データベース「世界と日本」(代表:田中明彦)
日本政治・国際関係データベース
政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所

[内閣名] 第90代安倍晋三内閣(平成18.09.26〜平成19.09.26)
[国会回次] 第166回(常会)
[演説者] 麻生太郎外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 2007/1/26
[参議院演説年月日] 2007/1/26
[全文]

 第百六十六回国会の開会に際し、所信を申し述べさせていただきます。

 日本外交は、今、新しい柱を立てつつあります。敗戦後の我が国は、日米同盟、国際協調、そして近隣アジア諸国の重視という三本の柱でありました。今、これに四本目を加え、我が国の進路は一層明確となります。

 外交とは、はるか未来を望んで、国益と国民の福利を伸ばす営みであります。そのためにふさわしい環境を世界につくろうとする、営々たる努力の別名でもあります。外交はまた、あり得べき危機を極小化するという役目を果たしていかねばなりません。

 これら外交本来の務めを果たすため、第四の柱、すなわち自由と繁栄の弧をつくろうとする方針は、我が国にとって必須のものと考えます。

 冷戦終結以来十有余年、今、ユーラシア大陸の外周で弧をなす一帯に、自由と民主主義に基づく道を歩むか、今しも歩み出そうとする諸国が点在をいたしております。ここにおいて、我が国は、自由の輪を広げたい。民主主義、基本的人権、市場経済、法の支配といった普遍的価値を基礎とする、豊かで安定した地域をつくっていきたいと思います。

 今、重んじようとする価値とは、どこか異国の産物ではありません。我が国は、浮き沈みがあったとは申せ、近現代史を通じ、これらの価値を自分のものにしてきました。人類社会に普遍の価値は、我が国自身の価値でもあります。

 今や、価値の外交の実践は、先進民主主義国として我が国の責務であると考えます。我が国が主張してきた人間の安全保障実現にも資するものです。

 自由と繁栄の弧の上で、民主化への長い道のりを走り出したか、走り出そうとしている諸国と我が国は相並び、ともに駆けるランナーになりたいと思います。しかも、その営みを、価値観と志をともにする米国、豪州、インド、英仏独など欧州各国、国連や国際諸機関と手を携えて進めてまいります。先般、私が中東欧諸国を訪問いたしましたのも、まさにそうした考えに基づくためであります。

 さて、普遍的価値と戦略的利益を共有する米国との関係は、日本外交のかなめです。

 我が国は、米国と緊密な連携のもと、北朝鮮やイランの核問題、イラク、アフガニスタンの復興、テロとの闘いといった国際社会共通の課題に対処してまいります。

 経済的繁栄と民主主義を通じ、もって平和と幸福を求める普遍の営みにおいて、安全保障上、礎の一つをなすのが日米同盟であります。今や、我々は、日米同盟に、世界とアジアのためのと呼ぶにふさわしい内実を持たせなければなりません。

 昨年、北朝鮮は、弾道ミサイルを発射しました。続いて、核実験を行ったと発表しております。昨年は、我が国周辺の安全保障環境が依然極めて不安定である事実を改めて浮き彫りにした一年でもありました。

 今こそ、我々は、日米安保体制の信頼性をさらに高めなくてはなりません。弾道ミサイル防衛を初めとする日米安保・防衛協力を一層強め、加速します。また、在日米軍の兵力態勢の再編を引き続き進めます。これは、抑止力の維持と、沖縄を初め地元の負担軽減という難しい連立方程式を解く方途でもあります。その着実な実施に今年も取り組んでまいります。

 日米経済関係におきましては、日米両国の持つ重みにふさわしい互恵関係をさらに発展させてまいります。

 近隣諸国に目を転じますと、まず、中国との間には、一日一万人以上、年間四百万人を超す相互の往来があり、経済関係がとみに緊密な現状を物語っております。本年も、政治と経済の両輪を力強く回します。共通の戦略的利益に立脚した互恵関係を築いてまいります。

 日本と韓国は、互いにとって、最も近く、基本的価値をともにする大切な民主主義国同士であります。そのような間柄にふさわしい未来志向の関係を打ち立てます。

 豪州と我が国は、戦略的利益を共有するパートナーとして、政治、安全保障、経済など多様な分野で広範な協力を進めてきました。本年から始まります経済連携協定交渉については、国内の農業関係者の懸念、いわゆるセンシティビティーに十分注意を払いつつ進めてまいります。また、安全保障面での関係を強め、日米豪の戦略対話を充実します。

 将来を大いに期待できるのが、インドとの関係であります。本年は、経済連携協定交渉を含め、日印協力関係を拡充します。同時に、他の南アジア諸国の民主化、平和構築を支援してまいります。

