データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第86代第2次森喜朗内閣(平成12.7.4〜平成13.4.26)
[国会回次] 第151回(常会)
[演説者] 河野洋平外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 2001/1/31
[参議院演説年月日] 2001/1/31
[全文]

 第百五十一回国会の開会に当たり、我が国外交の基本方針について所信を申し述べます。

 冒頭、まず申し上げなければならないのは、今回の外務省内におきます公金横領問題であります。

 本件については、先般、省内で調査を行った結果、松尾克俊前要人外国訪問支援室長が公金を横領し、私的目的に使用した明白な疑いがあることが判明をしたため、同人を警視庁に対し告発をいたしました。

 問題となっている公金の管理を六年近くの長きにわたり一人の人間に任せ、組織としてのチェック体制に不備があったため、問題の発生を未然に防げなかったことについては、外務省の責任を痛感いたしております。ここに改めて、国民の皆様の信頼を傷つけたことに心からおわびを申し上げます。

 今後はこうしたことが二度と起こらないよう、既に要人外国訪問支援室を廃止し、同業務を大臣官房総務課長の責任のもとで行うといった再発防止のための抜本的改善策を講じつつあるところであります。さらに、この関連での金銭の出納に関しては、二重、三重の監査体制を導入することを検討いたしております。今後は、事件の捜査に対して外務省としても全面的に協力するとともに、外務省の調査委員会に対し、継続して必要な内部調査を行うよう指示する考えであります。

 私としては、今回の事件に対する厳しい反省に立ち、襟を正して真相究明と抜本的な再発防止に取り組むことによって、外交に対する国民の信頼を回復するよう全力を尽くす所存であります。

 新世紀の初めに当たることしは、サンフランシスコ講和会議からちょうど五十周年目の節目に当たっております。

 戦後、我が国は、日本国憲法のもと、アメリカとの協力関係を基軸にし、国際協調路線を歩んでまいりました。また、我が国は、自由、民主主義、基本的人権の尊重といった、人類が歴史の中でかち取ってきた価値を国の基本に据えてまいりました。このような方針のもと、国づくりに努めた結果、経済面では、欧米先進国に肩を並べる繁栄を実現し、国際政治においては、主要国首脳会議のメンバーとして世界の政治、経済に大きな責任を担うこととなりました。

 私は、今日の我が国のこのような国際的地位の基礎を築かれた先輩世代の御努力、特に、額に汗して必死に頑張ってこられた勤勉な市井の方々、あるいは戦場において犠牲を払われた方々に心から敬意を表したいと存じます。私は、戦後の残された問題の解決も含め、全力を挙げて日本国民の利益と名誉を守っていく決意を改めて表明したいと存じます。

 また、我が国は、平和外交を掲げる経済大国として、経済協力を重視し、さらに、欧米ではない先進民主主義国家として、途上国に対し民主主義的価値を訴えかけるとともに、同時に、異なった民族、宗教間で文明間の対話を推進すべき位置を占めております。

 今日の我が国の平和と繁栄は、近隣諸国との強い信頼の上にこそ築かれるものであり、これら諸国との友好関係を一層強固なものとすることが我が国外交の第一の柱であります。

 自由、民主主義といった価値を共有する日米の緊密な関係は、アジア太平洋地域の平和と安定に大きな役割を果たしてきました。我が国としては、日米同盟関係の強化に積極的なアメリカ新政権との間で、あらゆる問題について十分な政策対話を行ってまいります。

 そのためにも、先般私はアメリカを訪問し、パウエル国務長官、ライス大統領補佐官と会談をし、日米同盟関係の重要性を確認するとともに、政治、安全保障、経済の分野、さらにはグローバルな課題につき、日米両国が緊密な対話を行い、密接に協力していくことで意見が一致いたしました。

 また、沖縄の米軍施設・区域の問題についても、パウエル国務長官と話し合いましたが、引き続き、普天間飛行場の移設、返還を初めとするSACO最終報告の着実な実施に取り組むなど、沖縄県の方々が我が国全体の平和と安全のために背負っておられる多大な御負担を軽減していくため、誠心誠意努力をしてまいります。

