[内閣名] 第92代麻生太郎内閣(平成20.09.24〜平成21.09.16)
[国会回次] 第171回(常会)
[演説者] 中曽根弘文外務大臣
[演説種別] 外交演説
[衆議院演説年月日] 2009/1/28
[参議院演説年月日] 2009/1/28
[全文]
外交の基本方針について所信を申し述べます。
外交の目的は、我が国の国益、すなわち我が国の安全と繁栄及び我が国国民の生命財産の確保にあります。そのためには世界の平和と繁栄が不可欠であり、我が国としても、その実現に大きな責任を有しております。
現在、国際社会は、深刻な経済危機に直面をしております。また、国際テロリズム、やむことのない地域紛争、待ったなしの気候変動問題と、引き続き困難で早急に取り組むべき課題が山積をしております。今こそ、諸課題に対する我が国の考えを明確に示し、国際社会をリードする積極的、主体的な外交を展開すべきと考えます。私は、時代の変化に適応した戦略を持って外交を進めるため、全力で取り組んでまいります。
昨年、我が国は、北海道洞爺湖サミット、第四回アフリカ開発会議(TICAD4)を主催し、国際社会共通の課題の解決に向け、大きな成果を達成いたしました。本年から二年間、我が国は、国連安全保障理事会の一員として、国際社会の中で新たな重責を担うことが期待されています。国際社会の現状を見れば、私たちの歩むべき道は決して平たんではありません。我が国が、みずからの繁栄を追求し、国際社会において名誉ある地位を得んと希望するのであれば、国を挙げて現下の諸困難に立ち向かう気概が必要であります。
本年、日本外交がみずからに課すべき命題として、第一に、日米同盟の強化と近隣諸国との協力関係の推進、第二に、基本的価値を共有する諸国との連携を深めつつ国際情勢の安定を図ること、第三に、我が国の経験と英知を活用して人類共通の問題の解決にリーダーシップを発揮することの三点につき申し述べます。
日米同盟は、日本外交のかなめであり、同時に、アジア太平洋地域の平和と安定の礎です。
この一月二十日には、アメリカ国民の期待が極めて高いオバマ氏が、新たな責任の時代を掲げ、大統領に就任いたしました。同大統領は、外交政策においては、引き続き国際的リーダーシップを発揮し、世界の平和と安定に貢献していく旨、たびたび明言しています。
新政権との間で、強固な信頼関係のもと、我が国から率直かつ具体的な提案を行うことにより、ともに課題に取り組む緊密な協力関係を構築し、日米同盟を一層強化するとともに、アジア太平洋地域と世界の平和と繁栄に向けて力を尽くしてまいります。その一環として、抑止力の維持と沖縄など地元の負担軽減を図るべく、在日米軍再編を着実に実施し、日米安保体制を堅持してまいります。
さらに、世界の平和と繁栄の実現に向け、金融・世界経済の問題、テロとの闘い、気候変動・エネルギー、核軍縮・不拡散及びアフリカ開発といったグローバルな課題への対応においても、新政権と一層緊密に連携してまいります。
我が国は、アジアの一員として、アジア太平洋諸国とともに地域の平和と安定を維持し、ともに繁栄し発展していかねばなりません。
昨年末、初の単独開催となる第一回日中韓サミットを福岡で開催し、さまざまな分野における協力の推進について一致するという大きな成果を挙げました。日本、中国、韓国が互いに連携と協力を推進することは、アジア地域の今後の発展にとっても有意義であります。個別の懸案は存在するものの、三カ国の首脳が個人的な信頼関係を築くという意味でも極めて意義深い会合でありました。今後とも、両国とは、首脳レベルはもとより、外相レベルにおいても頻繁に意見交換を行うよう努めてまいります。
中国とは、引き続き首脳を含むハイレベルでの交流を積み重ね、東シナ海の資源開発や食の安全などの個別の懸案にも適切に対処しながら、戦略的互恵関係の構築を引き続き推進し、アジアと世界の平和と安定にともに貢献していく考えであります。
