データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第88代第2次小泉純一郎内閣(平成15.11.19〜現在)
[国会回次] 第159回(常会)
[演説者] 川口順子外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 2004/1/19
[参議院演説年月日] 2004/1/19
[全文]

 第百五十九回国会の開会に当たり、我が国外交の基本方針について所信を申し述べます。

 イラクにおいて、奥大使、井ノ上一等書記官、ジョルジース職員が殉職されてから、既に二カ月近くがたとうとしています。三人の命を奪った卑劣な暴力に対し、強い憤りを感じます。厳しい環境の中で、日夜粉骨砕身、イラク復興のために尽力された三人に対し、改めて哀悼の意を表し、その功績に心からの敬意をささげます。

 イラクの復興は、国際社会の緊急の課題です。イラクが破綻国家となり、かつてのアフガニスタンのようにテロ活動の拠点となれば、中東のみならず、我が国を含む国際社会全体に対する大きな脅威となります。また、我が国は原油の九割近くを中東地域に頼っています。このように、我が国の国益に直結するイラクの復興に可能な限り貢献することは、我が国外交の責務です。我が国は、テロに屈することなく、イラクの復興支援に取り組んでいかなければなりません。

 イラクの治安を回復し、復興を成功させるためには、イラク国民に将来への希望を与えることが不可欠です。イラク人による新しい政府の樹立に向けて、国連、中東諸国を含む国際社会全体が、統治権限の早期移譲のプロセスを支えていくべきです。

 我が国は、これまでも、イラク復興に関する安保理決議の採択を関係国に働きかけるなど、国際協調体制の構築に向けて努力してきました。今後とも、国際社会の団結を維持強化するため、中東諸国との協力も強化しながら、主導的な役割を果たしていきます。

 こうした考えのもと、我が国は、昨年末に総理特使を英仏独、中東諸国、国連に派遣し、先日は私自身がイラン及びアラブ首長国連邦を訪問し、我が国の考え方を説明してまいりました。このような外交努力を今後とも継続してまいります。

 四半世紀にもわたる圧政のもとで、イラクの国土と国民生活は荒廃しています。イラク国民が一日も早く普通の生活に戻れるよう、イラクの人々に真に必要とされ、喜ばれる支援を迅速に行っていく必要があります。我が国は、フセイン政権崩壊後、イラクへの人道復興支援に積極的に取り組んできましたが、今後、さらに支援を強化していきます。

 昨年十月のマドリード支援国会合において表明した資金協力については、まずは、当面の支援である十五億ドルの無償資金協力を、電力、教育、水・衛生、保健、雇用等、イラク国民の生活基盤の再建や治安の改善に資する支援に重点を置きつつ、できる限り迅速に実施していきます。より中長期的には、電気通信、運輸等の経済基盤の復興を行い、それを民間投資の呼び水としたいと考えています。

 イラクの債務問題については、パリ・クラブにおいて相当の債務削減を行い、また、他のパリ・クラブ債権国がその合意に沿って同様に対応する場合は、我が国もかなりの債権放棄を行う用意があります。

 こうした取り組みを通じて、イラクの民生を安定させ、治安の回復につなげていくためには、資金面に加え、人的支援が不可欠です。今国会において、イラク人道復興支援特措法に基づく自衛隊の対応措置の実施について御承認いただき、我が国自衛隊による給水、医療等の人道復興支援を着実に実施することが必要です。議員各位の御協力を改めてお願い申し上げます。

 我が国の支援の実施に当たっては、自衛隊員を初め支援に携わる人々の安全確保に万全を期するとともに、自衛隊の活動を含め、我が国の人道復興支援の内容や目的をイラク国民及びアラブ諸国民に紹介し、理解してもらうための広報活動にも力を入れていく考えです。

 イラクを含む中東地域全体に平和と安定をもたらすためには、そのかぎとなる中東和平問題の解決が不可欠です。我が国は、イスラエル・パレスチナ間の信頼醸成のための会議の開催、和平に向けた両当事者や関係諸国への働きかけ、対パレスチナ支援を一層強化していく考えです。

 北朝鮮をめぐる問題は、我が国が直面する最も重要な外交課題の一つです。北朝鮮との関係では、日朝平壌宣言に基づき、拉致問題及び核やミサイルといった安全保障問題等の諸懸案を包括的に解決することを引き続き目指します。そのために、我が国は、米韓両国との緊密な連携協力を堅持するとともに、中国やロシア等の関係国とも協力し、六者会合等における対話を通じ、北朝鮮に対して、すべての核開発計画の検証可能かつ不可逆的な放棄を強く求めていきます。また、拉致問題については、被害者とその御家族の御意向も踏まえ、問題の一刻も早い全面的解決に向けて引き続き全力を尽くしてまいります。