 二十一世紀の東アジアで、中国の存在はますます注目を集めることになると思われます。日中両国が安定した友好協力関係を構築、発展させることは、それ自体、アジア太平洋地域、ひいては世界の平和と発展への大きな貢献につながります。このため、お互いに歴史を踏まえつつ、主張すべきは主張し、相互理解と相互信頼を一層発展させていきたいと考えます。また、中国がさらなる改革を進め、中国国民の生活が向上し、社会が安定することは、この地域の平和と繁栄にとり不可欠な要素であります。このような観点から、我が国は、過去二十年余り、中国に対する政府開発援助を実施してまいりました。今後は、両国をめぐる経済社会状況などの変化を踏まえ、国民の理解と支持を得て、重要課題、分野をより明確にした支援を実施していく考えであります。

 日韓の友好協力関係は近年一段と強化され、今や日本外交の重要な財産となっています。今後とも、政府間の協力を強化し、幅広く両国民の交流を促進し、決して歴史を忘れず、日韓両国間の信頼のきずなを強固なものとするよう、不断の努力を傾けてまいります。

 また、日本外交には、戦後の半世紀、積み残されてきた課題として、日朝国交正常化交渉及び日ロ平和条約交渉があります。私は、これらの問題に取り組むことが自分自身の重大な責務であると考えております。

 北朝鮮は、最近になって国際社会との接触を急速に深めており、昨年の南北首脳会談の実現など、朝鮮半島をめぐって、これまでになかった大きな動きが見られました。我が国としても、第二次世界大戦後の正常でない日朝関係を正すことが極めて重要であると考えています。今後とも、韓米両国と緊密に連携し、北東アジアの平和と安定に資する形で、日朝国交正常化交渉に粘り強く取り組んでまいります。また、そのような対話を通じて、日朝間に存在するさまざまな人道問題や安全保障問題についても、解決に向け進展を見られるよう、全力を傾ける考えであります。

 ロシアとの間では、私は、最近、イワノフ外務大臣との間で平和条約締結問題を中心に率直な意見交換を行いました。今後とも、北方四島の帰属の問題を解決し、平和条約を締結するとの一貫した方針のもと、交渉を進めてまいります。

 我が国としては、さらに、ASEAN地域フォーラム、アジア太平洋経済協力、ASEANプラス3、日中韓などの枠組みを重層的に発展させ、二十一世紀における東アジアの平和と繁栄を確固たるものにしていく決意であります。

 第二に、軍縮・不拡散を中心とするグローバルな平和への取り組みであります。軍縮・不拡散こそは、日本が国際社会の協調を主導すべき分野であり、この問題に果敢に取り組むことが私の使命と考えております。

 二十一世紀に入っても、広島と長崎の惨禍の記憶を風化させてはなりません。我が国は、核兵器及びミサイルの拡散に歯どめをかけ、これを削減するため、積極的にイニシアチブを発揮していく考えであります。特に、核のない世界の実現のため、昨年秋に我が国が国連総会に提出し、圧倒的多数をもって採択された核兵器の全面的廃絶への道程決議で示されている核軍縮・不拡散に関する現実的措置の実現に向けて、積極的に取り組んでまいります。

 二十一世紀の国際社会の平和と安定の実現のためには、紛争予防が重要な課題であります。昨年の宮崎G8外相会合を取り組みの第一歩として、今後とも地道な努力を積み重ねていくことが肝要であります。特に、多くの地域紛争において主要武器として使用されている小型武器については、その回収、廃棄及び非合法取引の防止を含む対策がとられるよう、本年七月の国連会議に向けて努力をしていくべきであります。また、紛争の当事国のみならず、紛争により多大な影響を受ける周辺国に対しても十分な支援と協力を行っていくことが重要です。

 紛争予防との関連で申し上げれば、中東和平については、当事者双方が和平実現に向けて取り組みを強めることが重要であります。我が国としても、アメリカを初めとする国際社会と協調しつつ、積極的に関係国への働きかけなどの和平支援を行っていく考えであります。

 このような国際社会にあって、唯一の普遍的、包括的機関である国連が、ますます多様化、複雑化する国際社会の課題に対応できるよう、安保理改革を含む国連の体制強化が必要であります。我が国は、安保理において我が国の能力と経験を生かすために、常任理事国となって一層の責任を果たしたいと考えております。