先日、麻生総理は、シャトル首脳外交の一環として韓国を訪問しました。首脳会談において確認されたとおり、未来志向の成熟したパートナーシップ関係の構築に向け、二国間にとどまらず、国際社会においても幅広い協力関係を築いていく所存です。
北朝鮮については、日朝平壌宣言にのっとり、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して日朝国交正常化を図るべく、引き続き努めてまいります。
六者会合において早期にしっかりとした検証の具体的枠組みに合意し、非核化プロセスを前進させると同時に、早期に北朝鮮による拉致問題の全面的な調査のやり直しが開始され、生存者の帰国につながるような成果が得られるよう、引き続き真剣に取り組みます。
重要な隣国であるロシアとは、昨年十一月に行われた日ロ首脳会談の結果を踏まえ、アジア太平洋地域における重要なパートナーとしての関係を構築するため、外相レベルを含めて、北方領土問題の最終的解決に向けて強い意思を持って交渉を進めます。また、極東・東シベリア地域での協力を含め、幅広い分野での協力を進展させます。
基本的価値を共有するインドや豪州との間でも、安全保障や経済連携を含め、多様な分野で関係を発展させていきます。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国との関係を、本年の日メコン交流年や重層的な経済連携の取り組みなどを通じて、多くの分野で強化し、また、ASEANの統合と発展を力強く支援してまいります。
現下の世界的な金融経済の混乱の中で、アジア諸国が、開かれた成長センターとして世界経済に貢献することが重要です。アジア太平洋経済協力(APEC)や東アジア首脳会議などの枠組みを活用して、アジア諸国とともに、この地域の経済的安定と発展のために一致して取り組んでまいります。
本年五月に北海道にて開催する第五回太平洋・島サミットを通じ、気候変動を含むさまざまな課題の解決に向けた取り組みへの支援を強化し、太平洋島嶼国との関係強化を図ります。
アジア以外の地域においても、基本的価値を共有する国々と連携しつつ、平和と安定のために協力してまいります。
基本的価値を共有する欧州諸国や欧州連合、北大西洋条約機構などとの連携を強化してまいります。また、バルト諸国や中東欧、中央アジア・コーカサス、南アジアといった民主化と市場経済化を進める国々との対話や協力に引き続き取り組んでまいります。
我が国が原油の約九割を輸入する中東地域の平和と安定は、世界全体の安定と我が国のエネルギー安全保障にとって不可欠の条件です。中東諸国との間で、資源にとどまらない重層的な関係を強化してまいります。
最近のガザにおける情勢悪化により民間人に多数の死傷者が出たことを遺憾に思います。イスラエル、パレスチナ武装勢力の双方による停戦の表明を歓迎いたしますが、これが永続的な停戦につながることが重要です。そのための関係者への働きかけや、ガザ地区の人道状況改善のための一千万ドルの支援などを着実に実施してまいります。その上で、平和と繁栄の回廊構想などを通じ、中東和平プロセスの進展を最大限支援してまいります。
先般、自衛隊は、約五年にわたるイラクでの任務を無事完了しました。その活動は、イラクを初め国連、関係諸国から高い評価と多くの感謝を受けております。私も、隊員一人一人が厳しい環境下にありながら使命感を持って立派に任務を果たしたことに、心から、御苦労さまでしたと言葉をかけたいと思います。
我が国としては、引き続き、復興支援の成果を根づかせ、イラクとの幅広い分野での協力及び長期的な友好関係を構築してまいります。
イランの核問題の平和的、外交的解決のため、国際社会と緊密に協力するとともに、伝統的な友好関係に基づくイランへの働きかけを行ってまいります。
ブラジル及びメキシコを初め、経済面での存在感と国際場裏での発言力を増している中南米諸国との関係も強化してまいります。その一環として、東アジア・ラテンアメリカ協力フォーラムの外相会合を日本で開催し、アジアと中南米との協力強化に主導的役割を果たしてまいります。
