を果たしております。安全保障面ではASEAN地域フォーラムが、信頼醸成に加え、予防外交について政府レベルでの検討開始を確認するなど着実な成果を上げております。また、本年四月には、アジアと欧州間の相互理解と協力のために大きな意義を持つ第二回アジア欧州会合が開催されます。
次に、グローバルな視点から世界を見ますると、地域紛争、軍縮・不拡散、開発、環境、民主化、人権、国際組織犯罪、テロなどの課題が今まで以上に重要となっております。我が国は、これらをみずからの課題としてとらえ、平和な世界、繁栄した世界の構築のため積極的に役割を果たしてまいります。
グローバルな問題への対処に当たり、重要な枠組みは国連であります。この国連が時代の要請に適合した役割を一層効果的に果たすよう、全体として均衡のとれた形での改革を早期に実現すべく最大限の努力を行います。我が国といたしましては、このような国連改革が実現される中で、憲法が禁ずる武力の行使は行わないという基本的考え方のもとで、多くの国々の賛同を得て、安保理常任理事国として責任を果たす用意があることは、これまで表明してきたとおりでございます。
先般我が国が主催した紛争予防戦略に関する国際会議でも明らかにしたとおり、我が国は、地域紛争の予防から紛争後の国づくりまでを視野に入れて、国際社会の平和と安定のため、国連平和維持活動等に協力をしてまいります。この関連で我が国が和平成立に向け努力してきたカンボジアについては、本年七月の自由、公正な選挙の実施のため支援を行います。また、地域紛争に伴う難民問題についての支援を引き続き積極的に行う方針であり、政府予算案におきましても特に重点を置いております。
世界平和のために大量破壊兵器の軍縮と不拡散は重要な課題であり、包括的核実験禁止条約の早期発効等に向け、真剣に取り組みます。
私は、昨年十二月、対人地雷全面禁止条約に署名いたしましたが、政府としては、今後、条約の早期批准を目指す所存です。また、政府は、地雷除去や犠牲者支援のため、今後五年を目途に百億円程度の支援の実施を決定いたしました。さらに、人道的な対人地雷除去活動に必要な機材等の輸出については、これらを武器輸出三原則等の例外とし、その輸出を可能といたしました。今後、小火器を含む通常兵器の移転と過剰な蓄積の問題にも率先して取り組んでまいります。
世界経済の発展に関しましては、国際社会がグローバリゼーションの恩恵を最大限に享受するよう、WTOを中心とする多角的貿易体制の強化が重要であります。
同時に、開発途上国の発展を促すことが必要であります。政府開発援助は、そのために我が国が行う貢献の最も重要な柱であります。来年度政府予算案の中でODA予算は一〇・四%削減となっておりますが、政府としては、総合調整により予算の重点配分を行うとともに、国別の援助政策の充実、実施体制の改善、国民参加のODAの推進等、改革に大胆に取り組み、限られた財源で最大限に効果を発揮するよう努めます。そして、この改革の中で国民の皆さんとともにODAのあり方を考え、御理解を得ていきたいと考えております。
また、世界経済にとり、中長期にわたるエネルギー政策も不可欠であり、資源開発に対する支援などを通じ、安定的なエネルギー供給に向けた取り組みにも参画してまいります。
一方、持続可能な発展のためには、環境問題も各国が協力して取り組まなければなりません。我が国は、先般の地球温暖化防止京都会議におきまして、議長国として最大限の努力をしたところでございますが、地球全体の将来のために、今後とも積極的な役割を果たしてまいります。
ますます多くの日本人が広く海外を旅行し、外国に在住されて、国際交流や国際貢献に大きな役割を果たされることを願ってやみません。しかし、日本と治安状況も異なる海外で、邦人が犠牲者となる痛ましい事故や事件が発生していることも記憶に新しいところであります。邦人の方々にこのような危険に御留意いただく中で、政府としても、海外における邦人の安全対策の強化に努めてまいります。
以上、外交の基本方針につきまして詳細に述べてまいりました。今日の厳しい国内経済状況を前にして、我々はとかく内向きとなり、対外関係よりも国内の問題に目が向きがちであります。しかし、現在、平和にして豊かな我々の国民生活は、世界全体の平和や繁栄を度外視して維持することは不可能であります。外交は政府だけの力で行うものではございません。
日露戦争後の我が国外交の方向を危惧したイエール大学の朝河貫一教授は、九十年前に日本の危機を論じたその著書の中で、我が国と外国との関係を決定するのは、究極のところ、外交に対する日本国民の理解いかんにかかるとの趣旨を述べております。これは、そのまま今日の外交にも当てはまると思います。
平和で豊かな日本を、そして世界を次の世代へ引き継ぐために、日本の外交をどのように進めていくべきか、私は責任者の一人として、また一人の国民として、皆さんとともに考えていきたいと存じます。国民とともに歩む外交推進のため、皆様の英知ある温かい御支援、御協力を切にお願い申し上げるものであります。