データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第89代第3次小泉純一郎内閣(平成17.09.21〜平成18.09.26)
[国会回次] 第164回(常会)
[演説者] 麻生太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 2006/1/20
[参議院演説年月日] 2006/1/20
[全文]

 第百六十四回国会の開会に際し、外交方針について所信を申し述べさせていただきます。

 我が国外交を支える理念は、戦後日本の歩みを貫いてきた考え方に同じであります。自由と民主主義、基本的人権と市場経済を重んじる思想であり、我が国は今後とも、人類が歴史の中でかち取ってきたこれらの普遍的価値にのっとる外交を進めてまいります。

 外交とは、我が国及び国民の平和と安全を確保し、幸せを目指すために行うものであります。現在、国際社会が直面する課題は多く山積しておりますが、我が国はその責任ある一員として、日米同盟と国際協調を基本とし、近隣諸国や国連などの国際機関とも緊密に協力しつつ、平和と幸福の世界を目指してまいります。

 価値観と利益をともにする同盟国米国との関係は、日本外交にとってのかなめです。

 国際テロや大量破壊兵器の拡散、感染症や環境破壊のような人間の安全保障にかかわる新たな課題と取り組む上で、日米同盟は今日その重要性を増しております。

 日米両国は、世界の諸問題を解決するため多くの国と協調しつつ、協力し合っております。今後ともこのような世界の中の日米同盟を強化します。

 同様に、日米安保体制の信頼性を高める努力を続けます。いわゆる兵力態勢の再編は、そのための重要な取り組みであります。昨年十月の2プラス2で日米が発表した共同文書を踏まえ、実施日程を含む具体的計画について米側と協議をしてまいります。その際、沖縄県を初め、米軍施設・区域を抱える地元の負担軽減に最大限努めなければならないことは申すまでもありません。

 我が国として、中国は古今の歴史を通じ最も大切にしてきた国の一つであり、近年、両国間では経済関係や人的交流が飛躍的に増大、拡大をしております。日中関係の発展は、我が国外交の基本方針の一つであります。

 我が国は、中国が平和的発展の努力を通じて、近隣諸国とともに経済発展の果実を分かち合い、アジア、国際社会における主要なパートナーとして、民主主義や人権といった人類共通の普遍的価値を信奉し、政治経済面でより一層責任ある役割を果たしていくことを歓迎します。

 我々日本人は、中国の人々の過去をめぐる心情を重く受けとめるとともに、中国の人々に対しては、過去の問題にこだわり過ぎることなく、冷静に大局を見据え、ともに成熟した友人として切磋琢磨する関係、広範な世界的、地域的課題のため、ともに汗を流すという姿こそ基本的潮流とする関係を築くことをぜひ呼びかけたいと思います。

 韓国と我が国は、昨年、国交正常化四十周年をともにことほぎました。両国関係の今日は、おのおのの先達たちが抱いた志と払った努力にその多くを負っております。未来を目指し両国が手を携え進む際、立ち返る原点はそこにあります。

 それゆえ、日韓両国は昨年を友情年と定め、「進もう未来へ、一緒に世界へ」という標語を掲げました。友情年は昨年末終わりましたが、精神は今後に生き続けることだと確信します。今日、両国は相互依存を深め、ますます多くの共通課題に取り組む間柄となったからです。同時に、我々は、韓国の人々の過去をめぐる心情を重く受けとめ、人道的観点から、過去に起因する諸問題に真摯に対応していきたいと存じます。

 我が国は、韓国及び中国との未来へ向けた友好協力関係を一層強化していきます。これは我が国の揺るぎない基本方針であります。和解と協調を導きの精神とし、対話を深める中から、両国民との間に明るい未来図が描かれなくてはなりません。まさにその目的のため、我が国は、両国と協力して、未来を担う青少年世代を初め、さまざまなレベルでの交流を大いに進めていきたいと思っております。

 さて、昨年十二月に初会合を持った東アジア首脳会議は、将来の東アジア共同体形成を視野に入れ、経済的繁栄と民主主義を通じ平和と幸福を目指す共通の意思を確かめる場となりました。

 我が国は、この先、東アジア共同体を、自由や民主主義という普遍的価値、そしてグローバルな規範にのっとった、開かれたものとして築いてまいります。そのため、ASEAN諸国、さらにはインドや豪州、ニュージーランドといった民主主義国との戦略的関係も強めていかなければなりません。