 アジアの安定というものは、ASEAN諸国が民主的に落ちついて、栄えていない限りあり得ません。ASEAN諸国のうち、我が国の伴走をまさに必要とする国々に対し、民主化と平和構築を助けてまいります。経済面での連携を進めつつ、ASEANの安定強化を図っていく所存であります。

 一月十五日、セブ島で開かれた第二回東アジア・サミットでは、エネルギーの安全保障と、若者たちが交わる大切さを共通の課題として確認をしております。

 重要な隣国であるロシアとは、日ロ行動計画に沿って、関係のさらなる発展に努めます。同時に、懸案の北方領土問題については、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針に従い、これまでの諸合意、諸文書に基づき、双方が受け入れられる解決策を見出すべく、粘り強く取り組んでまいります。

 北朝鮮に対しては、対話と圧力という不動の方針のもと、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的解決に向け、粘り強く立ち向かいます。

 拉致問題の解決なくして日朝国交正常化はなく、北朝鮮の核開発は断じて容認できません。これらにつき北朝鮮から誠意ある対応を得るために重要なのは、国際社会と結束し、圧力をかけ続けていくことだと存じます。そのためにも、安保理決議第一七一八の着実な履行が必要です。ただし、対話の窓口を閉ざすものではないということは言うまでもありません。

 その他の地域、国々との関係に触れさせていただきます。

 日本が原油の約九割を輸入する中東地域の平和と安定は、世界全体の安定と我が国のエネルギー安全保障にとって不可欠の条件です。

 航空自衛隊の活動が続くイラクでは、治安の改善が最優先課題です。ODAを初め、イラクに対する支援は決して惜しみません。国際社会が実施するイラク支援にも積極的に関与していくことは当然の責務です。

 アフガニスタンでは、治安改善の取り組みにあわせ、経済社会の復興と開発支援を進めなくてはなりません。この際、不可欠なのは、非合法武装集団の解体です。アフガニスタンに平和を築くため日本に何ができるか、NATOの友人たちも真剣な視線を寄せております。我が国は、アフガニスタンに平和をもたらす努力をいささかも緩めようとは思いません。

 また、同国とその周辺地域では、国際テロの脅威を除去、抑止する取り組みが続いております。テロ対策特別措置法に基づく海上自衛隊の支援活動を含め、協力を続けてまいります。

 イランの核問題は、国際的な核不拡散体制を揺るがせ、中東全体の安定を損ないかねないものです。北朝鮮の核問題と並び、その深刻さは否定すべくもありません。安保理決議一七三七は、イランの核問題に対し、国際社会が一致した懸念を示したものです。

 一方、我が国は、イスラエル、アラブの双方から信頼を集める数少ない国の一つです。その立場を生かし、イスラエルとパレスチナの共存共栄、和平実現のため、献身しなくてはなりません。わけても、我が国が提案した平和と繁栄の回廊構想は、域内の協力を通じ、ヨルダン渓谷の開発を図るアイデアです。本年は、一歩でもその実現に近づけてまいります。この際、対話による和平を求めるアッバース・パレスチナ暫定自治政府大統領を支援してまいることを申し添えます。

 日本が必要とする原油のうち、七割以上は湾岸諸国に負っております。湾岸諸国の重要性は明らかで、本年は、同諸国との関係を一層強め、FTAを早く結べるよう努力します。相互の投資がとりわけエネルギー分野で伸びるよう、意を用いてまいります。

 アフリカは、依然、紛争や貧困、感染症など、問題を抱えた地域です。我が国は、十四年前、東京にアフリカ開発会議を招集し、TICADと呼んで継続的なプロセスとしました。自助自立の精神をいかにはぐくんでいくか、アフリカの課題はそこに核心があります。来年、我が国は、四回目のTICADを催します。アフリカ問題の解決なくして世界の安定と繁栄なし、TICADのこの基本精神へ立ち返り、成長を通じた貧困削減や平和の定着などに向けたアフリカ諸国自身の努力を一層強く支えてまいります。

 中南米では、近年、開発を重視する政権の誕生が相次いでいます。その背景には、貧富の格差が埋まらない状況があります。我が国として重要な施策とは、中南米各国の社会経済が均衡ある発展を遂げるよう必要な助言、協力を行うとともに、自由と民主主義が維持強化されるべく、対話と協力を続けていくことです。

 ここで、国際社会における法の支配の確立に向け期待される役割を果たすため、一つお願いがあります。国際刑事裁判所へ我が国として加盟するため、今国会で関連条約の締結につき御承認をいただきたいと存じます。また、紛争の平和的解決に向けた各種国際裁判の活用に努めることを申し添えます。