 第三に、世界の繁栄に向けた取り組みであります。

 多角的な自由貿易体制の強化のために、WTOにおいて各国の幅広い関心に対応する新ラウンドを本年開始するべく、アメリカ、EUなどの先進国のみならず、途上国とともに最大限の努力をいたします。

 地球温暖化問題につきましては、先般のCOP6では合意に至りませんでしたが、建設的な形で早期に国際的合意が形成されるよう、引き続き努力を続けます。

 次に、経済協力について申し上げます。

 途上国に対する支援は、まず第一に、貧困や飢餓に見舞われている人々に手を差し伸べるという人道的な目的があります。また、冷戦終えん後も多発する民族・宗教紛争も、その背後には貧困や経済格差の問題がある場合が多く、途上国支援は国際平和を実現するための最も現実的な方策であります。同時に、途上国の経済発展は市場を育てるという側面があり、長い目で見れば日本企業、日本国民にとっても利益になる政策であります。事実、我が国の援助の多くが向けられた東アジアは安定と繁栄を享受し、我が国の努力に対しては高い評価が与えられております。

 政府としては、極めて厳しい経済財政状況のもと、ODAの実施に当たっては、国際社会で我が国が果たすべき役割とともに、我が国の国益という観点をも忘れることなく、国民の皆様のより一層の御理解と御支持を得て、引き続き効果的、効率的な実施に努めていく考えであります。

 アフリカなどの開発途上国に見られるように、貧困や情報格差、感染症などの問題は、二十一世紀の国際社会の直面する重要な課題であります。我が国としては、人間の安全保障の視点からも、九州・沖縄サミットにおいて表明したIT、感染症対策の支援策などを着実に実施してまいります。

 長期的視野に立った人と人、国と国との間の信頼関係の構築には、他国の人々が築き上げてきた文化や歴史への深い敬意と、お互いの差異を積極的に受けとめ尊重する心を持ちながら、共通の価値を見出し、国民の間での相互理解への道を切り開く努力が必要であります。世界の平和を考える上でも、例えば異なる宗教や民族間の対話を深めることは、貧困の克服と並んで極めて重要な課題であると考えます。

 私は、第四の取り組みとして、文化外交を展開し、異なる文明の間の対話を促進してまいります。とりわけ、本年は文明間の対話国連年でもあり、私は、文明間の対話のための新たな施策を展開して、この問題にしっかりと取り組んでまいりたいと思います。

 二〇〇二年の日韓国民交流年、日中国交正常化三十周年、あるいは南西アジア諸国との外交関係樹立五十周年などの記念交流事業は、私たち一人一人がより深くアジアを知ろうとするときに、極めて意義深いと思います。豊かな文化的接触は、平和で活力ある人類社会の構築に向けた推進力であり、我が国としても、そのための場を積極的に提供してまいります。中でも、私は、世界のあすを担う青年層の交流や草の根の交流に一層力を注いでまいります。

 先般、私は、湾岸諸国を訪問し、文明間の対話の促進などを訴え、ともすれば原油の輸出入に関係の重点が置かれがちであった湾岸諸国との間で、重層的な関係を築いていく必要性を強調してまいりました。また、引き続き訪問したスウェーデンにおきましては、本年からの日欧協力の十年開始に当たり、EUとの政治対話、協力の強化を含む関係強化のための具体策などにつきまして、ことしの議長国スウェーデンの外相、そしてEUの共通外交・安全保障政策上級代表などと忌憚のない意見交換を行ってまいりました。

 我々は、二十一世紀に生まれてくる子供たちに、平和で安定し、豊かな世界を引き継ぐという重大な責務を負っております。そのため、戦後の外交路線をしっかりと継承するとともに、新しい時代に対応した外交を力強く展開してまいりたいと存じます。また、重要性を増している市民社会の自発的な行動とも引き続き建設的な連携関係を築いてまいりたいと思います。新世紀の日本外交に国民の皆様と御臨席の議員各位の御支援と御協力を心からお願いを申し上げる次第であります。