 東アジア首脳会議参加国の間で、貿易・投資、エネルギーからテロ、感染症にわたる共通課題に関し、具体的協力を進めてまいります。新型インフルエンザと闘うため、今月、我が国は、その早期封じ込めに関する国際会議をWHOとともに共催いたしました。また、我が国は、本年度中に、アジア諸国へ向け一億三千五百万ドルの支援を行います。

 北朝鮮をめぐっては、その諸問題の解決が地域の平和、安定をつくるため、また、国際的な不拡散体制維持のため不可欠であることをまず強調しておきます。

 日朝平壌宣言に従い、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を解決し、過去を清算することにより国交正常化を目指すのが我が国の方針であります。同時に、拉致問題を含む諸懸案の包括的な解決なくして国交正常化はありません。

 さきの日朝政府間協議で一致を見たとおり、拉致問題等の懸案事項と安全保障、そして国交正常化のおのおのに関する包括並行協議を早期に始めます。この中で、拉致を初めとする諸懸案解決に向け、対話と圧力の考えのもと、誠意ある対応を北朝鮮から引き出す所存です。同時に、六者会合を通じ、核問題の平和的解決を目指します。

 次に、ロシアとの関係については、最大の懸案である北方領土問題をめぐって、日ロ間になお見解の相違があります。我が国は、昨年十一月、プーチン大統領の訪日の際開いた首脳会談の結果をも踏まえ、これまで両国が交わした合意と文書を基礎として、国民の広範な支持を得ながら、ロシアと粘り強い交渉を続けます。我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決し、平和条約を早期に締結しなくてはなりません。

 本年、ロシアは、G8サミットを初めて自国で開きます。この機をとらえ、ロシアとさらに活発な対話を続けます。日ロ行動計画に従って協力を深め、未来を志向する関係づくりに努めてまいる所存です。

 さて、本年は、日豪友好協力基本条約署名三十周年に当たります。日豪交流年とされ、記念事業が両国で実施されます。さらに、我が国が沖縄を舞台にする第四回太平洋・島サミットを開きます。あたかも太平洋の年となる本年、これらを機に関係諸国と理解を深め、交流と協力を図っていかなくてはなりません。

 また、我が国の安全と繁栄のため、欧州や中南米等との関係も強化してまいります。

 我が国は、昨年、国連の改革、特に安保理の改革を目指して働きました。国際社会が直面する課題によく対応できる組織にしなければならないと考えたからであります。

 常任理事国となる道は険しいものの、我々の運動は、国連全加盟国を巻き込む具体的な安保理改革の議論を呼び起こしました。結果として昨年九月、国連首脳会合の採択した成果文書は、安保理の早期改革を国連改革全体にとって不可欠と認めております。

 安保理改革が第二段階へ入ったことしは、我が国国連加盟五十周年に当たります。改革へ向け、これまでの成果と課題を踏まえ、G4の間での信頼関係を維持しつつ、米国と協議を進めてまいります。あわせて、中国、韓国など近隣諸国との対話に注力する所存です。

 我が国は、国連改革を包括的にとらえ、開発、人権、平和構築などの課題に対し、国連の力を強めなければならないと考えております。そのため、今までと同様、積極的な役割を果たします。国連分担率を地位と責任に応じたものとし、国連の運営全体が透明で納得のいくものとなるよう、業務の見直しを含む国連行財政改革にも取り組まなければなりません。

 我が国は、本年、安保理の非常任理事国として任期の二年目を迎えようとしております。この一年、我が国は、安保理PKO作業部会の議長として、部会活性化に多大の貢献をなしました。また、平和を築き安定をもたらさねばならない諸地域で、安保理が主導的な役割を果たせるよう、加盟国間の合意づくりに建設的な役割を果たしました。我が国は本年も、安保理理事国にふさわしいこれら活動に邁進します。

 具体的には、PKO、国際的選挙監視活動、また中東、アフリカなどで平和を定着させる活動に取り組みます。国連では、我が国も支持してきた平和構築委員会がじき発足します。この機に、国際社会と協力し、平和の維持、構築、紛争の再発防止といった活動を担う専門的人材をアジアにおいて育成する取り組みを検討したいと考えております。