 地域紛争、テロや組織犯罪、大量破壊兵器の拡散、地球環境の破壊や感染症の脅威など、人類が直面する挑戦に放置できる問題はありません。我が国は、これら難題に率先して取り組み、世界に範を垂れる国でありたいものだと考えます。

 国連改革は、国際社会が挑戦に立ち向かうためにも喫緊の課題です。安保理を初めとする国連の包括的改革が必要であり、これに取り組むことをお約束します。中でも、安保理にかかわり続ける重要さは、理事国として我が国が主導し、北朝鮮に関する決議を通した昨年の経験から、国民各位が改めて痛感されたことと存じます。安保理常任理事国入りを目指すため、新たな提案を検討し、主要国を初め各国と緊密に協議していく所存です。

 平和構築という仕事は、我が国国際協力の柱をなすものです。平和構築の現場で働く人材の育成事業を、対象を広くアジアからも求めつつ、来年度から始めます。

 本年四月、核兵器不拡散条約の二〇一〇年運用検討会議に向けた第一回準備委員会が、我が国のウィーン代表部大使を議長として開かれます。重責を担うべく、積極的に参加していくことは申すまでもありません。国際的な軍縮・不拡散体制の維持強化に取り組むことは、我が国が唯一の被爆国として長年みずからに課した使命の一つです。本年も、意欲においていささかも衰えるところはありません。

 それにつけても、今後、我が国が担うべき国際平和協力とはいかなるものか、議論を大いに尽くし、必要な制度を持てるよう検討してまいりたいと考えます。

 続いて、経済、開発援助などにつき短く述べます。

 貿易自由化を進め、多角的貿易体制を強めることは、我が国と世界経済の発展にとってまことに重要であります。WTOドーハ・ラウンドの早期妥結へ向け、関係国とともに積極的に取り組みます。農業だけでなく鉱工業品の市場アクセスや、サービス分野も含め、バランスのとれた合意を目指してまいります。

 WTOと並び重要なEPA、FTAは、スピード感を持って交渉、締結し、そして各国との経済関係をさらに強化する所存です。

 知的財産権の保護強化に向けた国際的な取り組みにも、引き続き努力をいたします。

 中長期的視野に立った安定的な資源エネルギー確保に努めるため、ロシア、アジア大洋州諸国、中央アジア・コーカサス諸国、中南米、アフリカ諸国との関係強化を通じ、輸入国とエネルギー源双方の多様化を図ります。地球温暖化対策にも貢献すべく、バイオ燃料などの再生可能エネルギー、省エネ技術活用に向けて、関係国との協力を進めていかなければなりません。

 ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責任を果たし、かつ、みずからの繁栄を確保していくため、ODAを一層戦略的に実施します。自由と繁栄の弧形成のためにも、ODAを活用していきます。

 人間の安全保障の理念に基づき、国際社会が取り組むミレニアム開発目標の達成、気候変動を含みます環境、感染症対策、平和構築など、地球規模の課題を解いていきますために、引き続きリーダーシップを発揮いたします。

 また、相手国の貿易・投資環境の整備、法制度の整備、民主化・市場経済化支援にODAを活用してまいります。資源エネルギー分野では、省エネ推進などをODAによって進めることも重要です。そして、いわゆる新興援助国との対話、協力を今後強めてまいります。

 昨年、海外経済協力会議が発足いたしました。外務省の企画立案機能を強化し、ODAを一層積極的に進めるために生まれた新体制のもと、関係省庁、経済界、NGOと連携しつつ、効果的にオール・ジャパンの経済協力を進めてまいります。

 その上で、ODA事業量の百億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります。

 昨年、この場において、この演説でお約束しましたとおり、私は、外務大臣として、我が外交の意欲と、時に夢を、明確な言葉に託して語るよう努めてきたつもりです。

 主張する外交とは、空威張りをしようとするものではありません。何よりも、情報の収集と分析のさらなる強化が不可欠です。日本の主張に耳を傾けたいと相手に思わせることが重要であります。ポップカルチャー、サブカルチャーを活用することがふさわしい場合には、大いにそうすべきです。日本語を学びたいという人々の意欲にこたえなくてはなりませんし、メディアの激しい進歩にもついていかなければなりません。

 昨年は、与党を初め要路の皆様から、外交力強化の必要について力強い御支援を賜りました。改めて、心より感謝申し上げるとともに、任務の重さを受けとめ、国民の期待にこたえられるよう努めてまいります。

 外務省は、任務を担うにふさわしい組織を備え、人員を確保し得ているでしょうか。足らざるを補うことは焦眉の急であります。

 同時に、国民の厳しい視線を前に、襟を正す姿勢を一瞬たりとも失ってはなりません。

 演説を終えるに際し、再び私はそのことを強調し、国民各位の御理解と御鞭撻を願うものであります。