次に、我が国の経験と知見を生かして国際的なリーダーシップを発揮すべき問題について、何点か取り上げたいと思います。
中でも、現下の金融経済危機の克服は、我が国を含む国際社会の喫緊の課題です。
麻生総理は、昨年十一月の金融・世界経済に関する首脳会合において、我が国の経験を踏まえた具体的な提案を行い、各国の連帯を呼びかけました。早急に実体経済の悪化を食いとめ、各国が保護主義に陥ることを防ぐことにより、世界経済の安定を確保し、危機再発を防止することが必要であります。我が国は、四月にロンドンで開催される第二回首脳会合などを通じて、各国と協調して積極的に取り組んでまいります。
世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉の早期妥結、経済連携協定や投資協定などの交渉及びこれら協定の活用に積極的に取り組みます。知的財産権保護の強化に向けた国際的な取り組みにも引き続き注力いたします。
また、中長期的視点に立って、エネルギー・資源を安定的に確保するため、主要生産国との関係強化に加え、輸入先とエネルギー源双方の多様化を図ります。二国間及び多国間の協力を通じて、輸送路の安全対策も強化してまいります。さらに、近年の世界的食料需給の逼迫を踏まえ、食料安全保障の一層の強化に向けた具体的施策に取り組んでまいります。
地球環境の保全は、未来に対する我々の責任です。特に、気候変動問題については、二〇一三年以降の枠組みについて、本年末の国連気候変動枠組み条約第十五回締約国会議(COP15)において合意を得ることとされており、本年は国際交渉が本格化します。
我が国としては、北海道洞爺湖サミットやCOP14の成果を踏まえ、すべての主要経済国が責任ある形で参加する実効的な枠組みの構築に向け、引き続きリーダーシップを発揮してまいります。また、途上国の温室効果ガス排出削減や気候変動の悪影響への対応などに積極的に協力をいたします。
さらに、我が国の知見や技術を生かし、新興経済国におけるエネルギー効率の向上、再生可能エネルギーや省エネ技術の活用に向けて、国際社会と協力して取り組むとともに、核不拡散、原子力安全及び核セキュリティーの確保を大前提として原子力協力を推進してまいります。
先月、私は、ノルウェーを訪問し、クラスター弾に関する条約に署名してまいりました。この条約は、人道上懸念のあるクラスター弾を禁止する歴史的意義のあるものです。我が国は、被害者支援を含む国際的な取り組みに引き続き積極的に貢献してまいります。
また、我が国は、唯一の被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け、現実的かつ具体的な取り組みを主導します。二〇一〇年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議の成功に向けて、核不拡散・核軍縮に関する国際委員会を含め、関係国との協力を強化していく考えです。
さらに、我が国のすぐれた科学技術を生かし、国際協力や宇宙分野での取り組みなどを推進してまいります。
テロリズムは、自由で開かれた社会に対する挑戦であり、テロリズムの撲滅は、我が国自身の国益であります。インドのムンバイにおける連続テロ事件では、日本人を含め、多くの方々が犠牲になりました。改めて、犠牲者の皆様に心から哀悼の意を表します。
我が国は、テロ対策としてインド洋における補給支援活動を行っているほか、アフガニスタンが再びテロの温床にならないよう、同国において、治安面や経済復興において医療や教育を初め幅広い支援を実施してきています。アフガニスタンの地方復興チームへの文民派遣などを含め、支援の取り組みを一層強化してまいります。さらに、テロとの闘いの前線国家であるパキスタンにおけるテロ撲滅や経済安定化への同国政府の取り組みを支援してまいります。