 テロとの闘いは、引き続き深刻な挑戦であり、我が国も真剣に取り組んでいます。イラクでは、国連本部や赤十字国際委員会事務所がテロ攻撃に遭い、イスタンブールの英国総領事館も標的となるなど、テロは国際的な広がりを持ち、かつ、無差別化しています。テロリストの活動を封じ込めるため、各国が情報交換、出入国管理、テロ資金対策等、幅広い分野における協力を推進することが不可欠です。

 我が国は、テロ対策特措法に基づき、テロとの闘いに引き続き主体的にかかわる一方、関係国と協力し、テロ関連情報の収集、分析に努めています。また、不法な出入国防止を強化するため、生体情報による本人認証技術を用いた旅券を平成十七年度中に導入することを目指しています。今後とも、海外の日本人の安全確保、在外公館の警備強化に最善を尽くし、東南アジア諸国を初めとする途上国のテロ対処能力向上のための支援を強化していく考えです。

 テロの脅威が大量破壊兵器と結びついたとき、その脅威ははかり知れないものとなるため、懸念国やテロリストによる大量破壊兵器やミサイルの取得、使用を阻止することが重要な課題となっています。我が国は、核兵器不拡散条約、NPTを初めとする軍縮・不拡散関連の諸条約の普遍化と完全な履行を各国に働きかけるとともに、弾道ミサイルの拡散を防止する国際的な枠組みの強化に努めていきます。また、拡散安全保障イニシアチブ、PSIに積極的に参加し、さらにアジア地域における不拡散の取り組み強化に貢献していく考えです。

 イランの核問題は、核不拡散体制にかかわる重要な問題ですが、イランによる国際原子力機関、IAEA追加議定書の署名など、前向きな動きが見られます。私も、今月上旬、イランを訪問した際、このような動きを歓迎し、イランが今後ともIAEA理事会の累次決議を誠実に履行するよう働きかけてまいりました。同時に、我が国はイランとの伝統的な友好協力関係の維持発展に努める用意がある旨伝えました。先般の地震に際しては、我が国は、国際緊急援助隊の派遣や自衛隊輸送機C130による救援物資の輸送といった人道支援を実施したところです。

 リビアが大量破壊兵器やミサイルの開発計画を廃棄し、国際機関による査察の即時受け入れを決定したことは、国際社会の平和と安全にとって大きな前進です。そこに至るまでの関係国の外交努力を高く評価します。北朝鮮を初め、大量破壊兵器等の開発疑惑が指摘されている国々がリビアに倣うことを、我が国は強く期待しております。

 アフガニスタンの復興を支援し、同国を再びテロ活動の拠点にしないという国際社会の決意と取り組みは、先般のロヤジェルガでの新憲法採択に見られるように、着実に実を結びつつあります。我が国は、幹線道路や学校の建設などの支援を行ってきているほか、元兵士の武装解除・復員・社会復帰、DDRにおいて主導的な役割を果たしてきており、こうした取り組みを今後も継続してまいります。

 イラクの復興、テロとの闘い等の課題に国際社会が協調して取り組んでいくためには、国連が一層の役割を果たしていくことが必要です。現在、国連事務総長のもとに有識者会合が設置され、国連の機能強化について検討が進められており、国連改革に向けた機運は高まっています。私自身、有識者による懇談会を設置し、議論をお願いしているところです。その成果も踏まえ、我が国が二〇〇五年の開催を提案している国連改革に関する首脳会議の実現につなげていき、国連改革に実質的な成果が得られるよう努力したいと考えています。そうした取り組みが成果を上げ、安保理改革が実現する暁には、我が国は常任理事国として一層の責任を果たしていく考えです。

 その意味でも、まずは本年秋に行われる非常任理事国選挙に当選をし、二〇〇五年、二〇〇六年に非常任理事国として積極的な役割を果たすことが重要であり、そのために鋭意努力してまいります。また、よりバランスのとれた国連分担率の実現や国際機関で働く邦人職員の増強にも取り組んでまいります。

 我が国の繁栄を実現するためには、世界経済の安定と持続的な発展が不可欠です。我が国は、多角的自由貿易体制の維持強化のため、WTOラウンド交渉の早期妥結に向けて積極的に取り組み、我が国の利益にかなった成果を目指します。同時に、多角的自由貿易体制を補完する取り組みとして、二国間や地域的な経済連携も推進していく方針です。当面、メキシコとの協定交渉の早期妥結に鋭意取り組む一方、我が国を含む東アジア地域全体の発展を確保するため、韓国、タイ、フィリピン、マレーシアとの協定交渉を推し進めてまいります。