 我が国は、国連総会に対して一九九四年以来、毎年核軍縮決議案を提出してまいりました。昨年は同案に過去最多の支持を得ました。軍縮・不拡散分野における我が国の果たす役割に、改めて思いをいたすところです。イランの核問題も、平和的解決へ向け努めなくてはなりません。

 国際的なテロとの闘いは、我が国が主体的に担うものでありました。アフガニスタンでは、国際社会の支援のもと、重要な統治機構整備の段階が終わりました。喜ぶべきですが、アフガニスタンとその周辺では、テロの脅威を除去、抑止する国際的な取り組みはいまだ続いております。我が国は、前回の特別国会でテロ対策特別措置法の期限を延ばしました。引き続き、アフガニスタンの国づくりへ向け、支援を続ける考えであります。

 イラクの復興も、いまだ道半ばにあります。昨年末、我が国は、自衛隊をイラクへ送る基本計画を一年延長しました。イラクの政治プロセスは、今胸突き八丁に差しかかっていると存じます。昨年十二月に国民議会選挙が大きな混乱なく実施されたことは、政治プロセスの極めて大きな進展だったと思います。イラク人自身の建国努力に、我が国は今後とも支援を惜しみません。

 中東和平問題の解決は、我が国が石油資源の八割以上を輸入する中東地域の平和と安定を目指す上で不可欠であります。我が国として、イスラエルとアラブ双方から信頼される日本の立場を生かし、イスラエルとパレスチナの共存共栄の実現と域内協力を通じた信頼醸成に向け取り組んでいくつもりであります。

 次に、経済外交に関して、何よりグローバルルールの構築が重要であります。昨年十二月の香港閣僚会議の成果に基づき、本年中にWTOドーハ・ラウンド交渉を合意に持ち込めるよう、積極的に取り組む所存です。

 WTOのもと、多角的な貿易体制の信頼性を維持し、高めていくことは、我が国にとって引き続き重要な課題であります。他方、途上国にとって、生産、流通・販売、購入それぞれの活性化なくして、世界貿易に入っていくことができないという現実があります。この問題を解く一助にと、我が国は、香港閣僚会議を前に、開発イニシアチブを打ち出しました。今後、その着実な実施に努めます。また、日本企業の活動を世界で支えていくことは、我が国外交が最も重んじる仕事の一つであるということは言うまでもありません。

 我が国は、昨年末、マレーシアとの間で経済連携協定、通称EPAに署名をしました。これを弾みとし、東アジアを中心としつつも、今後世界を広く視野に入れて、経済連携強化へ向け取り組みを進めていくつもりであります。

 そして、アジアの諸国を襲った津波の記憶が去らない今、我が国国民の海外での活動に安心をもたらす施策を進めます。大規模緊急事態に対し迅速的確に対応できる体制をつくっていかねばなりません。

 ODAは、戦略的な外交を行う上での重要な手段であります。外交政策に基づき、ODAを戦略的、総合的、機動的に活用し、二国間関係や国際環境を改善していく必要があります。総理の指導のもと、外務大臣が中心となって援助を実施する今の体制をさらに工夫し、強化をしてまいります。

 我が国は、今後ともODAの力を大切にし、貧困に苦しむ人々を助け、自助自立を促し、貧困からも生み出される途上国のテロとの闘いを支えることによって、世界に安寧を広める努力を続けてまいります。また、地震の惨害を経たパキスタンに対して行ってきたように、ODAは災害復旧を助けるためにも活用してまいります。

 今後三年、アフリカ向けODAを倍増し、今後五年にODA事業量を百億ドル積み増すことは、昨年我が国が誓った国際公約であり、着実に実施してまいります。

 最後に、外交における言葉の重みについて触れさせていただきたいと存じます。

 今我々は、情報の収集・分析能力の抜本的向上に努めております。情報とは主に言葉によってあらわされるものであるからには、我々は、正しい情報を聞き取る鋭い耳と、言葉の本質を洞察する頭脳を持たなければなりません。

 他方、我が国の発言はますます重みを持ってきております。我が国には伝えるべき信条がありますが、それは言葉となって初めて信条とみなされるものだと思います。

 今後は、これまでにも増して、我が国外交の目指すところを論じ、国内外に伝えていくことに私自身努力することをお約束し、演説を終わらせていただきたいと存じます。

 皆様の御支援をお願い申し上げます。