海洋国家であり、貿易国家でもある我が国にとって、航行の安全や海上の安全確保は、国家の存立と繁栄に直結する極めて重要な問題です。現在、海上交通路において海賊行為が多発、急増していることは、大変懸念すべき事態であります。航行の安全確保や、何よりも日本国民の生命及び財産の保護の観点から、海賊対策はまさに火急の課題であり、新たな法整備の検討を進めるとともに、できることから早急に措置を講じてまいります。
国際社会の平和と安定があってこそ我が国の国益も実現されるとの思いから、国連平和維持活動(PKO)を初めとする国際的な平和活動を一層拡充する考えです。
今後二年間、国連安全保障理事会の一員として、積極的かつ建設的な役割を果たしてまいります。同時に、国連がより効果的にその任務を果たすためにも、我が国の常任理事国入りを含む安保理改革の早期実現を目指し、本年二月に開始される政府間交渉に臨む決意であります。
重要な外交手段である政府開発援助(ODA)を積極的に活用し、途上国の人づくり、国づくりを支援するとともに、地球的規模の課題の解決に貢献することは、我が国自身の国益にかなうものです。我が国として、戦略的な国際協力の実施に一層努めてまいります。
第四回アフリカ開発会議(TICAD4)や北海道洞爺湖サミットで約束した支援策を着実に実施していきます。人間の安全保障の理念に基づき、アフリカ諸国を初めとする開発途上国に対し、貧困削減、教育、保健、水・衛生などの分野で支援し、ミレニアム開発目標達成に向けても貢献してまいります。
同時に、平和の定着、民主化・よい統治の実現に加え、市場経済化、法制度整備、貿易・投資環境整備など、途上国の経済成長の加速化と我が国との経済交流に役立つ支援にもODAを積極的に活用していくこととしています。
非政府組織(NGO)や民間経済界とも連携を強化し、ODAの効果的、効率的な実施と、質の一層の改善を進め、援助効果のさらなる向上に努めます。
以上のような日本外交の基本方針について諸外国の理解と信頼を増進させることは、外交政策の円滑な推進にも資するものです。このため、我が国の外交方針を力強く対外発信いたします。また、伝統文化からポップカルチャーまで、我が国の文化の魅力を戦略的に発信するとともに、日本語の普及、知的交流の促進に取り組んでまいります。二〇一六年東京五輪の開催実現に向けた招致活動を積極的に支援していくほか、スポーツ分野での交流も一層促進していく考えです。
最後に、外交実施体制について一言申し上げます。
山積する外交課題に迅速に対処し、また、海外における日本人の生命財産を適切に保護するためにも、需要に見合った形での人員、組織及び情報収集・管理体制などの強化が不可欠であります。国民の皆様の御理解を得ながら、外交基盤を充実させ、我が国の外交力を一層強化してまいります。
私は、外務大臣就任前から現在に至るまで、数多くの国を訪問し、それぞれの国の国民に接してきました。そこで共通して感じたことは、国の大小を問わず、いずれの国においても、人々が、自分の国を愛し、自分の国に誇りを持っているということであります。我が国の憲法においても、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」とうたわれているように、他国から信頼され尊敬されるとともに、国民が自国に誇りを持てる国づくりをすることが重要であると考えます。
冒頭でも述べましたように、外交の目的は、我が国の国益、すなわち我が国の安全と繁栄及び我が国国民の生命財産の確保、さらに、国家の名誉や威信を守ることであり、国民が自国に誇りを持てるようにすることでもあると信じます。
日本は、科学技術の力、人的資源、幾多の困難を乗り越えた実績、いずれをとっても世界に誇れるものを持っております。国際社会が山積する困難を抱えている今、我が国が積極的、主体的な外交を展開し、国際社会の中で活躍することは、国民が自信や誇りを得ることにつながるものと確信します。
外交は、党利党略を超え、与野党が一致して取り組むべきものと考えます。国民の皆様と、党派を超えた議員各位の御理解と御協力をお願い申し上げます。