 国際社会が発展していくためには、開発途上国の貧困削減と持続的成長を支援することが重要です。我が国は、アジアはもちろん、TICAD3の成功を受け、アフリカに対する開発援助を引き続き実施していきます。また、我が国は、東ティモールやスリランカ等における平和の定着と国づくりを支援してきています。さらに、国際社会は、エイズやSARS等の感染症、複雑化する国際組織犯罪など、多様化する脅威にも直面しています。このような脅威に対処するため、国家による保護と人間一人一人の能力強化を内容とする人間の安全保障の理念の実現が重要です。こうした現実を踏まえ、我が国は、昨年八月に政府開発援助、ODA大綱を見直し、人間の安全保障の視点を基本方針の一つとし、平和の構築を重点分野に掲げたところです。

 深刻化する地球温暖化問題には一刻の猶予も許されません。我が国は、京都議定書の早期発効を目指し、ロシア等の未締結国に対し、今後とも早期締結を働きかけていきます。また、明年開催される愛・地球博についても、自然と共生する新たな産業社会のあり方を提示する試みとして、入念に準備を進め、その広報にも努めてまいります。

 豊かな世界を実現するためには、多様な文化の存在と交流が不可欠です。我が国は、途上国の文化遺産の保護や文化の振興、文明間の対話を進めていきます。また、我が国の価値観や魅力を海外へ発信し、海外の頭脳や才能を日本に招き入れることは、相互理解の促進のみならず、我が国社会の活性化に役立つものです。こうした取り組みにも一層力を入れていく考えです。

 我が国の平和と繁栄を確保する上で、日米安保体制を中核とする日米同盟関係はなくてはならないものです。本年は日米和親条約署名百五十周年に当たりますが、今後とも我が国外交の基軸である日米関係を一層強化し、世界の中の日米同盟という考え方に基づき、日米両国が協力して国際社会の諸課題に対処していきます。在日米軍に係る諸問題については、沖縄県民の方々が背負っておられる御負担を軽減するため、普天間飛行場の移設、返還を含め、沖縄に関する特別行動委員会最終報告の着実な実施に努めるなど、引き続き最大限努力してまいります。

 韓国は、我が国と基本的な価値観を共有し、政治上、経済上、極めて重要な隣国です。既に開始された羽田—金浦間航空便の運航や日韓FTA交渉等、昨年六月の日韓首脳共同声明に盛り込まれた施策の実施を通じて、引き続き両国関係を一層高いレベルへと発展させていく考えです。

 日中関係は最も重要な二国間関係の一つであり、今後とも、両国国民間の相互理解、相互信頼を深めていきます。また、北朝鮮問題を初め、地域の問題について緊密に協議し、協力を促進していきます。さらに、環境問題を含む地球規模の問題においても、引き続き協力関係を深めてまいります。

 さきの日・ASEAN特別首脳会議では、ともに歩みともに進むパートナーシップを強化していくことで一致し、今後の日・ASEAN関係の指針となる東京宣言及び行動計画が採択されました。我が国は、これらに基づき、ASEANとの具体的な協力を一層進め、日・ASEAN関係を中核とする東アジア・コミュニティーの創設にも貢献していく考えです。また、最近、インドとパキスタンの歴史的な首脳会談が行われ、対話開始が合意されるなど、平和と安定に向けた動きが見られる南西アジアとの関係も強化してまいります。

 欧州については、存在感が増しつつあるEUとの間で、幅広い分野で一層緊密な協力関係を構築してまいります。ロシアとの間では、本年前半にも私自身が訪ロして、イワノフ外相と平和条約締結問題についてじっくり話し合う考えですが、今後も日ロ行動計画の実現を通じて日ロ関係を全体として発展させていく中で、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべく、粘り強い交渉を続けてまいります。

 以上、我が国の外交の基本方針について述べてまいりました。国際社会においては、各国が力を合わせて、次々と発生する新たな課題に取り組んでいます。我が国としても、国際社会の主要な一員として、こうした取り組みに主体的に参加する必要があります。我が国の安全と繁栄は、平和で安定した世界の中にあるからです。そのためには、これまで以上の外交努力が必要です。

 こうした問題意識のもと、外務省は、改革の一環として、本年夏に機構改革を行い、総合外交政策局の政策調整機能を強化する一方、国際情報局を国際情報統括官組織に改編、拡充して情報収集・分析能力の向上を図るなど、外交実施体制を一層強化していきます。また、海外における日本人の安全確保に十全を期するため、領事移住部を領事局に改編します。さらに、政府として国民への説明責任を果たし、その理解と支持を得るよう努めてまいります。引き続き、国民の皆様と議員各位の御支援と御協力を心よりお願い申し上げます。